表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第3章 三国志
42/53

光武帝、策を授ける

「孔明」


「どうかしたか。私を訪ねて来るとは珍しい。酒なら飲まぬぞ」


「まあそう言わず付き合え」


真面目な孔明と酒を好む龐統は対照的だが、有能という点では変わらなかった。

龐統は盗人のような素早い動きで懐から二通の書簡を出した。

さっき龐統が読んでいた書簡と、更にもう一通である。


「これは?」


「天下統一への策が書いてある」


不敵な笑みを浮かべて言う龐統。孔明も彼がよく大きい事を言いすぎる癖があるのは知っていたが、ここまで大きいことを言ってのけるのを見たのは初めてだった。


「まことか?」


「無論だ!」


「フッ、その言葉信じよう」


「さすがは我が親友!」


龐統は孔明に抱き着かんばかりだったが、孔明はこれを羽扇で払ってこう言った。


「色々言いたい事もあるが、中身を確かめてから決めるとしよう」


孔明は二通の書簡に目を通した。劉秀と龐統によるそれぞれの作戦計画だった。

曹操を大決戦に引きずり込み、劉秀お得意の野戦で雌雄を決し、劉秀が曹操の目の前で言ったように、曹操を肉塊にするための計画書だった。


龐統の孔明に向けて書いた作戦計画はこうだった。


一・孔明は近日中に龐統が荊州及び劉修と通じていると主君・劉玄徳に讒言すべし。

二・龐統は主君による処置に抗議を行い、恐らく牢屋にでも入れられるので、その間孔明は仲間を募るべし。

三・仲間が集まったら主君・劉玄徳に脅しをかけ、政治の実権を握って益州派閥を厚遇し荊州派閥を冷遇すべし。

四・この龐統の協力者には趙雲将軍がいる。趙雲将軍は、孔明の行うその動きに対抗して荊州派閥を集め、荊州の劉修や甘寧、魏延らと実際に連絡を交わす。

五・趙雲将軍の仲間集めには隠れて孔明も協力すべし。

六・折りを見て趙雲が荊州から劉修軍を引き入れる。

七・孔明及び益州派閥はこれと事を構えるため曹操に援軍を求めるべし。

八・援軍は来る。来なければ指令の通りにせよ。


「なるほど……」


書簡を一瞬見ただけで内容を理解し、また覚えてしまった孔明は書簡を龐統に投げてよこすと、孔明にしては珍しくぶっきらぼうに言った。


「間違いない。劉修は曹操を潰し、そのあと我々の野望を完膚なきまでに叩き潰す気だ」


「……そんなまさか」


「だがこの話乗ってやろう。士元(龐統のあざな)よ、一つ聞きたい」


「遠慮することはない。何でも言え」


「何故、そなたは劉修のためここまで体を張る必要があるのだ?

私には到底理解できん。能力はともかく、人間としてそれほど魅力があると?」


「難しい質問だな……」


龐統は孔明に嘘をつきたいわけではないので、なるべく本音で、しかしあの伝説の光武帝が劉備に立ち塞がっているという絶望的な事実だけは孔明に悟られないよう注意した。


「わしはな、孔明。ただ単純に戦力差を比較しているだけ。

そう、冷静に分析して、あちらにつくのがよいと理解しているからなのだ」


「何だと? この私や法正など、名将や軍師のいる我々より、奴一人が上だと?」


「そうは言っておらん。中原をおさえ、天子を手中にし曹仁、曹真、徐晃など名将の数知れない曹操陣営よりもあの男一人は強いと言っているのだ」


「……正気を疑う」


「疑うならそれでもよい。だがこれに乗らぬ限り、劉玄徳の独立は成らぬ」


「うむ……そうだな。しかし何という運命の悪戯か?

何故天はこの世に劉の姓を持つ英雄を二人も遣わしたのだ?

