中等部四年・Ⅴ
あの日のルイのおかげで、それからの進級製作は捗った。
一度難関を乗り越えられると、あとは面白いように次々とアイデアが湧き出てくる。
二人で練りに練った魔術構築を書き込んでいけば、自分でもなかなかのものだと思うくらい満足のいくものが出来上がった。
「上出来だな」
出来上がった製作物を見ているライルはちょっぴり得意げだ。
「そうですね。無事に完成できてよかったです」
自然とライルと顔を見合わせると、どちらからともなく笑い合う。
「お疲れ、ソフィ。その、よくついてきてくれた」
「いいえ、一緒に作ることができて楽しかったです」
そっと進級製作物を棚へと戻す。あとは提出日を待つばかりだ。それまで私たちの渾身の一作は製作室で展示されることになる。
これが色んな人の目に留まるかと思うと、とても誇らしかった。
製作室には、ほかの進級希望者が製作したものもちらほら出揃ってきていた。毎年提出日まで展示されるこの製作物たちは、一種の学院名物のようになっていて、ほかの生徒たちも興味深そうに見に来ている。
ちなみにルイたちはブローチを作ったらしい。身につけていると範囲内になんらかの衝撃が与えられたとき、緩和してくれるものだという。
ケイティたちはハイヒール。踵のヒールが結構に高いが、衝撃緩和パットで快適な履き心地らしい。実にケイティらしい製作物だ。
そんな進級製作の提出期限も間近に迫ってきたころ。
「ちょっといいかな」
書架室で勉強していると、メイシーさんが声をかけてきた。
「どうしたんですか?」
メイシーさんは言いにくそうに目を逸らした。
「あのさ……あの、ガザード嬢が今、製作室に来ててさ。なんか、ライルと君が作った製作物をじろじろ眺めているんだけど……」
今はまだ展示期間だし、一般生徒も見に来ていいのだから、ガザード嬢が製作室にいてもおかしいことはない。
だけどガザード嬢が私たちの製作物を見ている?
そのことに、なんだか嫌な予感がした。
「一応知らせとこうと思って」
「ありがとうございます、メイシーさん」
困ったように頭を掻く彼への挨拶もそこそこに、一度様子を見に行こうかと立ち上がる。
「待て、ソフィ。私も行く」
ライルに頷くようにルイも立ち上がり、三人で足早に製作室へと向かった。
製作室は提出日前日まで開放されているが、期限も間近に迫った今、製作者が時折確認に行くくらいで、利用する人もそんなに多くはない。
まさか製作物に手を出すようなバカげた真似をするとは思えない。だがそれでも気が気でなくて、自然と早足になる。
もう少しで製作室というところで、前から小走りで駆け寄ってくる人影がいた。
「アディンソンさんっ……!」
当惑したような、焦ったような顔をしている男子生徒を見て、私は思わず走り出した。
彼によると、製作室で追い込みの作業をしていたら、見学していたガザード嬢がおもむろに私たちの製作物を棚から取り出したのだという。
声をかけようとしたところ、物凄い顔で睨まれて止められなかったと、彼は半べそで謝っていた。
製作室に到着すると、ガザード嬢が金切り声に近い声を上げながら一生懸命に腕を振りかぶっていた。
「うそっ……なんでっ……なんで破れないのよ!」
ボスリ、ボスリと音を立てながら、なにかを必死に叩いている。
「そこでなにをしている」
ライルの呼びかけにガザード嬢は振り向いた。手に魔術鋏を持ち、肩で息を切らしている。
「なぜっ……」
「こっちが聞きたい」
思いつめた様子が今にも切れそうな糸のようで……正直、怖い。
「今あなたが破壊しようとしているのは、私たちの進級製作物だろう」
その言葉にガザード嬢は口端を歪める。
彼女が必死に鋏を振り下ろしていたのは、私たちが作った遠距離移動用クッション。きっと私たちの進級製作物を壊したかったのだろうが、そのクッション面には傷一つついていない。
それもそのはず。
クッションにはこれでもかというくらいにたくさんの魔術構築を書き込んでいるのだから。
馬車の衝撃だけでなく、表面は軟性を保ちつつも傷などの衝撃も緩和できるようにしてある。また中身は中身で自分たちの限界まで衝撃の緩和を追求した。そんな渾身の作品なのだ、このクッションは。そんじょそこらの衝撃では簡単に壊れないと、二人してお墨付きをつけられるくらいの一品だ。
「すごいね……これ。これでもかと魔術構築が書き込まれてる。徹底的に衝撃の緩和を追求してるよ。おかげで傷一つついてない」
ルイが感嘆の声を上げると、ライルが得意気に笑う。
「ソフィ、さすが私たちの作品だな。ここまで衝撃を緩和できるなら合格も確実だろう」
「本当ですね。徹底的に中綿にかけた軟性の魔術もよく効いてるみたい。結果的に表面の衝撃緩和に一助してますね。試行錯誤した甲斐がありました」
得意気に話す私たちに、ガザード嬢が鋏を向けてくる。
「呑気にしゃべってんじゃないわよ! なによこれ! 壊れないじゃない!」
「当たり前だろう」
ライルが冷静に返しながらガザード嬢に一歩近づく。
