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中等部四年・Ⅰ

 

 中等部最後の一年。

 この一年は次の高等部進級試験に向けて、どこか落ち着かない一年となる。

 婚約者がいる子女たちや、本格的に魔術師を目指すわけではない子息たちは、中等部で卒業するので呑気なものだが、特待で来ている平民や魔術師志望の一部の生徒にとっては、そうもいかない。追い込みの毎日が始まった。


「ソフィはいいよね。あのライオネル様と一緒に勉強できるんだから」


 最近ケイティは会うたびに、心底羨ましそうにそう言ってくるようになった。

 私もライルも高等部進学希望者なので、例に漏れず勉強漬けの毎日を送っている。

 ここまで一緒に過ごしていると、もう仲良くなりたくないなんて言い張るのも今さらだ。講義が終わると誰からともなく集まっては、三人一緒に自習するのが当たり前となっていた。


「今度ケイティも一緒にどう?」

「ううん、いい。ソフィみたいに直接誘われてないし、それに邪魔しちゃ悪いから」


 何度かケイティやトールも誘ってはいるのだが、ケイティはこんな調子だし、トールはライルの前だと萎縮してしまうみたいだ。羨ましがられはするものの、誘ってもほかの特待生組が参加することはなかった。







「ライオネル様、少しお時間よろしくて」


 ふと聞こえてきた声に顔を上げると、同じ講義を受けている女子生徒が、ライルの傍らに立っている。


「……今は自習中なので、あとにしてもらえると助かるのだが」

「そう言って、最近講義後に付き合っていただけることも減りましたわ。大事なお話ですの。来ていただけないのであれば、ここでお話しするしかありませんわね」


 話し声にチラホラ顔を上げる、書架室のほかの生徒たち。

 それに気づいた彼は、渋々立ち上がった。


「少し抜ける。すぐに戻る」


 立ち去っていく二人を見送っていると、ルイが小さい声で囁いてくる。


「最近多くない?」


 今までも私たちのいないところであったのかもしれないが、四学年に上がってから、ライルがこうやって呼び出されることが目に見えて多くなった。

 なんの用事なのかはなんとなく想像できるが、帰ってきたライルはいつも不機嫌なので、はっきりと尋ねたことはない。


 ルイとこそこそと噂をしていると、宣言どおりさほど時間をおかずに、ライルはすぐに戻ってきた。


「今回もやっぱりイライラしてるね」


 帰ってきた途端、カリカリとノートに殴り書きし始めたライルに、隣のルイが身を寄せながらそっと囁いてきた。すぐにライルから「静かにしろ」と叱責が飛んでくる。

 無言で肩を竦めると、ルイも首を振り返してきた。

 それ以上ライルを刺激しないように、それからは黙って課題へと専念した。







 そんな、講義室と宿舎と書架室を往復する毎日を送っていたある日。

 講義終了後、今日も書架室に行こうと荷物を纏めていると、女子生徒が二、三人寄ってきた。


「ランドルフさん、お話があるのですけれど、少し付き合ってくださらない?」


 栗色の髪の令嬢を真ん中に、貴族の子女が三人、座っている私を見下ろしてくる。

 同じ講義室にいるのを見かけたことがあるが、話したのは今日が初めての人たちだ。


「ここではなんですし、カフェテリアへ行きましょうか」


 令嬢たちはちらりとこっちを見ているルイを確認すると、なんの用件なのか確認もさせてくれないうちに、さっさと歩き出して行ってしまった。


 ……良い話でないことは、確かだろうなぁ。


 ルイに一言声をかけてから、その後ろを仕方なく追いかける。

 なにを言われるのか、考えるだけで気が重い。

 カフェテリアで追いつくと、彼女たちは既に注文を終えていた。


「どうぞ、お食べになって」


 店員が持ってきたチョコレートケーキを、目の前に差し出される。

 意図が読めなくて視線を向けると、真ん中に座っていた栗色の髪の令嬢が微笑んだ。


「あら、受け取ってもらえないのかしら? いつもはしたなくライオネル様に強請っていらっしゃるでしょう。遠慮しなくていいのよ」


 棘のある言葉に、ますます気が滅入る。

 いい話ではないだろうとは思っていたが、やっぱりライルとよく一緒にいることに対する当て擦りか。

 私に言われたところで、どうしろというのだろう。文句があるなら直接本人に言ってほしい。


「……それで、今日はどのようなご用件でしょうか」

「まあそう警戒なさらずに。わたくしたちはただ、ランドルフさんにお願いしたいことがあるだけですの」


 右側に座っている令嬢が、微笑みながら続ける。


「わたくしたちは、今年限りで卒業が決まっておりますの。ライオネル様とご一緒できるのも、あと僅か。最後にどうしても思い出をいただきたくてお声をかけてはいるのだけれど、ライオネル様ったらつれなくて。来年になれば、もうお顔を拝見することもできなくなるというのに……」

「ランドルフさんは、いつもライオネル様のお側に侍っていらっしゃいますでしょう。あの美貌を間近で拝見できるだなんて、本当に羨ましいわ」

「そうですわ。でも独り占めなさるのは、あまり感心いたしませんこと。ですから、ランドルフさんにその場所を譲っていただきたいの」

「はぁ……」

「ついでにライオネル様への口添えもいただきたいのですけれど、ランドルフさんは気が利かなそうだから、無理かしらね」

「……直接、言われたほうがよろしいかと」

「そう。言いたくないってわけね」


 ライルのお側に侍っているってなんだろう。

 こんなパッとしない容姿の私だから、ライルに纏わりついているように見えるんだろうか。

 要は私の存在が邪魔だから、どけってことなんだろうか。


「まあいいわ。今日はどちらで自習なさいますの?」

「えっと……書架室です」

「それならば、今日からわたくしたちがライオネル様をお支えいたしますから、ランドルフさんはどうぞこちらでゆっくりとケーキでも召し上がっていてくださいまし」


 三人は言い捨てるだけ言い捨てると、さっさと立ち上がって去っていってしまった。

 後に残されたのは、いつもはライルから奢ってもらうことの多い、大好きなチョコレートケーキ。

 もったいないからもらっておこうとは思うのだけど、なぜか手を付ける気にはならなかった。


 とりあえずケーキを隣に押しやって、その場で参考書を眺めることにする。

 そうして過ごしていると、暫く経ったころに慌てた様子でルイがやってきた。


「ソフィ、やっぱりここにいたんだ」

「うん、ちょっとね。どうしたの? そんなに慌てて」


 ルイは目の前に座ると、放置されているチョコレートケーキに眉を顰める。


「ライルが、ソフィがいつまで経っても来ないって……心配して探してるよ」

「……探してる?」


 予想外の言葉にびっくりして顔を上げる。


「なんかまた女の子に呼び出されてさ。それで戻ってきたら、今度はソフィがまだ来てないことをやたら気にしてて。とうとうソフィになにかあったんじゃないかって心配しだしたんだ。カフェテリアにいるって伝えようとしたんだけど、その前に探してくるって飛び出していっちゃったから」

「そうなんだ……」

「ねえ、これなに? なんでケーキが置いてあるの?」


 ルイがケーキを指差す。


「ソフィって普段は自分じゃ絶対にケーキなんか頼まないよね? でもたまにライルに奢ってもらったりなんかすると、瞬く間に平らげるのに。こんなふうに放っておくなんて、なんか怪しい。ねえ、なにかあったんでしょ」


 さすがいつも私の面倒をよく見てくれているルイだ、よく分かっている。


「教えてくれるよね?」


 グレーの瞳で覗き込んでくるルイに、降参したように手を上げた。







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