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三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第1章 4匹目の龍 【7年後】
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光武帝、関羽、張飛らの心を掴む

火にまかれ、士気はがっくりと落ちている曹軍先鋒は数日間で体勢を立て直し、迂回路をとって白河という有名な河川へたどり着いた。

ここの上流には関羽がいる。さて、張飛、趙雲、劉秀、そして劉封らの第一軍はこの川の対岸に陣取っていた。

上流にいる第二軍の関羽とは十分に連絡をとり、孔明に従って作戦は決行された。


対岸にいる劉備軍のほとんど全軍である五千ほどの兵を見た曹軍はしばし軍議の末にこう結論した。


「大軍の利点を生かし、川を幅広く渡る」


要するに一点集中するのではなく、上流から下流まで長く横幅をとって一挙に渡るのだ。

川を渡っている最中は岸と水中、そして向こう岸に戦力が三分割されてしまう。

そのため、川を渡るときは敵にとって絶好の好機なのだと孫子も言っている。


だから曹軍は川を一挙に渡る事でその弱点を回避しようというわけだ。

両端には、足の早い騎兵を渡らせるとともに、真ん中は歩兵でと工夫がなされたが、あまり意味はなかった。


関羽は土嚢でせき止めていた水を解放し、上流にて濁流を発生させたのだ。

関羽と連携していた劉備軍の第一軍は尻をまくって逃げ、曹軍は数えきれないほどの兵を飲み込まれて甚大な被害を受けたのだった。


岸は洗われ、土石が奔流となり、遥か川下まで飲み込んだ兵士を運んでいく。


「許将軍……そなたも無事か……」


曹仁は辛うじて激流に飲まれる事は免れていた。

同じく一命を取り留めた許将軍も、水に濡れた体を部下が起こしたたき火で温めながら答えた。


「なんとか。しかし孔明め……ことごとく裏をかきおる!」


「我らは本隊が来るまで、罠を潰していく役目と思えばいいのだ。

孔明とて打てる手は限りがある!」


「前向きですな」


許将軍は、味方の言葉に励まされ、満身創痍の状態で起き上がった。

曹仁、曹洪もそれは同様である。


「これも丞相のため! ゆくぞ!」


「オオーッ!」


曹軍の雄叫びとともに、大軍は川を今度こそ渡った。

そして逃げて行った劉備軍への激甚な怒りを、数万にまで減ってしまった軍の一人一人が胸に期して行軍を開始した。


「止まれい、逆賊曹操の犬どもめ!」


見てみると、次なる川を渡る橋の目の前に、騎馬した豪傑張飛かいるではないか。

その側には、選りすぐった最も精強な騎兵数十人がいる。

いずれも張飛の足手まといにはならない人外揃いだ。


「この先を通りたくば、この張飛の屍を超えてゆけ!」


獅子の吠えるような大音声が響き、士気の上がっているはずの曹軍の足が止まる。


「応、超えてやるとも!」


曹仁、許将軍は相次いで張飛に切りかかったものの、万全の状態の張飛と疲れきった二人で敵うはずはない。

しかも悪いことに、将軍が張飛と接近してしまうと、後ろの弓兵は味方の将軍を誤射することを恐れ、張飛を射抜くことが出来なくなっていた。


将軍達は瞬く間に蹴散らされ、一騎討ちの勝敗が決した曹軍は全軍で張飛隊に切りかかった。

しかし、やはり士気と体調に優れていない曹軍はどうあがいても橋を突破することが出来ない。

数え切れぬほどの兵達が蛇矛の餌食になり、やがて曹軍は一時撤退を決断したのだった。


「がはは、大将首をとり損ねたわ」


自慢の髭を血まみれにした張飛は、久々に爽快な気分で兵を引っ込め、虚しく当たらない矢を撃ってくる曹操軍を尻目に、遥か後方の劉備軍と合流しに向かうのだった。

その後、張飛が樊城(はんじょう)へ帰還するやいなや、劉備は泣いて喜び、奮戦をねぎらった。

それから張飛のためにも、乏しい食料事情ながらささやかな宴が開かれた。


「翼徳の無事に! 将兵の勇戦に! 乾杯!」


劉備が言うと、他の将軍も口を揃えた。


「張将軍のご無事に! 皆の勇戦に!」


グイッと一杯、酔うには少ないお酒を飲み干すと、真っ先に張飛が口を開いた。


「孔明先生はやはり天下の奇才だ! この勝利は先生のおかげだ!」


「その通りだ翼徳!」


と劉備はもう赤い顔をして言ったが、孔明は恐ろしいほどクールだ。


「そうですね……」


孔明は我関せずといった感じで、いつものように劉秀との会話に戻った。

もはや劉秀は孔明のお気に入りとして軍中でも公認となっていた。


「劉修、そなたの働きも見事であった。知に優れ、武も関羽、張飛に決して劣らない」


「もったいない」


「そなたに聞こう。ここから我らはどうすべきや?」


孔明の中で方針は固まっているが、一応劉秀に聞いてみるのも面白いと思ったらしい。

劉秀は、迷う事なくこう答えた。


「襄陽をとれ、との進言は主君が却下されるでしょう。

仕方がないので荊州第一の要害、江陵をとりましょう。

あそこはご長男の劉琦殿とも近く、また激戦地でもあります。

加えて、黄祖という者が孫権による攻撃に怯えており、必ずや協力してくれるでしょう」


劉琦は江夏の地にいることはもう言うまでもない。

彼は反劉琮派だ。劉琮達は劉備を敵視している。

すなわち敵の敵は味方なので、親劉備派なのだ。


「それは私も考えた。しかし、ちと遠すぎるではないか。

流民を捨てても早晩追いつかれるであろう」


「もちろんです。それが主君です。ですから孔明先生」


「なにか?」


「迫る曹操軍をお止めになるならば、私にお任せ下さい。

私に残り全軍を与えて下されば必ず」


全軍は五千ほど。史実ではもっと少ないのだが、今回は勝ちまくっているので離脱兵も負傷者も少なく済んでいた。


「よし、ならば大将を関羽とし、副将をそなたとしよう。明日にでも伝える」


「ありがとうございます」


「もはや我らに一刻の猶予もない。そなたと同意見だ」


「今頃曹操もそのことを論じているでしょう……」


確かにそうだった。晴れて荊州を武力で占領した曹操は、瞬く間に自分の支配下の人間で荊州を埋め尽くし、自分もそれの監督業務にしばし忙殺されており、劉備を追う時間はなかった。

