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聖女との邂逅・Ⅰ

 

 エスパルディア城内部。

 私は今、長く続く豪奢な回廊をライルと二人、黙々と歩いている。

 現エスパルディア王、ジェルマン・ロワ・エスパルディアとの謁見がようやく終わって、私たちは聖女と他の護衛たちに合流するべく近衛騎士用の訓練場へと向かっていた。

 複雑に折れ曲がった回廊をこれでもかと進んでいくと、やがて窓の外に広大な訓練場の敷地が見えてくる。そこでは城の騎士たちが思い思いに訓練に打ち込んでいた。

 その一角に目が吸い寄せられる。

 眩い金髪を閃かせて素早い動きで打ち込みをしている騎士の姿。その騎士、オーウェンを見守るように、今代の聖女がそこにいた。

 月のように輝くパールホワイトの豊かな髪は、緩く波打ちながら腰にまで届いている。その小さな顔についているのは吸い込まれそうに大きい目。まるで希少な宝石のような淡いライラック色の輝きを放つその瞳は、訓練中のオーウェンへと一心に向けられている。

 佇まいからしてどこか浮世離れしている様は、まるで妖精や精霊のように幻想的だ。そう思えるような、儚げで繊細な美貌を持つ聖女がそこにいた。


「どうした?」


 思わず足を止めて魅入ってしまった私に、ライルが振り返ってきた。


「いえ。いよいよだなと思いまして」

「……いい機会だ。聖女の元に行く前に、以前から言おうと思っていたことを伝えておく」


 首を傾げた私に、ライルは鋭い視線を寄越してきた。


「いい加減にその口調を止めてほしい」

「口調、ですか」

「その敬語だ」


 不機嫌そうにそう言われて、そういえば以前学院でも同じようなことを言われていたなと思い出す。


「なぜいまだに私にだけそう堅苦しい話し方をする?」

「えっと、その惰性でというか、もうこれで慣れちゃったので……」

「特に意味はないのならいい加減その口調は止めてくれ。ブライドンを卒業して今はもう対等な肩書きを持つ立場となっただろう。私たちは共に魔術師であり、仲の良い友人で……そして君の近しい人だとそう認めてくれているのなら、今すぐにその口調を改めてほしい」

「それはすみ……えと、ごめんなさい」


 急に砕けた口調になると馴れ馴れしいようで気恥ずかしい。その照れを誤魔化すように口角を緩めると、ライルの険しい顔がやっと緩む。


「君の兄が騒いだって、気安い態度はやめないでくれよ」


 返事もせずに苦笑を濃くした私に、ライルが伺うような視線を投げかけてくる。

 そんなこと、オーウェンはもう気にもしないだろう。今は聖女のことしか目に入らないだろうから。








 訓練場に私たちが姿を見せると、賑わっていたそこは徐々に静まり返っていった。今は誰もが動きを止めて、純白のローブに身を包んだ私たちを異様な目で眺めている。

 そんな騎士たちを一瞥して、ライルは訓練を監督していたネイサンの元へと歩みを進めた。


「無事に到着したか」

「遅ればせながら、この名誉ある役目を全うするためにエルオーラより馳せ参じました」


 ライルの言葉にネイサンが重々しく頷いたのを見て、二人揃って頭を下げる。


「長旅ご苦労だった。輝かしい栄誉を手に戻ってきてくれた未来ある魔術師諸君よ、このエスパルディア騎士団へと歓迎する。まずは同じ隊の仲間を紹介しよう。騎士フォール、騎士ギャロワ」


 ネイサンの呼びかけに、こっちを注目している騎士たちの奥から二人の騎士が進み出てきた。


「おー、誰かと思えばソフィじゃないか。久しぶりだな。随分と大きくなって立派になったもんだ」

「……ええと」


 知ってはいても面識のない彼に気安く呼ばれて戸惑う。


「彼は騎士フォール」

「よろしくな」


 にかりと笑いかけてきた男の名は、セヴラン・フォール。

 青灰色の髪を無造作に後ろに撫でつけ、顎には無精髭が生えている、野性的な雰囲気を漂わせている三十路半ばの騎士だ。切れ長のアンバーの瞳は気安い雰囲気に反してどこか鋭い。

 どうやら私の両親が殺されたあの事件のとき、ネイサンと共に現場のプリムローズ邸に駆けつけた騎士の一人であるらしい。それで向こうは私のことを知っているというわけだ。

 そのネイサンの優秀な部下の一人である彼は、今回部隊長という地位を返上して浄化の旅に随行してくれる。

 まだ人を率いる経験の少ないオーウェンの支えとなるべく、オーウェンのことを幼少時から知っている彼が抜擢された。


「ブリジット・ギャロワだ。よろしく」


 続いて名乗り上げてくれたのは、猫目がちな瞳が鋭くも美しい女性騎士、ブリジット・ギャロワ。

 女性にしては高い背を姿勢よく伸ばしていて、輝くような綺麗なピンクブロンドは短く切り揃えられている。はっとするような鮮やかなエバーグリーンの瞳はこちらに真っ直ぐ向けられていた。


