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三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第3章 三国志
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光武帝、蜀を攻める

「皇帝陛下に拝謁致します」


「面を上げよ。そちも朕と同じ同じ劉の姓を持つ血族だ」


「感謝いたします」


二人は揃って面を上げてかねてより興味のあった劉協の顔立ちを確認した。

なるほど。劉の血を引くだけあってほんのり劉備や劉秀に似ている人の良さそうな顔立ちだ。

しかし置かれてきた環境、生きてきた環境があまりに惨め過ぎて、卑屈さが顔に表れてもいる。


「かわいそうにな……」


劉秀は聞こえないよう、小さく呟いた。


「新野の劉修、字を文円。そなたの功績はどれだけ褒美を与えても与えすぎということはない。

よって配下達との議論の末、そなたを徐州牧に任じ、金銀五千を与えるものとする」


「慎んでお受け致します」


曹操の魂胆が劉秀にもわかった。徐州すらも惜しみなく劉秀に与えた。

これはもう、全力で曹操が劉秀に取り入ろうとしているとしか言いようがない。

曹操が下で、劉秀が上でも構わないと曹操は思っている。

それほどに切羽詰まっているということだ。


今ここで、曹操が一手でも間違えれば劉秀の機嫌を損ね、劉備と協力して襲い掛かってくる。

だが劉秀も一手間違えればおだぶつだ。


恐らく、今ここにいる荀彧(じゅんいく)ら曹操の配下は確実に、今ここで劉秀を亡き者にするよう進言している。

曹操はそうするかどうかを決めかねている状態、といったところだろう。


「私からもお祝いを述べておく。おめでとう大将軍」


「光栄です、丞相」


曹操はここで一つ決定的な質問をしてみることにした。

ここでもし気に食わぬ答えが帰って来れば問答無用で殺すつもりだ。

手に入らないくらいならここで殺す。


「ところで文円殿。もし劉備討伐の命令を陛下がお出しになられたら、受けてもらえるかね」


劉秀は、麗華に助けを求めるかのように彼女の顔をチラ見した。

すると彼女は、無言でうなずく。


「何をいまさら。私と丞相の仲ではないですか。そう遠慮せずともよい。

陛下に打診してください。劉備討伐なら喜んで引き受けましょう」


「なに? かつての主君ではないのか?」


曹操は劉備を討たせる気満々のくせにそれは棚に上げ、逆に意地悪な質問をしてきた。

劉秀は明るく朗らかに答える。


「確かに劉備は主君でした。新野で会った無一文の私を拾い上げ、物凄い勢いで出世させてくれた恩人です。

今では劉備をも越えた経済力、領土を手にするまでになったのも劉備のおかげです」


「ではなぜ?」


「丞相、忠告しておきます。劉備は手強いです。

運命が、時代が味方していることを側にいて強く感じました。

劉備が私を拾った事にしてもそう。ご存知ですか。劉備は漢中王を名乗っていますよ」


漢中王。それはおよそ四百年前に漢の国を作り、今まで何度も話に出てきた劉邦が名乗った称号である。

つまり劉備は劉邦と自分を半ば同一視し、また周囲もそう思ってほしい訳である。


「漢中王がどうしたというのだ」


「丞相、全ての流れが劉備に来ているってことです。

そういう相手と戦うと予期せぬ事故や不運に翻弄されてしまうものです」


「文円殿、正直に答えてもらいたい。劉備を討つ気があるのか?

それとも、この曹操を討つ積もりであるのか?」


さすがに脳天気な劉秀もここは真面目に答えるかと曹操は期待した。

しかし待っていたのは、この剣呑な状況を理解していないのではとすら思われるほど豪胆で不敵な言葉だった。


「丞相を討つ? 俺が本気で討つ気ならあんたはとうに動かぬ肉塊になってる」


曹操は額から汗がにじみ出てくるのを感じた。

この男は本気だ。そのことを、ほんのわずかも疑ってはいない。


「劉備を討伐せよとお命じになられますか、陛下」


なんという不遜か。劉秀は丞相であり、実質的最高権力者を無視してその頭上で皇帝と会話し出したのだ。


「劉修。劉備を……劉備を……」


献帝・劉協は言葉に詰まった。曲がりなりにも劉姓を持つ人間で、まともに朝廷のためという大義を掲げて挙兵してくれたものなど、劉備のほかにいない。

それでも皇帝は、曹操の意のままに、予定通りこう命じた。


「劉備を討伐せよ!」


「仰せのままに」


劉秀はしかと勅命を拝領すると、うやうやしく御前を後にし、曹操による暗殺の魔手から悠々と逃げ出した。

とはいえ、宮廷を出た直後から横の麗華に散々怒鳴られた。


「結局命令を受けて劉備を討伐することになっちゃったじゃない!

