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高等部一年・Ⅲ

 

 前期休暇に入る少し前、私たちは予定どおり、合宿のために山奥のコテージに向かうことになった。

 到着した先に現れたのは、コテージと呼ぶには些か立派すぎるような白いレンガ造りの建物たち。その建物前の広場で、エイマーズ先生含めた引率の先生四人がこれからの予定を告げたあとに解散を宣言する。

 初日の今日は来るだけで一日費やしたので、本格的に動き出すのは明日からだ。

 指定されたコテージに着くと、中でノア先輩とクロエ先輩が待っていた。


「……、一緒ですか」

「そんな嫌そうに言うなよ。本当は嬉しいくせに」


 凍りそうなほどの視線を向けられているのに、一向に気にすることなくノア先輩はぐいぐいライルへと絡んでいく。ある意味、羨ましいくらいにたくましい人だ。

 ほかの上級生も揃ったのちにまずは挨拶を交わし合って、それから割り当てられた部屋へと荷物を置きに行く。


「いい部屋譲ってもらえてよかったねー!」


 ベッドが二つに、クローゼットも二つ。大きな窓の向こうには森森とした山々が広がっている。

 クロエ先輩はその景色を眺めながら、気持ちよさそうに伸びをした。

 数が少ない特権だからだろうか。女の子だからとかいうよく分からない理由で、一番広々として眺めのいい部屋を譲ってもらった。

 部屋が決まれば後ほどエイマーズ先生に知らせに行かなければならない。念のため、先生特製の魔術錠をドアに取り付けに来てくれるとのことだった。

 荷物を整理して部屋を出ると、向かいからルイとライルも出てきた。


「ライルたちはそっちの部屋なんだね」

「ライルがここじゃなきゃどうしてもいやだって」


 ルイが苦笑すると、隣の部屋からノア先輩も顔を見せた。


「もし万が一ソフィちゃんになにかあれば……っておい!」


 途中でバタンとライルがドアを閉めてしまったので、残念ながらその先は聞けずじまいだった。


「先に下に行ってようか」


 クロエ先輩に優しく促されて、階下へと向かう。

 コテージには各学年より、二人ないし三人で割り振られている。女子学生は私を含めて四人しかいないため、このコテージともう一つのコテージに二人ずつ一緒に配置されている。

 お風呂は各コテージにそれぞれシャワーがついているが、女子だけには豪華な大浴場が別棟に用意されていた。さすがブライドン魔術学院クオリティだ。

 全員が揃ったら自己紹介をして、それから夕食作りとなる。

 みんな魔術を操れるだけあって、支度の早い早い。あっという間に進んでいく。

 特にルイの手際の良さは見事だった。私も昨年、二回もお世話になったときの経験を活かして下ごしらえを頑張る。

 意外なのはノア先輩で、ちゃらんぽらんに見えながらもしっかりと役割を割り振りしながらテキパキと準備していく。クロエ先輩はそんなノア先輩をニコニコ見守りながらリンゴのココットを作ってくれた。

