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聖女との邂逅・Ⅲ

いつも閲覧ありがとうございます!

後半に、少し流血表現があります。

苦手な方は、ご注意ください。

 

 一週間後、国の所有する闘技場にて。

 王や中枢に関わる貴族たちを招いた大々的な公式試合は、早々から電光石火の如く勝利を収めたオーウェンや、華麗な剣捌きで魅せてくれたブリジットさん、熟練の技で安定の勝利を収めたセヴランさんのお陰で最高潮の盛り上がりを見せていた。


「ソフィ、行ってくる」


 ライルは元気づけるように微かに微笑みかけてくると、さっと表情を引き締めて、純白のローブを靡かせながら闘技場の真ん中へと進み出た。

 その高潔で比類無き美貌の佇まいに、闘技場の客席からは歓声に混じって感嘆のため息があちこちから漏れ出てくる。

 だが、肯定的な歓声ばかりではない。

 詐欺師だと揶揄する声や詰る声、様々な罵声も騒音に紛れて投げかけられてくる。

 それら全てをライルは涼し気な美貌で睥睨したあと、凍えるようなアイスブルーの瞳を対戦相手へと向けた。


「では……始め!」


 二人の準備が整ったのを見て、審判役のネイサンが合図を出す。その片手を振り上げ、そしてさっと横に薙ぎ払い、試合の火蓋が切られた。

 合図と同時に相手の騎士は目にも留まらぬ速さでライルへと迫り、その剣を素早く振り上げる。

 ――勝負は一瞬だった。

 ライルへと剣の切っ先が迫った瞬間、雷鳴が轟いて辺りを眩しい光が刹那走り抜ける。

 きっとみんななにが起こったのか分からなかっただろう。

 そうしてしんと静まった会場の中で、ネイサンだけが「勝者、ライオネル・アディンソン!」と声を張り上げる。

 その足元には、対戦相手の騎士が俯せで倒れていた。


「今のが、魔術……」


 愕然と呟くオーウェンの隣で、聖女は真剣な顔をしてライルを見つめている。


「なにがなんだか分からなかったなぁ」

「ライオネルくんが相手に指を突きつけたのは、見えたけど……」

「ソフィ、なにが起こったのか説明してくれるか?」


 ブリジットさんに請われて、簡潔に言葉にする。


「ライルは雷、電流を扱う魔術が得意なので……あの眩い閃光は恐らく目眩ましのためで、その後気絶する程度の電流を流したのかと」

「へぇー……あんなの使われたら、抵抗する間もないなぁ」

「ただあれは構築文を完成させるのに結構かかりますし、外したらおわりですから、なかなか使いどころが難しいというか、ライルだからできた芸当だと思います」


 セヴランさんは苦笑いしながら頭を掻いた。


「他の国にはあんなのがゴロゴロいるのか……」


 戻ってきたライルは、私と目が合うと微かに微笑んできた。


「お疲れさま」

「ああ、上手くいってよかった」

「ライル、すごい魔術だったね」


 聖女様がそう言って微笑むと、それにライルが照れたように視線を落とす。


「……ありがとう」

「ね、オーウェンもそう思うよね?」


 聖女の言葉に、隣のオーウェンも神妙に頷いた。


「確かに君の言ったとおり、僕は魔術師を甘く見ていたのかもしれない。こんな力がソフィにも……」

「もちろんだ。炎の女帝の力を侮らないでもらいたい」

「ライル!」


 思わずむせ込みながら、ライルを咎める。


「炎の女帝?」

「学院にいたころ、ソフィはそう呼ばれていた」

「呼ばれていません! そんなの呼ばれたこともないです!」

「女帝、かぁ。ソフィのイメージとはちょっと違う気もするけど……」


 焦る私とは裏腹に、聖女様はそう言って呑気に笑っている。


「ふむ、ソフィが炎の女帝なら、ライオネルはなんと呼ばれていたんだ?」

「俺も知りたいなぁ」


 セヴランさんとブリジットさんまで興味津々に聞いてくるものだから、私は思いっきり暴露してやろうと口を開いて、ライルに口を塞がれた。


「あいにくそのような呼び名は私にはなかった。なぁ、ソフィ?」


 同意を求められるも、精一杯に首を振って否定する。


「ちょっとライオネルくん、人の妹を乱暴に扱わないでよ」

「まぁまぁオーウェン。二人が仲良くじゃれてるからって、そう目くじらを立てちゃダメだよ?」

「な、仲良くじゃれてるだって? ルナ、僕は別に目くじらを立ててなんかないよ? ライオネルくんがソフィにちょっかいをかけるから、僕はソフィを助けようと……」


 そうこう言葉を交わしていると、しばらくして準備が整ったのか、私の名が呼ばれる。

