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高等部最終学年・Ⅱ

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 ある日の技術実習中のことだった。


「ランドルフ君、アディンソン君。ちょっといいか。こちらに」


 見知らぬ教員がやってきて、監督していたエイマーズ先生になにかを耳打ちしていく。先生は頷きを返したあとに私たち二人を呼んだ。今までにない事態に実習室内にささやかなざわめきが広がっていく。


「なんだろう?」


 ルイが心配そうに顔を曇らせる。

 私にも分からない。呼び出されるような心当たりもない。


「とりあえず行こうか」


 訝しげなライルに促され、入口で待っているエイマーズ先生の元に向かう。


「君たちに国からの使者が来ているそうだ」

「国からの使者? 一体なんの用でしょうか」


 先生に連れられて、応接室へと出向く。

 そこで待っていたのは、エスパルディア城の騎士隊服をかっちりと着込んだサイラスとオーウェンだった。


「使者殿、至急の用件だと言うので実習中の二人をわざわざ連れて来たぞ」

「ご配慮いただき痛み入る」


 サイラスは私たちの姿を視界に入れると背筋を伸ばした。

 真面目なサイラスは冷たく感じるくらいに硬質な顔だ。


「ライオネル・アディンソン、およびにソフィア・ランドルフ、エスパルディア王からの勅命を奉じる。ジェルマン・ロワ・エスパルディアの名において、此度の聖女の護衛を任命する。共に浄化の旅へと同行し、聖女の支えとなるように。以上だ」


 ……なんだって? 

 聞こえてきた言葉が信じられなくて、サイラスを凝視する。


「……今、なんて……」


 情けなくも震え出した手を慌てて握り締めるも、震えはおさまりそうにない。


「ソフィ、驚いた? 僕たち聖女の護衛に選ばれたんだよ!」


 あくまで公の姿勢を崩さないサイラスの隣で、オーウェンがこっそりといつもの様子で話しかけてきた。


「おい、オーウェン」


 オーウェンの横腹を肘でつつきながらも、サイラスは一瞬の隙にパチリと片目を瞑ってみせた。その様子はまるで、私の護衛就任を喜んでいるようだ。

 ――だって実際、本来は喜ばしいことなのだ。聖女の護衛というのは誰もが憧れるとても名誉な役割なのだから。

 若く有望で、容姿や実力など兼ね備えたほんの一握りの者だけが、聖女の傍に侍ることができる。


「ソフィ?」


 きらきらした目で私を覗き込んでいたオーウェンが、返事をしない私にじれったそうに呼びかけてきた。

 それに返事を返さなければと戦慄く唇は言葉を探すけれど、結局なにも出てこずに掠れた吐息だけが零れていった。


「聖女の護衛、ですか? 私たちが?」


 なにも言えない私に代わって、隣のライルが面食らったように訊き返してくれた。それにサイラスは重々しい頷きで答える。


「そうだ」

「その、言ってはなんですがなぜ私たちに?」


 ライルがそう尋ねるのも最もに思えた。なにせあの国では聖女の護衛に登用されるほど、魔術師の地位は高くない。


「……昨今のエスパルディアの武力のみを優遇する風潮が他国からあまりよく思われていないのは知ってるだろ。これを機として、エスパルディアでも魔術師を正当に評価してますよってことを印象づけようってなったのさ。丁度お誂え向きに我が国初のブライドン学院出身の魔術師さま方がいる。まさにうってつけの役割ってわけだ」

「そうですか。それはまた随分と見込まれたものですね。まだ卒業できたわけでもないのに……」


 ライルが二人となにか言葉を交わしているが、呆然とした頭にはそれ以上の言葉は入ってこなかった。

 ……私はもう、この物語から退場したと思っていたのに。


「ソフィ?」


 訝しげにオーウェンに呼びかけられ、震える手を慌てて後ろに隠す。


「大丈夫? びっくりした? 突然の話で怖がらせちゃったかな」

「……そう、そうですね」


 語尾の震えた私をどう勘違いしたのか、オーウェンは安心させるようににっこりと笑いかけてきた。


「大丈夫、なんてったってこの僕が護衛隊長だからね。聖女もソフィも僕が絶対に守る。だからソフィはなにも気にしなくていいんだよ。それに浄化の旅とは名ばかりの、ただの聖女の諸国漫遊だ。ソフィも一緒に楽しんだらいい」

