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三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第2章 変拍子
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劉備と曹操

項羽と劉邦的なひびき

「全軍、勇者たれ! 突撃せよ!」


「ウオオオオ!」


十八万という数は、軍勢の一人一人に全能感という重要な感覚をもたらす。

兵士は劣勢になれば必死になろうものだが、それも程度の問題だ。

劣勢になりすぎると逃げ出すし、優勢過ぎても慢心し、結果脆くなる。


今、曹操軍は十八万の友軍がもたらす安心感と、恐怖の魔王曹操が与えるプレッシャーにより、理想的な精神状態となっていた。


彼らが攻める場所は、山の稜線が一旦切れて平地と繋がった地点である。

そこは、山と山が並んだその繋ぎ目となる細い道。


ここから定軍山をぐるりと包囲し、劉備軍を包囲して干し殺しにする。


問題となるのはこの山のすぐ側にかなり大きい河が流れている。

ここを当然劉備軍は水源とするため固めているが、ここの攻略が非常に難しい。

大軍が通りにくい狭い道に大量の伏兵をおいた、法正の守備陣形は強固にも程がある。


荀攸はこの川をどうにかしたいとも考えたが、打つ手はなかった。

この川をせき止めたり付け替えたりなど現実的ではない。


また、川の水に毒を混ぜるのも現実的じゃない。

何日間にも渡って大量の毒を投入し続ける事は不可能。

となると敵の水源を断絶する方法は一つしかない。


それは劉備軍を川に近づけない事。

荀攸は、ここで大きな賭けに出る事にした。


徐晃将軍は五千の別働隊で川に面した定軍山北部を攻撃する。

それまでは伏兵として身をひそめていろと命じた。

要はこれが戦術の妙というやつだ。


川方面は、大軍の展開が不可能で、甚大な被害を受ける可能性が高い。

だから荀攸はあえて、南側から反時計回りに行軍し、一カ所に戦力を集中する作戦に出た。


当然十八万が一気にここへくれば、川方面への警戒は薄まり、兵力も反対の南側方面に集中するはず。

と、その警備が手薄なところへ五千の徐晃(じょこう)隊が川方面を急襲し、陣を築く。


これが荀攸の全作戦計画だった。

そしてこの計画が失敗しようと成功しようと、どっちみち敵に対しては大決戦を挑む必要が出てくる。


何故決戦を挑む必要があるかというと、劉秀軍が今にも呉軍を撃破して許都あたりを襲ってくる可能性が十分考えられるからだ。

実際この時点で、劉秀は孫呉を撃破し降伏させている。

正直な話、もうこうなった時点で曹操軍は終わっている。


このまま許都への攻撃を許せば全てが終わる。

北方異民族と戦っている最中の曹操北部軍もそれ以上の行動がとれなくなり、異民族に降伏するか劉秀に降伏するかの二者択一を選ばされることになる。


悲しいかな、荀攸や曹操がどれだけ頭を働かせようと、既に勝負は決していた。

そうとは知らない荀攸は、必死の形相で指揮をとる。


「伏兵に怯むな! 数で押せば敵は必ず押し返せる!」


荀攸、曹操の命令により、夏侯淵(かこうえん)らを先頭にした強襲部隊が突撃を開始した。

狙うは若干開けた定軍山南側の一帯。

ここを押さえ、続いて反時計回りに回り込んで敵の包囲を行う事が本作戦の絶対条件だった。


「来い、劉軍の将、黄忠が相手だ!」


それを阻止すべく、正々堂々と布陣している黄忠がこれを迎撃する態勢に入る。

十八万という雲霞のような大軍に立ちはだかり、黄忠は押されながらも攻撃をよく防ぐ。


