高等部最終学年・Ⅰ
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
中等部からこのブライドン魔術学院に編入してきて、思えばもう六年経った。
こうやって思い返してみると、楽しかったことばかり浮かんでくるから不思議なものだ。
特待生組の仲間。
人懐っこくて世話好きな、大好きなルイ。オシャレで愛嬌のあるケイティ。背が高くて最近ちょっと格好良くなったトール。
みんなでわいわい言い合いながら課題に取り組むあの時間が大切だった。
エスパルディアからやってきた編入生のライル。
最初は警戒していたけれど、いつの間にか心を許してしまうくらいに身近な存在になってしまった。
みんなと切磋琢磨しながら技術実習では魔術具の製作に打ち込んで、演習では魔術をぶつけ合い、休み時間にはノア先輩やクロエ先輩とも笑い合いながら食事を囲んで。
――ここで過ごした六年間は、決して無駄じゃなかったと信じたい。
ノア先輩とクロエ先輩は、無事に卒業していった。
ブライドン学院の卒業生にのみ配られる銀糸の刺繍を施された白のローブを羽織ったその姿は、決意と希望に満ち溢れていてとても眩しい。
「騒がしい先輩がいなくなると、なんだか寂しい気もしますね」
講堂から出てきた先輩たちを祝福したあと、ポツリと漏らしたライルの言葉に、ノア先輩は大人っぽく微笑んだ。
「一年後、待ってるよ」
そう笑って手を上げたノア先輩はいつものおちゃらけた姿と違って随分と頼もしく見えた。
その二人は今は学院の研究機関に所属している。
この学院の所有地内にあるわけだから今生の別れというわけでもないのだけれど、それでもやはりいつもなにくれとなく気にかけてくれていた先輩たちがいないのは、ぽっかりと穴が空いたように寂しい。
でも寂しがってばかりもいられない。
今年は私たちが卒業研究に就職試験も控えている。研究機関への所属を目指すべく、ただひたすら頑張るだけだ。
それに魔術に関わっていられる時間は、余計なことなんか考えずにシンプルにいられる。
純粋に、この魔術がいつか誰かのために役に立つ日を願って、そのことだけをひたすら考えて打ち込める。
進捗状況などをルイやライルと話し合いながら少しでも将来に向かって努力をする時間は、今の自分にとってなんよりも大切な時間だった。
「少し休憩しない?」
かけられた声に顔を上げると、ルイが手元を覗き込んでいた。
「随分集中してるみたいだけど、あまり根詰めると体を壊すよ?」
にっこり毒気のない顔を向けられて、反論しようとした言葉を封じられる。
気づけば書架室にはライルを含めた三人しか残ってなくて、窓の外を見るともうとっくに暗くなった後だった。
そのライルもコキリコキリと首を曲げると、一段落といった風に立ち上がる。
「ちょっとこだわりすぎじゃないか」
ルイと同じく私の手元を覗き込んできたライルは眉を寄せた。
「私も人のことは言えないが、あまりこだわっていると間に合わなくなるぞ」
「……そうですよね」
なにせ今回は卒業研究だけでなく就職試験の勉強もある。私は一心に読んでいた魔術書を閉じると、うーんと背伸びをした。
来年はとうとう研究機関への就職だ。
研究機関は大まかに分けて既存の魔術具を改良・製作していく製作課、新しい製具を開発する開発課、魔術素材の開発を行う素材課、物質を解読して適応を調べていく分析課、そして一部のエリートだけが目指せる、この地に残された遺物の解析をすすめる解析課などがある。
他にも様々な課はあるが、主に人手がいるのはやはり製作課だ。
なにせ魔術具は一つ一つを魔術師が製作しているものだから、大量生産ができない。
まずはその製作課に配属され、後々適応に応じて異動がある。
「……先輩たち、元気かなぁ」
ついこの間二人は会いに来てくれたけど、いつも学院内で顔を合わせていたころを思うとやはり少し寂しく感じてしまう。
「今度、手土産を持って行くとするか」
真面目な顔を崩したライルは、ふと柔らかく微笑んだ。彼が私たちの前でこんな風に笑うようになったのにも、もう随分と慣れた。
「行くのはいいけど、ノア先輩ってお酒が入ると絡みがしつこいから、できればお酒を入れたくないんだよなぁ」
「ルイは優しいからね。ライルみたいに冷たくあしらえないから」
「誰が冷たいって?」
「冷たいじゃないですか。ライルのせいでますますノア先輩の愚痴がルイにいくんですよ」
「ライルがもう少し優しくしてあげたらちょっとはマシになるんじゃない。今度ニコッて笑ってあげなよ」
「……分かっているが、あとで調子に乗られるので簡単に微笑みたくない」
なんでもない、他愛もない話に花を咲かせる。
ずっとこんな日常が続いていくんだと思っていた。ルイとライルがいて、ノア先輩もクロエ先輩もいて、みんなで魔術について話しながら過ごす日々。
いずれはみんなそれぞれの道をいくことになるかもしれないけど、でもそれはまだまだ先の話だと思っていた。
日常を壊す足音は、もうすぐそこまできていた。