一体どうする気なの。もう後戻り出来ない!」


「劉備はこの地上から消す。麗華、お前はこの前、劉備と俺を離反させるのが曹操の狙いだと言ったな?」


「そうだけど……」


「一番それに弱いのは劉備だ。この天下で、俺も曹操も全てが敵に回った。

逆にあちらの陣営に離間の計を仕掛ければ必ずうまくいく」


「上手くいくの? 確か劉備は並々ならない人望があるって聞いたけど」


「あちらには、あらかじめ俺が光武帝・劉秀であると伝えてある人間がいる。

龐統と趙雲だ。彼らは俺がこの天下で最強であり、唯一仕えるに値する者だと理解している。

そして、彼らは他の者を俺の傘下に入るよう説得してくれるだろう」


「えっ、そんなことバラしてたの?」


「まあそうでなくては説明がつかないからな。俺の異常な戦果について。

奴らも信じたし、信じると思って正体を明かした」


「まあいいわ。さっきの話は筋は通ってるわね……それに向こうへ行った荊州の人間と元々益州にいた人々は、まだ全然一枚岩になるほど絆を深める時間がない。

対立を煽れば益州の人間は劉備を追いだしたがり、荊州の人間も早く荊州に帰りたがってしまうかもしれない……か……」


「そういうことだ。あまりにも状況が絶望的過ぎるだろう?

