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三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第3章 三国志
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光武帝、天下を覆す その弐

「若君、私の意見は変わりはしません。奴とは戦わぬが最良。

助言を聞き入れて下さらないなら、いっそこの首をはねて頂けますか」


「わかったわかった! 先生、私が悪かったから、言う通りにする!」


曹丕はさすがにそこまで言われて押しきれるほど司馬懿を軽く見ている訳ではなかったので、仕方なく折れた。


「はい。しかし攻めて来ない事は奴も計算のうちでしょう……何か仕掛けて来そうです」


「ふはは、一体この戦力差で何ができよう!」


曹丕はいかにも小物な悪役の吐きそうな負けフラグ的台詞を発したので、司馬懿は急に不安になってきて着物の裾をギュッと握った。


その劉秀は9月20日、珍しく城を囲んで三日動かずにいた。

だがこの状況を読める頭の切れる幕僚は彼の部下にちゃんといる。


本陣で本を読んでいるところだった劉秀のところへ、焦った様子の呂蒙が足を運んだのは9月20日の朝だった。


「将軍、劉将軍……お話が」


「ん、呂蒙か。そろそろ来る頃だと思っていたぞ」


劉秀は甲冑も身につけない普段着の着物だけ着た涼しげな格好だった。

そんな緊張感のない新たな上司に呆れつつ、呂蒙は不機嫌そうに進言する。


「現在の状況が本当にわかっておいでですか?」


「ああちゃんとな。南の益州では、我が愛しの麗華が率いている軍が悪戦苦闘しながら劉備軍の攻撃を凌いでる。

一方西北からは曹操の大軍十五万が押し寄せ、あと七日か八日くらいでこっちへ到着するそうだな」


「そこまでわかっておきながら! 何か対策を立てねば無駄死にするだけです!」


つい先日、孫呉軍を大量の罠に絡めとって叩きのめした時の頭の冴えはどこに行ったのかと呂蒙は憤りすら覚えた。

確かに、正直言って劉秀にもこの状況は予想外だった。

予想していれば麗華を益州まで行かせはしなかった。

劉秀は最強で無敵だが、それほど完璧でもなかったのだ。


だが自信はある。この状況を打破し一気に曹操軍を壊滅させられる自信が。


「城攻めはやめにしよう。城攻め中にやって来る敵を倒す算段だったが、敵がまともであれば攻めては来ずに曹操を待つ」


「なっ!? 曹操とまともにぶつかる気ですか! 援軍のあてもなしに!」


「兵法の基本は敵に数倍する兵力を揃えて短期決戦を挑む事だと孫子も兵法書で言ってる。

だがあの光武帝を思い出してみるがいい。敵より劣る兵力だろうがなんだろうが大敵を撃ち破り、天下を飲み込んだだろう。

曹操には教えてやる。どんなに謀を巡らしても、俺と決戦に挑もうとした、それ自体が間違いだったと」


ドヤッ、という顔をしてみたが、劉秀は呂蒙に呆れられた。


「何言ってんだあんた。我々はまだあなたに従ってまだ日が浅い。

決死の働きは期待しないで下さい」


呂蒙も隙あらば劉秀を裏切ることも考えていた。

そんな状況であるにも関わらず、いつも通り劉秀は何とかなるだろうと思って脳天気に笑っていた。


「まあそこまで期待はしていない。我が軍は寄せ集めと弱兵のみ。

こちらが弱いなら相手をもっと弱くするまでだ」


「何をする気です」


「ひみつ。でも安心しろよ、俺天下統一かじったことあるから」


「……?」


呂蒙は常人なので劉秀の言っている事がわかるわけがなかった。

劉修=劉秀という突飛な発想の出来る司馬懿がおかしいのである。


「大丈夫、この作戦は一度成功しているし、戦場は俺が慣れ親しんだ荊州だ」


「いや、だからなんですか、説明してくださいよ」


「わかった。実を言うと、昆陽の戦いをやるつもりだ。賢明なお前ならわかっただろ、呂蒙?」


「こ……昆陽……ああ、なるほど」


呂蒙は頷き、今まで警戒感と不信感の強かった顔に笑顔すら戻った。


「いけそうですね」


「だろー? 大丈夫絶対行ける。やるぞ?」


「了解しました。早速作戦書を作りましょう」


「そうだな」


ということになったので、他の将軍、幕僚も呼んで作戦計画書をさっさと作り、全員に伝えたあとはこれを焼却した。

今までは戦いが始まる前に細々と説明してきたが、今回はそれを省く事にする。


9月21日、許を攻めることをあきらめ、城壁の前から撤退した劉秀軍は南に進路を取り、慣れ親しんだ新野城へと帰還した。

そのことは9月23日の時点で曹丕の知るところとなる。