何故我が主君ではなく、あの問題児に人外の力を与えたもうたのだ?」


孔明の言うこと、龐統はもっともだと思った。

劉玄徳と劉文円は決して並び立つ事はない。

どちらかが死ぬまで漢の皇室の後継者を争い、激しく対立せざるを得ない。

だが、一つだけ孔明の言葉に間違いがあるとすればここだと思い、龐統は茶々を入れた。


「孔明。では聞くが、あの男無しでどうやって天下を取るつもりだったのだ?

孫呉も健在、曹操も健在の中で益州と荊州の一部だけ持ってどう天下を目指すつもりだったのだ?」


以前龐統は、劉秀なしでは劉備陣営は天下などとれないと断言していた。

今でもその意見は変わってなどいなかったが、孔明はここを譲る事だけは出来なかった。


「それだけあれば十分。孫呉との協力で曹操を倒し、その土地を山分けし、その後孫呉も倒すつもりだった」


「嘘をつけい。それが無理なことは孫呉陣営に幾日か居た折りに十分理解したであろう。

奴らは烏合の衆で、意思決定の遅い愚鈍でとてもではないが、強大な曹操を討つなどという果断な選択は出来ぬ」


「く……!」


わかっていた、そんなこと聡明な孔明に理解できないはずがなかった。

それでも進みつづけなければならなかった。あの日劉備と会話し、臥龍岡(がりょうこう)を出た日からそう決まっている。

孔明自身がそう決めた事だった。劉備と天下を統一することを諦めてしまったら、もう隠者の生活にも戻れず、戦うことも出来なくなってしまう。

それは自分の存在を否定する事だとすら考えていた。


だから孔明は働いた。働いて働いて、劉備の残した無能な息子のために文字通り死ぬほど働いて死んだのだ。

そんな孔明だからこそ龐統は、今さら泣き言を言うなと諭すのである。


「お前の忠誠心は認めている。その強靭さは驚嘆に値する。

だが孔明よ、認めねばならぬことも世の中には存在する。

たとえ曹操を倒せたとしてもその先にあの怪物が待っていて、疲弊したところを叩き潰しにやってくる。

それほどの底なしの絶望にわざわざ飛び込む真似は、賢明なお前ならしないであろう」


龐統の言った底なしの絶望という言葉は、孔明の疲弊した心に深く染み込んだ。


「わかっている……わかっているから手を組むのだ」


「そうか! さすがは臥龍と呼ばれた孔明だ」


「このことは主君に報告する。どうも文面からして主君にすら秘密にしたいようだが、それが最低限の条件だ」


「ああ構わぬ。それではわしは、趙雲将軍に話を通して来る」


「ああ。気をつけてな」


孔明は出ていく龐統の揺れる背中を見ながらため息をつき、それからもう一度外の青空を見てため息をついた。


「内紛を起こして我々を二つの派閥に分け、一方に曹操を一方に自分がつき決戦する。

恐ろしい事を考えるものだ。あの男が最初から本気を出して汚いことも含めて全力で天下統一を目指していたら、果たして我々の首が今ごろあっただろうか。

劉文円と初めて出会ったあの日から三年程度しか経っていないとはとても思えぬ。

申し訳ありません主君。亮はあの日、警戒すべき男を見落としていたようです」


孔明は悲しみにくれているが、龐統、法正、趙雲などは劉秀の動向に対してかなり楽観的だった。

何故なら劉秀は最終的に劉備達の利益になることしかしていない。


特に先の定軍山の戦いでは、亡き荀攸の策に完璧にはまっていることを孔明、法正、龐統という三人の軍師ですら気づいていなかったし、現在ですら敵に策があったかは気づいていない。

