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高等部一年・Ⅴ

 

 あのあと食べた焼肉は、これ以上ないほどに美味しかった。


「ソフィちゃんがいっぱい頑張ったんだから、たくさん食べないとね」


 クロエ先輩が私の分をニコニコと取り分けてくれる。


「いやあでも、今年は大将同士が討ち合うなんて、意外な展開だったよなあ」

「ハティ先輩のやつ、自分からふっかけといて負けてんの」

「ドゥーガル先生に慢心だ! って怒られてたな」

「でも泣いてるハティ先輩も可愛いかった……」

「それはたしかに可愛かった」


 賑やかな食卓は、相変わらず楽しい。

 礼を言いながら取り分けてもらったお皿を受け取っていると、隣に座ったライルにじっと見られていることに気づいた。


「なんですか?」


 肉が欲しかったのかと思い皿を差し出すも、首を振られて断られる。


「進級製作のときもそうだったが、協力して一つのことを成し遂げるというのはなんだか気持ちの良いものだと思って」


 しみじみと呟いたライルは、穏やかな顔で食卓の肉争奪戦を眺めている。


「ソフィ、君に出会えたことで……私の人生は大きく変わった、なんて……言ったらどうする?」

「急にどうしたんですか? そんな大げさな」


 次から次へとあっという間に消えていく焼肉から、ライルは視線を私に移した。

 彼も変わったのだろうか。

 浄化の旅の過程が書かれたあの本の中では、彼が聖女以外の誰かとこうして助け合ったり心を通わせようとしている描写は見られなかった。

 ――彼はたしかにもう、私が知っていたライオネル・アディンソンではないのだろう。


「君に出会えたことが……私の最大の幸運、なのかもしれないな」


 そう言いながら、ライルは照れたように少しだけ頬を赤らめながら、視線を外した。


「そうですか。でもそれはきっと、ブライドンに入ろうと思ったライルが掴むべくして掴んだ、必然的な未来だと思いますよ」

「もし、そうだとしても……」


 ライルは顔を上げた。透きとおるような綺麗な瞳はまっすぐと私に向けられている。なんのてらいもない、感情をさらけ出しているような目だった。


「いや、そうだとするならば、なおさら君に出会えたことが私の幸運だ」

「……そうなんですかね」


 あまりにもライルがまっすぐにそんなことを言うものだから、なんだかこっちまで気恥ずかしくなる。


「二人とも食べてるー? くっちゃべってばっかりだとあっという間になくなっちゃうよー?」


 ノア先輩に声をかけられて、とっさに視線を逸らした。


「ソフィ、大丈夫? 遠慮してるのなら僕のを分けてあげようか?」


 反対隣に座っていたルイが心配そうに振り返ってくる。それに笑いながら首を振り返した。目の前の皿には、まだこんもりと肉が盛られている。

 照れながら微笑んだその顔があんまりきれいで、柄にもなく少し見惚れてしまったなんて、……。







 合宿四日目、夜。

 ノア先輩がおどろおどろしい様子で告げてきた。


「とうとうやってきました! 今夜は恐怖の夜間演習だよ!」


 きょとんとした私たちに、クロエ先輩が丁寧に教えてくれる。

 なんでも演習も兼ねたレクリエーションなんだそうだ。先生の監督の下、予め仕掛けが設置されたルートを辿って、ゴールまで目指すというもの。

 コースは毎年同じなので、上級生にもなるとある程度予測しながら進んでいくのだそうだが、そんな彼らは恐怖に叫び声を上げながらこわごわと進む新入生を見るのが楽しみなのだという。

 暗がりの中続々と集まり始めた生徒たちに、エイマーズ先生たちが二人一組になるように声をかけている。

 このパターン、進級製作の時と同じだ。私たちをまたあの奇妙な沈黙が包み込む。


「あの、ルイとライルで……」

「別の生徒を当たってくる」


 今度は譲ろうと思って声をかけると、最後まで聞かずにライルがふいと背を向けてしまった。


「ライル?」


 そのまま立ち去ろうとするライルをルイが追いかけていく。捕まえた先で二人で二言三言話していたが、結局ルイだけが戻ってきた。


「あの、ライルはどうしたのかな?」


 あまり彼らしくない態度だったけど、ルイはごまかすように笑って答えない。


「ライルは行っちゃったからさ。僕と組もっか」


 もしかしてライルは彼なりに気を遣って譲ってくれたんだろうか。そう思って後ろ姿を探すけれど、その姿はすでに人混みの中に消えてしまってもうどこにも見つからなかった。







 ペアが見つかり次第コースには出発できるようで、もう幾組かはおそるおそる入っていっている。

 ライルも嫌がるメイシーさんを引き連れながら、少し前に行ってしまった。

 とうとう覚悟を決めて向かえば、エイマーズ先生が不敵な笑みを浮かべて待っていた。


「次はミラー君とランドルフ君か。新入生同士のペアは四苦八苦するだろうが、まあ頑張りたまえ。もしもどうしようもなくなったら救援球を打ち上げるように。それでは健闘を祈る」


 その言葉に不安を覚えながらも、渋々入り口をくぐる。そこは一見、なんの変哲もないただの夜道だ。

 ルイに促されて慎重に進んでいくと、突然横の茂みがゴゾゴソと音を立てて揺れ始めた。


「わっ、なに?」


 ルイがすぐに魔術を構築して、構える。

 それきり動きを見せない茂みに、二人ジリジリと後退しながら離れたところに身を隠す。どうすべきか少し悩んだが、思い切って茂みの上に火の玉を発現させた。


「これは……」


 中には魔術具が設置されていて、それが茂みを揺らしていた。


「なんだあ……先生の仕掛けか、びっくりした」


 ルイは安心したように魔術を消している。

 ここまできて、ようやく呑み込めた。つまり、これは……うん、肝試しだ。

 レクリエーションも兼ねた演習だというからどんな魔術が襲ってくるかと身構えていたが、なるほど、肝試しか。


「進もうか」


 ルイに促されて、慌ててついていく。……お恥ずかしいことに、お化けの類は壊滅的に苦手だ。あまりにも苦手すぎて、転生前はお化け屋敷には一歩も足を踏み入れたことがなかったくらいだ。

