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ランドルフ家にて・Ⅱ


 記憶が蘇った時点で嫌な予感はしていた。

 もう手遅れかもしれなかった。だって私の心の中は既にオーウェンのことで溢れ返っていたから。








 オーウェンはネイサンの高潔な雰囲気とオフィーリアの繊細な美貌を受け継いだ、王子様のようなキラキラしい美少年へと成長していた。

 彼はいつも朗らかな笑顔で悪戯をしてはネイサンに怒られたり、サイラスと喧嘩してはオフィーリアに泣きついたりしている。

 表情がくるくる変わる様はいつだってキラキラ輝いていて、それがとても眩しかった。

 ランドルフ家を一人ポツリと遠目に見がちな私に声をかけてくれて、団欒の輪に引き入れてくれるのもいつもオーウェンだった。

 綻ぶような笑顔で「ソフィもおいで?」と、優しく手を引いてくれる。その先には温かい笑みを浮かべたネイサンにオフィーリア、悪戯っぽい顔をしたサイラスがいる。

 私は一人じゃないって、みんながそばにいてくれるって思い出させてくれるのはいつだってオーウェンだった。

 これ以上オーウェンから離れられなくなる前に……私はここから立ち去るべきだ。

 嫌だ嫌だと、この温かい場所を手放したくないと心の中で泣き叫ぶ自分。引き裂かれるような胸の痛みに気付かないフリをして、私はネイサンの書斎の扉を叩いた。


「ソフィアか、珍しいな。どうした?」


 ネイサンは書類から目を上げると、かけていた眼鏡を外して微笑んできた。

 小さいころから父のように慕ってきた、大好きなネイサンの温かい微笑み。その微笑みにぎこちなく笑みを返して、握りしめた拳に一層力を込めて見つめた。


「……ネイサン、お願いがあります」


 ネイサンは促すように首を傾げた。


「ブライドン魔術学院に入学したいんです」

「……ブライドン魔術学院?」


 怪訝そうに眉を顰められ、それからネイサンは険しい顔つきになった。


「厚かましいお願いだってわかっています。でも私、魔術に興味があって……」

「その気持ちは分かるけどね、ソフィ」


 捲し立てようとした私を遮って、ネイサンは窘めるような声を出した。


「なにもブライドンなんかに行かなくても、隣国の学院なんて……王立魔術学院じゃダメなのかい?」

「隣国の魔術に興味があります。ブライドン魔術学院では自国よりも魔術学がはるかに進んでいる」


 じっと目を見つめられる。


「それはご両親の仇を探すため?」

「……それもあります」


 強張った表情のまま引き下がらない私に、ネイサンは溜息をついた。


「許可は出せない。ソフィはまだ十二歳で、親の庇護が必要な年齢だ。そんな君を一人で隣国に行かせることなんて出来ないし、第一復讐なんてやめるべきだ」

「ネイサン、ごめんなさい」


 頭を下げた私に、ネイサンが苦笑する気配がする。


「分かってくれたらいいんだよ。さぁ、もうお戻り……」

「ネイサン」


 じくじく痛む心を叱咤する。


「もう入学は決まってるんです」


 顔を上げるとネイサンを真っ直ぐに見据える。目を瞠ったネイサンはなにかを言おうとしているけど、それを強引に遮って私は続けた。


「幸い、魔術認証と筆記のどちらも遠隔操作試験で通過できたので、特別枠で入れることになりました。来月からの入学です。寄宿舎も空き部屋があったので、もう用意してもらっています」

「な……」

「勝手なことばかりしてごめんなさい。でも私、もう行くって決めたんです」


 ペコリとお辞儀すると、焦ったように引き留めるネイサンの声を無視して書斎を後にした。

 六歳のときに引き取って貰ったときから、血の繋がった実の親子のように愛情を注いでくれたネイサン。母親の優しさを教えてくれたオフィーリア。一緒に遊んで喧嘩して、泣いたり笑ったりすることがどういうことか教えてくれたサイラス。

 そして私の心をいつでも掬い上げてくれたオーウェン。

 彼等の温情に背く行為だと分かっているが、大切な家族を傷つけたくない。このままズルズルここにいて、決められた未来をただなぞるだけなんてそっちの方が耐えられない。

 それに、世界最高峰の教育水準を誇るブライドン魔術学院で学ぶことができたら、ライオネルに抗う術なんかも身につけることができるんじゃないかと思ったのだ。

 幸い私は普通の十二歳と違って、前世の記憶が朧げながらある。そしてこのソフィア・プリムローズは聖女の浄化の旅に同行できるくらい、魔術師としての才がある。

 それなら、今自分ができることを精一杯するべきだ。

 私の決心は間違っていない。

 もっと早くこうするべきだった。








 ネイサンが引き留めようとするのは分かっていたので、ギリギリまで報告はしなかった。

 隣国へはもう明後日に出発する予定だ。

 とりあえず必要最低限のものだけ借りて鞄に詰めようと、部屋に戻って荷造りを始めることにする。


「さっきのどういうこと!」


 さして間もなくノックもせずに飛び込んで来たのは、顔を真っ赤にしたオーウェンだった。


「ブライドンに行くなんて聞いてない!」

「なんでそのこと……」


 オーウェンに掴まれそうになって、サッと身を引く。 

 オーウェンはショックを受けたように顔を歪めた。


「ソフィが父上のところに行くなんておかしいと思ったんだ。それでこっそり覗いたら、あんなこと言ってたから……」

「そっか、聞いてたんだ……ごめんね、オーウェン。でも、もう決めたことだから」

「だからなに? じゃあなんで相談もしてくれなかったわけ?」


 困ったように笑うと、オーウェンはますます顔を歪めた。


「勝手だ……勝手すぎる! 僕たちが今まで過ごしてきた時間ってこんなものだったの! 家族と思っていたのは僕だけ!?」


 今にも泣きそうなオーウェンを見てられなくて、顔を背ける。切り裂かれたように胸が痛む。

 これは私のエゴだ。自分勝手な理由で、オーウェンを傷付けようとしている。


「……そうだよ」


 オーウェンが息を呑む音が聞こえた。


「私はずっと、家族なんて思ってなかった」


 ドスンと強い衝撃に、耐えられずに倒れ込む。

 気が付けば押し飛ばされていて、オーウェンが飛び出していった扉がバタンと乱暴に閉まった。

 ……オーウェンを傷付けてしまった。

 潤んでくる瞳を両腕で覆い隠す。

 これで良かった。未練は早めに断ち切るべきだ。

 これから仕出かしてしまうことに比べたらこれくらい、なんてことない。

 何度そう自分に言い聞かせても、オーウェンの泣きそうな顔はいつまでたっても消えてくれなかった。







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