中等部四年・Ⅲ
度々の修正すみません。後半に文章を追加してます!
後期に入ってくると、進級試験の勉強に加えて、進級製作の準備も始まってくる。
進級製作とは、決められた期間内に指定の魔術物を製作して提出するものだ。
課題が被る年もあるが、勿論今までの合格者の製作物をそのまま作ったって受かるわけはなく、今までの知識や自分の才能を駆使して、オリジナリティ溢れるものを作らなければならない。
後々高名な魔術師となった卒業生なんかは、この進級実技で製作されたものがあまりに秀逸で、実際に商品化されたものまであるそうだ。
ようやく課題の内容が発表される日になり、逸る心のままに、みんなで掲示板へと向かった。いの一番に見つけたルイが、貼り紙を見て素っ頓狂な声を上げる。
「“衝撃を緩和せよ”?」
そこに掲示された貼り紙には、課題としてただその文章だけが載せられていた。
「どういうこと?」
「それも含めて、自分で考えろということなのか」
ルイと同じく、渋い顔で掲示板を見上げていたライルが呟く。
貼り紙には続けて、二人一組で製作にあたる旨が書かれており、それに気づいた私たち三人を、奇妙な沈黙が包み込んだ。
「ソフィ……」
「ソフィ、あの」
同時に名前を呼ばれて振り向くと、後ろの二人は顔を見合わせている。
「……いいよ。ライルが先に言って」
「いや、それは公平じゃない」
ルイとライルはなにやら視線でやりとりしていたが、どう折り合いがついたのか、これまた同時にぎこちない笑顔を向けてきた。
「僕たち、ちょっと……用ができたから、先に行くね」
「ソフィはゆっくりしていくといい」
言うなり、二人して足早に去っていく。
もしかして二人で課題をすることにしたのだろうか。
こういうとき、ルイみたいな社交的な性格だったら、自分もすぐに相手を見つけられるだろうになと、自分のことを残念に思う。誰に頼もうかと心当たりを考えていると、ケイティとトールもやってきた。
「あ、ソフィも課題がなにか、見に来たの?」
あっけらかんとした声に振り向くと、二人も掲示板を見上げて課題を確認している。
「うん。なんか難しそうだよ」
「“衝撃を緩和せよ”? ほんとだ、どういうことだろう」
「衝撃って、なんでもいいのかな」
三人であーでもないこーでもないと考えを巡らせるけど、めぼしいものはなにも思い浮かばなかった。
「そういえばライオネル様とは一緒じゃないの?」
相変わらずライルに憧れているらしいケイティに、苦笑する。
「うん。一緒に見に来たんだけど、ルイとどっか行っちゃった」
「ふーん」
ケイティはちらりとトールを見上げる。
「あーあ、ソフィはライオネル様と仲がよくて、本当に羨ましいよ」
「どうしたの、急に?」
「別に、なんでもない……ハァ。トール、進級製作、一緒にしよっか」
「えっ、いいの?」
トールはみるみる笑顔になって、小さくガッツポーズをした。
「やった! じゃ、さっそくなにを作るのか、考えなきゃね」
「私、前からほしいものがあってさ……」
「お互い頑張ろうね」と、手を振りながら去っていく二人を見送る。
さて、誰に声をかけるべきかと、私も掲示板に背を向けた。
翌日、何食わぬ顔をしたライルがやってきて、いつもの書架室ではなくカフェテリアのほうへと誘われた。
「ルイを呼んできますね」
ほかの生徒と談笑していたルイに声をかけに行こうと立ち上がれば、固い声で止められる。
「いや、今日はやめておこう。二人で話がしたいんだ」
いつもどおりを装っているが、どことなくぎこちないライルに不安が湧いてくる。
なんだろう、私が側にいることで、またなにか言われたりしたのだろうか。
心なしか、口数が少ない気がするライルとカフェテリアに向かうと、彼は当たり前にチョコレートケーキを頼んで、私の目の前に置いてくれた。
ライルの中ではきっと、私=チョコレートケーキの図式が出来上がっているのだろう。
まさしくそのとおりなので、遠慮なく、ありがたくいただく。
さっそく口にする私を前に、ライルはテーブルに肘をつくと、手を組んで口元を隠した。
「ソフィ、その……進級製作のことだが」
顔を上げると、こっちを伺うアイスブルーの瞳とかち合う。
「私と一緒に組まないか?」
「あれ? いいですけど……ルイは?」
昨日はルイと組むために、去って行ったんじゃなかったのか。