元より勝てない戦だ。勝てないなら被害を最小にし、出来るだけ高い地位で朝廷に迎えられたいというのが本当のところ。

それが人情ってやつだ。むしろ今まとまれているのが奇跡と言っていい」


本当だった。というか、正史での蜀もよくあそこまで保ったものだ。

諸葛孔明の政治力、劉備の人望、それらで荊州出身や果ては敵の魏出身の人材までごちゃまぜに登用して国を維持しつづけた事実は驚嘆に値する。


「昔は、こういう謀略って嫌いだったよね?」


怪しむような眼差しを陰麗華は劉秀に向けた。


「怖いな。ま、そうせざるを得ない状況ってことだよ。

俺は誰の下にも一切つくつもりはない。俺がかしずくとしたら、ただ一人……」


劉秀は妻の麗華の手を取ってお辞儀をした。


「それは麗華だよ……」


「嘘ばっかり」


麗華は劉秀と仲がいいくせに、照れているのか、こういうことをされると毎回拒絶する。

劉秀を振り払ってから彼女は続ける。


「きっと、その龐統さんって人と一芝居打つのね?」


麗華に冷たくされても全く気にするそぶりもなく、劉秀は普通に彼女と会話できるようだ。

よほど、毎日のようにこういう冗談をやってるらしい。


「さあな。そいつは龐統次第かもな……」


麗華にはすぐ、劉秀がとぼけていると察知できた。

せいぜい十八歳から二十二、三歳の若い夫婦に見える二人だがこれでも付き合いは半世紀を超えている。

そして、その洞察は的中する。


「麗華のお陰で俺も決心できた。麗華が支えてくれなければ俺の心は折れていた、感謝する」


「別に支えたつもりはないけど」


「あっはっは。全くいい女だな……」


いつもの笑いを宙空へ放ってから劉秀は、更に独り言のように続ける。


「悪いな劉備、曹操、孫権。仕方がないだろう、平和のためだ。

お前達の理想、信念、野望。全てこの劉秀が叩き潰して塵にする」


さて、劉備陣営にいる龐統に秘密の秘密の密書が届いた頃というと8月13日、夏の盛りの事だった。

この日はまさに天下太平。北方異民族すら動きを見せないのどかな夏の日で、劉秀達も新野へ戻っていた。


その劉秀からの手紙を益州の成都にて読んでいた龐統は、深くため息をついて書簡を床几に置いた。


「はぁ……こんな難題をわし一人に押し付けるとは無茶を言いなさる。

無理もない。化け物みたいに有能な雲台二十八将に囲まれていた光武帝だ。

部下に無茶苦茶な要求をすることぐらい、日常茶飯事だったのだろう……」


一度目を閉じ、それからもう一度開いて、龐統は空を見上げて続ける。


「だが、光武帝が長安で自ら暗殺の危機に飛び込んだのだ。

わしも、ここで博打に勝たねば漢の臣下として面目が立たぬ」


荊州出身の龐統である。自分自身このまま劉備についていては故郷の土を一生踏めなくなることを承知していた。

また、彼の言葉が荊州出身の派閥の心を動かせる事も承知している。

光武帝の命令を忠実に実行できる器を持ち、劉文円という、自らが発見してしまった未曾有の怪物が光武帝であることも知っている。

そんな龐統にしか出来ない大事な任務は次のようなものだった。


一・曹操に、龐統が劉秀の命令を受けて離間の計をかけていると思い込ませるため、孔明とは情報を共有し、しっかり協力すること。

二・孔明と共謀して益州の派閥と荊州の派閥の対立を、火が強くなりすぎない程度に煽る。

三・龐統、趙雲などの荊州派閥は、益州に荊州兵を引き連れた劉文円大将軍を呼び寄せる。

四・孔明に上手く誘導された益州派閥は、益州を取られてはかなわないので、これに交戦するはずであるし龐統と孔明はそう仕向けなければならない。

五・益州派閥は、どうするかというと、曹操に泣きつく事で荊州派閥に対抗する戦力を持とうとするので、要するに益州・荊州の派閥争いは劉修派と曹操派の争いにすり変わるのである。

六・曹操が益州派閥の味方をするなら、曹操軍の増援が来たところで益州派閥が裏切ればよい。

七・曹操が関与してこない場合は益州と荊州の派閥のわだかまりを解決するためにも、劉備が曹操に降伏する必要がある。

八・そうすることにより荊州派は荊州へ逃げ、益州派は故郷にとどまることが出来る。

九・劉備は裏切りを繰り返してきた男なので、また後で曹操を裏切ってもらう。

十・その時こそ孔明がかねてより唱えていた三方向からの一斉攻撃で曹操の息の根を止める大攻勢の始まりである。


これでわかっただろうか。劉秀は、益州にてある一つの壮大な戦を起こそうとしている。

益州派閥と荊州派閥に劉備陣営を分裂させることで、やがては彼らの衝突を曹操・劉秀の争いへとすり替える。


それによって拡大した争いの火種は、益州の地にて盛大に燃え上がり、ついに天下分け目の大決戦が始まる。

劉秀はただその日を待ち構えるだけだ。

勝った方が天下を統一する。官渡や赤壁の戦いですら及ばない、天下を二分する決戦。


曹操もこれに全力を挙げて望むことだろう。

邪魔な劉備は消せるし、戦いに勝てば劉秀をも消す事が出来る。

そうすれば、諦めかけていた自らの代での天下統一が十分に見えてくる。


逆に劉秀と劉備は待ち望んでいた曹操軍との雌雄を決する戦いに、しかも有利な戦いに臨める。

二者の思惑は、奇妙にも同じ点で交わりあい、互いに『決戦』を求めて時代を進めていくはずだ。

どれほど曹操に固い意志があったとしても、自分の代での天下統一という誘惑を退ける事は非常に困難だろう。


この時代ではまだ、天下は史上で三人しか統一に成功していない。

秦の始皇帝、漢の高祖・劉邦、そして光武帝・劉秀。


この三人の中に対等な器を持った英雄として魏の曹操が並ぶ。

そして未来永劫、その偉業は語り継がれ曹操の名は乱世の梟雄ではなく、天下統一の英雄として残る。

しかも、その天下統一の最後を飾る一大決戦は一度負けた、当代最強の名将・劉修という男を撃ち破っての華々しい王道をゆく。

あまりに魅力的に過ぎる。曹操がその誘惑に抗えるとは、劉秀にはとても思えなかった。


「早速孔明に知らせねばな」


万が一にも曹操にこの計画を知られる訳にはいかない。

龐統は早速筆をとり、孔明への秘密の書状を書くとこれをこっそり持って孔明に会いに行った。


「孔明」


「どうかしたか。私を訪ねて来るとは珍しい。酒なら飲まぬぞ」


「まあそう言わず付き合え」


真面目な孔明と酒を好む龐統は対照的だが、有能という点では変わらなかった。

龐統は盗人のような素早い動きで懐から二通の書簡を出した。

さっき龐統が読んでいた書簡と、更にもう一通である。


「これは?」


「天下統一への策が書いてある」


不敵な笑みを浮かべて言う龐統。孔明も彼がよく大きい事を言いすぎる癖があるのは知っていたが、ここまで大きいことを言ってのけるのを見たのは初めてだった。


「まことか?」


「無論だ!」


「フッ、その言葉信じよう」


「さすがは我が親友!」


龐統は孔明に抱き着かんばかりだったが、孔明はこれを羽扇で払ってこう言った。


「色々言いたい事もあるが、中身を確かめてから決めるとしよう」


孔明は二通の書簡に目を通した。劉秀と龐統によるそれぞれの作戦計画だった。

曹操を大決戦に引きずり込み、劉秀お得意の野戦で雌雄を決し、劉秀が曹操の目の前で言ったように、曹操を肉塊にするための計画書だった。



最近の展開で何か物足りないと思ってたけどその何かがわかった。

主人公:劉秀 

ヒロイン:麗華

マスコット:夏侯惇←こいつがいなくて寂しい。


シリアスになりすぎてる感はちょっとある。

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