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三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第2章 変拍子
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光武帝、三手先を読む

前回までのあらすじ



なんやかんやあって、光武帝は荊州を手に入れた。

その荊州からは、十万の精鋭を引き抜いて劉備軍が蜀とりに出陣しており、光武帝のところには五万の弱小な新兵しかいなかった。



そんな状態で光武帝は孫権の呉軍七万と決戦となる。

弱小の五万対、精鋭ぞろいの七万。

一見孫権軍の圧倒的有利に思える。

実際、孫権軍は勝てると希望を持っていた。

しかしその結果は、彼らに途方もない才能に戦いを挑んだ事への後悔だけを残す事になる。

砂煙の向こうに見えるのは、こちらの七万よりいくぶん少ない、五万の荊州兵であった。

それを見て、孫権は自軍が多いのにも関わらず額から冷や汗を流す。


「無理もない。荊州兵の主力部隊は全員漢中の劉備のところなんだろう?

全員新兵同然の弱小。兵力も五万に届くかどうかという数だ。

強いと言える将軍はせいぜい甘寧と劉修のみ。ふふ……」


孫権は敵味方の戦力を冷静に分析した上でこう言った。


「それでも『それ』は、我々にとって十分な脅威だ。

わかるぞ、劉修。これが万の大軍を率いる将軍の気分なのだな……」


孫権の手が震えていた。膝が笑い、思わず孫権は五万の兵を目の前にひざをつく。


「私は、大自然の猛威の前にたった一匹で立ちすくむ蟻だ。

百万の兵よりも恐ろしい男が、あそこにいる!」


孫権は震える手で剣を抜き、敵軍中央を指した。

切っ先は上下に揺れ、焦点は定まらない。


「ふざけるな、お前一人にやられるほど我らの軍は安くないぞ!

これまでの借りを、ここで!」


孫権は剣を納めると軍議に戻り、翌朝の開戦に備えて兵士達に休息をとらせた。

そして翌朝。ドラと太鼓が打ち鳴らされ、孫権軍が翼を広げた渡り鳥のような形に陣形を整え、劉秀軍の陣形もそれと同じ形となり、開戦の準備は全て整えられた。


「周瑜、孫権。お前達は敬意をもって葬る」


劉秀は馬上で静かに呟いた。


西暦210年の7月15日。世界は、歴史は、伝説を目撃する。


劉秀軍は左翼の第二軍が二万、ここは甘寧の管轄。

中央の第三軍は一万。ここには副将として魏延が。

そして右翼には二万の兵を率いる劉秀の姿があった。


対する孫権軍は中央軍一万に孫権。

左翼の三万を預かるのは呂蒙、右翼は程普で、同じく三万。

お互いの陣容は驚くほどそっくりだった。


「全軍突撃!」


中央軍の後方。孫権は命令を飛ばし、全軍が事前の打ち合わせ通り、同時に劉秀軍へ向かって突撃を敢行した。


土煙を舞い上げ、孫権軍の騎馬隊が猛烈な勢いで突進する。

これを見て、自軍の右翼で騎馬隊を率いていた劉秀は、こちらも打ち合わせ通りに指示を下す。


「第一軍、右斜め方向へ全速で機動を開始せよ」


劉秀軍は中央、そして右翼と左翼をそれぞれ第一、第二、第三とわけていた。

第一軍は劉秀のいる右翼。この右翼が、猛烈な勢いで右斜め方向へ行動しだした。


「なに!? 何故やつら左方向へ!?」


驚愕する孫権に、参謀役としてついた陸遜が助言した。


「逆に我々の左翼を包囲して撃破しようという事でしょう。

これは好都合。劉修隊が恐らく敵の最強戦力です。

ここはしばらく、左翼の三万でこれを足止めさせましょう」


「その間に、中央と右翼で攻めるのだな!?」


「はい」


「だがあそこには総大将がいるぞ! 増援を送り、確実に倒すべきでは?」


「中央軍もしくは右翼から援軍を出すにしても、どこかに隙が出来てしまいます。

今、この状況を変えない事が相手にとって最も嫌なのです。

とにかく中央軍と敵の左翼を拘束し、数で押し切る体勢に持ち込むのが最重要です!」


「よし、それを採用する! 左翼の呂蒙に指示を送れ!」


「はっ!」


無線や通信が発達していた十九世紀以降ならともかく、三国志の時代は同じ軍と連絡をとることさえこうして馬を走らせる必要がある。


ある程度簡単な内容の連絡であれば、旗や信号、音楽でどうにかなるが、今回左翼は敵を足止めしておけ、というちょっと複雑過ぎる内容だった。


呂蒙はその連絡を受け、指示通りに兵士達を動かした。


「敵の右翼だけを狙え! 他はどうでもいい、あそこには総大将がいるぞ!」


その言葉に兵士達の指揮も最高潮に達し、呂蒙の任された左翼三万は、迫る劉秀軍二万との激突に入った。

あとは中央軍一万が劉秀軍の中央一万と、孫権軍の右翼三万が劉秀軍左翼二万とぶつかればよい。

それで終わりだ。小細工をろうする暇もなく、数の多い方が必ず勝つはずなのだ。


「優秀な軍師が向こうにいるようだな。賢い選択をする」


劉秀はあっけらかんとした態度で、陸遜の優れた指揮を褒め、そのまま敵軍との戦闘に雪崩こんだ。

とはいえ兵の数も負けていれば質も劉秀軍が低かった。


孫権の言う通り、荊州の精鋭、主力は全部劉備が持って行った。

今劉秀の指揮下にあるのは、必死でかき集めた新兵のみ。


徐々に押されていき、劉秀の右翼は次第に元の位置へと戻り始めていた。


「よし! そのまま行け!」


「主君、油断めされるな。中央軍一万はそのままこちらへ向かってきております!」


「わかっている。中央軍、総員防御体勢をとるのだ!

