ランドルフ家にて・Ⅰ
六歳のころ、両親が殺された。
私の家、プリムローズ家は裕福な商家で、後で知ったことだが、少々グレーなものにまで手を伸ばしていたらしい。そこで恐らく金銭を巡るトラブルに遭い、恨みを募らせた犯人に目の前で両親を滅多刺しにされた。
どうして私だけ無事だったのかは分からない。そのころの記憶は曖昧で、気付けば助けてくれた騎士団長の家に引き取ってもらって暮らしていた。
騎士団長、ネイサン・ランドルフはとても高潔な人だった。喋らない、笑わない、まるで気味の悪い人形のような私を、気味悪がることもなく自分の子供と同じように可愛がってくれた。
ネイサンの妻、オフィーリアもまた、聖母のような女性だった。彼女は常に微笑んでいて、私を見るとその鈴の音のような声で気遣いの言葉をかけてくれるのだ。
絹糸のような金髪に、晴れた空のようなスカイブルーの瞳。
その特徴は二人の子供によく受け継がれていて、輝くような見目麗しい家族の中に放り込まれたぱっとしない私は、まるで醜いアヒルの子だった。
彼らの二人の子、サイラスとオーウェンは溌剌としたまるで天使の様な子供たちだった。サイラスとは六つ、オーウェンとは三つ離れていたが、彼らは私を邪険にすることもなく、なにかと面倒をよく見てくれた。
私が全てを理解したのは、十二歳のころだった。
サイラスはもう騎士として働いていて、来年オーウェンも騎士見習いとして王城に上がることになっていた。
家族全員で過ごせる時間も残りわずかだからと、ネイサンが珍しく長期休暇をとって、避暑地にある別荘へとみんなで来ていたときのことだった。
そのころには私も大分ネイサンたちに心を開いていて、家族の前では笑ったりお喋りしたりできるようになっていた。
その日は殊更陽射しが強くて、皆で水浴び用の服に着替えて水浴びを楽しんでいたのだと思う。
ネイサンとオフィーリアは湖畔で仲睦まじく私たちを見守っている。私たちは子供らしく水を掛け合いながら、キャッキャとはしゃいでいた。
確か、湖の中でつるりとした石に足を滑らせて倒れ込んだのがきっかけだった。一瞬にして冷たい水に包まれて、視界が泡と陽射しと唸る水流に覆われた。
なにか起きたのかわからなくなって、藻掻こうと両手を突き出したときだった。
頭の中を記憶の奔流がかけ巡った。
覚えのない、けれども確かに自分の記憶。頭が割れそうなほどの膨大な情報に、苦しくなって叫んだ口から空気が漏れる。長いようで短い時間が過ぎたあと、伸ばした手を唐突に引き上げられて、目の前には私を抱えたオーウェンがいた。
驚いた顔のオーウェンを見て、全てを悟る。
――私はこの人の幸せのために、居てはいけない存在なのだと。
最初は笑っていたサイラスたちも、真っ青な顔でぶるぶる震え出した私を見て、何事かと集まり始めた。駆け寄ってきたネイサンに抱きついて、その体に顔を埋める。
その日は結局、部屋から出ることが出来なかった。朦朧とする意識の中で、先ほど迸った記憶に魘されていた。
――私によく似た女性が本を読んでいる。
その本には聖女の浄化の旅と、旅の中で育まれていくオーウェンとの愛の絆が描かれている。
聖女様は別の世界から召喚されてこの世界に来る。そしてこの世界を浄化するために浄化の旅に出る。その旅先で護衛であるオーウェンと恋に落ちるのだが、同じく護衛に選ばれていた私の嫉妬による妨害に遭ってしまう。
それを乗り越えながらも二人は絆を深め、嫉妬に闇に身を落とした私は最期、愛の力に敗れ孤独に死を迎えるのだ。
――だが、二人を妨害するのは私だけではない。
旅の護衛の一人、ライオネル・アディンソンは中性的な美貌の持ち主で、性格は難があるも、天才的な魔術の才があり頭も切れる将来有望な青年だ。
ライオネルも熱狂的なほどに聖女様に恋をする。オーウェンと両思いの二人に嫉妬するが、彼が私と違うのは、表面上はそれを悟らせないところだ。
彼は二人を見守る陰で私を唆し、二人の仲を引き裂こうとする。
私が悲惨な最期を迎える一因に、このライオネルの存在もあるのだ。
このままだと私はオーウェンへの愛故に聖女様に心から嫉妬し、悲惨な最期を迎えるしかない。
オーウェンの幸せを願ってやれず、ライオネルのいいように使われて、最後はたった一人、命の終わりを迎える。
――そんな未来、絶対に迎えたくない。
やがて訪れるオーウェンの幸せな未来のために、私はある決心をした。