更には山上の城壁から戦況をよく観察していた軍師の法正が旗で合図を送る。

旗は敵にも見えるが、この際構いはしなかった。


黄色い旗が山上に上がる。

それの意味するところは、伏兵が出る事だった。


「待ってたぜこの時を!」


(おう)、もう待ち切れませぬ!」


張飛、趙雲が黄忠の危機に際し、法正の信号を受けて曹操の大軍が飛び込んでいく道の側面にある山の斜面から突如として出現した。


正面から相手しても厄介な相手である。

その趙雲たちが、奇襲に出てきた。

一瞬にして山道が血の海と化し、先に出て行った曹操軍から順に包囲・分断され殺戮されていった。


これに対する荀攸の答えは、数によるごり押しだった。


「進み続けろ! 抜けろ、犠牲を厭わず走れ!」


いくら趙雲達でも十八万を壊滅に追い込む事は不可能である。

次から次へ、対処しきれないほどの膨大な数の曹操軍が雪崩込んでくる。

軍師法正がこれを読んでいないわけがない。

法正はこれも山の上からよく観察し、張飛ら奇襲部隊が溢れ出る大軍に攻撃される前に撤退を命じた。


「抜けられた。ここまでは想定通りだが、気がかりなのは……」


法正は山の上から、退いていく自軍と、ゆっくり山を囲んでいく動きを始める曹操軍を眺めながらつぶやく。

すると孔明が勝手に会話しに入ってきた。


「気になるのは、相手が手をつけていない北側ですか。

あちら側の防備の方はどうします?」


「孔明か。向こうの防備を緩めてでもこちらに兵力をあてる必要はない。

水源さえ確保すれば、最低限命は繋がる。

あの川からは、曹操軍の補給線を攻撃する奇襲部隊も戻ってきてくれなくては困る」


「妥当ですな。孫子も迂直(うちょく)(けい)と言っていますが、恐らくそれを荀攸はやる気でしょう。

十八万の全軍をこちらへ投入し、こちらの戦力を移動させ、その開いた一瞬を狙うつもりかと」


「さすが兵法をよくご存知だ、孔明殿。

ならやることは一つですね?」


「はい。川を守備する軍をこちらへ呼び寄せると見せかけ、伏兵で敵を襲う」


「その通り。こんな事態だ、兵は効率よく用いなくては……」


法正はすぐに伝令騎兵を秘密裏に出して川の守護の任に当たっている糜芳(びほう)に伝えた。

彼は劉備軍でも関羽、張飛を除けば最も古参にあたる武将である。


糜芳は二万の兵を下がらせ、川沿いにはこれ見よがしに三千の兵だけ置いて残りは山に隠した。

徐晃(じょこう)隊は偵察もかねてこれを攻撃し、その最中、法正の指揮で残りの軍が突撃。

大将の徐晃だけは何とか逃げることに成功したが、率いてきた奇襲部隊五千はほぼ全滅した。


とはいえ五千が壊滅しても大勢に影響はもはやない。


定軍山の南側は比較的開けて平坦なのだが、法正は五千の徐晃軍を殲滅すると素早く守備隊全軍を川沿いに反時計回りの軌道で旋回させた。


つまり、十六万まで減った敵軍の背後を突かせる軌道である。

この機動は上手く行くと法正は確信し、実際上手く行った。


荀攸はまさか、守りに徹するしかないはずの劉備軍が攻めの機動をしてくるとは思いもよらず、手元に予備は一万程しか残っていなかった。


全軍十八万というのは予備隊一万五千を除いての数字だった。


「構わん押し切れ! 囲んでしまえば終わりだ!」


荀攸は叫ぶが、曹操軍を攻撃する張飛隊は死を覚悟してでもこれに立ち塞がり、斬り伏せていく。


「やらせるか! 全軍死守せよ、この補給路だけは守り抜け!」


十八万という未曾有の大軍勢。こんなことが出来るのは人口と経済力の面で他を圧倒する曹操にしかできない。

