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三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第3章 三国志
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司馬懿、出る

それは210年8月4日の事だった。


この時代は地球が寒冷化していたと言われるが、中国内陸部で、日本列島と同じくらい水資源の豊富な荊州を治める劉秀は、蒸し暑いので涼を求めて川部に来ていた。

新野城の南には有名な大河が流れ、人々が生活のための水を汲みに来ていたり、また、荷物を乗せた船が行き交う。

若い頃の劉備が母のために茶を買う有名なエピソードで出てきた船も、ここを通ったであろうか。


その川へ劉秀とその最愛の妻がわざと目立つ馬車でやってきた。

もちろん劉秀の狙いはただ一つ。可愛い妻を住民に自慢するためである。


「あっはっは、いやー、皆元気か? 私がみんなの殿様でーす!」


劉秀は車の上で立ち上がって満面の笑みを浮かべる。

近隣住民は一体なにが起きたかいまいち計りかねたまま、異彩を放つ馬車に目が釘付けになって棒立ちしている。

その隣には劉秀に手を引かれて無理矢理立ち上がらせられ、顔を赤面させて恥ずかしがっている陰麗華の姿があった。


「ああ、恥ずかしい……穴があったら入りたい……」


消え入りそうな声で麗華が言うと、逆に劉秀は一層機嫌をよくして住民にこう語りかけた。


「あっはっは。見てくれ妻だ。可愛いだろー?」


「こんなことして、あなたには品格というものがないの!」


「そんなもの、生まれてこの方一度も気にした事がない。

俺はいつだって思うように生きるだけだ。

それでさぁ、麗華……思うんだが、俺達は夫婦か?」


「え、何を急に……」


突如、庶民達の前で夫婦漫才が始まった。


「こっちではまだ結婚式挙げてないだろう?

お前と結婚するのも、もう三度目になるけど。

人間の歴史の中で同じ相手と三回結婚した夫婦はいないだろうなぁ……」


劉秀は大河の流れと妻の横顔をいっぺんに眺めながらしみじみと言った。


「どうする? 無理にとは言わないが」


「……する」


「あっはっは。正直なやつめ。俺も大した色男だな。

麗華ほどの女を何十年も虜にしつづけるなんて」


「調子に乗るな」


調子に乗るとまた他に女を作りそうなので、陰麗華はドスの効いた低い声で牽制した。


「心配しなくても浮気はもうしないって。

さて。よーし御者、ここでいいぞ!」


劉秀は馬車から飛び降りると、段々と集まって来ていた市民達に言った。


「諸君、私の妻がこちらの麗華。可愛いだろ?