もしあのまま劉秀が孫呉を倒したという報告がなければ、荀攸の背水の陣の策にはまって全滅していた。


しかし実際のところは孔明が正しい。

曹操はやりすぎた。今まで、俺は勝利を盗まないだとか曲がったことは嫌いだとか甘いことを言っていた劉秀をついに本気にさせてしまった。


こうなる前に決着はつけるべきだった。

陰麗華の事を聞くやいなや、すぐ無傷で返して劉秀を懐柔するよう進言した荀彧(じゅんいく)は賢い。

もし陰麗華を人質につかって劉秀を操っていたら、曹操が肉塊になるタイミングが縮まっていた事は確かだった。


だが囚われの献帝・劉協を長安で初めて目にし、陰麗華にも説得されて考えが多少変わった。

劉協と中華の民衆は今や同じ状態にある。権力争いに巻き込まれて自由や権利を奪われていると思い至ったのだ。


それならば、やるべき事は一つしかない。権力を握ろうとする奴を全て叩いて回ればいい。

曹操を壊滅させ、劉備をも叩き潰し、この世に天下への覇権を狙う身のほど知らずが出ないよう徹底的に滅ぼし尽くす。


そのためにも劉秀が持っている荊州兵を曹操軍への備えだけ残して益州に送り込むことは絶対条件。

そうすれば、戦わずして劉備軍を下す事が出来るだろう。

だから、この作戦は一見曹操を倒す計画に見せかけてその実は、曹操のあと劉備を叩くための作戦でもある。

このことを一瞬で看破してみせた孔明はさすが千八百年後も天才軍師の代名詞となっているだけはある。

龐統はしらばっくれていたが当然察しがついている。


それでもなお、孔明はこれに頼らなければ生き残る術はないと悟っていた。

劉備のために死ぬまで働くとすでに決めている。一緒に天下をとると。

曹操に降伏はありえなかった。


と、そんな頃。劉備の陣営で密かに分断が進む中、荊州では意外な事が起こっていた。

江夏という重要な地を任されていた魏延が、どういうわけか8月15日、新野城に呼び出されていた。

一体何事か。魏延は主君劉秀を得体の知れない化け物だと思っていて、また事実そういう側面もあるため、すっかり怯えて新野城に入ってきた。


通されると、城主の劉秀は妻とよろしくやっていた。


「将軍、何かご用ですか?」


「ああ、魏延。少しお前にだけ話しておくことがある。

まあ座れ、旅の疲れを癒すといい」


魏延は言われた通りの位置に座った。劉秀は部下を見下ろすのは好きではない。

同じ目線で座り、話を聞くように命じた。

魏延が水、ついで酒、前菜に少し箸をつけてから箸を置き、劉秀の方へ目を向けた。


「お話とは?」


「魏延、文長よ。そなたと甘寧は我が腹心中の腹心として話しておく事がある。

今現在、益州で我が間諜になってくれている龐統のことは知っているか?」


「はい。計画では劉備軍を分断して争わせ、荊州派閥に我々が。

益州派閥に曹操がつくよう仕向ける事で大決戦を演出する……というお話でしたな?」


「その通りだ。しかし俺の本意はまた別のところにある。

今の話は益州と荊州、劉と曹しか出てきていないだろう?

だが天下にはそれだけしか人がいないわけではない」


「まさか……」


魏延は計画の全体像をここでようやく掴む事が出来た。

察しのいい魏延に満足感を覚えつつ、劉秀はネタばらしをした。


「計画の真意は益州とは全く違う別の場所。そこに俺は目を向けている。

俺自ら五万の兵を挙げて出陣すれば、曹操は必ず大軍をもって益州に来るはず。

その時こそ魏延、甘寧の出番だ。魏延は私の留守の間、荊州の全権を委任する。

甘寧は呂蒙を副将として許へ侵攻する計画だ。汝南からな」


今の勢力図を説明しておこう。孫呉は劉秀が曹操の十万を三万でボコボコにした折りに色々領地を掠め取っていた。

他にも劉秀は荊州にギリギリ属する(えん)なども奪っていて曹操はあの戦い一つだけで大きく弱体化していた。

あの戦いは本当にたった一度の勝利で勢力図を一変させた。

光武帝が一万で百万を倒したという昆陽の戦いにも匹敵するような重大な一戦だった。


そして今言った汝南、新野、宛はそれぞれ許、洛陽に近い。


どちらも曹操と魏にとって重要極まりない大都市であるが、両方が脅かされているのでやむを得ず長安に遷都した次第だ。

長安は宛の北西あたりにあり、また漢中にも近い。

曹操は最悪の場合に備え、もっと北への遷都をも計画している。

その最悪の場合を起こそうというわけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