その軍勢が定軍山の南側に殺到し、これを数で劣る劉備軍が必死で防御を行う。

ここは走馬谷。ここを守らねば益州の李厳(りげん)から送られてくる兵糧が届かず、全軍は死滅する。


逆にここさえ押さえてしまえば、他の劉備軍などすぐに降伏するか餓死する。


「ここが正念場だ! 何のための十八万だ!」


荀攸の指示通り、曹操軍は数万の部隊が後ろから来る二万を押し返し、残りの十五万程で他の劉備軍を攻撃する。


これを攻撃するのは、およそ半分の劉備軍全軍。

だが地の利を得ている分、劉備軍の方が優勢だった。


「よし、そろそろ頃合いだ」


黄忠と張飛は戦況が膠着状態となり、お互いが次の一手を模索している戦場の空気を察した。

そんな焦っている敵の目の前にエサをちらつかせる。

その作戦を法正から授けられていた将軍達は、一斉に声を上げた。


「このままでは勝てぬ! 全軍撤退せよ!」


「しんがりはこの張飛が引き受ける!」


走馬谷に集結して来ていた劉備軍は方向を変え、一目散に逃げ始めた。

そう、これはいつもの劉備軍が得意とする奴である。


「追え、追え! 敵の補給路を確保しろー!」


荀攸はこの戦況で、劉備軍が逃げるのは確実に偽装撤退だと察した。

まあ、必要な犠牲だと冷静に考えた荀攸は命令を下すのを少しだけ遅らせた。

その間にも、曹操軍の大軍は浅い谷の奥深くへ突出し、間抜けにも頭を突っ込んでいく。


「今だかかれ!」


伏兵が多数飛びだし、横に伸びた曹操軍の先端部分を、劉備軍は前後左右から攻撃した。

三方向からの同時攻撃。これには曹操軍がいかに大軍とて対処しきれなかった。


「今までの鬱憤晴らしてくれるわ!」


「今日! ここで! 決着だ!」


大軍ゆえ、動きは鈍く不器用である曹操軍は三万から四万という、尋常ではない数の被害を出した。

これは必要な犠牲。敵を欺くためには必要な犠牲である。


荀攸は戦場の後方から、三万前後が蹴散らされていくのを冷静に観察していた。


「準備は整った……総員撤退! 本陣まで後退せよ!」


曹操軍の連中からすれば、やっと後退の許可が下りたといったところだろう。

もはや敵の補給路を奪うなどという当初の目的は放擲して全員が我先にと逃げだし、大混乱が起こった。

この混乱に乗じて更に劉備軍が攻撃を重ね、曹操軍の被害はとても数えきれないほどにまで膨れ上がった。


「ま、こんなもんだな!」


「ああ、張将軍(ちょうしょうぐん)。曹操軍をこうまで撃破出来るのは、天下でこの劉軍だけですな!」


「ははは、違いねえ!」


とまあ、黄忠や張飛はこんな調子で荀攸の思惑に気づく様子もない。

法正ら軍師も、これは作戦成功したのだと信じていた。


そんな上り調子の劉備軍に、何と曹操を乗せた一台の馬車が現れたのはそれから数日後の事だった。

荀攸の作戦通り、ここは総大将の曹操自らが出て、和睦の交渉に出るのが最も有効だと曹操も判断した。


「……おいおい、何か来るぞ!」


張飛は総大将の黄忠に判断を委ねる事にした。


「う、うむ……ここは私が応じてみよう」


ということになり、護衛もなしに近づいて来る曹操を乗せた馬車に、黄忠の一騎が駆け寄った。


「そこの者、漢の丞相、曹操か!?」


曹操は席から立ち上がり、大物ぶって答えた。


「いかにも! 我は皇帝陛下の身代わりに政務と軍務、国の大事の一切を司る。

貴公ら漢の忠臣達十万の上に立つ漢の丞相、曹操であるぞ!」


「おのれ、ぬかしおる! 用件を言え!」


「まあそう焦るな。総大将劉備をここへ呼べ、話をしあおう」

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