中等部四年・Ⅱ
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そして後半改稿してます! 毎回すみません。
ここであったことを話しているあいだ、ルイは苦笑いを浮かべながら聞いていた。
「なんというか、お疲れさま」
フゥと息をつくと、ルイは鞄から簡易魔術鳩を取り出して、ライル宛に簡単な伝言を挟む。
「とりあえず、ソフィは無事だって連絡するよ」
そうして魔術鳩を飛ばしてすぐに、ライルは息を切らしながらやってきた。
「ここにいたのか」
ルイの隣に腰掛けると、今日も苛立っているらしく、尖った視線を向けてくる。
「それで? 書架室にも来ずに、こんな所でなにをしていた」
「ごめんなさい。こんな大事になってるだなんて、思ってなくて」
「ライル。僕から説明するから」
つい謝った私に、庇うように話すルイ。私たちの様子を見て、ライルもきまりが悪そうに目を伏せる。
「いや。私もまずは魔術鳩で連絡をとるべきだった。気が焦って、どうかしていた」
そしてルイからなにがあったのか聞いたライルは、一息ついて落ち着いたのか、いつもの冷静さを取り戻していた。
「そうか……すまない、ソフィ。迷惑をかけた」
「いえ、あの、さっきの人たちは」
なんかライルを支えるとかで、勢い勇んで出て行ったが、その話はどうなったのだろうか。
「ソフィが心配だったから、早々にお帰りいただいたよ」
あの様子だと、今後もライルとこうやって一緒にいるのなら、きっとまた難癖をつけにくるだろう。
そう考えただけで憂鬱になった。
「僕、暫くソフィの身の回りに気をつけておくよ」
「私も気をつけておこう」
「でもさあ」
ルイがポツリと漏らす。
「ライル、君が僕たちとこの先も友だちでいたいのなら、今回の件は早めに片を付けなきゃね」
「……分かっている」
「さっきは嫌味だけで済んだみたいだけど、次は心配しているようなことが起きるかもしれないよ」
「今までそうならないよう、手を打ってはいた」
「そうだけど、それでも納得できない人がいたから、こんなことになったんでしょ?」
珍しく黙り込んでしまったライルは、視線をふいと逸らしてしまう。
結局その日はもう書架室に行く気にはなれなくて、早めに宿舎の部屋へと引き上げた。
翌日の講義終了後、ルイと書架室へ行こうとしていると足早にライルがやってきた。そしてその後ろから必死についてくる昨日の令嬢たち。
「ライル、こっちに来る前にちゃんと話を終わらせて来てよ」
ジト目になったルイに、ライルは鬱憤を振り払うように首を振って髪をかき上げる。
「ライオネル様、お待ちになって。自習なら、院外におすすめのカフェテリアがありますの。おいしいお茶を飲みながら、寛いで頂ける所ですわ」
「気持ちだけ受け取っておく」
「まあ、遠慮なさらなくともいいですのよ。ぜひご一緒しましょう」
ライルはこれ見よがしにため息を吐いた。
いつもライルが呼び出されたあとにイライラしている理由が、なんとなく分かった。
面倒くさいと顔にありありと書いてある。
「心配しなくとも、遠慮などしていない。悪いが、書架室に行きたいんだ」
「でしたら、後ほどお茶をお持ちしますわ。ライオネル様のお好きな茶葉を取り寄せてますの」
「書架室は飲食禁止だ」
「それならば……」
「伝わらないようだから、はっきり言う。暫く放っておいてほしい。今は進級のことで一杯一杯なんだ」
言うが早いかライルは「行くぞ」と、背を向けて足早に歩き出した。
「今の言い方は、流石にまずいのでは……」
置いていかれた彼女は、表情が削げ落ちたような顔で微動だにせず、こっちを見送っている。
……ますます逆恨みされる気しかしない。
「だったら一体、どうしろと言う」
「一度ご一緒に勉強してみるというのは、どうですか」
「それは嫌だ」
珍しく語気を強めて、ライルは断言した。
「私にだって、友を選ぶ権利くらいある」
「……そんなはっきりと言い切って大丈夫ですか。貴族的な力関係とか」
「魔術師になろうという人間が、貴族的な付き合いを優先してどうする。それに案じなくとも、アディンソン家は兄が上手く盛り立てる。君が気にすることではない」
この話は終わりとばかりに、ライルは前を向くと足を早めた。
予想どおり、彼女たちはこれで終わらなかった。
手を変え品を変え、何日も同じようなやり取りを繰り返しては、ライルもだんだんとイライラを募らせている。
次第に私に対する中傷も隠さなくなり、どんどん険悪な雰囲気になっていった。
