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高等部一年・Ⅱ

 

 会堂には既にほかの同級生たちも到着していた。ケイティにトール、ウィル・メイシーさん。おたがいに無事に進級できたことを喜び合っていると先生たちが登壇してきて、ようやく式が始まる。

 それから無事に長い進級式を終えると、今度は待機している私たちの前に担当らしき先生が現れた。

 涼やかな目元が美しい、きびきびとした女性教師だ。


「諸君、まずは進級おめでとう。高等部では今までとは違い、実際に魔術を構築しながら学んでいってもらう形式となる。上級生との合同演習も多いので、今までと違った内容に戸惑うことも多いだろう。だが諸君はいずれも厳しい試験を乗り越えてここまで到達することができた。その実力に自信を持って、これから先も助け合いながら皆で切磋琢磨していってほしい」


 さっそく明日からの実習内容などの説明をひととおり済ませると、きびきびとした女性教師―――グレイス・エイマーズ先生は解散を告げてさっと立ち去っていった。

 一気にガヤガヤと賑やかになる、構内。


「明日からは実習の毎日だし、久しぶりに院外のカフェテリアに行かない? もちろんライルの奢りで!」

「ルイ……君も言うようになったな」

「だって僕たちお金ないしさ。あ、でもちょっと商店街に寄って今まで買えなかった文具なんかも見たいんだよなぁ」

「……あるじゃないか、お金」


 ライルのもの言いたげな目も気にせずにルイは誤魔化すように笑うと、ゴソゴソとポケットからなにかを出した。


「はい、あげる」


 ルイの手にはお揃いのブローチが三つ握られていた。

 そのうちの一つを促され、手に取った。

 それは真鍮で作られた、魔術書を象ったブローチだった。背表紙にはキラリと光るギブレガラスが嵌め込まれている。


「これ、どうしたの?」

「進級製作から戻ってきて使用の許可が出たんだ。あの衝撃を緩和するやつ」

「くれるのか?」


 ライルの問いかけに、ルイはにんまりと笑った。


「うん、いつまたライルのファンに刺されるか分からないからさ。二人にあげるよ」


 「ファンなどいない。あれは周りが揶揄しているだけだ」とライルはぶつぶつ呟きながらも、そそくさとブローチをジャケットの襟へと留めている。

 じーっと眺めていると、「気に入らなかった?」とルイに顔を覗き込まれた。


「ううん、とんでもない。こんな素敵なものをありがとう。……やっぱりルイって凄いなって思って」


 ブローチもだが、そこに書き込まれた魔術の丁寧さには舌を巻く。

 歪なところなどどこもなく、きちんと丁寧に作業されたことが一目で分かるような緻密な書き込みだった。


「ウィルにも頑張ってもらったんだけどね。ほら、つけてあげるよ」


 ルイの細長い指が器用に動いて、襟元へとブローチを留めてくれる。

 ルイが自分にもつけ終わると、三人の襟元に同じ意匠が輝いた。


「少し……気恥ずかしいな」


 そう言いながらも満更ではなさそうなライルがちょっとおかしい。


「じゃあ今日は久しぶりにソルシエ洋菓子店に寄ろうよ! ライルの奢りで!」

「仕方ないな、今回だけだぞ」


 機嫌の良くなったライルに分からないよう、ルイがこっそりと笑いかけてくる。

 久しぶりのソルシエ洋菓子店のケーキとお揃いのブローチに、私の心も躍った。







 今までは机上で学ぶことばかりしてきたが、なるほどエイマーズ先生の言ったとおり、高等部からは実際に魔術を使う演習ばかりだ。

 物質に固定化させる技術の実習に、実際の戦闘を意識した演習。

 技術実習では長い時間をかけてこと細かに詳細な魔術を構築していき、より完成度の高い魔術具を制作していく。

 演習では広大な演習場でより素早く魔術を構築し、自然の事象を操っていく。

 もちろんいきなりそんなことがこなせるわけもないので、しばらくは上級生の模擬戦闘を見学したり、素早く魔術を構築するためのコツなんかをエイマーズ先生に教えてもらいながら、まずは魔術を発現するところから始める。

 そうすると見えてくるのがお互いの向き不向きで、たしかにルイは魔術を器用に操るのは得意だがあまり強い力は出せないみたいだ。

 反対にライルはピシャリと雷を落としてみせて、エイマーズ先生に感心されていた。


「やっぱり演習は苦手だよ……」


 ルイが食堂のテーブルで突っ伏している。


「でもあれだけ器用に操れるなら力の強さにこだわらずとも、ほかにやりようはあるんじゃないか」


 昼食を手にライルが戻ってくる。


「ライルはいいよね。今日も先生に褒められてたし」

「誰にだって得手不得手はある。技術ではルイに敵う人なんていないじゃないか」


 珍しく落ち込んでいるらしいルイは頭を振った。


「それに研究機関に入るつもりなら、力の強さより器用さのほうが大事だろう」

「ねえ、ライルはどうするの?」


 以前曖昧にごまかされたことを思い出したのか、ルイは体を起こしてライルを見上げた。


「ライルはほんとにエスパルディアに帰っちゃうの?」

「……ああ、そうだな」


 ライルは面白くなさそうに頬杖をついた。


「この学院に来ることの条件として、卒業後はアディンソン家に貢献しなければならないんだ。だからエスパルディアに戻ってあっちで魔術具を作ろうとでも思っていた。でも進級製作のときに実感したんだ。私は凝り性すぎて収拾がつかなくなる。ソフィにも手伝ってもらえたら助かると思っていたんだが……」

