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高等部ニ年・Ⅲ

 

 応接室でオフィーリアの煎れたお茶を手に賑やかに談笑しているノア先輩たち。

 みんなに一言断って、私はオスカーを寝かしつけに行ったエリザさんを追いかけた。


「エリザさん、入ってもいいですか?」


 ベビーベッドにオスカーを降ろしていたエリザさんにそっと呼びかけると、振り向いた彼女はふわりと笑う。


「あら? ソフィちゃんどうしたの?」

「お渡ししたいものがあって」


 物音を立てないように近づいて、ベッドの中からつぶらな瞳で見上げてくる新しい家族を恐る恐る覗き込む。

 金髪のくるくる巻毛に、真っ青な空のような澄んだ瞳。まさにサイラスJrといった風情が微笑ましい。


「……サイラスにそっくりです」

「ほんと、笑っちゃうくらいにね」


 そっと指を差し出すと、びっくりするくらい小さな手がその指を掴んでくる。


「オスカー、はじめまして」


 小さくあぅーと喃語が聞こえて、あまりの可愛さに笑みが溢れた。


「オスカーは肝が据わってますね」

「そうね、あんまり人見知りしないのよね。そういうところもサイラスにそっくりかも」

「でもオスカーの可愛らしさは母親譲りです」

「もう、ソフィちゃんったら」


 素敵な笑顔に微笑み返しながら、懐から取り出した装飾袋を手渡す。


「あの、これ。よかったらオスカーに」

「まぁ、頂いても?」


 袋の中から出てきたのは紐のついた木製のチャームだ。

 バーチの枝から作った太陽を象ったそれは、オスカーが間違って口に咥えたり傷ついてしまったりしてしまわないように、適度な大きさにして丸みのあるデザインにしてある。

 もちろん軟性の魔術構築術も念入りに書き込んでおり、弾力もばっちりだ。


「これは魔術具になるんですけど……」


 恐る恐るエリザさんの反応を伺ってみる。その表情に嫌悪の感情がないことを確認して、説明を続けた。


「お守りのようなものです。オスカーにもしも万が一のことがあったとき、一度だけ身代わりになってくれます」


 高等部に入ってからは、審査が通れば自作した魔術具を持って帰ることができるようになる。

 といっても完成させるまでに相当時間がかかるのと、なかなか審査を通過しなかったりでそんなには持って帰れないのだけど。

 今回はエリザさんの妊娠を聞いたときからこつこつと作り始め、ルイに衝撃吸収の構築式を教えてもらいながらなんとか帰省に間に合わせた。


「まぁ、素敵なものをありがとう! サイラスも喜ぶわ」

「こんなものでよければ……」


 エリザさんは優しい笑顔で太陽を象ったチャームを撫でる。


「オスカー、いいものもらっちゃったわね? よかったねぇ」


 レースのカーテンから漏れる柔らかな日差しに照らされた親子が眩しくて、目を細める。


「ありがとう、ソフィちゃん」


 オスカーの頬を擽りながらチャームを揺らしてあやす姿はあまりにも優しくて、目が離せなかった。

 この温かな光景を何人にも侵されないように、少しでも自分にできることがあれば力になりたい。

 この才能は誰かを傷つけるために使うのではなく、守るために使いたい。

 その気持ちはどこか、“ソフィア・ランドルフ”への餞のようなものに近かった。

 

 





 オスカーの寝室を出て応接室に戻ろうと廊下を歩いていると、向こうからオーウェンが早足でやってきた。


「あ、いた!」


 どうやら私を探していたらしく、瞬く間に近づいてきて両腕を掴まれる。


「ソフィ! 一体どういうこと!」


 なんだかただ事ではないような雰囲気だ。


「ソフィが初めて友だちを連れてくるっていうから楽しみにしていたのに! 男ばっかり三人も来て女の子がたった一人だなんて聞いてない! 一体あの三人とはどういう関係なの!」


 必死に問い質してくる姿に、遠い目になる。

 距離を置いている間に過保護も卒業したかと思っていたのに、相変わらずこの人は変わっていない。


「どういう関係って、みんな友だちと先輩ですよ。お願いだから妙なことしないでくださいね」


 オーウェンは世の令嬢が見たら卒倒しそうな悩ましげな表情を浮かべた。

 ……オーウェンの葛藤も分からないこともない。彼の中の私はきっと、未だに一人ぼっちの小さなソフィなのだろう。

 だけど私だってブライドン学院に入学して色々なことを経験したし、大切な友だちだってできた。

 ――それにもうあの()()()はいない。私が殺してしまった。


「用が終わったのなら、もう行きますね」

「待って! もう一つ」


 オーウェンは情けない程眉根を下げて、追い縋ってきた。


「ねぇソフィ、まさかあのライオネル・アディンソンと結婚するだなんて言い出さないよね? あいつとだけは絶対にダメだからね! あんな顔だけ男にソフィを幸せにできるとは思わない! ねぇどうしても、どうしても結婚したいっていうなら! あの大人しいルイくんとかいう子はどうかな? 彼なら優しそうだし、兄を敬ってくれそうだし、それにいつでもソフィに会わせてくれそうだし! なんならここに一緒に住んでくれても……」

