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高等部三年・Ⅲ

 

 前期休暇が始まり、ランドルフ邸への帰省の帰り道。

 いつもは暗く重い思考にいっそ帰りたくないとすら思い詰めるほどの道のりも、今回ばかりはそわそわと落ち着きなく、まだかまだかと窓の外を眺めている。


「もうそろそろ着くころですよね」


 何度目になるか分からない私の問いかけに、ライルは口端を曲げた。


「そう何度も訊かなくたっていつかは必ず到着する。いい加減落ち着け、ソフィ」


 私がこんなにもそわそわしているのには理由がある。

 ケイティとトールの浮気騒動の際に訪れた小物用品店、“妖精の匙”。そこでの小物作り教室を体験して、あれから私たちはちょくちょく教室に顔を出していたのだ。

 そこで私は赤ちゃんの玩具の作り方を教えてもらった。――これはもう、絶対にオスカーのために作るしかない。

 私はトール以上に来る日も来る日も通い詰めて、何度も試行錯誤を重ねながらなんとか休暇までに完成させたのだ。


「喜んでくれるかな……」


 半年ぶりの天使を思い浮かべる。去年の後期休暇のときはやっと座れるようになったかどうかだった。そのあまりにも小さくてぷにぷにな存在に、世の中にはこんなにかわいいものが存在するのかと改めて驚いたものだ。エリザさんは抱っこをすすめてくれたが、そのときはとてもじゃないが壊したらと思うと恐ろしくて、抱っこするどころではなかった。


