高等部三年・Ⅰ
もう少しだけ学院編が続きます。
高等部も三年になると、自分たちより下の学年も増えて段々と教える立場につくことが多くなってきた。
実習中も見る方から見られる方へ、教えてもらう方から教える方になり、要領も覚えて随分とこなれてきた。その分気を抜いていたりするとエイマーズ先生からお仕置きの魔術が容赦なく襲いかかってきて、散々な目に遭わされたりもしているけども。
クロエ先輩とノア先輩はまさに今卒業研究の真っ只中で、特にクロエ先輩は密かにノア先輩を越えたいと寝る暇も惜しんで文献の収集に精を出している。
全然相手をしてくれないとライルに泣きつくノア先輩に、ルイは人のいい笑みで「少しはクロエ先輩を見習ったらどうですか」と、ライル顔負けの辛辣な言葉を浴びせてノア先輩を撃沈させていた。
ある日、寮の談話室でルイと話していると、珍しくケイティが一人でふらふらとやってきた。
「ああ、ソフィ……ここにいたんだ」
いつも元気なケイティの様子がどこかおかしい。
「ケイティ?」
倒れ込むようにイスに腰掛けたケイティはそのままテーブルに突っ伏すと、わっと泣き出してしまった。
「ケ、ケイティ……? どうしたの?」
最近のケイティはトールと付き合い出したとかで、ますます綺麗になって毎日幸せそうだったのに。
「ねぇ……ソフィ、私どうしよう」
しゃくり上げながらケイティは要領の得ない話をする。
ルイと二人、慰めたり宥めたりしながらなんとか聞き出した話はこうだった。
――ある日を境にいつもべったりだったトールがそわそわと一人で出かけるようになり、何度行き先を尋ねてみてもはぐらかしてばかりで決して教えようとしない。業を煮やしたケイティがこっそりと後をつけてみると、なんとある小物用品店の前で若い女性と親しげに喋りながら入っていった、と概要はこんなところだった。
話しながら今度は腹が立ってきたのか、ケイティの目がつり上がる。
「大体、いつも私のこと大好きだとか一番大事だなんて言ってるくせに、他の女性と隠れて会うなんてどういうつもりよ! これだから男なんて信用したらいけないんだわ!」
「ご、ごめんね……でもそんなことはないと思うんだ」
荒れ狂うケイティに全然関係のないルイが必死に謝って宥める羽目になっている。
「でもあのトールがそんなことするかなぁ……口を開けばケイティしか言わないトールが?」
ルイが首をひねりながら呟く。
トールと言えば、私が編入してきた中等部のころからすでにケイティ一筋だった印象しかない。高い背に反して穏やかで少し小心者なところもあるけど、決してケイティをそんな風に傷つけてしまうような人には見えなかった。
「現にしてるじゃない!」
キッと私たちを見上げたケイティの目から、また一筋涙が流れ落ちてゆく。
ケイティは私にとって、眩しい存在だった。天真爛漫で時には少し自己中心的なところもあるけれど、そんなところも愛嬌にみえてくるような可愛さがあって。
トールに一心に愛されて大事にされる姿に、心のどこかで羨望や憧れを抱いていたのかもしれない。でもそのケイティが悲しみに打ちひしがれて涙を流している。
そんなケイティの姿を見ていたら放っておけなくて、つい口出ししてしまった。
「じゃあ、確かめに行く?」
「……ついてきてくれるの?」
ケイティはうるうるとした目で私を見つめると、抱きついてきてまた泣き出してしまった。
「ありがとう、ソフィ……もっと早く相談すればよかった……! 私、なにをトチ狂ったのか先にハティ先輩に相談しちゃって。そしたら即行で怪しげな自白薬が送りつけられてきて。こんなもの使っちゃダメだってすぐにしまい込んだんだけど。もういっそ使ってしまった方が手っ取り早いのかなって最近思い始めてきて……」
「それはまた随分と思い詰めてたね……」
ケイティがなんとか思い留まってくれてよかった。ハティ先輩からの自白薬だなんて使われてしまった暁には、トールは無事じゃすまなかっただろう。
彼女をなんとかなだめすかしながら、次にトールの様子が怪しくなったときに例の小物用品店に向かう約束をした。
数日後の授業が終わった午後、ルイとライルと一緒に課外の魔術具製作をしようと実習室に向かっているときに、ギラギラした目のケイティが現れた。
「ソフィ……!」
言外の圧倒するような圧に含まれているのは悲しみか、怒りなのか。
憧れのライルの前だというのに、ケイティにはその姿すら目に入っていないようだ。
「とうとう奴が動き出したわよ!」
「分かった、ケイティ。すぐに行く。だからちょっと落ち着こう……ライルに見られてる」
「……彼女は一体どうした。なにかあったのか」
あのライルですらその迫力に少し及び腰になっている。
「ごめんなさい。私、今日はちょっと抜けますね」
二人にそう断ると、すぐにケイティを引っ張って慌てて二人から離す。
「ケイティ、気持ちは分かるけど……その凄みを抑えなきゃトールにバレちゃうよ」
「……凄みってなによ。かわいい女の子に使う言葉じゃないでしょ」
ケイティはぶつくさ言いながらも落ち着こうと深呼吸を繰り返した。
「いい? それじゃあ行こうか」
「ソフィ、ちょっと待って」
後ろからルイが追いかけてくる。
「僕も行く」
ルイは息を整えるとにこりと笑った。
「トールの行き先に少し心当たりがあるんだ。僕の予想が正しければ、きっとケイティの思ってるようなことはないと思う」
私もトールが浮気だなんてあんまりにも想像がつかなかったので、ルイからの援護もありうんうんと頷いてみせるが、ケイティはそれでも疑いを払拭しきれないようだった。
「とりあえず行くだけ行ってみようか」
穏やかなルイの笑顔にケイティも肩の力が抜けたのか、こくりと頷くとおずおずと歩き出す。
その人懐っこくて世話好きな性格もしかり、ずっと私たち特待生組のリーダー的存在を担ってきた彼になんだかんだ特待生組は頼ってしまう。
昔からそうだ。私もライルとの二人きりが気まずかったときにいつもルイを頼っていた。
ルイがいてくれてよかった。
そう気持ちを込めて見上げると、ルイも温和な笑顔を返してくれた。
トールは学園を出ると、近くのアーケード街の中を歩いていく。少し先の方でキョロキョロしながら歩いているトールは、何気なさを装っているのだろうが、正直挙動不審以外の何物でもない。
彼がそんなことをする人ではないと思っていても、その様子を見ると疑いたくなる気持ちも分かる。
「明らかに怪しいでしょ?」
ジト目のケイティにどうだと言わんばかりに詰め寄られて、ルイは苦笑いのまま反論できずにいる。
「あっ、あれ、あのお店だ」
ルイの指指した方、トールは一つの小洒落た小物用品店の中に入っていった。
「ルイ、中の様子分かる?」
お店の中は少し薄暗くてよく見えない。それはルイも同じだったようで微妙そうな返事が返ってきた。
「ケイティ、どうする? 行ってこようか?」
ケイティは暫く躊躇っていたが、踏ん切りがついたのかぶんぶんと首を横に振った。
「せっかくルイとソフィについてきてもらったもの。本当のことを知るのは恐いけど……自分で確かめたい」
胸の前で握り締められた手が震えている。それでもケイティは毅然と顔を上げると、一歩一歩踏み締めるようにお店へと近付いていった。




