高等部一年・Ⅰ
製作物の損壊に生徒への傷害は、有無を言わさず一発で強制退学だ。
魔術学分野において最高峰と謳われるブライドン魔術学院だからこそ、その魔術を学ぶ姿勢を愚弄するような行為は到底許されない。
ガザード嬢はその後一切姿を見せず、密かに学院を去っていった。
ここまで在学していたのに卒業証明も貰えずに去ることになってしまったガザード嬢。そこまでして私を貶めたかったのか、それとも私とライルの共同製作物というのが許せなかったのか。
――例えそうだったとしてもだ。
ああやって暴力に訴え出られたらとても恐ろしいし、心だって傷つけられる。それを私は身を以て味わった。
やっぱり、私はオーウェンのそばにいてはいけない。
あんな醜い姿を晒して、挙げ句の果てにオーウェンに冷たく切り捨てられるくらいなら、遠くからでも幸せを願えているほうがいい。
アメリア・ガザードにはもう二度と会いたくはないけれど、そのことを充分に思い知らしめてくれたことだけには心から感謝している。
後期ももう、残り僅か。
無事に進級試験を終えた私たちは、カフェテリアで返ってきた答案について話していた。
テストの結果はみんな合格点を越えていて、進級製作も合格判定がもらえた今、私たち三人は来月には高等部生になることが決まっている。
高等部からは学舎も変わるので宿舎の場所も移動することになっていた。新しい宿舎は建物が一つしかなく、特待・一般関係なく全室個室完備で水回りも各室揃っている。中等部までの特待生宿舎と比べると段違いに豪華だ。
高等部まで進級できた特待生の扱いは今までより格段に上がる。
学費・生活費免除は継続の元、新品の制服支給に上限はあるが文具雑貨費や演習・合宿に必要な物品の支給など、なんと一気に補助が増える。
それだけ、学院からの期待度も上がるのだろう。
「また高等部でも三人揃って学べるね」
ルイが明るく言うと、ライルも「そうだな」と微笑む。
「でもあと四年かあ。ソフィとライルは卒業後はエスパルディアに帰っちゃうの? もしもそうなら簡単には会えなくなっちゃうね」
あまりにも寂しそうにルイがそう言うものだから、言うつもりもなかったものをポロリと零してしまった。
「私、就職はこっちでするよ」
「えっ?」
「……なに?」
ルイは嬉しそうに、ライルはまじまじと見つめてくる。
「できればこのままブライドンの研究機関に入りたいと思ってて。そうしたら……」
これ以上、余計なことを考えなくても済む。
それにここにいれば、万が一でもオーウェンと聖女に手の出しようもない。
「ルイとライルは?」
「僕もまずは研究機関に入りたい。いずれは独立して平民向けの相談所なんかも設立していきたいけど、まずは実力をつけないと話にならないもんね」
「私は……」
ライルは珍しく言い淀んで、睫毛を伏せてしまう。
「ライルも一緒に研究機関を目指そうよ。そしたら卒業後も三人で開発なんかに携われるよ?」
「……そうだな。考えておく」
歯切れの悪いライルの様子が気になったが、あまり強引には聞けなかった。
待ちに待った、高等部初日。
新しい宿舎の部屋で新しい制服に袖を通すと、自然と気持ちも引き締まってくる。
準備を終えて宿舎を出ると、入り口でルイとライルが待っていてくれた。
「準備はできたか」
「おはよう、ソフィ。行こうか」
新しい制服の二人を見上げる。
こうやって制服が変わると、昨日までの二人が随分と大人びて見えるから不思議なものだ。
私たちも今年で十五才。
二人とも出会ったときと比べて、随分と成長した。
ルイはここ三年の間に少しずつ背が伸びていたみたいで、いつの間にか背が抜かれていて少し見上げないといけなくなった。ひょろひょろの棒みたいだった手足も今は適度に筋肉がついていて少女っぽさは薄れ、グレーの大きな瞳が魅力的な優しげな美少年に変貌しつつある。
そしてライルも、この数年でますますその美貌に磨きがかかった。中性的な美貌は衰えるどころかますます輝き、その気品あふれる佇まいはまさに貴族の中の貴族といった風情だ。
実際、陰で学院の貴公子だなんてあだ名をつけられているのを知ってる。
中等部の卒業式では本当にたくさんの女子生徒に別れを惜しまれていた。
そんな二人に挟まれつつも高等部学舎への道を進んでいると、学舎前の門に上級生が二人、誰かを待っているのが見えた。
「おはようございます」
挨拶して通り過ぎようとすると、なぜか行く手を遮られる。
「ねえ、もしかして君たちが例の噂のエスパルディア組?」
見上げた先には眩い金髪に、ピーコックブルーのやや緑がかった瞳。その色合いがオーウェンに似ていて、思わず息を呑む。
目を見開いた私に、その上級生はニヘラと笑いかけてきた。
「君、ソフィちゃんでしょ? いろんな意味で噂になった」
……いろんな意味で? もしかしなくとも、アメリア・ガザードの件……?
「ねえノア、ソフィちゃんびっくりしちゃってるよ。驚かせてしまったんじゃない?」
「あれ、怖がらせちゃった? 悪い人じゃないよー? 大丈夫だよ?」
可愛らしい声に咎められ、オーウェンに似た色合いを持つその人は困ったように頭をかきながら片手を振る。
よろよろと後ずさった私を怖がっていると勘違いしたのか、ライルが前へと進み出てくれた。
「失礼ですが、お名前を伺っても?」
「ああ、そうだよね。まずは紹介からだよね。俺はノア。こっちがクロエ。君たちと同じ高等部生で、君たちの一個上だよ」
ノアと名乗った男子学生と、クロエと紹介された垂れ目の可愛い銀髪の女子学生。二人はにっこりと微笑んできた。
「まずは高等部進級、おめでとう! 高等部からは上級生との関わりも増えてくるからね。僕たちの名前も覚えてくれると嬉しいな。これから宜しくね」
「ノアは見た目はこんなちゃらんぽらんな感じだけど、意外と面倒見はいいししっかりしてるから、なにかあったら頼るといいよ」
クロエ先輩は私に向き直ると、小さい手を差し出してくる。
「そしてソフィちゃん、数少ない女子学生同士、仲良くしようね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
握った手は、ふわふわで柔らかい。
「まずは進級式だからさ、会堂に案内するよ」
二人の先輩はくるりと背を向けると、スタスタと歩き出した。その後ろ姿を見るともなしに眺める。
キラキラの金髪が太陽の光を反射して輝いている。クロエ先輩と談笑しては細められる目が、ランドルフ家にいたころの幸せな記憶を引っ張り出してくる。
ここでの生活のおかげで、思い出すことも少なくなったと思っていたんだけどな。
ノア先輩を眺めながらちょっとした感傷に浸っていると、ちょいちょいと袖を引っ張られて現実へと戻された。引っ張ってきたルイを見上げると、なんだか眉を顰めている。
「ノア先輩が気になるの?」
その言葉にドキリとする。
「……いや、お世話になってるランドルフの家の人に似ているなって思って……」
まだ訝しげなルイと違って、ライルは納得したような顔をした。
「ああ、オーウェン、だったか。随分と過保護な奴だったな」
「そうそう。懐かしいなって思ってね」
「ふぅん、そうなの」
この話は終わりとばかりに、前を向く。
会堂への入口が見えてきていた。