俺達は今日晴れて夫婦となる。諸君達が証人だ!」


劉秀は片腕で麗華を抱きながら言った。


「ちょっと、何するつもり?」


「諸君。私は妻に恥じるような事や隠し事はしたくない。

我が領民にして友人達よ、私の、荊州牧の治世はどんなもんか評価してくれ!」


市民達が意見する前に麗華は冷たい目で劉秀を睨んでこう言った。


「隠し事はしたくない? 枕の下の春画(えろほん)なら捨てたから」


「ぐはッ! 伊達に長い夫婦生活送ってないな……! めざとい!」


劉秀は美人画が捨てられた事に思いのほかショックを受けていた。

集まった市民は、雪だるま式に膨れ上がり、今や二人の周囲には千人近い群衆が詰めかけていた。


彼らのうち、まず先陣を切って勇敢に意見をしたのは、露店で野菜を売っているとおぼしきおばさんだった。


「税は安くなったわね。この前の戦は結構費用がかかったみたいだけど」


荊州は豪族権力が強く、民は虫けら同然に扱われ、搾取されていた。

だが【陸の赤壁】で劉秀が十万を三万で破ってからというもの、荊州豪族は劉秀に平伏し、荊州は劉秀という一個の巨大な独裁者が支配する地域となっていた。

このため、同じ額の税を劉秀が徴収するにしても、以前は有力者の中間搾取があり、民は苦しんでいた。

今はそれがないので、多少暮らしはマシになっているようだ。


続いて別のおばさんが言った。


「前は周辺の軍から襲われたりして、怖い思いをしてたけど今はそんなことないわ」


「そうだぜ、うちらの殿様は光武帝さまみてえに強いからな!」


一人の威勢がいい若い男が言った。

笑ってはいけないのだが、劉秀はこらえきれず笑った。


「あっはっは。そうだぞ良いことを言うな。

近いうちこの劉修が、曹操を倒して天下を統一する。

この新野から出発して天下をとった光武帝のように平和を実現する。

それが終われば、税はもっともっと軽くできるだろう。

天下が一つになって戦がなくなるんだからな。違うかい?」


「そうだそうだ!」


もはや荊州の民は、神のごとき強さを持つ劉秀が天下を統一すると言っても全く疑う事はない。

劉秀の支配が荊州に及んでいる期間はわずか二年程だが、驚くほど劉秀は信頼され、敬慕されていたのだった。

陰麗華は何も驚きはない。それが彼女が見てきた夫の普通だからだ。


「おばちゃん達も、今まで済まなかった。息子や旦那さんを兵役にとったりしてな」


「いいのよ! 家に居たってろくに働きやしないんだから!」


それがおばちゃんの本音であろうか。まあ世のお母さんの意見はこんなものかもしれない。


「そいつももうすぐ終いだ。おばさん達にとって支配者が劉だろうが曹だろうがどうでもいい。

暮らしさえ良くなればな。頭の上で行われる戦いなど、最初から興味がない」


集まった市民は深くうなずいた。その通り、庶民は支配者が誰であろうが別段興味はない。


「というわけで、今日は晴れてこの劉修と麗華が結婚するめでたい日でもある。

男も女も子供も、城に行ってみるがいい。

戦乱の事は今は忘れるんだ。兵士と料理人が飯を振る舞ってくれるぞ!」


「ウオオーッ!」


耳をつんざかんばかりの大歓声が上がり、群衆が蜘蛛の子を散らすように城を目指して走ってゆき、劉修と麗華のそばには、一緒に馬車に乗ってきた御者しかいなくなった。


例えば市民に金をばらまいたり、現物支給をすると奪い合いが発生する可能性が高い。

それも、弱い女、子供が特に危険である。

その可能性を危惧した劉秀は、あらかじめ城で大盤振る舞いの準備をさせていたのだった。


それは麗華とて察している。彼女はきらめく川面を眺めながら嘆息した。


「何だか、ああもさっさと消えちゃうと寂しいね」


「あっはっは、実のところ本当の狙いはそこなんだよ麗華。

城で大盤振る舞いしてるって言えば、簡単に人払い出来るだろ?」


要は二人きりになりたかったので、民衆を体よく追い払ったというわけである。

そう説明された麗華は劉秀につられて自分も笑った。


「ふふ、この悪党」


「その悪党に惚れてるのは誰だ?」


「うるさい。馬鹿」


などと川辺で肩を寄せ合いながら言っている、年季の入った仲睦まじい熟年夫婦の背中へ、突如として騎兵が現れた。


「急報です、将軍!」


「おいおい……こんな時に何かあったのか?」


劉秀は珍しく不機嫌な顔をして後ろを振り向いた。

彼も怒る時ぐらいはあるようだ。

伝令は馬から下りると、劉秀の前にひざまずいてこう伝えた。


「あの、将軍。丞相より急に連絡が入りまして、使者を出すと。

そのご使者は既に新野城へ到着されました」


「曹操から? 何という名だ」


「使者の名は司馬懿(しまい)(あざな)仲達(ちゅうたつ)。丞相期待の若手参謀、という話です」


「司馬懿か。聞いたこともない」


「ともかく会ってお話を。無礼があってはなりません」

 

三国志の最終的勝者、司馬懿。

中国語の発音ではシーマーイーって感じなので、ふりがなは「しまい」にしときます。まあ別にしばいでもいいですけど。


ところで、ポイントが1000オーバー、ブクマ350以上という立派な数字になりました。

全て読者の皆さんのおかげです。ありがとうございます。

これ以前は、最高記録がポイント100、ブクマ30くらいだった事を思えば……。

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