「うーん、でも私はエスパルディアには戻りませんから……」


 ライルの天才的な魔術師としての才をアディンソン家のためだけに使うなんて、かなり勿体ない気がする。


「ライルも研究機関に在籍しながら、商品開発したものをアディンソン家にも提供すればいいんじゃないですか? それなら私もルイも手伝えますよ」

「そうだよ! そうしたらライルも一緒に研究できるし、みんなで魔術製作もできる。うん、一石二鳥だね! 僕も手伝える」

「ルイにまで手伝ってもらえるのはかなり魅力的だな……」


 ライルの表情がやっと明るくなった。


「一度、打診してみよう」


 楽しそうに将来について話すルイとライルに胸が痛む。

 私がこの提案をしたのは、ライルをエスパルディアに帰したくないという利己的な理由も少なからずあったからだ。

 もちろんルイとライルとずっと一緒に魔術の研究ができるだなんて、そんなふうに働けたらどんなに楽しいだろう。

 だけどなによりもオーウェンの幸せのために、ライルにはエスパルディアには戻ってほしくない。聖女には近づかせたくない。

 私たち二人がいなければ、オーウェンと聖女の仲を苛烈に邪魔しようとする者などそうそういないだろう。

 だから私はライルを道連れに聖女の物語から退場する。そのためにもライルに帰ってもらうわけにはいかなかった。


「相変わらず仲がいいね、君たちは」


 声をかけられて振り向くと、いつの間にかノア先輩とクロエ先輩が後ろに立っていた。


「なーに? 今度の合宿のことでも話してたの?」


 クロエ先輩が言ってるのは、前期休暇前に行われる、新入生と上級生との親睦を深めるための合宿のことだ。

 学院所有の山の中にコテージがいくつかあって、そこで上級生とともに一週間を過ごすというもの。

 合宿といえども今回は上級生と交流を図るのが主な目的のようで、本格的な演習などを行うわけではないらしい。


「君たち三人てさあ、いつもそんなべったりだけど……もしかして三角関係とか?」


 ニヤニヤ笑いを浮かべたノア先輩が放った一言に、まったくかすりもしない邪推にポカンと口を開けた。

 それと同時に、ルイとライルが勢いよく席を立つ。


「先輩、ちょっとあっちでお話しましょう?」

「言っていいことと悪いことがあるということを、一つずつ丁寧にお教えいたしますので」

「あっ、ちょっまっ……ね、なにマジになってんの? ね、クロエ、助けてー!」


 二人に引きずられて瞬く間にノア先輩は見えなくなった。


「ごめんね、ソフィちゃん。ノアってばほんとデリカシーがないんだから」


 あとに残されたクロエ先輩は小さなため息を一つつくと、にこりと笑いかけてきた。


「ノアの言ったことは気にしないでね。高等部ってただでさえ女子学生の数は少ないし、みんな気の合う友だちと性別を越えて自由に交流してるから。多分ノアは中等部のころに聞いた噂のことでからかいたかっただけだと思う」

「噂、ですか?」


 そういえば初対面のときにいろいろ噂になったとか言われた気がする。


「うん。ソフィちゃんの噂というか、ライオネル様の噂なんだけどね。ライオネル・アディンソンは同郷の特待生にご執心って」

「ああ、中等部のころから一緒にいることが多かったから……」

「元々知り合いなの?」

「いえ。ライルが編入してくる前に一度会ったことがあるくらいです。エスパルディアではあまり魔術の話を分かってくれる人がいませんでしたし、たった二人の同郷の生徒ですから、それで話しかけやすかったんじゃないのかなって思います」

「そうなんだ。たしかに二人しかいないのなら話しかけたくもなるよねぇ。ねえ、ノアが戻ってくるまで私もソフィちゃんと一緒にお昼食べててもいい? もっとエスパルディアのこと、聞きたいな」

「もちろん。構いません」


 クロエ先輩は垂れた目をにこりと可愛く笑ませて、るんるんといった様子で食事を注文しに行った。跳ねる銀髪の後ろ姿を微笑ましく見送る。

 結局ノア先輩は昼休み中二人に怒られて、昼食を食べ損ねたらしい。







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