Memory of Sunset
時計の針が十六時を回ったと同時に六限目の終わりを告げるチャイムがなる。今日の六限目の授業は数学。高校二年生の生活が残り四ヶ月を切った僕らは進路の都合上文系と理系に分かれ始めていて、文系を選択した生徒は理系科目の授業を退屈して過ごす。僕は別に理系科目が嫌いだからというわけではないが、一応文系の道を選んでいる。数学の授業も二年生になってからは真面目に受けているので退屈せずにいる。クラスの六割は僕と同様に文系を選んでいて、寝ている生徒が多く傍から見るとあまりいい授業態度とはお世辞にも言えないクラスである。だが、定期テストは全生徒が受けなくてはならないので、文系側の人たちは後で地獄を見ることだろう。そんな文系からすると退屈な六限が終わると大半の生徒が部活に行くものとさっさと帰るものに分かれる。中には教室に残り早くも受験に向けて勉強する生徒も数名いる。
僕はそのどこにも属していない。僕が通う学校は珍しく屋上が開放されている。僕は放課後になると屋上へ行き、ただ一人で時を待つ。この時期は日が出ている時間が短いので三十分も待てばその時が来る。二学期末のテスト勉強もそろそろ始めようなどと考えていた時だった。
視界に眩い光が差し込み、一瞬だけ目を瞑る。そして、再び目を開けるとそこには先ほどまでは青色だった空がオレンジ色に染まっていた。否、空だけでない。世界がオレンジ色に包まれている。そんな気さえした。
「綺麗だ。」
こんなありきたりな台詞が自然と出てしまう程に目の前に広がる夕日は美しかった。僕はこの美しい景色を四ヶ月前に知った。そんなことを考えていると久しぶりにこの夕日を初めて見た時のことを思い出していた。
あれは夏休み真っ只中の八月のことだった。僕は一学期の理系科目で赤点を取ってしまい、夏休み中は補習することになっていた。一年生の時は赤点を取らなかったのが、二年生になると気が緩んでしまったのか。自分でもよくわからない。ただ補習をすれば留年をせずに進級ができるので学校側に従い、夏休みに登校している。その日は補習が長引き終了時刻が遅くなっていた。終わった頃にはもう五時を回っていて帰るのが憂鬱になっていた。
なんとなく普段は行かない屋上に行きたくなり、一人で屋上に行くことにした。屋上のドアを開けようとすると人の気配がしたので、静かに開けた。そこには黒く長い髪の女子生徒が空を見上げていた。まだ夜ではないので星は見えないはずなので何を見ているのか気になってしまった。
「星を見てるんですか。」
見ず知らずの人に突然話しかけしまった。これには相手の女子生徒も驚きながら、振り返った。
「たしかに星も綺麗で好きだけど、もっと綺麗なものがもうすぐ見えるよ。」
彼女が何を言っているのかわからなかったので、僕も一緒に見てみようと思った。待っている間は特に会話することはなかった。
「ほら、見えるよ。」
彼女は急に声を出した。何事かと前を見るとそこには綺麗な夕日が世界を照らしていた。
「私、毎日この夕日に勇気をもらってるんだ。今年は受験だから不安で仕方なくてね。だから、この景色をみる度に受験に対して頑張ろうって気持ちになれるんだ。」
そう告白した夕日を見る彼女に僕は勇気をもらっていた。僕も彼女のように何かに対して頑張れるだろうか。
この日から彼女と毎日夕焼けを見るようになった。彼女は高校三年生で受験勉強のために登校してきていたらしい。彼女とは色々な会話をした。志望校はどこだとか、何で学校まで来ているのかなど他愛もない話をしていた。雨の日や見えづらい日もあったが、晴れている日は必ず二人で夕日を見ていた。そうしていくうちに僕は彼女に好意を寄せていた。
こうして僕は二学期が始まっても毎日この景色を見に来ていた。彼女はもうセンター試験まで時間がないので毎日というわけにはいかないがたまに来てくれる。
僕は彼女の志望校と同じところを受験しようと考えている。国立大学を志望していると聞いたので、苦手な理系科目を一通りはできるように頑張っている。そして、僕は夢叶って同じ大学に通うことができたら、感謝と共にこの想いを告白しようと考えている。そんなことを考えていると後ろのドアがガチャという音をたてて開く。
「あ、もう夕日出ちゃってたかぁ。」
彼女はそう言いながら遅れてやってくる。
「まだ沈んでないんで大丈夫ですよ。」
僕がそう言うと彼女は僕の隣まで来た。
「受験勉強の方は順調ですか。」
「このまま何事もなければ受かりそうかなぁ。」
そんなどこにでも溢れている話をする。誰でもできるし、そこら辺で話してそうな会話だった。でも僕にはこんな会話でさえ幸せを感じていた。今はこのままでいい。
でも、いつかは勇気をもって告白しなくてはならない。僕は彼女とこの先もずっと一緒にいたいから。
「夕日が綺麗ですね。」
僕の口から自然とその言葉が出ていた。
「毎日見てるんだからそれくらい知ってるでしょ。」
彼女は僕の言葉を正面から受け取っていた。たしかに夕日は綺麗なのだが僕が伝えたかった事と彼女が解釈した事は違っているだろう。だから、僕の気持ちを告白する時に今の言葉の意味をネタばらししてやろう。彼女はどんな顔をするだろうか。僕はそんなことを考えながら残り少ない彼女と見る夕日に心を奪われていた。