――そんな中、とうとうライルの我慢が爆発してしまった。
講義後に書架室の前で待ち構えていた令嬢三人組を見るなり、ライルは血も凍るような恐ろしい形相になった。
「来なさい」
有無を言わさない声音で呼ばれ、今か今かと待ち構えていた三人組は、互いに顔を見合わせる。
「ライル、僕たちはどうする?」
ライルは少し考えたあとに、頷いた。それから淡々と歩き始めたライルに、栗色の髪の令嬢が嬉しそうにまとわりつきながら話しかけている。
ライルは一切、返事を返さなかった。
「よく話しかけられるよね」
その様子をルイが感心するように眺めている。
「僕だったら、欲しい魔術書買ってくれるって言われても無理」
その言い様に思わず吹き出してしまった。すぐにライルの絶対零度の視線が襲ってくる。慌ててルイの後ろに隠れた。
「今のはルイが悪い」
「いいや、笑ったソフィが悪い」
そうこう言い合っていると、やっとカフェテリアへと辿り着く。
夕方のカフェテリアは、混んでいるとまでは言わないがなかなかに利用する人がいる。
てっきり空いた講義室かどこかで話し合いをするものと思い込んでいた。
ライルの意図が分からない。
「なにが食べたい?」
ライルに聞かれ、嬉しそうに答える令嬢。
しかし、ライルが注文したのはチョコレートケーキ。
「ライオネル様?」
ライルの向かいに座りながら、令嬢は困惑を隠せない。
私とルイは刺激しないよう、その様子を少し離れたテーブルから見ていた。
「食べたらどうだ?」
真正面からあの冷凍光線のような視線を浴びて、栗色の髪の令嬢も、さすがに顔を青褪めさせた。
「君がソフィを僻んで八つ当たりするくらい、奢ってほしかったチョコレートケーキだろう。遠慮はいらない。さあ」
ライルに強い語気で促されて、令嬢は震える手でスプーンを持つと、なんとか一口だけ口に運んだ。
「ここに来たのはほかでもない、君たちにお願いがあるからなんだ」
嫌に優しい猫撫で声でライルは言うが、今やその猫撫で声でさえ、不気味な恐ろしさが滲み出ている。
「私たちは、来年以降もブライドン魔術学院生として過ごすために、今一生懸命に勉学に励んでいる。私の人生がかかってるんだ。ここまでは分かってくれているか?」
うんともすんとも言わない三人に、ライルの声が鋭くなる。
「返事は」
「はい!」
「はい……」
「……はい」
驚きと、恐怖と、不満。
三者三様の様子を見せて、令嬢たちは返事を返した。
「私が君たちに望むことは一つ。これ以上、私たちに、近づくな」
あまりにも激しい言葉に、周りのテーブルの生徒たちがちらほらと振り向いてくる。
令嬢たちは視線を浴びて、真っ赤になった。
「もしこれ以上続くようなら、嫌がらせ行為とみなして然るべきところに相談させてもらう。分かったな」
二人はすぐに頷いたが、栗色の髪の令嬢は、ライルを睨み上げたままだった。
「でも……」
「異論は認めない。側にいたいという話の類いは、今まで散々言われてきたが、誰一人認めたことはないし、これからも認めることはない。それは君たちも例外じゃない。立ち去らないのならば、こちらから失礼させてもらう」
周りの注目を最大限に浴びて、ライルは立ち上がった。
「じゃあなぜ、その平民の女はそばにおいているのです!」
栗色の髪の令嬢もライルに負けず、突っかかるように立ち上がった。
ライルの視線がこっちに向けられ、それとともにカフェテリアの生徒たちの視線も、こっちへと引き寄せられる。
向かいのルイの影に隠れられないか、必死に身を縮めてその注目から逃げるが、いかんせん全方位からだ。
「彼女は……私の大切な友だちだからだ」
ライルの言葉はカフェテリアに響き渡った。一拍おいて、なぜか拍手が沸き起こる。中には調子に乗って野次を上げたり、指笛を鳴らす者までいる。
「頑張れ……」
向かいのルイは、生暖かい目で見守っている。一緒に拍手する彼が恨めしい。
「行くぞ」
言いたいことを言い終えてすっきりしたのか、ようやくいつもの顔に戻ったライルが、何事もなかったかのようにやってきた。
去り際、俯いてしまった令嬢を見遣る。
追いかければ追いかけるほど、遠ざかっていく心。それは自分の行く末のようで、心が締め付けられるように痛んだ。
でも彼女はその気持ちを伝えることができる。伝えて、断られて、傷いたかもしれないけど、次がある。
私は、この気持ちを伝えてしまったら……もう終わりだ。
誰にも言えない気持ちをずっと抱えて生きていくのは、想像以上に苦しい。




