聖女との邂逅・Ⅵ
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その後ろ姿にふっと息を吐く。
それと同時に力尽きたように構築文が溶けていって、周りの火の花が一斉に散るように消えていった。
「……ソフィ」
躊躇うようにかけられた声に振り向く。
淡いライラックの瞳に浮かんでいた色に、息を呑んだ。
「守ってくれてありがとう。……でも、恐い思いをさせちゃ、ダメだよ?」
その言葉がまるで槍のように、鋭く深く胸に突き刺さってくる。
「確かにあの人たちは酷いことを言ったけど、でもだからってそれに魔術で対抗したら……それはダメだと思うんだ。ソフィのその力はそういう風に使ってほしくない。もっと大切に使ってほしい」
真摯に向けられる視線に耐えきれなくなって、視線を逸らす。
このときほど自分を恥ずかしく感じたことはなかった。改めて自分の矮小さを突きつけられる。
彼女は分かってもらいたくて言葉を返したのに、私は脅すように、魔術に頼ってしまった。
こんなことしてたんじゃこの国に魔術師のことを分かってもらおうだなんて到底無理だと、そう言われたようだった。
「でもね、ソフィが守ってくれようとしてくれたのは嬉しかったよ」
覗き込むように見つめられて、咄嗟に視線を伏せる。こんな自分の姿、どこもかしこも綺麗な聖女様に見られたくない。
「その気持ちは、とても嬉しかったから」
それなのに、視線を逸らされたというのに、聖女様は更に距離を詰めてきて、あろうことか私の手を取ってきた。
「ね、さっきの花、また見せてくれる?」
きらきら輝くような期待に満ちた目が私の視線を拾い、ニコリと微笑んでくる。その笑顔に押されるように、反対の手からほわりと火の花を掌の上に出した。
「……きれいだね」
炎の花に手を伸ばそうとしてくる聖女様はなんのけれんもない様子で、本当に無邪気にそう思っているように見えて。まっすぐ伸ばされた細い腕を、慌てて制止する。
「これ、ただの高温の炎ですよ。火傷してしまいます」
「そっか、そうだよね。とってもきれいなのになぁ」
残念そうに聖女様が手を下ろす。名残惜しそうに見つめるものだから、聖女様のために少し掲げてみせた。そのキラキラした目が興味深そうに眺めてくる。
しばらく聖女様に火の花を見せていると、今更ながらやっとセヴランさんがのんびりとやってきた。
「おーい、そろそろ戻らないか」
「……セヴランさん」
今の今になっての登場……。そう私の顔に現れていたのか、セヴランさんはごまかし笑いを浮かべて弁明するように両手を上げた。
「命の危険はなかったよな?」
「確かにそうでしたけど……」
セヴランさんは「ならソフィだけでも大丈夫だろ」と軽い調子で言ってくる。
「しっかし、ソフィってば案外と過保護だよな。あんなのは知らん顔してればそのうち寄り付いてこなくなるってのに、そういうところ、兄妹よく似てるよ」
セヴランさんの言葉に力なく首を振る。
違う。私とオーウェンなんか全然似ても似つかない。あんなに快活で光り輝いていて、明るく心優しいオーウェンになんか、似ているはずもない。
俯く私にセヴランさんが苦笑を浮かべる。
「ソフィ、なあ……」
「ルナ!」
セヴランさんが口を開こうとしたそのとき、後ろからオーウェンが強い調子で声をかけてきた。駆けつけてきた彼は私たちに視線を遣ると、私と聖女様の間に割り込むように体を滑らせる。
聖女様を庇うようにこっちを向くその様子に、違和感を抱く。続いて向けられた視線に息を呑んだ。
――晴れ渡るスカイブルーの瞳が今は曇っていたからだ。
「今、なにしてたの」
未だかつて向けられたことのないような感情のない声に、ブルリと身震いする。
「ソフィ、今セヴランが来るまでなにをしてたの。なんで魔術を……使ってたの」
……もしかして。
もしかしなくとも私が聖女を害するつもりだったのかと、そう疑われているのだろうか。
よりにもよって聖女の護衛の任を受け賜ったこの私を。実の家族同様に愛してくれたオーウェンが、疑っているのだろうか。
「オーウェン、どうした?」
休憩中だったブリジットさんとライルも急いだ様子で駆けつけてくる。
「ソフィ、なにかあったのか? 魔術感知を受けて来たが……」
言いかけたライルは、不穏な空気に眉を顰める。
「これはどういう状況だ?」
