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高等部ニ年・Ⅳ

いつも改稿ばかりすみません!

 

 明るい陽射しの中、湖の水は澄んで、絶好の特訓日和だ。

 水浴用の分厚いチュニックと膝丈のズボンを着込んで、いつも通り髪を後ろで一つ結びに結ぶ。そうやって準備していると、控えめなノックの音のあとにクロエ先輩が顔を出した。


「ソフィちゃん、ちょっといいかな?」

「どうしたんですか?」


 立ち上がって向かうと、クロエ先輩はにっこりと笑って手を引いてきた。そのまま促されるがままに先輩の部屋へと入ると、ドレッサーに飾り石のついたピンとベッドに色鮮やかな二着の洋服が綺麗に置かれている。

 淡いラベンダーの生地にピンクやオレンジのポピーが可愛らしいノースリーブのワンピースと、スカイブルーの生地に黄色やオレンジのポピーが爽やかなワンピース。


「わっ、これどうしたんですか? 綺麗ですね」

「でしょでしょー? ね、これちょっと着てみない?」


 その色とりどりの鮮やかな様子に束の間見惚れていたら、甘いベビーピンクの瞳に悪戯っぽく覗き込まれた。


「私が? 無理ですよ!」

「そんなことないって、大丈夫!」


 クロエ先輩がにやりと悪戯っぽく笑う。


「せっかくの休暇だよ? お洒落しなきゃ損じゃない?」

「でも、もし汚したら……」

「そんなの気にしなくていいよ、これ水浴用だから。ほら、下に履くキュロットもちゃんとついてるし。さ、着替えて着替えて」


 どことなくうきうきしているクロエ先輩に可愛らしい方のワンピースを手渡されて、全力で辞退する。どうにかスカイブルーのワンピースで妥協してもらい、押されるままにおずおずとクローゼットルームに入った。


「実はこの日のためにノアが用意してくれてね。色違いのお揃いなんだよ? だからソフィちゃんが着てくれたら嬉しいなって」


 そんなことをカーテン越しに嬉しそうに言われたら、腹を括って着るしかない。

 思い切ってワンピースを身に着けた、鏡に写った自分の姿。鮮やかな大輪の花が目に眩しく、普段の地味な自分しか見慣れていないせいか、どことなくちぐはぐな感じがする。


「じゃあ次はお揃いの髪型ね!」


 クロエ先輩は私をドレッサーの前に座らせると、器用な手つきで三つ編みを二本作っていく。それを頭に巻きつけるようにしてスカイブルーとシルバーの飾り石のピンで止めてくれた。


「できたー! ね、どう?」


 満足気なクロエ先輩に促されて、鏡の中の自分をまじまじと眺める。


「……服と飾りピンがとっても綺麗ですね。それにクロエ先輩の器用さにびっくりしました……」

「ソフィちゃん、とっても似合ってる! じゃあ次は私にも同じようにしてくれる?」


 クロエ先輩はドレッサーの前に座ると、私を期待に満ちた目で見上げた。


「こういうの、あまり得意じゃありませんが……」


 両手を合わせてウインクしてくるクロエ先輩に「できるだけ頑張ってみます」と、そのさらさらの銀髪に櫛を通す。

 ラベンダー色とコーラルピンクの飾り石のついたピンを横目に確かめながら、ふと、お洒落するのなんていったいいつぶりなんだろうと思い返す。

 そんなことを考える余裕すら、今までなかった。

 鏡の向こうに見える、わくわくした顔のクロエ先輩に微笑みかける。先輩のためにも奮闘するべく、まずは髪を一束手にとった。








 何度も何度もやり直して、四苦八苦しながらやっと髪を結い終えた。先輩のためだからがんばれたが、ぶっちゃけるともう二度と同じようにはできないと思う。そんな疲労困憊な私をつれて、クロエ先輩は意気揚々と湖畔へと向かう。