 ライルは……あれは、貴族出身にしては善戦していたほうだろう。







 さすがに九人で夕食を囲むとなると、それはもう賑やかなものだった。


「いやー俺たち、今年は運がいいよ」

「女の子がニ人もいてくれるとさすがに花があるなぁ!」

「大体全員男だしな」

「悲惨だよな……」

「まあそれはそれで楽しかったじゃないか」

「でもやっぱり女の子がいてくれた方がいいよ!」

「今年はソフィちゃんにケイティちゃんまで入ってきてくれて、華やかさも増したしね」

「ケイティちゃん可愛いよなぁ。金髪ポニーテール……」

「進級製作がなにか聞いた? ハイヒールだってよ! 可愛いー!」

「……この会話、付き合わないといけませんか」

「ライオネル、今回の合宿は交流を深めるためだろ? 我慢我慢」


 賑やかな食卓は、聞いているだけでも楽しい。


「でもいくら華があるっていっても、クロエちゃんはノアなんかと付き合ってるし……」

「ソフィちゃんには視線を向けるだけで睨まれるし……」

「やっぱりなんか悲しくなってきた……」


 へえ、そうなのか。

 ノア先輩とクロエ先輩は普段から一緒に行動しているみたいだし、そう言われても納得がいくような仲の良さだ。二人の仲睦まじさは微笑ましくてつい応援したくなる。

 ……でも二人を見ていると、ときどきその姿がオーウェンとまだ見ぬ聖女に重なるときがある。

 あんなふうに一緒に過ごして二人で談笑しながら助け合い、お互いを慈しむような優しい笑顔で包み込む。

 そこまで考えて頭を振った。

 自分の想像でなにショックなんか受けてるんだ。そんなの今さら分かりきったことで、その二人を守るために私はここにいるんだから。

 夕食とその片付けまで終わると、あとは寝るまでのあいだにちょっとした自由時間があった。

 各々好きに過ごしている中、私は魔術書を眺めていたルイに声をかけた。


「ルイ、ちょっと抜けるね」

「どこに行くの?」

「外の空気を吸いに行ってくる」

「一緒に行こうか」

「ううん、大丈夫だよ」


 立ち上がろうとするルイを手で制した。少し一人になりたかった。


「ソフィちゃん、大丈夫?」


 心配そうに声をかけてくれたクロエ先輩にも笑顔を返す。


「大丈夫です。すぐに戻ります」


 後ろで私の笑顔がどうのこうの言ってる声がちらりと聞こえたが、すぐにライルの声にかき消された。








 玄関横の長椅子に座って、飲み物片手に夜空を見上げる。

 思えばオーウェンやネイサンたちともう随分と会っていない。

 三年の後期には彼らは騎士宿舎に移っていなかったし、四年のときは私が進級試験と製作でいっぱいいっぱいだったから、ルイの実家にお世話になっていた。

 毎月手紙のやり取りはしているし、去年はちゃんと事情を説明している。

 今年は一回は顔を見せようとは思っている。

 ――オーウェンは、またあのときのように帰って来ないのかな。


「もう大分経つけど、寒くない?」


 結局ルイは放っておけなかったみたいで、隣へとやってきた。顔を覗き込まれて温かい飲み物と交換してくれる。


「さすがルイ。ありがとう、気が利くね」


 礼を言って、口をつける。


「なにを考えてたの?」


 ふわふわのアッシュブラウンの奥から大きな瞳が月を見上げた。グレーの瞳に月光が当たると、なんだか神秘的な色になる。


「とりとめもなく、かな。ランドルフの家のこととか」

「前にサイラスって兄を名乗る人が迎えに来てたよね。もう一人、オーウェンって人がいるの?」

「うん。オーウェンは私の三つ上で、サイラスと同じエスパルディア城の騎士をしてる」


 騎士宿舎に移ってからはなお一層鍛錬に打ち込んでいると、手紙に書いてあった。

 ネイサンの息子ということで昔からサイラスと同じく注目を浴びていたが、今や新進気鋭の若手騎士としてさらに注目されているに違いない。


「そんなにノア先輩に似てる?」


 ……どうなんだろうか。実際のところそんなに似てもおらず、ただ面影を見つけようとしているだけかもしれない。


「そうだね。色合いとか……雰囲気かな。明るくて気さくで、面倒見がいいところとか」

「そうなんだ。ねえ、ソフィがエスパルディアで暮らしていたときのこと、もっと訊いてもいい? あんまり話したがらないからさ、訊かないほうがいいのかなって思ってたけど。ソフィがよければ、もっと知りたい」


 その言葉に、最初に編入した年のことを思い出した。

 頑なにエスパルディアに帰りたくない理由を話さない私を、見放すことなく実家に招いてくれたルイ。


「……いいよ、ルイにだけならね。でも聞かせるような大した話なんかないよ」

「それでも構わない。僕が聞きたいんだ」

「そっか。じゃあ……」


 月明かりに輝くグレーの瞳を今度は私に向け、ルイはポツリポツリと溢れるように語り出した私の話に聞き入っている。

 優しいけれど曲がったことは許さないネイサンに、慈愛に満ちたオフィーリア。ひょうきんなサイラスに、負けず嫌いのオーウェン。

 毎日騒がしくて、二人はケンカばかりしていて、いっつもネイサンに怒られてはオフィーリアに慰められる。

 それをボーッと見つめる私を、みんなが手招きして呼んでくれる。

 一緒に暮らしていたころの記憶は、一度蓋を開けてしまえば閉められないほどに溢れ出てくる。

 どうしようもないほどに幸せで。

 これ以上ないほどに大切だった。


「……あ」


 視界が潤んできたのに気づき、言葉を切った。漏れ出そうになった吐息を既のところで堪える。

 今が夜で本当によかった。こんなみっともない姿は誰にも見られたくない。

 ふと優しいそよ風が頭を撫でるように通り過ぎていった。

 何度も何度もやってきては背中を撫でるようにそよいでいくその風に、ルイの魔術だと気がつく。

 そのままルイはなにも言わずに、優しいそよ風で何度も何度も撫でてくれた。

 本当は、あのころのランドルフ家に戻りたい。

 みんな笑い合っていて、温かな幸せに満ち溢れているランドルフ家。

 みんなの幸せのために私は一歩踏み出せているって信じているけど、それでも時折思ってしまう。

 その光景の中に、私も一緒に居たかった。

 幸せなオーウェンの笑顔を、誰よりも隣で見たかった。







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