「ルイと組みたいのか?」
「組みたいというより、ライルがルイと組むのかと思ってました」
「ああ、それは……」
ライルは俯いて、組んだ手を額に当てる。
「その……ルイはほかに宛てがあるということだったし、君となら作りたいものが作れると思って」
なんだか躊躇いがちに話す彼に、釈然としないものを感じながらも、作りたいものという言葉に興味を引かれる。
「まさか、もう目星を?」
「大まかにだかな」
ライルの目がキラリと輝いた。
「馬車の衝撃を緩和、なんてどうだろう」
「馬車?」
あまりに突飛な話に、目を瞬かせる。
「そう。私たちが帰省するときに使う、あの馬車だ。エスパルディアまで行き来するのに、片道一週間近くかかるだろう? 最後のほうになると、いつも尻が痛くならないか」
「そりゃ、なりますけど……」
「もし進級製作で、馬車の衝撃を緩和するものを作ることが出来れば、製作はこなせるし、帰省も楽になるしで、一石二鳥だぞ」
「なるほど」
たしかにいい案ではあるが、現実的な話にするには、随分と問題がある。
「でもさすがに、馬車を作るわけには……」
「勿論、そんな非現実的なことは提案しない。まあ、厳密には馬車というよりも、座席だな。要はクッションあたりに手を加えられないかということだ」
「それならなんとかなりそうですね。でも耐久性、快適性に加えて、費用なんかも考えないといけませんから。厳しい道にはなりそうです」
「まずは製作室に行って、魔術素材の確認をしよう。それから必要な魔術書探しだな」
「早めに動かないと、みんな課題は同じですから、魔術書もなくなっちゃいますね」
ライルの発想をきっかけに、次々と話が進んでいく。
夢中で意見を出し合う私たちを、いつの間にかそばに来ていたルイと、もう一人の男子生徒が苦笑しながら眺めていた。
「盛り上がってるね」
「ルイ、来てたのか。ウィルも」
「うん。ねえ、課題の話をしてたの?」
ウィルと呼ばれた男子生徒を、まじまじと眺める。
身綺麗な制服に、きちんと整えられた髪。この子もおそらく貴族出身だ。
「ああ、大体のテーマが決まったんだ」
「もう? 流石だね」
驚いたように目を丸くする男子生徒を見ていると、困ったように苦笑された。
「ずっと一緒の講義を受けていたけど、覚えてもらえてなかったかな。僕はウィル・メイシー。僕も進級希望者だから、よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします。ルイはメイシーさんと組んだの?」
「そうだよ」
ルイはニヤリと笑うと、メイシーさんの背をポンと叩いた。
「ウィルは貴族だから、いざというときは資金面をサポートしてもらえるかなって」
「おいおい、冗談だよな? しがない子爵の三男だから、ほとんど期待できないぞ」
「えー、宛てが外れたよ」
そう言って笑い合う二人は、随分と仲が良さそうに見える。
メイシーさんも、ライルみたいに身分差にそれほどこだわりがない人のようで、その様子にホッとした。
「そっちはもう決まったのか?」
「うーん、いくつか考えてはいるんだけど、まだ絞りきれてなくて」
「ルイが色々言ってくるんだけど、難易度が高くて絶望的だよ」
「なに言ってんの。ウィルだって、費用を度外視してたくせに」
一気に賑やかになって、盛り上がる製作談義。それに耳を傾けながら、感じる視線の先を探す。
……また、見られている。
あの日、ライルにこっぴどく拒否された栗色の髪の令嬢、アメリア・ガザード。
あの日の出来事は、瞬く間に噂話として広まった。おかげで彼女は、平民に八つ当たりする不粋な貴族として顰蹙を買う羽目になり、肩身が狭そうに学院生活を送っている。
ライルのえげつないほどの拒否のおかげもあり、あのしつこい誘いも鳴りを潜めた。
しかし講義室や食堂なんかでライルと一緒にいると、たまに遠くからこうして視線が飛んでくる。
睨むでもなく嫌悪感を露わにするでもなく、無表情でじっと見つめてくる様はちょっと薄気味悪いが、実害が出ているわけでもないので、ルイやライルには言っていない。
このままどうか彼女たちの卒業まで、何事も起こらず無事に終わってくれればいいけど。
不穏な視線に胸のざわつきを感じながらも、名前を呼ばれて話題を振られて、思考はすぐに進級製作へと移っていった。