 ほかの三人は既に休暇を満喫していたようで、湖の中で水飛沫を上げながらなにやらはしゃいでいた。


「おー、やっと準備が終わったか」


 手を振りながら声をかけてきたノア先輩につられて振り向いた二人が、私たちを見て目を丸くした。クロエ先輩は三人に向かって申し訳なさそうに手を合わせる。


「待たせちゃってごめんね。先に遊んでてくれた?」

「遅くなるって聞いてたからね。三人でそりゃあもう仲良く遊んでたよ!」


 そう言葉を切ると、ノア先輩は眩しそうに目を細めた。


「……そうかぁ、うんうん! それ着てくれたんだね。二人とも可愛いなあ!」


 すぐに感嘆の声を上げて褒めてくれるところは、さすがノア先輩だ。


「クロエはいつだって可愛いけど、今日だってとびきり可愛いね! よく似合ってるよ」

「ありがと、ノア」


 二人にっこり笑いあったあとに、ノア先輩のピーコックグリーンの鮮やかな瞳が私のほうを向く。


「なんというか、ソフィちゃんも垢抜けたね。いつも地味だからちょっと驚いちゃった」

「すいません、なにせいつも地味なものですから」


 思わず半眼になってしまったが、これを用意してくれたのはほかでもないノア先輩だ。


「……でもこんな立派なもの、本当にありがとうございました」

「うん、気にしないで。クロエのためならね」


 その言葉に、クロエ先輩が幸せそうにはにかむ。


「クロエが嬉しいと僕も嬉しいから」


 にこにこ笑うクロエ先輩をノア先輩が眩しそうに見つめている。

 はにかみながら見つめ合っている二人は、微笑ましくてどこかこそばゆい。二人の尊い空気感を邪魔しないように、こそこそとルイとライルの元へと退散した。


「お待たせしました。さっそくがんばります」

「ああ……いや、そうだな」

「うん、がんばろうね」


 迎えてくれたルイとライルは、いつもと違う私の姿が見慣れないのか、どこかまじまじと眺めてくる。


「また随分と……雰囲気が変わったな」

「いつもとちょっと違うね。ソフィがそういう格好してるの、初めて見たかも」

「せっかく用意してもらったので」


 地味な私には不釣り合いかもしれないが、先輩たちがわざわざ用意してくれたのだ。


「よく似合ってるよ。ノア先輩も気が利くね。初めて先輩のこと尊敬したかも」


 近づいてきたルイがおもむろに手を伸ばしてくる。


「この髪、どうなってるの?」

「えっと、これはね……」


 説明しようとして、ルイの指が三つ編みの上をなぞっていくのにどきりとした。

 思いのほか近くなった口元から「可愛い」と囁くような声が漏れ出てくる。不覚にも動揺してしまって、頬に熱が集まってきた。


「そっ……そうかな? なら、よかったけど……」


 ルイのシルバーの瞳がじっと私を見下ろしている。

 三つ編みをなぞっていた指がそっとおりてきて、私の赤くなった頬をふわりと擦った。


「ソフィ」


 いつもとどこか雰囲気が違うルイ。

 どことなくこそばゆいような気まずいような、妙な気持ちになんとなく顔を隠す。

 ごまかすようにその指を振り切って、慌てて湖の中に入ろうとすると「ちょっと待て」と冷静なライルに止められた。


「いきなり入る奴があるか。しっかり準備運動してからだ。それに日は暑いとはいえ、水は思いのほか冷たい。焦らずゆっくり入るように」


 いつもと変わらないライルに意識を引き戻される。気持ちを切り替えようと頷きを返して、軽く屈伸から始めた。

 ……今までそういった話をしたことがほとんどなかったから、まさかルイの口からそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかった。