 ライルが励ますように深く頷いてきた。








 闘技場の中央で待ち構えていた相手は私を見てフンと鼻を鳴らし、嘲笑を浮かべてきた。


「俺の相手はただのお飾りの詐欺師か。張り合いもないな」


 騎士隊の一員であろう彼は、睨みつけるように私を見据えてくる。


「聖女様の護衛に選ばれたからといって調子にのるなよ。貴様らの上っ面だけの奇抜な技など、俺には通用せんからな」


 ……嫌な感じだ。魔術師を見下しているのを隠しもしない。

 不快感を振り払うように首を振って、言葉を返すことなく、私も構築文の準備を始める。

 双方の準備が整ったのを見て、掛け声と共にネイサンが手を振った。

 瞬間、目で追えないほど一瞬のうちに距離を詰められていた。あと僅かでも反応が遅ければ、恐らくその切っ先が私の腹を抉っていただろう。

 ――容赦がない。この人、もしかして本気で私を殺す気なのか?

 そう思えるほどに、斬ることに迷いのない太刀筋だった。咄嗟に用意していた風の魔術をぶつけて後ろへと飛び退く。結構に勢いはあったと思ったのだが、その勢いに怯むこともなく、相手の騎士は追いかけてきた。

 何度も閃く刃を都度風の魔術をぶつけながら、間一髪のギリギリのところで避けていく。

 あっという間に息は切れ、体力の限界はやってきた。しかし相手の騎士は、そんな私の様子など知るかとばかりに猛襲を止めない。

 今まで学院でエイマーズ先生にみっちりしごかれていたとはいえ、これほどまでに身の危険を感じるほどの悪意なんか向けられたことはなかった。

 純粋な闘気なんかではない。どこか卑しいものを見下すような、命を軽んじられているような、そんなたちの悪い悪意を孕んだ殺意。

 ……私が、魔術師が、それだけの悪意を向けられるほどの何をあなたたちにしたというのだろう。

 膨れ上がる嫌悪感のままに相手に風の魔術を叩き込む。暴風に煽られて相手の動きが少し鈍ったところで、一旦深く呼吸を整えた。

 ……落ち着け、ソフィ。相手の悪意に引きずられちゃダメだ。もっと冷静に、勝つことだけを考えろ。

 暫く暴風に煽られていた相手はその風流を無理やり突き抜けてくると、またもや勢いよく斬り込んできた。剣先の躊躇いのない動きに、咄嗟に反対の手から風の魔術をぶつける。だが彼は力任せにその中を突破すると、剣の切っ先を日の光に鈍く光らせながら、力いっぱいに振り下ろしてきた。


「……っ!」


 ポタリ、ポタリと、真っ赤な鮮血が純白のローブを汚していく。

 痛みは感じなかった。ただ、ひりつくような熱さだけがピリピリと意識を焼く。


「……その妙な技がなければ腕を斬り落とせていたのにな。そうしたら聖女様の護衛どころじゃなくなるだろう!」


 そう言って笑う相手の騎士を、どこか他人事のようにぼんやりと見つめていた。

 ……そうか。そうだったのか。

 私はこのとき、ソフィの中に眠る憎悪を見た。

 今まで、どこか他人事のように考えていた。

 エスパルディアでは魔術師が冷遇されている、とか、ライルは今まで悔しい思いを沢山してきた、なんて、でもそれはいつだって主語は他人だった。

 でも実際に今、肌にその感情をぶつけられて実感した。この謂れのない嫌悪を、侮蔑を、差別を、悪意を……!

 この瞬間、私は相手を紛れもない私の“敵”だと認識した。

 それと同時に、ほぼ無意識の領域で構築文を組み立て、炎の翼を生み出す。体を覆い尽くすほどの、燃え盛る禍々しい翼。

 紅く輝くその翼をはためかせて宙に浮くと、相手は片腕で顔を覆いながら表情を歪ませた。


「なんだそれは、なんとも醜い……」


 翼をはためかせると熱気が送られたのか、彼の目つきがますます嫌悪に染まる。


「宙に逃げるとはまた詐欺師連中が考えそうな手段だな。どうせならそのまま場外まで逃げ去ればいいものを!」


 言うと同時に空中に飛び上がってきた彼に、弓を引くように両手を構える。そこに炎の弓矢が浮かび上がった。その矢を弾丸のように発射する。

 彼は器用に身を捻りながらその炎の矢を避けていった。彼を追いかけるように素早く構築文を組み立て、逃げた先に間髪を容れずにまた炎の矢を射る。次々と逃げ回る先へ、相手の着地を待たずに炎の矢を連射した。

 燃え盛る炎に次々と嫐られて、わずかに避けきれなかった相手は着地に失敗してふらりとよろめく。そのまま地面の上を転がっていった。








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