高等部一年・Ⅳ
合宿二日目。
朝早くから広大な演習場へと移動して、進級して初の全学年合同演習が始まった。
といっても今回はゲーム形式で、まずは楽しみながらみんなで仲を深めようという意図らしい。
まずは黒と白の二つのチームに別れて、一人一つずつ胸にそれぞれのチームカラーの的をつける。この的は特殊なもので、魔術の接触を感知すると赤色へと変わる。この的が赤色に変わってしまえばゲームオーバー。戦線離脱だ。
各チームには大将と呼ばれる一人だけ大きな的を持った者がいて、この大将を討ち落とした時点でそのチームが勝ちとなる。
制限時間内に勝負がつかなければ、残った数の多いチームが勝ち。
この勝負は普段の演習と違って勝利したチームにご褒美があるというから、みんなの士気もいつもよりも断然高い。そんな上級生の様子に、わたしたち一年生組は初の合同演習ということもあって誰もが緊張していた。
まずはチームを振り分けられる。私たちは黒チームとなった。
「それじゃあ、大将を決めたいと思う」
黒チームのみんなを集めてリーダーシップをとるのは、最上級生のアレク・サンダーズ。サンダーズ先輩は勝ち気な顔をニヤリと笑ませて、私たちを見た。
「大将はいつも女の子が務めるのが定番だけど、今年はどっちがする?」
「うーん、私は去年したからなぁ。今年はソフィちゃん、いいよ?」
クロエ先輩がおっとりと見上げてくるが、そんな大役なんてぜひとも慎んでご遠慮したい。
「いえ、私は……」
「うん、ソフィちゃんならあのライオネル様もついているし、心強いね。ノアは去年失敗したからな」
「先輩、今年はきちんと挽回しますってば!」
反論しようとしたが、話はあっという間にもう進んでいた。
「今年は大将にライオネル様がついているから、みんな守りは気にせず積極的に大将を狙っていこう。ソフィちゃんチームは守りに徹してていいよ。クロエちゃんチームは撹乱。こっちも守りつつ、数を減らして。向こうも女の子は二人いる。おそらく同じ手を使ってくるだろうから、気をつけて」
サンダーズ先輩は、パンと手を叩く。
「ただ毎年言われていることだけど、大将が女の子とは限らない。狙う前に充分的の大きさを確認して、迅速に情報共有を行うこと。それじゃあ今夜の豪華焼肉セット目指して、みんな頑張ろう!」
サンダーズ先輩の号令に各々凛々しい返事を返して、みんな立ち上がる。
ひとまわり大きな的を手渡されて、緊張と不安に表情が曇った。これを守れなかったらみんなの焼肉セットがおじゃんになる。
「大丈夫だ。心配しなくても私とルイがついている。任されたからにはきっちり守り抜くさ」
ライルが励ますように声をかけてくれる。
「そうだよ、ソフィ。僕もライルには敵わないかもしれないけど、でも頑張るからね。……あのさ」
ルイがこっそり耳に口を寄せてきた。
「ライルってさ、なんで上級生からもライオネル様って呼ばれてるんだろうね。あのサンダーズ先輩までライオネル様だってよ」
「ルイ、聞こえてるぞ」
ルイの言い様に、思わずクスリと笑いが漏れる。
「やっと笑った。気楽にいこう?」
「……そうだな。あまり深刻に考えずゲームを楽しんだらいい」
そうやって安心させるように笑いかけてきた二人にコクリと頷きを返すと、三人で気合いを入れるように手を合わせあった。
両チームとも位置につく。ゲームが始まる前の緊張を孕んだ静寂。
その静寂を破るように甲高い笛の音が鳴り響き、とうとうゲームが開始した。
すぐに上級生たちは素早く魔術を構築しながら我先にと飛び出していく。あっという間に攻守入り乱れて場は混戦状態だ。呆気に取られていた一年生組も、我に返った者から慌てて参加していく。
人体を過度に傷つけてしまうのはルール違反なので派手な魔術は飛び交わないが、それにしても動きといい魔術の構築速度といい、上級生たちは一年生組とは段違いだ。
「下がるぞ」