劉備を逃がしておいても、老人や赤子、家財道具を持った流民を抱えて鈍足極まりないので多少余裕でいたわけだ。


「丞相、お茶をお持ちしました」


参謀格の荀攸だった。ようやく入城した宛城で、制圧した荊州北部を安定させるための政務に忙殺されていた曹操を気遣かったのだった。


「うむ、少し一服するか」


「丞相。税務、人事その他の政務は極めて大事な事と理解しておりますが……いいのですか?」


「何がだ?」


「劉備です。あの者は天下の英雄たる器。

逃がしてはいずれ脅威となるとおっしゃったのは、他ならぬ丞相です」


「知っておる。だが荊州の安定もみないまま、みだりに兵は出せん」


「そこまで考えておいででしたか……」


とはいえ曹操も焦っていないわけではない。徹夜の政務の証拠が、焦りを物語っている。


「さて、仕事も一段落した。騎兵五千もあれば事は足りるであろう。

すぐ出る。荀攸、早速招集をかけよ」


「丞相自らですか!」


「匹夫孔明の策謀にまんまとかかりおった者に任せてはおけん」


「お戯れを! その疲れたお身体を戦場に晒すわけには参りません。

荊州には、文聘という降将がおります。丞相への忠誠と能力を測るよい機会。

ここは奴に兵を率いさせては?」


「うむ……」


唸った曹操はこの進言を聞き入れた。


「思う通りにせよ。私はこのまま政務を行う」


「御意」


さてこうして文聘率いる五千は出発したわけだが、劉備軍と彼らが守る流民の群れは遅々として進まず、苛立ちばかりが皆の胸に募っていた。


そんななか、さらなる離脱者が出た。


「ご主君」


劉備が妻子とともに乗っている馬車に、孔明の馬が横付けした。

劉備はすだれから顔を出して直接会話をする。


「どうした孔明」


「主君、劉琦殿に援軍を乞いに参りたいと思います。兵五百を供にしたく存じます」


「おいおい、今までお前の作戦で勝って来たんだぜ!?」


「どうか主君、お許しを。劉琦に援軍を乞う役は、主君か、でなければ私が行かねば。

彼は個人的に恩のある私であれば求めに応じてくれるでしょう」


「しかし!」


「劉修がおります」


「劉修の武名は聞いてるが……」


劉備は、劉秀が孔明とよく親しげに話しているのを何となくではあるが知っていた。

それほど孔明が気に入るということは、知謀に長けていると孔明が認めているということ。

そのことに劉備はようやく気がついたらしい。


「劉修は私の代わりとなりましょう。私の方も時間がありません」


「わかった、非常時だ。劉修は幸い、関羽、張飛らとも折り合いは悪くない。

すぐに出立しろ。将軍達を呼び、劉修の命を聞くよう命ずる」


劉秀は地方の有力農民の出で、関羽らとも恐らくほとんど身分差はない。

孔明のように山に引きこもって勉学していられるような身分の高い知識人とはあまり上手くいかない二人だが、劉秀は身分が低いので仲間意識があるのだった。


「承知致しました。足がちぎれようとも、馬を走らせ援軍を呼んで参ります」


孔明が発ったその一時間後には、将軍達の全員が集まった。


「皆のもの。軍師諸葛亮の命を伝える。

同軍師不在の間、軍権を一時、劉修に与える」


「兄貴、本当に先生がそう言ったのか!?」


張飛は女子高生が自撮りをするときと同じくらい、目尻が裂けるほど大きく目を見開いて言った。

すると劉備は冷徹に答える。


「そうだ。厳命である」


「本当に私でよろしいので」


「そうだ劉修。非常時なんでな」


「身に余る大役、慎んでお受けします」


その後、将軍達の間で協議が始まった。


「劉修、お主はいいやつだが、本当に先生の代わりが務まるんだろうな?」


「張将軍、少なくとも私なら、先生とは違って、勝てば一緒に酒を飲みますよ」


劉秀は張飛の山のような肩を遠慮無しに抱いた。


「ぬはははは、お主はおかしな奴よ。弟のような口調で兄のように諭す!」


張飛は荒くれ者のように見えて意外に鋭い事を言う時がある。

今度がそれであった。


「して劉修、策はあるのか」


いつも劉備以外には高圧的な関羽が聞いた。


「策なら、将軍方が喜びそうなとびっきりの奴を用意してあります」


いつもクールで「勝ちゃ何でもいい」という孔明とは違い、劉秀はあえて皆の注意を引き付けるようなことを言った。

ここに趙雲が口を挟んだ。


「策とは?」


「くさびのように、中央が尖った形の陣形を作ります。

先端部分には、精鋭を全部注ぎ込みます。

雲長殿、翼徳殿、子龍殿、全員でかかります」


「ほほう! よくわかっているではないか!」


張飛は、劉備軍のスター選手揃い踏みで中央突破を行うという策に好意的な反応を示した。

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