「新野城へ帰還か。どう見る、先生?」


「帰還……常識的に考えれば十五万の我が軍に対して籠城戦法を仕掛けるということでしょうか」


「まあそれが普通だな。しかし光武帝に匹敵する本物の化け物なら、その程度で終わりはすまい」


「籠城とは言ってもこの状況は全くの予想外だったはずです。

新野城に食料の備蓄も何らかの準備も殆どないはず。

実際私が見に行った時はむしろその反対で城の食料を民に振る舞っておりましーー」


司馬懿は言葉を切り、絶句した。あれはパフォーマンスだったのだ。

あの時司馬懿は正直に報告した。劉修は新野城の前で民に食料を恵んでいたと。

あの時何故、これみよがしなアピールだと気付かなかったのか、司馬懿は己の愚かさを呪った。


新野城に食料は無論ある。司馬懿が消えたあとで、ちゃんと中に備蓄しておいた。

もしもの時のためになるよう。そのためのお金は、長安に行ったとき褒美として頂いた金銀でまかなった。


「まさかあれが伏線だったとは……」


「どうした先生?」


「い、いえ。若君……ともかく籠城戦法は必ず取るでしょうがどうも不自然です。

何故なら奴の戦法は常に積極果敢な正面突破だからです。しかし何故……?」


司馬懿の頭脳の中のデータベースには、このような状況でもし劉修が何かやって来るとすれば、それは昆陽の戦いの再現しかないであろうと考えた。


「しかしあれは暴風雨が来てくれたらの話で……」


「なんだ先生?」


「今はまだわかりません。とにかく……丞相のご指示があるまで動かない事にしましょう」


「わかっている……」


本当にわかってるんですか、と念を押したくなったが、司馬懿はやめておいた。

この時新野城にいた劉秀は、こう来る事は読んでいた。

曹丕も司馬懿も、曹操の指示待ちでジッと座して待つということを。


こうなったら我慢比べだ。劉秀はひたすら派手な動きをして曹丕を誘い出す。

曹丕は我慢する。単純な理屈である。短気な曹丕がどこまで耐えられるか。


9月24日早朝、作戦通りにまず劉秀が動いた。


新野城に甘寧のみを残し呂蒙と兵力三万を連れ、城を出た。

城を守るのが結構得意な甘寧を残すのはまあいいとして、呂蒙を連れて城を出て、しかも兵力三万で何が出来るのか。


しかも司馬懿が訝ったのは、四万を二手に分け、三万を出したという点だった。

昆陽の戦いとも少し違うようだが、どうにも相手の出方が司馬懿には読めなかった。


その三万の軍は、新野城を抜けてどこかへ忽然と姿を消した。

彼らの消息が長安にいる曹丕、司馬懿らに伝わったのは、実に9月30日の事だった。


24日に起こった奇妙な機動を追っていこう。


まず24日、新野城を抜けるなり、三万の兵で劉秀軍は急に消えた。

どこへ消えたかというと、川を船で渡り、陸路を行くより遥かに早い急激な速度で西へ向かったのである。

曹操や司馬懿らにも全く予想されていなかった突拍子もない機動力だった。


この作戦が、水軍を得意とする荊州及び揚州の軍を、劉秀が吸収していたからこそ出来たことであったのは言うまでもない。

そして彼らが西進する先にあるものとは、長江沿いに建造された、いくつもの砦を使いながら劉備軍の猛追を何とか凌いでいる最中の、陰麗華の軍であった。


9月27日、驚異的な速度で劉秀達は江陵と白帝城の間の狭い街道で四苦八苦している麗華達の軍に追いついた。

何故そんなことが出来たのかについてはちゃんと理由を説明する義務があるだろう。


その理由とは、三国志を読んだ人はまず赤壁の戦いを思い出して頂きたい。

あの時諸葛孔明や孫呉軍の間では、秋には一定の方向に風が吹く吹かないと言っていなかっただろうか。

だが孔明の予見通り風が吹いた。長江沿いの三峡地方ではそのような東南の風が吹くことがままあった。

劉秀軍は乗った船の帆でその風を受けて爆進した。


昆陽の戦いでは劉秀は同じく雄渾なる自然の力を利用して戦に勝利した。

龍が天に上るとき、天は荒れ狂い、雷が落ち、風が吹いた。

今回もそうである事は疑いようもなかった。


既に江陵の戦いで十万を三万で破り天下を覆した劉秀が、この戦いで曹操の地盤を根底から覆すことを予言するかのような風が彼の背中を押していた。

奇妙な事に、荊州南郡に長く住み、その地理天候に精通した劉秀と水軍の理解度が深い、因縁の呂蒙が組んだ結果、誰も予想しえなかった大作戦が円滑に進んでいた。


「麗華ー! 待ってろよーッ!」


船首に身を乗りだし、風に黒く豊かな長髪をなびかせながら劉秀が叫んでいるのを、呂蒙が羽交い締めにし、身を呈して必死で止めていた。


「何考えてるんですかもう! あんた死にますよ!」


「あっはっは! 劉備の旦那、あんた調子に乗りすぎたな!」