「そんなにかわいいものなのか、人の赤ん坊が……」


 あまりにも私の熱の上げっぷりに、ライルが呆れた色を隠しもせずに突っ込んでくる。


「ライルも会ったら分かると思います。今日は事前にエリザさんに許可をとってますから、思う存分オスカーの可愛さを堪能して行ってください」


 ライルはうんざりしたように天井を仰いだ。


「……精々そうさせてもらうよ」








 ランドルフ邸の玄関先に停まった途端に馬車を飛び降りた私を、目を丸くしたオフィーリアが出迎えてくれた。


「ただいまです、オフィーリア。今日はライルを招待してます」

「ごきげんよう、ランドルフ騎士団長夫人。いつもお邪魔してすみません」

「あら、こんにちは。こちらこそいつもソフィを乗せていただいて助かってるわ。早速お茶をご用意するわね」


 このやり取りにも大分慣れた。三人で談笑しながらライルは勝手知ったる足取りで応接間へと足を運ぶ。


「ソフィ! おかえり。やっと帰ってきてくれて嬉しいけど……なんでライオネルくんも一緒?」

「こらオーウェン。やあ、こんにちは、ライオネルくん。いつもソフィを連れ戻してくれて助かるよ。放っといたら帰ってこないからな」

「必要なときは言ってください。いつでも連れ帰ります」

「ハハ、頼もしいな。次も頼むよ」


 なんと応接間には一時帰宅していたオーウェンとサイラスがいた。

 ライルはサイラスにも丁寧に挨拶をしたあと、オーウェンにちらりと視線を寄越す。


「これはお兄様、随分とご無沙汰していました。本日はお招きいただいて感謝しています」

「誰も招いてないけど……」

「なにか仰いましたか?」

「別になにも。さあお茶を淹れたよ。遠慮せずに飲んでくれ」

「言われなくとも。では失礼して」

「……相変わらず口の減らない」

「……そっちこそ」


 相変わらずこの二人は会えば懲りずに笑顔で舌戦を繰り広げている。

 そんな二人の様子にももう慣れたものだ。もはや二人の挨拶と化したその舌戦を止めることもなく、私は静かに言い合う二人をよそにサイラスにいそいそと話しかけた。


「あの、サイラス……オスカーの様子はどうですか?」

「ああ、オスカー?」


 クッキーをぽりぽりと齧っていたサイラスは、呆れた顔をした。


「おい、ソフィ……帰ってきて開口一番の話題がオスカーってのはどうなんだよ……いやそりゃ、可愛がってくれているのはありがたいんだけど」

「今はお昼寝中じゃないですか? できればごきげんのときに渡したいんです。少しでも気に入られたいので」

「聞いてないな……親よりも親バカだ」


 面倒くさそうなサイラスから一通り最近のオスカーの様子を聞き出していると、すっかりお茶もなくなっていた。ライルもオーウェンとの舌戦に飽きたのか声をかけてくる。

 毎度毎度最後の方にはやり込められて悔しい思いをするのはオーウェンなのに、なんで毎回自分から突っかかっていくのだろう。

 まぁこれも一種の愛情表現なのだろうとさして気にも留めずに、私はライルと席を立った。


「え? もうオスカーのところに行くの?」


 オーウェンが目を瞠る。


「もう少しゆっくりしたら? 僕はまだソフィから学院の様子聞いてない」

「そんなの、後ででもいいじゃないですか」


 さして報告するようなこともない。第一学院での様子は毎月手紙にもしたためている。


「そんなこと言ってあまり教えてくれないじゃないか。手紙も最近適当だし。ねえ、ルイくんとの関係はどうなったのかな? 最近来ないけど婿入りの話は……」

「みんな仲良く上手くやってます。さ、ライル、行きましょう」


 オーウェンの勝手な妄想が始まる前に遮って促すと、オーウェンも慌てたように立ち上がった。


「僕も行きたい!」

「ダメです!」


 ついて来んばかりの勢いのオーウェンに、こちらも被せる勢いで返す。


「え、なんで……」

「なんででもです。今日はオスカーの可愛さをライルにたっぷり伝えたいので、オーウェンは来ないでください」

「なんで……なんで……」

「ライル、今のうちに」


 オーウェン同様死んだ目になったサイラスに後のことを押し付けて、私は足早にオスカーの子供部屋へと急ぐ。


「前から思っていたんだが」


 珍しく今日はライルはオーウェンの肩を持つようだった。


「最近、ソフィの兄に対する態度がますます悪化していないか?」

「そんなことはないですけども」


 向けられている視線に気づかないフリをして、遠くを見遣る。


「……ずっと前から準備はしているんです。いい加減兄離れしないといけませんからね」

「そういうものなのか」

「そういうものです」


 来年には聖女の護衛の人選も発表され、とうとう運命の日がやってくる。

 そのときには、私は聖女に心を奪われたオーウェンの姿を見ることになるのだろう。覚悟はできているつもりだが、万が一にでも動揺することのないよう、ベタベタしてくるオーウェンとは引き続き距離は置いておくと決めた。

