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エスパルディア・Ⅰ

いつもお読みいただいて、ありがとうございます!

 

 華々しくエスパルディアを出立して、はや数日。

 エスパルディア国内にある最初の神殿へと向かう道すがら。これから先必要になるだろうと、セヴランさんに馬車の操る方法を教えてもらっていた。同じく手綱など握ったこともないライルと交代で四苦八苦しながら練習している。

 聖女様の体調を考慮しながら進んでいるのもあって、なんとものんびりした道程だった。

 今は合間の休憩時間で、みんな馬車を降りてそれぞれ思い思いに過ごしている。

 聖女様はオーウェンと一緒に少し離れた辺りを二人で散策している。ライルは珍しくセヴランさんと真剣に話し合っているみたいだ。

 私はブリジットさんとみんなのお茶を用意するべくお湯を沸かしていた。


「あれは……?」


 隣に腰掛けていたブリジットさんがなにかを見つけたように空中を指差す。こっちに向かって飛んでくる銀色の鳥に、見覚えがあった。


「ああ……あれは魔術具ですよ」


 警戒するブリジットさんに説明しながら指を差し出すと、銀色の無機質な鳥は軽やかにそこに着地する。まるで囀り出すかのように嘴を開くと、金属仕立ての鳥から懐かしいルイの声が聞こえてきた。


『ソフィ、聞こえてるかな……元気? 怪我してない? ソフィが無事かどうか、とっても心配だよ……』


 雑音が多少混じってはいるが、紛れもないルイの声だ。柔らかな声が私の名を呼ぶその音に不意に感情がせり上がってきて、慌てて唇を噛みしめる。


『ソフィのことだからまた一人でがんばってるんじゃないかな……ダメだよ? ムリしすぎちゃ……一緒にいなくても、僕はいつも応援してるからね……』


 そう、たった二言三言。それだけしか今は録音できない、粗雑な魔術具。それでも今は聞けるはずのないルイの声が聞こえただけで、すり減っていた気持ちが癒されていくようだった。


「そんなものまで作れるのか。改めてすごいな、魔術師というものは」


 隣で聞いていたブリジットさんが感心したように眺めている。


「卒業研究で作ったんです」

「これをソフィが?」


 ブリジットさんは囀ったきり動かなくなってしまった鳥を、おそるおそる(つつ)いている。


「卒院したら離れ離れになるからと、せめて声だけでも届けることができたらと思って作ったんです」


 ブリジットさんは暫く、私を妙な顔で眺めていた。


「その、つかぬことを聞くが、向こうに置いてきたというその声の相手は、ソフィにとってそんなに大切な人なのか?」

「はい。とっても大切な人、ですけど……?」


 ブリジットさんがますます奇妙な顔をする。まるでなにか言いたげな、だけど丸ごとそれを飲み込んだような。なぜそんな顔をされるのか分からずに首を傾げる。


「ライルと三人、仲が良かったんです。だから三人でお揃いで。でもルイのは……あ、その学院の研究機関にいる友人がルイっていうんですけど、ルイが持っているものはちょっと改良してくれたみたいで、構築文がところどころ書き換わってますね。こことか……」


 急に饒舌に喋り出した私をブリジットさんがますます奇妙な目で見てきたので、言葉を切る。


「……すいません、つい。こんな話をされても面白くないですね」

「いや、そんなことはないよ。ソフィは普段自分のことを話さないから、なんだか新鮮でな」


 ブリジットさんはちらりと彼方に視線を遣る。


「ただ、そのことを彼が知っているのか、少し気になったものでな。いや、みんな学院からの知り合いというのならいいんだ。私が要らぬ気を回す必要もないと知れて肩の荷が下りた。……いやいや、本当に気にしないでくれ、今のはただの独り言だ。それよりもっとその魔術具、とやらについて教えてくれないか」