劉秀は呂蒙の求めには素直に応じ、まだ見ぬ劉備に向かって叫ぶと素直に甲冑を身につけに船室へ消えた。

このわずか数時間後には、まだ姿の見えていなかった麗華の荊州軍の背中が見え、劉秀は叫ぶ。


「声を上げろ皆の者! 称えろ、励ませ! 援軍を待ち、健気に耐えたあの勇士達を!」


「ウオオーッ!」


渓谷に挟まれ、中央には川。遮るもののない渓谷に、三万の軍勢の歓声が満ち、旗が振られる。


「あれは……文叔!?」


軍中央の最も安全な場所に退却していた、一応名目上の総大将・陰麗華までもが援軍の到着に気がついた。

彼女が、最後に気づいた者だったと言っていい。

気付けば七万の大軍勢が峡谷を揺るがすかと思うほどの雄叫びを次々と上げ、異常な興奮状態を呼び覚ます空気が周囲に充満した。


「よく戦った、よく守った、よく耐えたな!

荊州水軍! 益州遠征軍に敬礼!」


総大将劉秀が、四万の荊州軍に供手した。

もちろん互いの姿をろくに視認出来る距離ではないが、そこには確かに熱い思いが通じ合った。


「どうしたんだ、あいつら……」


麗華らがいた益州遠征軍の後を追っていた劉備軍五万の中央に陣取っていた総大将・劉備は何かただならぬ様子に訝しむ。

隣の孔明、法正らも腑に落ちない様子だった。


「さあ、伝令の報告を聞かない事には」


そう言っているうちに、全軍をかきわけ、血相を変えた騎馬伝令兵が馬を飛ばして総大将の前に参上した。

伝令はもどかしそうに馬を飛び降り、ひざまずくとこう叫んだ。


「ご主君!」


「なんだ?」


「荊州より水軍三万の援軍が到着! 総勢七万となり、降伏勧告まで出して来ております!」


「おいおい。まさかとは思うが、劉修もいるか?」


「はっ! 敵将劉修はこのまま水軍の素早い機動力で我が軍の後ろへ回り込み包囲殲滅するという可能性を示唆しております!

ご主君、いかがなさいますか!」


報告を静かに受けとめた孔明、法正は顔を見合わせた。

そして二人は、互いに同じ結論に到ったことを理解した。


「終わった……これで我等の完敗ですな」


今や劉秀の水軍が実際に劉備軍の後ろへ回り込み、逃げ場のない細い街道で包囲殲滅されることを防ぐ手段が、劉備軍には一切なかった。

それほどに今の状況は絶望的だった。退けば、水軍が先回りしてきて退路は断たれる。

進めば四万に足止めされてる間に水軍が後ろへ回り込み、無事死亡である。


果たして龐統(ほうとう)はそこまで考えて麗華に時間を稼げと言い残したのだろうか。

不明である。


「お前ら、そんなにすぐ部下に諦められる大将の身にもなれよ」


「無理です主君。どうあがいても負けです。詰んでます……」


「ハア……法正の作戦、絶対これ以上ないほど冴えてると思ったんだがな」


完璧に見えた法正の作戦にも、敵が水軍を使うという予想外の抜け道があった。

水軍を使う相手に戦った経験らしい経験はない法正にそこまで考えろというのは無茶だったが。


「あの、主君……劉修からの書状です」


さっきから黙っていた伝令が、預かってきた書状を差し出した。

劉備が読んでみると、思わず笑ってしまう内容だった。


「ハハ、こいつは面白くなってきた!」


「どうされました?」


「孔明、見て見ろ」


書簡を渡された孔明は、言われた通り内容を改め、一目見るなり愕然となった。


「こ、これは!」


「だから何なんです?」


法正が聞くと、劉備と孔明は同時に答えた。


「曹操がーー」


「ーー崩れ去る!」


書簡を読んだ劉備は、心地好い敗北感すら胸に笑顔で軍を反転させた。

その道すがら、劉備は晴れ上がった空に向かって呟いた。


「全く、とんでもない奴と同じ時代に生まれちまったもんだぜ……」


いや、大丈夫である。劉備と劉秀とでは、誕生日が150年以上も違うのだから。

荊州に迫る劉備軍、脅かされる最愛の妻・麗華の命。

両方いっぺんに、誰も予想しない方法で解決した光武帝・劉秀。

これにより揃った七万の兵力と、迫る曹操軍十五万。

既にその差は二倍強程度にまで縮まっていた。

曹操はこの時点で、劉秀が新野城を出た事すら知らない。

まったく、曹丕が「この戦力差で何が出来る!」とかフラグを立てたせいで差が一気に縮まってしまった。

光武帝に勝つには最低でも50倍の兵力は必要だが、差が2倍強にまで縮んでしまったではないか。


かくして乱世に最も遅く現れた4匹目の龍が、2匹目3匹目をも飲み込み、今、最長老の1匹目を喰らおうとしていた。

というわけで、ようやく終われそう。




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