 オスカーへのプレゼントを見たら、妹バカのオーウェンは絶対に自分もほしいと騒ぎ出すに違いない。

 前回木製のチャームを贈ったときにも一悶着あったとサイラスから責めるような手紙がきた。

 でも、オーウェンに手作りのものは渡さないと決めている。

 そんな未練が残りそうなことは徹底的にしないと、オーウェンに冷たいと言われようとももう決めたのだ。

 そうこう話していると見慣れた子供部屋の扉が見えてきた。その扉を前に、私はごくりと喉を鳴らす。


「ライル、可愛さに度肝を抜かれる準備はいいですか?」

「御託はいいから、さっさと行こう」


 冷めたライルにむくれながらも、私はそっと扉を叩いた。


「エリザさん、ただいまです。ソフィです。今大丈夫ですか?」


 少しして返事と共に扉が開かれる。


「あらソフィちゃん、おかえりなさい。それにライオネルさんも」

「お邪魔しています、ランドルフ夫人」

「こちらこそオスカーに会いに来ていただいてありがとう。やんちゃな坊やですが、ぜひ遊んで行ってくださいな」


 オスカーは部屋に敷かれた柔らかな絨毯の真ん中で、座り込んで玩具を掴んでは放り投げて遊んでいた。


「さすがサイラスの遺伝かしらね。とにかく力が強くてやんちゃなの。すぐに玩具も壊しちゃって……いつもこんな有り様よ」


 困ったように言うエリザさんの足元に、コロコロと玩具が着地する。


「オスカー、お久しぶりです……!」


 くりくりおめめの真っ青な目を見開いて、オスカーは突然の訪問者を見上げた。


「あー?」


 可愛らしい声で喃語を発し、くるくるの金髪を揺らしている。


「天使がいる……」


 ふくふくと育ったかわいいあんよ。すべすべのほっぺ。小さく握り締められたおてて。

 やっと再会できた感動を噛み締めている私をよそに、オスカーは見知らぬ二人には気にも留めずにまたマイペースにおもちゃを投げ始めた。


「オスカー、オスカー?」


 一生懸命に呼びかけても、オスカーは全くこっちを見ようともしない。


「これは……確かにかわいい。度肝を抜かれるというのも間違ってはいなかった」

「そうでしょう? 赤ちゃんのころからこんなに整っているんだから、今から将来が心配ですよ。うちには悪い見本の叔父さんがいますからね。オスカーはお父さんを見習ってきちんと一人の人を大事にするんですよ?」


 長々と語る私は完全にオスカーに認識されていない。

 さすがに憐れに思われたのか、ライルから玩具を渡してみてはと催促された。


「今日は内緒のプレゼントを持ってきましたよ。ほら!」


 かわいらしい袋から取り出したのは、赤ちゃんのガラガラだ。

 といっても私の腕前で本格的なものを作れるわけがないので、お菓子のキャンディの包み紙に見立てた布の中に綿と鈴を入れている、キャンディ型のガラガラだ。

 例によってしっかり軟性と防汚の魔術を書き込んである。ちょっとやそっとじゃ絶対に壊れない。まさにオスカーにうってつけの玩具だ。


「オスカー、ほら。どうですか、ほら!」


 精一杯にフリフリしてアピールすると、オスカーはやっとその空のような晴れ渡った青い目をこっちに向けてくれた。


「うー?」


 クリームパンのようなふっくらした手を懸命に伸ばして玩具を取ろうとする。


「はい、どうぞ!」


 オスカーはガラガラを手にした途端、宙に放り投げた。

 ガラガラは綺麗に放物線を描いて床へと落ちていく。


「……オスカーは投げるのも上手ですねー! もう一回いきますよー?」


 また手渡すと握る間もなく放り投げられる。

 結局私のガラガラはガラガラの役目を果たすことなくただのボールへと成り果ててしまったが、それでもオスカーに沢山遊んでもらえて大満足だった。


「あの、すいませんエリザさん。この玩具なんですけど、大人の方が扱う時は少し気をつけてください。強い力で地面に叩きつけたときに、大きな音が鳴る魔術を書き込んでいます。もしも万が一なにかあったときは意表を突くのに使ってください」

「……その魔術、いるのか?」


 ライルがかなり引いた顔をしている。


「ライル……考えてもみてください。こんなに可愛いオスカーが攫われたりしないと言い切れるんですか」

「それは……」


 ライルは口籠ると真剣に悩み始めた。興味は抱かないかもしれないとも思っていたが、案外チョロい。彼も来年にはオスカーになにか貢ぎ物を作っているかもしれない。


「またそんな凄いものをオスカーにいいの? いつもごめんね」


 エリザさんは申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。


「そんな高等な技術をいつもオスカーのために使ってもらって悪いわ。なんのお礼もできないのに」

「いいんです、オスカーが元気に生きてるのが一番なので」

「ソフィちゃんたら。優しいのね。ありがとう」


 ふわりと笑ったエリザさんに首を振る。これはごく個人的な負の感情からくるものだが、それをいちいち伝える必要はない。


「ソフィ……それ、代わってもらえるか?」


 見ているうちにライルもオスカーと遊びたくなったらしい。

 私は満面の笑みでどこか恥ずかしそうにしているライルにキャンディ型のガラガラを手渡した。








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