「誰が作ったと思っている。私とソフィだぞ? そんな簡単に壊せると思われたら困るな。ところでルイ、警報ボタンは押してくれたか?」
「もちろんだよ、ライル。とっくに押してる」
ルイはにっこり笑うと、私の袖を引っ張って引き寄せた。
「ガザード嬢、今すぐその鋏を置いて私たち二人に謝罪しろ。いくら壊れないように魔術をかけていたとはいえ、丹精込めて作った作品を破壊しようとするなど、人として最低下劣な行為は到底許されるものではない。あなたに最大限の謝罪を要求する」
「……ライオネル様だって悪いのよ。こんな女をそばに置くから!」
「……。相変わらず、話の通じない……」
ライルがガザード嬢を捕まえようとしたその瞬間、ガザード嬢は物凄い勢いで走り出した。
両手にしっかり鋏を構えて、前のめりにまっすぐ私を目指して一目散に駆け寄ってくる。
「ソフィ!」
「おい!」
二人の声が響き渡る。頭では逃げなきゃと分かっているのに、足がまったく動かなかった。
「ソフィ!」
ライルの叫び声とともにガザード嬢が突進してくる。鈍い色の光を放ちながら、切っ先が私に向かってまっすぐに突き進んできて――。
そんな私をルイが咄嗟に押しのけた。
「ルイ!? なにをっ……ルイ、ルイッ!」
ルイのお腹に魔術鋏が刺さったように見えて、無我夢中でその名前を呼んだ。
ガザード嬢はこれでもかと目を見開きながらルイを凝視している。動かないルイに駆け寄ってガザード嬢を力一杯押しのけた。その腹部に目をやると――傷一つついてない。
「……え?」
思わず間抜けな声が出た。ルイは両手を上げて肩を竦めている。その手には壊れた製作物。
「いい加減にしろ!」
ライルが机に置かれていた素材の余りを掴むと、素早く軟性の魔術を書き込んだ。そしてびよんびよんになった素材をガザード嬢に向かって投げつけると、それはしなるように飛んでいってガザード嬢にべちんと当たる。
衝撃でたたらを踏んだガザード嬢は尻もちをつき、その手からカランと魔術鋏が落ちた。
「ソフィ大丈夫? びっくりした?」
すぐさまライルが鋏を拾いに行く中、ルイが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ルイこそ! お腹は? 傷は? どうなって……」
「大丈夫。心配しないで」
夢中でそのお腹を確認するが、血が滲んでくる様子はない。
「衝撃の緩和。まさかこんなところで役に立つなんてね」
「……もしかして進級製作の?」
「そうだよ、衝撃を緩和するブローチ。これはやり過ぎた失敗作で、衝撃を吸収しちゃうけど」
ルイは手に持っていたブローチを見せてくれた。先程の衝撃で壊れたのか、真っ二つに割れている。
「すごい! どういう原理で衝撃吸収まで至ったの?」
「それはまた今度ゆっくり説明するよ。これ、どこまでの威力を吸収してくれるのかなって思ってたけど、結構いけるもんだね」
平気な顔をしてルイが笑う。
――彼が無事で、本当によかった。
「そっか、ルイ……助けてくれてありがとう。でももうこんな無茶、二度としないで」
「ごめんごめん。気をつけるよ」
ホッとして振り返ると、ライルが投げつけた素材の端を縛ってガザード嬢を拘束している。
そんな状況にも関わらず、ガザード嬢はただひたすらに私を睨み上げていた。
「おまえという女はっ……いつもいつも、わたくしの邪魔ばかりっ! そこはわたくしの居場所なのよ! 目障りだ! 消えろ! 消えてしまえ!」
「……目障りなのは、おまえのほうだ」
ライルの目が冷ややかに光った。彼は手に持った鋏を暫く眺めると、おもむろにそれを構える。
「ライル?」
後ろ姿に呼びかけるも、返事はない。
「何度伝えても分かってもらえない場合は体に訴え出るしかない。なるほど、その気持ちがよく分かるな」
「ライオネル様、どういうおつもりですの……?」
「なに、あなたと同じことをするだけだ」
真っ青になって震え始めた令嬢を前に、ライルは鋏を振り上げる。
「ライル、やめてっ!」
「ライル!」
ルイと二人駆け寄るが、ライルは私たちの手を振り切るようにまっすぐにガザード嬢へと振り下ろした。
「きゃあああァァァ!!」
断末魔のような悲鳴を上げてガザード嬢が白目を向き、泡を吹きながら後ろへ倒れ込んでゆく。
寸前で止められていた魔術鋏は、ビヨンビヨンとゴムみたいに跳ねていた。
「製作のおかげで軟性の魔術は完璧だ。今ならどんなものにだって上手くかけられる気がするよ」
真面目くさった顔でそう宣うライルに、腰が抜けしまってその場でへろへろと座り込む。
「もう、ライルってば驚かせないでよ」
「そもそも製作室の道具は安全を期して高度な加工を施されている。人体に危害を加えられるはずもない。ルイだって知っているだろう」
「知ってるけど、誰だってあんな真似されたら驚くよ」
今すぐ倒れ込みたい気持ちごと、ルイが背を支えてくれる。
「ちょっとした冗談だ。ガザード嬢流のね」
肩を竦めて、ライルは鋏をビヨンビヨンと揺らしてみせている。
茫然と座り込んでいる私の耳にやっと警備隊が到着する音が聞こえきた。