「あなたたちが我が国初のブランドン魔術学院を卒院したという魔術師、だな」

「……そうだが」


 あまりにも真っ直ぐにてらいのない視線を向けてくるものだから、ライルは少し戸惑っているようだった。


「名を伺っても?」

「ああ、私はライオネル・アディンソン。よろしく頼む」

「そちらは?」


 ブリジットに視線を向けられて、私も慌てて自己紹介を口にする。


「ソフィアです。こちらこそよろしくお願いします」


 ブリジットはそれに目礼で返した。


「そして護衛長を務めるのは、もう知っているだろうが騎士オーウェンだ。腕前は確かだがまだ未熟な部分もある。ぜひ支えになってほしい」

「ソフィ!」


 嬉しそうな声が聞こえて目を向けると、打ち合いを終えたオーウェンが聖女とこっちに歩み寄ってきていた。


「二人とも無事に到着したみたいだね。よかった」


 儚げなその美しさに、吸い寄せられるように視線が離せなくなる。


「聖女様、こちらの二人が残りの護衛の者です。先日もお伝えさせていただきましたが、魔術師アディンソンと魔術師ランドルフです」


 ネイサンの言葉に、聖女は慈愛の微笑みを浮かべた。


「私はルナルース、今代の聖女を務めます。二人ともよろしくね」


 今代の聖女、ルナルース。

 はらりと豊かな睫毛を瞬かせて、聖女は淡く微笑んでいる。その微笑みにライルが僅かに目を見開く。

 どうしても、ライルの横顔を伺わないわけにはいかなかった。

 ライルはいつどこで聖女への恋心を自覚するのだろう。出会ってすぐに? それとも愛するようになるような、なにかきっかけとなる出来事でもあったのだろうか。

 曖昧な記憶のせいでよく分からない。ライオネル・アディンソンは最初から聖女に陶酔していたような気もするし……。

 ただライルがもう恋に落ちてしまったのかどうかがどうしようもなく気になって、重苦しい胸に手を遣りながら、その横顔を伺うしかなかった。


「ちなみにほら、ソフィが僕の言ってた妹」


 オーウェンの弾むような声が、暗く沈んでいた思考を引き戻してくる。


「やっと帰ってきてくれて嬉しいよ、ソフィ。これからはずっと一緒にいられるね。ライオネルくんまでついてきたのはちょっと納得いかないけど……」

「なにか仰いましたか、()()()?」

「君にお兄様だなんて呼ばれる筋合いはないんだけどなぁ。ね? ルナ、僕が言ってた通りの人たちでしょ?」


 ()()

 その響きに思わず動じそうになって、咄嗟に胸元を握り込んだ。

 今のはちょっと驚いただけだ。そんなに親しげに呼ぶほどにもう仲良くなっているんだなんて、本当にちょっとびっくりしただけ。


「ソフィ、オーウェンからよく話は聞いてるよ。仲良くしてくれると嬉しいな」


 細く華奢な腕を差し出され、恐る恐る手を伸ばす。

 冷たく滑らかな手は触っただけで傷つけているのではないかと責め立てられそうで、とてもじゃないが握れそうにない。軽く触れるだけに留めておいた。


「……そんなに恐る恐る触らなくても大丈夫だよ?」


 聖女の淡いライラック色の瞳で見つめられると、まるで全てを見透かされているような気持ちになる。


「……いえ」


 咄嗟に視線を逸らした私に関わらず、聖女はふんわりと慈愛の微笑みを浮かべた。

 早々に心が折れそうだった。

 儚げで華奢な美貌、おおらかな有り様、慈愛に満ちたその心。なにもかもが矮小な自分とは違いすぎる。これじゃあオーウェンだってライルだって、心を奪われるのなんて当たり前だ。

 果たして聖女を渇望する二人の男の仲裁なんて、卑屈な私にできるのか。

 ――でもできるかできないかじゃない。もうやるしかない。物語は始まってしまっている。

 きっと抗い続ければ、いつかは物語の流れだって強制力の及ばない方にいくかもしれない。

 それを証明させるかのように、私は一瞬視線を落として息を吐いた後に、聖女へと満面の笑みを向けた。


「こちらこそ、仲良くしてくださいね」


 物語の中でソフィがついぞ浮かべたことのなかった、聖女に対しての親愛なる笑みだった。








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