 ブリジットさんは少しライルと似ていると思う。いつも無表情でクールに佇んでいるところから勘違いしやすいが、話してみると非常に好奇心旺盛な人だ。

 そこまで考えて、ライルのことを考えたときにツキリと胸の奥が痛んだことに気づく。

 あのときのライルの目。思い出しただけでいまだに息が詰まったような、独り取り残されてしまったような苦しさが私を襲う。

 もしもあのとき、もっと違う対応が出来ていればなにか変わったのか。

 ずっとそんなことを考えているけど、でも結局、聖女様の強く美しい輝きにはどう足掻いても勝てないのだろう。それがきっと、遅いか早いかの違いだけで。

 ……いつかは必ず、そのときは訪れていた。

 あれからライルは少しずつ聖女様と言葉を交わし合うことも増えて、聖女様にも笑顔を見せることが多くなった。そうやって一緒にいるときはどことなく楽しそうな様子を見せるようになって。

 そんなふうに過ごすライルを毎回聖女様から引き剥がそうとして、……でも結局、私たちが同時に護衛に入ることなんてあまりないのだから、そんな抵抗はたかが知れていて。


「ソフィ」


 セヴランさんと話し終わったライルが声をかけてくる。


「それ……」


 きっとセヴランさんと話しながらも気づいていたのだろう。私の掌に乗っている魔術具に、セヴランさんまでもが興味深々といった様子で近寄ってきた。


「なになに、みんな集まってどうしたの?」

「おう、オーウェン。なんか伝言を再生できる魔術具だってよ」


 その様子に、オーウェンと聖女様まで寄ってくる。


「ルイからか?」


 ライルに手を差し出されたので、躊躇いながらも渡す。


「……」


 ライルは再生しようとして、周りを取り囲むように耳を澄ませている面々をギロリと睨んだ。


「どうしたの? 早く再生してよ」


 しれっと促してきたオーウェンに、ライルはシッシッと手を払って追い払う仕草をする。


「なんでちゃっかり聞こうとしてるんです」

「ええー! だってルイくんからの伝言なんでしょ? なんて言ってきてるのか気になるじゃん! ね、いいでしょ、ソフィ? お願い!」


 オーウェンが縋るように上目遣いで手を合わせてくるが、それを一蹴する。


「いーえ、オーウェンが気にするようなことはなにもありません! セヴランさんもあっち行って!」


 ニヤニヤ笑いの男性二人を追い払い、聖女様は空気を読んで笑顔でブリジットさんと立ち去ってくれて、そしてようやくライルと二人きりになる。


「ルイはなんて言ってたんだ?」


 今さらライルがそう遠慮がちに尋ねてきたので、再生してみるよう促した。








 二人で何度もルイの声を再生しては、遠いエルオーラの地へと思いを馳せる。そんなに時間は経っていないはずだが、あの地で過ごした楽しい時間はもう遠い昔のようだ。


「そういえばこれ、ところどころ構築文が書き換わっているな」

「ルイが少しずつ改良してくれてるみたいだね」


 自分の魔術具を取り出して比べてみると、違いがよく分かる。


「ライルのは?」


 なんの気なしにそう尋ねると、首を振られた。


「手元にない。……その、録音した記録を試しに保存することはできないかと思って、ルイに相談してみたんだ。これから必要になるかもしれないから。だから今はルイに預けている」

「へー、そうなんだ」


 それができたら、どんなにすごいだろう。


「そんなの開発できたら、ルイも一気に出世だね」

「ああ、だがルイならきっとやり遂げるだろうな。それがソフィのためになるのなら……」


 そう言いかけて、ふと喋り過ぎたかのようにライルは言葉を切る。


「ソフィ、休憩そろそろいい? 行こうか」


 かけられた声に顔を上げる。

 眩しい金髪。晴れた空のような青い目。

 王子様のような美貌の兄、オーウェンが御者台へと座っていた。








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― 新着の感想 ―
[一言] ルイ~~。・゜・(ノ∀`)・゜・。 もう、純粋に寄り添ってくれるのはルイしかおらん!
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