「誰が顔だけ男ですか」


 冴え冴えとした声に息が止まるほど驚く。

 白々とした視線を投げかけるライルが、オーウェンのすぐ後ろに立っていた。


「……なんだ、いたの」


 オーウェンは佇まいを正すと、コホンと息を整えた。


「ライオネルくん、こんなところでどうしたの? 人の屋敷内を勝手に歩き回るだなんてちょっと不躾じゃない?」

「ランドルフ卿には許可を頂いて出てきましたので、なんの問題もないかと。私はただ、ソフィがなかなか帰ってこないので探しにきただけです」


 二人ともにこりと笑い合ったまま動かない。

 常にその才能を評価され光の当たる道を真っ直ぐに歩んできたオーウェンと、物語内では魔術の才に恵まれながらも正当な評価を受けられず日陰の道を歩む羽目になったライオネル。

 そんな二人が仲良く話すことなど不可能なのだろうか?

 痛む頭を押さえながら二人を引き離すべく、ライルの袖を引っ張った。


「なっ……ソフィ?」

「行こう、ライル」

「ソフィ、そんな! 違うよね? 違うと言って!」

「あのですね、オーウェン」


 なにやら悲痛な叫びを上げているオーウェンを一瞥する。


「なにを勘違いしているのか知りませんけど、私たちはまだ十五、六かそこらだし、そもそも、誰と結婚するとかそういうことは自分で決めますから!」

「そんなのダメだよ!」


 強く言ったつもりだったが、オーウェンも負けじと言い返してきた。


「もしもそいつがソフィを騙してるような悪い奴だったらどうするの! いい顔しててもいい人だとは限らないんだよ?」


 なかなか鋭い指摘に思わず笑ってしまった。

 確かに、あのままいけば私はライオネル・アディンソンに利用されているとも知らずに、己の恣意のまま身勝手な思いをぶつけて自滅していくところだった。

 オーウェンの言っていることがあながち間違いとも言い切れないところに、深い因縁を感じてしまう。


「心配してくれてありがとうございます、オーウェン……でも、もう大丈夫ですから」


 尚も言い募ろうとするオーウェンに背を向けて、その場を後にする。

 後ろからライルが追いかけてきた。


「煽っといてなんだが……放っておいていいのか?」


 ちらりと後ろを伺ったライルは可哀想なものを見る目をしている。


「いいんです。いい加減妹離れしてもらわないと」


 真っ直ぐ前を見ながらそう言い放った私にライルはどう思ったのか、それ以上なにも言ってこなかった。







 翌日、早々に湖畔の別荘へ出立しようと準備する私を見て、オーウェンの盛大なゴネが始まった。


「もう行くだなんて聞いてないよ! せっかく久しぶりに帰ってきたんだから、もっとゆっくりしていけばいいじゃない! そもそも泳ぎの練習だったら魔術なんて関係ないよね? 僕に頼めばよかったんだよ!」


 そう恨めしげに言われたって、オーウェンだって騎士として務めている以上ずっと付き合わせるわけにはいかないし、今回もわざわざ私の帰省に合わせてこうして無理に顔を見せてくれているのを知っている。

 その気持ちに感謝しつつも申し出は固辞して、さっさと馬車に荷物を運び込んだ。

 少しむくれ気味だったオーウェンもネイサンとサイラスに窘められ、最後には渋々ながらも見送りに出てきてくれた。


「……いいかいライオネルくん、君に教えといてあげるけど、ソフィは昔一度溺れかけたことがあるんだからね。そこのところ、しかと肝に銘じといて。決して無理強いしないように」