その様子を見ながらライルは後退を促してきた。遠くではクロエ先輩もノア先輩の影に隠れながら控えている。
あちらの白チームはケイティのほかにもう一人、最上級生に女子学生がいる。
もしその先輩が大将だったらちょっと厄介だ。なにせとんでもない噂しか聞こえてこない人だからだ。
そんなことを考えていると混戦から抜け出たのか、数人の生徒がこっちへと向かってきた。
「ルイ、いくか」
「うん。任せて」
ルイは素早く風の魔術を構築すると、自然のそよ風に交えて近くまで忍ばせる。
相手方の放った水の魔術をライルが空中で凍らせて受け止めている隙に、ルイは風をうねり上がらせて見事に三人の的を赤く染め上げた。
「え? いつの間に?」
戸惑っている相手を見ながら、ライルは上機嫌に笑っている。
「さすがだな、ルイ」
だが次に向かってきた相手はそう上手くはいかなかった。
風の魔術を忍ばせる途中で感知の魔術に引っかかってしまい、避けられてしまったのだ。
その事実に闘争心が刺激されたのか、ルイの目つきが鋭くなる。
「僕だって風ばかりじゃないからね!」
ルイは素早く水流を構築すると、立て続けに連射した。
「ライル!」
ルイが作った一瞬の間を逃さずに、ライルも水流を見事な速さで浴びせかける。相手は反撃に出ようとしたけど、その前にどちらかの魔術がとどめを刺せたようだ。相手は自分の的が赤く染まっていることに気づくと、肩を落としてトボトボと退場していった。
「雷を使えないのは不便だな」
ライルはぼやいているが、使えなくても二人の息はぴったりだ。これなら大丈夫そうだなとホッと一安心していると、ばったばったとほかの生徒をなぎ倒しながら一人の女子学生が目の前に現れた。
「はぁー! やっと抜け出せたよ、あの人混み!」
女子学生はメガネの奥からキラキラした目をこっちに向けている。例のやっかいな上級生だ。
その胸元には、大きな的。
慌てて魔術を構築するけど感知の魔術が足元一面に敷いてあり、どう攻めるかすぐには思い浮かばずに考えあぐねる。
二人もそうみたいで、魔術を構築したまま身構えていると、彼女は意外な提案をしてきた。
「ねえねえソフィちゃん、せっかくだからあたしと一対一で勝負しない?」
キラキラの目を私に向けて、彼女はお願いするように両手を組む。
「ソフィちゃんっていっつもライオネル様の影に隠れているけど、本当は強いでしょ?」
「……強くないです」
確かにソフィア・ランドルフは強い。
強いけど。
「勝負はまた別の機会にしませんか?」
今は黒チームのみんなの豪華焼肉セットがかかっている。
「ソフィ、相手にしなくていい。私が引きつけておくからルイと一緒に早く逃げろ。可能ならサンダーズ先輩に伝達を」
言うが早いが、ライルのほうからバチバチと音が鳴り出す。ぎょっとして振り返ると、彼はまさかの暗雲を生み出している途中だった。
「ライル、さすがにそれは危ないんじゃ……」
「牽制に使うだけだ。早く!」
「あ、待ってよソフィちゃん!」
ライルに急かされて、慌ててルイと背を向ける。状況に気づいたノア先輩とクロエ先輩もやってきた。
「ハティ先輩に目をつけられちゃったか。ヤバいなあ」
渋い顔で一人残るライルの様子を振り返る。
「去年もあの人のせいで負けたんだよ。あの人、やること無茶苦茶だからな」
「そうそう、油断してたら、とどめ刺されちゃったんだよね」
「うっ……今年は油断しないから! まあその、どっちにしろ大将はバレたしもう撹乱の意味はない。クロエ、ライオネルに代わって守りに入ろう」
「りょーかい!」
そうやって三人に守ってもらいながら逃げたけど、ライルの牽制を受けながらもハティ先輩は諦めなかった。
幾度もライルの牽制をくぐり抜けようとしては、バチバチに魔術を飛ばし合っている。
「やっぱさすがライオネル様だよな!」
ノア先輩が感心して見ているが、こっちは気が気でない。
