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中等部二年・編入


 エルオーラはとても賑やかな街だった。

 ブライドン魔術学院を中心として、一つの小国家のように自治権の認められている大きな自治区街。学院の規模も諸国の中では最大で、そこには何千という人々が学び、働き、暮らしている。

 この学院が魔術学分野において最高峰だと言われるのには、理由がある。魔術学が生まれたのがまさしくここエルオーラで、その起源はかつてこの地に現れたかの一族が使っていたという不思議な力だと言われているからだ。謎に包まれたその一族は、ある日突然この地へと姿を現して、不可思議な力をもって世界に事象を起こすことができたそうだ。

 かの一族のその力は大地に光を取り戻し、しかし同時に空を闇に沈める。

 当時の手記にはそう残されている。

 やがてこの一族はある歴史の地点において突如として表舞台から姿を消し去ってしまい、今もその理由は明らかになっていない。

 魔術考古学の永遠の研究テーマだ。

 その残された遺物を解読し始めたことから、魔術学というものが始まったと言われている。

 学院には大まかに分けて初等部、中等部、高等部、そして研究部の四つの部がある。最初の三学部はそれぞれ四年制であり、私は中等部二年に編入する。

 初等部と中等部では基礎項目を学び、昇格試験を通過した者のみ高等部へと進学していくシステムだ。


「初めまして、ソフィア・ランドルフ嬢。ブライドン魔術学院にようこそ」


 初日に案内してくれたのは、笑顔の青年教師。


「私はオリヴァー・ダレル。基礎構築科の教師をしている。特待関係の窓口もしているから、なにかあれば遠慮なく言ってね」


 オリヴァー先生は器用にウインクしてみせると、からりと笑った。


「先生、この方ですか」


 後ろから声をかけられて振り向く。

 緩く波打つアッシュブラウンのショートカットに大きなグレーの瞳の、可愛い女の子が立っていた。


「はじめまして、ルイ・ミラーです」

「ソフィア・ランドルフです」


 差し出された手を握る。色白の華奢な手だ。


「君の案内役だ。()も特待で入った生徒なんだよ。分からないことがあれば聞いてみるといい」


 握った手から視線を上げる。

 思わず見つめてしまった私に、ルイは小首を傾げた。


「ランドルフさんはエスパルディアの出身なんでしょう? 学園でエスパルディアの特待は初めてなんだってね。とっても優秀なんだ!」


 キラキラと瞳を輝かせて話しかけてくるその姿は、控えめに言っても美少女にしか見えない。

 ダレル先生が苦笑と共に教えてくれた。


「ルイは特待生だけあってなかなか優秀なんだけど、とにかく魔術が好きで一度話し出すと止まらないんだ。彼と魔術の話をするときは時間に気をつけてね」


 先生に言われて、美少女然としたルイと改めて向き合う。


「これからよろしくね!」

「こちらこそ、お世話になります」


 可憐な笑顔を見せるルイに、微笑み返した。







 

 ルイは主な講義室や書架室、食堂なんかを一通り案内すると、その食堂に集まっていた特待生仲間を紹介してくれた。


「みんな、今日から特待生として入ったソフィア・ランドルフさんだよ」


 教本を見ながらなにやら話し合っていたらしい子どもたちは、私を見てパッと顔を輝かせる。


「あのエスパルディアから来たっていう特待生?」

「うん、そうだよ」

「すっごーい! 遠いところからよく来たね」

「でもエスパルディアのランドルフっていったら……」


 一人、背の高い男の子が、おずおずといった風に伺ってくる。


「ネイサン・ランドルフ。お城の騎士団長、知ってる?」

「もしかしてその騎士団長がお父さんなの?」

「でもそうなら、特待で入ってくるなんておかしいよ」


 金髪のポニーテールの子がバカにしたように笑うと、男の子は縮こまってしまう。


「……確かに私はランドルフ騎士団長に庇護してもらっていました。血の繋がりはないですけど」

「ほら、やっぱり!」


 男の子はパッと顔を輝かせると、矢継ぎ早にネイサンについて質問を浴びせてくる。

 それに無難な回答を返しながら、色褪せた制服の子どもたちを眺めた。

 初等部より在席している貴族や富裕層の生徒とは違って、特待生には平民出身が多い。

 だからといって特待制度は平民だけのものでもなくて、基準さえ通過できれば誰でも利用することができる。この基準が才能によるとても厳しいものではあるけれど。

 ちなみにこの特待制度、国境による制限などもないので、才能さえあればどこの国の出身でも入れる。……のだが、今までエスパルディアからの特待生はいなかった。

 というのも、エスパルディア地方の民族は昔から武力に秀でているものが多く、他国よりも魔術の才を持つ者の割合が少ないと言われているからだ。……私やライオネル・アディンソンはその稀な才能を持つ者ということになる。

 この厳しい編入試験を通過できたとしても、もちろん初等部より所属している貴族たちは既にある程度の知識があるわけで、そこからして平民出の特待生とは大きな差がある。

 上等な制服を着て優雅にお喋りしている彼らを尻目に、私たち特待生組は講義についていくために、死に物狂いで勉強しなければならないのだ。だが皮肉なことに、その環境が僅かな特待生仲間の結束を深める一助になっているのだろう。

 大した警戒心もなくすんなりと私を受け入れてくれた子どもたちに感心する。

 最初の一歩は無事に踏み出せたようだ。








 それからの日々は、あっという間に過ぎ去っていった。

 覚えることも新しく学ぶことも数え切れないほどあって、その日の課題をこなすのに精一杯の毎日ではあったが、だけど人懐こくて面倒見のいいルイや特待生仲間の助けもあって、充実した学院生活を送れている。

 純粋な優しさと親切心を持つこの特待生の仲間のおかげで、大変な毎日もなんとか乗り越えられていた。

 その特待生仲間とは、お昼休みにいつも食堂の隅に集まって、みんなで情報交換し合いながら昼食をとるのが日常になっていた。


「僕はね、昔からなぜか魔術が使えたんだ。それで実家が食堂なんだけど、魔術でお手伝いしてたらお客さんからもったいない、推薦するからここの特待受けてみないかって勧められて。それに平民で魔術を使える人なんてほんの一握りだから。僕みたいな子がほかにいるならその助けになりたいし、そうやってもっと平民にも魔術を広められたらなって」


 ルイはパンを頬張りながら、ブライドン魔術学院に入学した経緯をそう教えてくれた。


「ソフィはなんでわざわざブライドンまで来ようと思ったの?」


 特待生の一人、いつも金髪をポニーテールにしているケイティからそう聞かれて、返事に詰まる。


「たしかに、エスパルディアにも学校はあるよね。どうして苦労してまで特待で入ってきたの?」


 ノッポのトールの疑問ももっともだ。

 なにかしら明確な意思や目的があってここにいる者が多い中、私はそれを誰にも言ったことがなかった。


「それは……」


 適当に誤魔化そうとして、でも言葉が出てこなくなる。

 急に黙り込んでしまった私に、とりなすようにルイが声をかけてくれた。


「まぁ、人にはそれぞれ理由があるし、ソフィが言いたくなったら教えてもらおうよ」


 話題はそれきり、別のものへと移っていく。

 不意に呼び覚まされた感傷に引きずられそうになる。頭の中を切り替えるように、そっと長いため息を吐いた。







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