「ご忠告痛み入ります、お兄様」


 ライルはまたもやよそいきの極上の笑顔を張り付ける。笑顔の二人が並ぶと無駄にきらきらしくて華やかだ。


「ですが私は既にその事実を知っていますし、海上訓練のときにソフィがどんな状態だったかも見ています。改めて言われなくともお兄様以上に存じていますので。ご心配なく」

「あっそう……」


 残念だがオーウェンの方が分が悪い。

 上手いこと言い返せずにぎりぎりしているオーウェンをしょうがないので慰めていると、ややあってオーウェンは仕方なさそうに笑った。


「……でもちょっと安心したよ。ソフィにとって大切な人が他にも沢山できたんだって知れたから」


 オーウェンの手が少し乱雑に頭を撫でてきた。


「だとしてもね? たまには家族のことも思い出してよ? 僕もソフィと旅行に行きたかった!」

「もちろん、家族のことはいつも想ってますよ」

「ソフィ……! やっぱり僕も着いていく!」

「いつまでそのやり取りを繰り返すつもりだ」


 サイラスがぶつくさ言っているオーウェンを強引に引き離して押し出した。


「ソフィ、オスカーへのプレゼントありがとな。まさかソフィの初めての魔術具がオスカーにだなんてな……オーウェンが知ったらまーた煩く騒ぎ出しそうだ」


 しばらくは黙っておこうとにやりと笑ったサイラスは、ちらりとルイに視線を遣って咳払いした。


「でもな? ソフィ、あんな優男でも男は男だからな?」

「サイラス、押しかけてるのはこっちの方ですよ。それに……」


 荷馬車に荷物を詰めながら、笑顔で御者と話しているルイを見遣る。


「私なんかがあんな素敵な人に、相手にされるわけがないんです」

「そういう言い方はどうかと思うぞ」


 厳しい口調で窘めようとしたサイラスを遮る。


「サイラスの言いたいことは分かってます。ちゃんと気をつけますから。また今度の帰省のときにオスカーにお土産持ってきますね」

「反抗期かなぁ……次はオーウェンにも作ってやれよ」


 馬車のそばでは意気投合したのか、先輩たちがランドルフ夫妻と話し込んでいる。


「もう行くのか」

「はい。生憎後期までにどうにかしないといけなくて」

「そうか。応援しているよ」


 ネイサンもオーウェンと同じく少し乱雑に頭を撫でてきた。


「また是非来てもらいなさい。ソフィから聞けない話も沢山聞けて参考になったから」

「……なにを話したんですか?」


 見上げたノア先輩からはわざとらしく視線を逸らされた。


「ライオネル様編入時の噂のこととか、中等部の事件の事とか、色々と事細かく報告してたよ」


 のだが、親切にもクロエ先輩がおっとりとした笑顔でバラしてくれた。


「クロエさん、今度いらっしゃった際には昨日お話ししたお菓子も準備しておきますね」

「ありがとうございます。私も伺ったレシピで挑戦してみますね!」


 それぞれへ別れの挨拶をして、みんなが乗り込んだ馬車へ最後に私も乗り込む。

 走り出した馬車の中から家族に手を振ると、オーウェンが一際眩しい笑顔で振り返してくれた。


「ソフィちゃんのお兄さんってとっても素敵。まるで王子様みたい」


 窓から未だに手を振っているオーウェンを眺めながら、クロエ先輩がうっとりと呟く。


「えっ……!」


 今回一番の立役者だったノア先輩は、衝撃を受けたように絶句している。


「いやでも、過保護だし交友関係も派手だし、ノア先輩の方が素敵ですよ。ほら、色合いも似てるしオーウェンも先輩も変わりませんって。ノア先輩も王子様みたい!」


 あまりにもショックを受けて呆然としているものだから、慌ててフォローを入れる。


「いや、ノア先輩は王子にはなれないだろう」

「ちょっとそれは無理があるよ、ソフィ」


 追い打ちをかけてくる二人を黙らせていると、ノア先輩がガクガクしながら呟く。


「え、クロエってあんな感じがタイプなの……?」

「……えー?」


 照れるように頬を染めたクロエ先輩に、ノア先輩が絶叫した。


「クロエ! それはちょっと見る目がないと思うなぁ! 確かに見た目は格好いいかもしれないけどさ! ソフィちゃんの前で見せた情けない顔、クロエも見たでしょ!? ちょっと過保護過ぎると思うんだよねぇ!」

「初めて先輩と意見が合ったかもしれない。それは私もどうかと思います。いい加減妹の自由を尊重すべきだ。交友関係に口出しするとますます煙たがられるというのを奴は分かっていない」

「あの、あんまり人の家族をどうこう言ってほしくないんですけど……」


 ノア先輩と共にクロエ先輩に考えを改めるよう真顔で説得しだしたライルに、ルイは咎めながらも笑いを堪えている。

 ランドルフ邸へと向かうときと同じように、別荘へと向かう馬車の中もにぎやかなものだった。







 その日の夕方に目的の別荘へと着く。

 清閑な森の中にある湖の畔近くに建てられた別荘は、小さいころと変わらずそこに静かに佇んでいる。

 それぞれの部屋に案内されて一人になると、騒がしかった日々の反動からか一気に疲れが押し寄せてきた。ベッドへと倒れ込むように横になる。

 ここは、“私”が始まった場所。

 外の静けさに耳を澄ましていると、嫌でもあの日のことが浮かんでくる。そのまま枕に顔を埋めるようにして、余計なことを遮断するように意識を沈めた。







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― 新着の感想 ―
[良い点] オーウェンとライルの舌戦にハラハラしつつ読んでたんですが、最後のノア先輩の狼狽っぷりとソフィの『色合いも似てるし』にすごい笑いました! [気になる点] オーウェン、植物なりなんなりなにか世…
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