「このまま制限時間まで逃げ切るか」
「あとどれくらいですか?」
「んー、一時間半?」
長い。
そんなに長い時間、ライル一人に頑張らせるのは……。
「君も楽しいけど、やっぱりソフィちゃんと勝負がしたいな!」
ハティ先輩が向けてきた無邪気な笑顔に、一種の覚悟が決まる。
そんなにやりたいのなら、だったらやってやろうじゃないか。
「ソフィ?」
「危ないから、離れてて」
立ち止まった私にルイが声をかけてきたけど、それに首を振って素早く魔術を構築する。
私の得意な魔術は、炎だ。嫉妬の炎に怒りの炎、憎悪を燃やしに燃やし尽くす、ソフィア・プリムローズらしい魔術。
「先輩、一対一じゃ不公平なので、こっちは二人でもいいでしょう?」
「ソフィ、なにをしている」
ライルの制止も振り切ってその隣に歩み寄る。ハティ先輩にそう声をかけると、彼女は考え込みだした。
「応じてくれないのなら、私はこのまま逃げます」
「いいよ! いい、いい! じゃあ勝負だ!」
言うが早いが、ハティ先輩のまわりに細かい氷の粒が一斉に浮かび上がった。
「気をつけろ! あれで去年、一網打尽にやられてる!」
ノア先輩が叫んでくる。
「……まったく。来るぞ」
構えた私たちにハティ先輩は嬉しそうに微笑んだ。同時に猛スピードで飛んでくる氷粒たち。それを炎で溶かそうとして、咄嗟にライルの氷の壁に庇われる。
「溶けない……!」
「ハティの特製氷だからね。まだまだいっくよー!」
次々に襲いかかってくる氷粒たち。それをライルが同じ氷の壁で防ぐ。私も同じように必死に氷の盾で打ち返した。
「やるねえー! じゃあこれは?」
今度は辺りを氷の靄が覆い尽くす。ポツポツと雪が降ってきたと思ったら、あっという間に雪が積もってきて、ちょっとした吹雪のようになった。
慌ててライルと一緒に自分たちの周りに炎風を張る。
溶けない雪は炎風に吹かれて落ちて、まるでかまくらみたいに徐々にまわりに積み上がっていく。
なるほど、たしかにやることが滅茶苦茶だ。攻めに転じないとこのまま振り回されて終わってしまう。
「なにか考えはあるか」
ライルに聞かれ、おずおずと頷いた。コソコソと相談すると、アイスブルーの瞳が面白そうにきらめく。
「私は守りに徹するから、安心してやりたいようにやるといい」
これ以上ないほどに頼りになる友の言葉に微笑んで、私は姿ももう見えなくなったハティ先輩に対峙する。
風でかき集めた、ハティ先輩の積もらせた雪。ちょっとせこいけどこれを使わせてもらう。
的に当たらないように細心の注意を払いながら、ぎゅっぎゅっと握って雪球を作る。
それを吹雪の中、炎風の隙間を上手く開けてもらって、ライルとタイミングを合わせてポイポイポイっと投げつける。コントロールの悪さはライルが風の魔術で補正済だ。子どもの遊びのような雪玉は魔術の補助を受けて、まっすぐにハティ先輩のほうへと飛んでゆく。
「ん?」
ベシャ、ベシャ、ベシャリ。
何個も投げたうちの一個だけ、なんとかハティ先輩の肩に当たった。崩れた雪玉は的に伝い――そして的を赤く染め上げる。
「え? え? なんでぇ?」
ショックだったのか、ハティ先輩は崩折れた。
「実は……先輩の雪、使わせてもらいました」
自身の魔術で作られたものには感知の魔術は作動しない。だから私の雪を先輩の雪で包んで投げつけたのだ。運良く崩れて的に触れたようで、本当によかった。
「うそぉ……負けちゃったの……私が……?」
先輩は愕然とそう呟くと、仰向けに伸びたっきり、動かなくなった。
やった……! 勝った……! 私、勝ったんだ。 みんなの豪華焼肉セットを守り抜いた。
……と、喜んだのも束の間。
ところでこの吹雪は、いつになったら抑えてくれるのだろう。
「勝ったんだが……」
「さ、寒い……」
勝利を喜ぶどころじゃない。嘆く先輩が立ち直るまで、炎風を維持したまま、私たちは震えているしかなかった。