答えることができなかった。そんな視線を向けられたことに、思った以上に私はショックを受けたみたいだ。
なかなか口を開かない私にライルが近づいてくる。心配そうに私の顔を覗き込んできたそのとき、オーウェンの後ろから聖女様が声を上げた。
「あのね」
聖女様はオーウェンの後ろから背伸びするように顔を出すと、言い募るように両手を握り締めた。
「さっきね、ソフィと私に嫌味を言ってくる人がいたの。ソフィが諌めてくれたんだけど、止めてくれなかったから、だからソフィは私を守ろうとして……」
「それは……」
ブリジットさんは言い淀むと、難しい顔になった。
「それで、ソフィが魔術を使ったの?」
「うん。その魔術がね、綺麗な炎の花だったから少し見せてもらってただけなんだ」
聖女の静かな声に落ち着いたのか、オーウェンの背から力が抜ける。その背後から聖女はもぞもぞと出てきた。
「また見せてほしいな、ね? ソフィ」
なにも返せなかった。返事をしない私に、聖女様の顔が曇る。
「……そっか、そうだったんだね。でもね、ルナ。危ないからもうダメだよ? 魔術は遊びじゃないんだからね。ソフィも困ってるでしょ?」
「あ……ごめんね、ソフィ」
「いえ……」
旅はまだ始まってすらいないというのに。
こんなこと、いちいち深く考えていたらこの先到底身が持たないというのに。
ここでも露呈した自分の弱さに、嘲りが漏れる。
もう考えるな、ソフィ。私はただ、余計なことをせずに淡々とそこに居ればいい。
視線を落としたまま表情を消した瞬間、強い力で肩を掴まれる。
「どこのどいつだ。君を愚弄した奴らは」
憤りの感情を隠しもしない、ライルだった。
「ライル……」
「名前を言え。分からないなら特徴でもいい」
ぱちりと目を瞬かせると「覚えていないのか」と責められる。
「いえ、分かるけど……」
流石に素性の知れない令嬢なら聖女様に近づく前に牽制をかけているし、セヴランさんが見逃すはずがない。
ライルのその形の良い指が、思いのほか強い力で私を掴むその様を呆然と眺める。
「それにそういうことなら、なぜすぐに事情を説明しなかった。君が黙り込む必要はないはずだ」
「ごめん、なさい」
こんなに怒りを露わにしているライルも珍しいかもしれない。
ぽかんと見上げていると、肩に触れた手に力が込められ、乱雑に引き寄せられる。ライルの肩口に額を押し付けられるように、片手で抱き締められていた。
突然の行動にびっくりして突き放そうとして、引き寄せられた手が怒りを堪えているように震えているのに気づく。
くしゃりと、顔が歪みそうになった。
「……違う。そうじゃない。君に怒ってるわけじゃない……」
押さえつけられた肩が痛い。震えるその手が、同じ感情を抱いたのだと伝えてくる瞳が、痛い。
――こんな縋るような感情。私のことを分かってくれるのはライルだけだって、同調しそうになる気持ち。
これじゃあ“ライオネル・アディンソン”に利用されたとしても、気付けなくなってしまうというのに。
「ソフィ、僕は……」
背中にかけられた色のないオーウェンの声。
「……うん、僕は聖女様の護衛長だからさ、言わなきゃいけないんだけど……君たち魔術師の力は、この国にとってはまだまだ未知数だ。もちろん心強く思ってるけど、でも一方で、万が一のことがあったら僕たちじゃ対処しようがないし、やっぱり心のどこかでは恐れも抱いてるんだ。だからこの国では、これからは必要以上に軽率に魔術を使うことはできれば避けてほしい。それが君たち魔術師の立場を守ることにもつながると思うから……」
尻窄みになって消えてゆくオーウェンの声。
……オーウェンにまでこんなことを言わせてしまった。ライルが庇うように私を隠そうとしたが、それを押し留めて体を起こし、頭を下げる。
「……軽率な行動をとって、すみませんでした」
頭を下げた私に、オーウェンが息を呑んだあと、言葉を呑み込むように黙り込む。
「……結論づける前に、一度冷静になってそれぞれに経緯を説明してもらわないか。セヴラン、あなたも見てはいたんだろう?」
「……そうだな、ブリジット。ならこんなところにいつまでも突っ立っているのもなんだし、そろそろ行こうや」
事態を静かに見守っていた大人組の二人に促され、皆に背を向ける。
「……そうですね。部屋に戻って説明します」
歩き出す私の背に、支えるようにライルの手が当てられ引き寄せられる。それにビクリと身を震わせた。