「だけど、聖女の護衛に付きたい人は他にも沢山いますよね? 相応しい人だって沢山……私は志願すらしてないのに、そういった人たちに申し訳ないというか……」


 横でライルも腑に落ちない顔をしている。


「まだこんな学院に所属しているような若輩に任せるなど、認めない者もいるのでは?」


 ライルの指摘に、サイラスは初めてニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。


「認めるか認めないかは今からだろう。どうせ出立前に一度公式な手合わせを行う予定だ。そのときに君たちの実力を知らしめたらいい。それともそこまでの自信はないか?」

「なにを」


 途端に険を含んだ目つきになったライルに、サイラスは苦笑する。


「……父さんは以前から、君たち魔術師がエスパルディアでももっと生きやすくなればと尽力していたんだ」


 冷徹ささえ感じられた真顔から一転、晴れた空のような真っ青な瞳に見慣れた温もりが戻ってくる。


「今まで口にしたことはないけどな、なにかに追い立てられるように去ってしまったソフィの姿に、随分と心を痛めていたから」


 その言葉が、胸を抉ってくる。


「ああ、ソフィ、お願いだから引き受けてくれないか。父さんは前からエスパルディアでの魔術師の扱いに疑問を持っていた。魔術師の待遇改善をずっと訴えていたけど、なかなか聞き届けてもらえなくて……でも君たちがブライドン魔術学院に編入したことで、一気に風向きが変わった。陛下が興味を示したんだ。君たち優秀な魔術師がもっとその力を示してくれれば、陛下の理解が深まるかもしれない! それに、これを機に君たちが前に出る機会が増えれば、国民にも魔術師がどういうものか周知できるし、そしたら我が国に蔓延っている“魔術師とは名ばかりの詐欺師だ”って風潮も一掃することができるかもしれない……少なくとも、聖女の護衛にまでなったほどの魔術師とはどんなものかって、興味くらいは持ってもらえるだろう。そうすれば、ひいては――君のためになると」


 決定打だった。

 ――ネイサンの希望。

 ネイサンがそう望むのなら、ああ。

 震える唇を噛み締めて、なんとか微笑みの形を作る。

 他でもないネイサンがそう望むのなら、断るだなんて選択肢があるはずない。

 ネイサンが私のために、私たち魔術師のことを想って提案してくれたこの機を、私個人の感情で台無しにしていいはずがない。


「……そうですか。なら、喜んでお受けしますね」


 絞り出すように返した返事は、届いたのだろうか。いや、届いていても届いていなくても、どっちだって同じことなんだろう。

 どう転んだって私はこの旅に同行しなければならないのだ。

 物語の強制力に恐怖する。


「他でもない、ネイサンのためになら」


 降り注がれる視線に答えるように、私は無理矢理に口角を上げた。

 ランドルフ家の名誉のためならば。

 オーウェンの幸せのためならば。

 ――捨ててしまった私のことなど、気にするべくもない。


「話し中のところすまないが、彼等の卒業の件はどうなる? エスパルディアの騎士殿。このまま彼等を連れ出すとなれば、卒業資格を失い魔術師にもなれないぞ」

「ご安心ください、エイマーズ殿。王は未来ある若き魔術師たちに温情を与えてくださいました。本来ならば聖女召喚の儀に立ち会い、聖女を支えるべく共に準備期間を過ごしてもらうのですが、二人についてはブライドン魔術学院を卒業したのち、聖女の元へ馳せ参じるようにとのこと。故に二人には猶予が与えられています」

「それは安心した。が……」


 エイマーズ先生は目つき鋭く二人を捉える。


「貴殿らの国では魔術師がぞんざいに扱われていると聞く。この二人は我が学院の誇る魔術師だ。その二人を愚弄することは、このブライドン魔術学院を愚弄するも同じだと重々ご承知願いたい」


 サイラスはエイマーズ先生の厳しい言葉に敬礼で返した。


「心得ております。エスパルディアは彼らを不当に扱わないと、王の名において誓いましょう」

「フン、どうだか……それと、そちらの騎士殿」


 エイマーズ先生に呼ばれたオーウェンは、訝しげに先生を見返した。


「ランドルフ君は立派な魔術師だ。貴殿にはか弱き女子にしか見えないのかもしれないが、君に守ってもらわなくとも彼女は立派にその役目を務め上げる。それだけの実力を兼ね備えていることはこのブライドン魔術学院講師グレイス・エイマーズが保証しよう。ですから道中では彼女の役目を必要以上に奪うことのないよう、是非とも気をつけていただきたい」

「……失礼いたしました」


 オーウェンはむっとした色を目に浮かべながらも、無言のサイラスに促されて敬礼と共に謝った。


「それでは、道中お気をつけて、使者殿」

「では、私たちはこれにて」


 立ち上がったサイラスは、目が合うとにやりと笑ってきた。オーウェンも真面目な顔して先生に見えない位置から手を振ってくる。

 それに小さく微笑みを返す。


 隠した手の震えは、最後まで収まらなかった。








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