 肝試しも同じくらい避けていたから、そうだと分かった途端に手に汗が滲んでくる。

 ルイは時折私を気遣いながらも、淡々と進んでいく。

 静かな闇の中からは驚く声や、まれに可愛らしい叫び声なんかも響いてくるけど、私たち二人は静かに進んでいる。

 それからも、先生たちの遊び心溢れる仕掛けは途切れることなく続いた。

 急におどろおどろしい人形が倒れてきたり、糸に吊るされた手袋がぶつかってきたり。かと思えば離れたところから足音が聞こえたり、急に足形が現れたり。

 その都度ルイが風の魔術で払ってくれたり、火の玉でしかけの魔術具を探してくれたりして、私を怖がらせないように気を利かせてくれている。

 本当にルイ様々だ。私はついていくのに精一杯で、情けないことに喋る余裕もない。


「ソフィ? 大丈夫?」


 黙りこくったままの私に、ルイが訝しげに振り返ってくる。

 その背後からゆっくりと浮かび上がるのは、夜闇を不気味に照らす、光るお面。あまりにも唐突に現れたその不気味さが、私の恐怖の臨界点を突破させた。


「ぅわあぁあぁああぁ!」


 自分の口から出ているとは思えないような大音量の叫び声を上げながら、今までの人生の中で一番じゃないかと思えるほどの最速の速さで魔術を構築し、不気味なお面に思いっきり暴風をぶち当てる。

 不気味なお面はブチッと音を立てながら、そのままどこかへと飛んでいった。

 あまりの恐怖にまだ息が荒い。

 ただの魔術具だと分かっていても、また舞い戻ってくるんじゃないかと気が気でなくて、風を意味もなく辺りに撒き散らす。

 肩で息をしていると、なにかがふにっと私の肩に触れた。


「!」


 すぐに身を躱すと、「僕だよ」と両手を上げたルイに弁明される。


「大丈夫?」

「……うん」

「うそ。大丈夫じゃないでしょ?」


 責めるような灰色の瞳に貫かれて、私は力なく頭を下げた。


「ごめんなさい。実は全然大丈夫じゃない」

「だと思った」


 頭上から呆れた声がする。


「だってソフィ、顔真っ青だし全然喋らないし、ずっと拳握りしめてるし。いつ頼ってくるかなって待ってたけど、一人きりで頑張ろうとするんだから」


 顔を上げると、ルイが真っ直ぐに見つめてくる。


「なんのためのペアなのかな? はい、手」


 差し出された細長い指をしばらく見つめて、それからおずおずとその手を取り、握りしめる。ルイはすぐにぎゅっと握りしめ返してくれて、体を寄せてきた。

 肩と肩が触れ合いそうなほどの近くの距離は、ずっと一緒にいる私たちでもなかなかない。いくら友とはいえ、妙に照れる。


「今だけ……こうしてたら、恐くないからね」


 それからルイは私を優しく促して、また前へと進み始めた。


「ルイは恐くないの?」


 淡々と前に進むルイに半ば称賛の意を込めて聞くと、苦笑が返ってくる。


「実は怖い。でもソフィの前だから、ちょっと見栄張ってる」

「ペアなんだから、頼り合ったらいいのに」

「それとこれとは話が違うんだよなあ」

「……ふぅん?」


 ルイと手を繋いで歩いている間は、不思議と怖さも分け合えているような気がした。二人で連携しあいながら数ある仕掛けを打破していき、最後に特大に怖い動く骸骨像を二人で完全な氷漬けにして、それからようやく出口が見えてくる。


「やっと辿り着いたよ。疲れたなあ……早くこんなとこ出よう。……ん?」


 急に立ち止まったルイに引っ張られて、私も立ち止まる。


 手は固く繋がれたまま。その手の先は少し背の伸びたルイ。

 女の子みたいだった彼は、もういない。


「ありがとう、ルイ。とても頼もしかった」

「どういたしまして」


 じっと繋がれた手を見つめていたルイは、やがて目蓋を閉じて息を吐くと、やっと手を離してくれた。

 先に出口に向かうと、後ろから声をかけられる。


「ソフィ、また恐いときは、さ。今日みたいに手を繋いであげるから。だから、我慢しないで」


 振り返った先にいたルイは奇妙な笑顔を浮かべていた。懇願するような、もの言いたげな笑顔。


「ルイってほんと面倒見がいいよね。ありがとう。次は早めに言うよ」


 その表情はしかし一瞬で消されて、すぐにいつもの明るい声が響き渡る。


「……きっとライルが首を長くして待ってるね。ねえソフィ、ライルも怖がったりしたと思う?」

「実はあの澄ました態度の下で滅茶苦茶怖がってたりして!」

「それ! 本当だったら見たかったね!」

「ねー! ライルの弱点、はっけーん! とか……」


 無粋な会話は、出口に立って待っていた無表情の友人に遮られる。


「毎回毎回、もしかしてわざと聞こえるように言ってるのか、君たちは?」


 ライルに笑顔でごまかすルイは、もういつものルイに戻っていた。







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ルイ〜! ルイルート希望です〜 (すみません勝手な読者の叫び)
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