 不意打ちにもらった褒め言葉がよほど衝撃的だったのか、さっきからその言葉がずっと頭の中でリフレインしている。

 ――冷静になれ、ソフィ。ちょっと褒められたくらいでなに動揺しているんだ。

 頭を振って、混乱気味の思考を追い出す。一旦リセットしようとパンと勢いよく頬を叩くと、ぎょっとしたライルと目が合った。








 湖のその冷たさに慣れるころにはクロエ先輩も二人の世界から戻ってきてくれたので、さっそくお願いして訓練に付き合ってもらう。

 クロエ先輩はとにかく優しくて怒らない。覚えも悪い私に、急かすようなこともせずに忍耐強く付き合ってくれる。


「その調子だよ、ソフィちゃん! いい感じ、いい感じ!」


 手を引かれて、バタバタと泳いだ先。

 息継ぎのために足をついて顔を上げると、先回りした笑顔のルイが待っている。彼はニコニコ笑いながら私の頭に手を伸ばして、よしよしと三つ編みを撫でた。その様子にまたかと呆れた視線を彼に送るも、ルイは気にした様子もなくひたすらに頭を撫でている。

 さっきからルイの様子がおかしい。訓練の合間に励ましの声をかけながら、こうしてちょくちょく三つ編みを撫でてくる。

 その度にぎょっとしたライルが視線を送っているのだが、そんな周りにも構う様子もなく、ルイは何度も何度も頭を撫でてきている。


「ねぇ、ルイってさ。もしかして……」


 あまりにもそんな状態が続くため、耐え切れなくなった私はとうとうルイに聞いてみた。


「もしかして、この三つ編みが気に入ったの?」


 ルイはグレーの瞳をきょとんとさせて、小首を傾げると。


「うん、気に入ったよ。だってソフィに似合ってるから」


 まーた撫で撫でしてくる。みんなの手前気恥ずかしくてその手を避けると、ルイは残念そうな顔になった。


「これからいつもこの髪型してよ。今日だけなんてもったいない」

「でもこれ、一人じゃできないよ?」


 軽い気持ちで否定したが、ルイは思いのほかショックだったようであからさまに悲しそうな顔になった。それを見兼ねたクロエ先輩が「やり方教えてあげようか?」なんて助け船を出してしまう。


「本当ですか? ぜひお願いします! ね、ソフィ?」


 喜んでいるルイには悪いが、毎日この髪型というのも疲れないだろうか。なんとか諦めさせたくてあーだこーだ言っていると、ライルの呆れたような咳払いに遮られた。


「ソフィ、髪型の一つや二つなどルイの好きにさせてやればいいじゃないか。それよりもぐだぐだと話し合っていていいのか? 時間は限られているぞ」

「……ところでノア先輩は?」


 私の純粋な疑問に、ライルは真顔で後ろを指すことで答えた。

 ノア先輩はなんと、湖畔に出した椅子の上で一人だけ呑気にいびきをかきながら、うたた寝をしていた。

 陽の光を浴びながら気持ちよさそうに昼寝をしている先輩の姿は、正直羨ましい以外の何者でもなかった。


「クロエ先輩、あれ見てくださいよ。ノア先輩だけ気持ちよさそうに寝ていますよ」

「あれー? ほんとだ……ねぇ、ライオネル様にルイくん」


 私の視線に気づいたのか、クロエ先輩が悪戯っぽく目を輝かせる。


「ノアも退屈そうだし、しばらく一緒に遊んできたら?」

「そうですか? でも……」


 渋るライルに、ルイが実にいい笑顔で寝こけているノア先輩を指差した。


「ライル、僕いいこと思いついたんだけど」

「……偶然だな、私もだ。今思いついた」


 立ち上がった二人は悪い顔で目配せし合いながら、慎重にノア先輩へと近づいていく。


「ルイくん、よっぽどその髪型が気に入ってくれたんだね」

「褒めてくれるのは嬉しいんですけど、慣れてないのでなんだか恥ずかしくて……」


 照れ隠しに頬をかく私に、クロエ先輩がにんまりと笑っている。


「えー、いいじゃない! 褒め言葉は素直に受けとったらいいんだよ。真っ直ぐに褒めてくれるルイくん、素敵じゃない。意外なのはライオネル様だったなあ。そういうの、すらすら言えそうなのに」

「見た目はお貴族様って感じなのに、そういうところってあまり貴族らしくないですよね」


 なにやら背後から水音と悲鳴が聞こえてくる。だけどクロエ先輩は必死に助けを求めるノア先輩の声を笑顔で見送って、それからまた二人で訓練を再開した。








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