この本陣さえ守り切れば、勝利は必ず我らの手に入る!


陸遜や、孫権の参謀は敵の動くのを待つ作戦に出た。


敵の中央軍である一万が動くなら、孫権軍は魏延のいる中央軍が、孫権軍の右翼か左翼どちらかを攻撃しに動いた後、魏延の軍の後ろをついていって、これを攻撃すればよいのだ。

前後から挟まれた魏延軍は壊滅。勝利は孫権軍へ、ぐっと近づく。


そう都合よく行かない場合、これは一万の中央軍同士が先に動いた方が負けの睨み合いへ突入するはず。

睨み合いになったらなったで、両翼の兵力は劉秀軍より多いのだから、放っておけば状況が不利になっていくのは劉秀軍の方であるのは言うまでもない。


だから、孫権軍参謀は、ここは待ちしかあるまいと読んだ。

魏延の中央軍を、劉秀が動かすにしても動かさないにしても、どっちに転んでも待っていれば孫権軍は勝機が訪れる可能性が極めて高いことが、以上の簡潔な説明でわかったと思う。


魏延が動けば彼らは孫権軍中央に必ずやられるはず。

魏延が動かなければ、魏延以外の劉秀軍が数に押し切られて、いずれはやられるはずだ。


ここで孫権の中央が動くことはない。


「はっ!」


孫権の軍を守る一万の兵士は完全に防御に徹し、堅く孫権の本陣を囲む。

だが、そんな連中をせせら笑うかのような機動を魏延の中央軍は見せた。


「右方向へ回頭! 将軍を救援するのだ!」


魏延の中央軍が狙っていたのは最初から敵の中央軍の孫権などではない。

狙っていたのは劉秀と交戦中で、押している呂蒙軍。

その横腹にとりついた魏延の中央軍は、勝利への道を切り開く号令をかけた。


「弓兵! ありったけの矢を放て!」


押していたはずの呂蒙軍。それが。突然側面から矢の雨が降ってきた。

これをやられると痛い。逃げ場がない。

弓矢の雨は、呂蒙軍の列を貫くように側面から降り注ぎ続ける。


「よくやった魏延! あとで一杯おごってやってもいいぞ!」


劉秀の顔に笑顔が戻り、呂蒙軍が意図せぬ大打撃を受けはじめたため、狼狽を開始し士気が急落した。

ここを見逃さずに劉秀は号令を発する。


「今だ、全軍押し返せ!」


押し返せと言われて押し返せれば苦労はしないはずなのだが、劉秀軍は突如として今まで押されていたはずの呂蒙軍を食い破り始めた。

相手が弱っていた。更にいえば押されていたのも演技。

敵の左翼を斜めへの機動でまんまと引きはがし、引き付けたまま、中央軍の近くまで連れてきた。

これを中央軍が攻撃することは全て作戦のとおりだった。


「クソッ……いままでのは演技だったとでもいうのか!?」


呂蒙は、自分たちが押していたのは偽りの優勢であったと理解した。

そうしている間にも、側面からの魏延の攻撃によって呂蒙軍はどんどん削られる。


更には劉秀率いる超攻撃型の騎馬隊により、もう既に呂蒙軍の隊列が食い破られ、中央突破されかけていた。

これをただ、孫権は固く守った本陣から見つめている。

本陣を捨てて救援するか、程普の軍を援軍に向かわせるか、ここは悩みどころである。


「まずい、実にまずい! 陸遜、どうすればいいのだ!

守りを固めたのが裏目に出てしまったではないか!」


陸遜はこう読んでいた。

魏延の中央軍は呂蒙を攻撃などしないと。


何故なら、今魏延軍が呂蒙軍の横腹に取り付き、攻撃している。

一見孫権軍のピンチのように見える。


だが、この状況、孫権の中央軍が魏延の後ろから襲い掛かれば魏延軍は一瞬で壊滅。

更に押されている呂蒙軍も息を吹き返し、劉秀軍は二万弱で三万五千くらいの兵を相手にしなければならない。


それを助ける援軍を行かせないように孫権軍左翼の程普軍三万が、甘寧軍二万を拘束する。

いくらなんでもそれだけの兵に押され続ければ最強無敵の劉秀といえど勝てはしないはず。


今この瞬間、劉秀は愚かな手を打ち、死を早めた。

陸遜はこの時を待っていた。

彼ら参謀は勝利を確信し、孫権にはこう進言した。


「勝てますぞ主君! とりあえず今は、この中央軍が前進し、魏延の隊を撃破する他ありません!」


「無理だ! 右翼の程普はどうなってる、あそこから援軍を……」


「無理です、それこそ奴の思惑通りです。

第一時間がありません。程普の右翼軍に伝令を出し、一万の軍を引き抜いて編成し、その一万の救援が到着するまでに一体どれだけ時間がかかるとお思いですか!

奴の軍は既に甘寧に引き付けられ、敵陣奥深くへ突出していますぞ!」


程普と甘寧隊は交戦中。戦力は程普軍が上であるため、甘寧隊を押している。

全てはタイミングが左右する。甘寧が程普軍を巧みに偽装撤退で誘い込んで中央軍と切り離し、距離を取っている。

この絶妙なタイミングで、孫権軍は程普軍との連絡に時間がかかることとなってしまった。

一分一秒を争う緊迫したこの戦況で、その差はあまりに大きい。


「押しているのに、そこから戦力を抽出したらそれこそ戦闘に水を差し、程普軍が押し返される危険が高いのです!

程普軍が万が一押し返されでもしたら、次にこちらが狙われ、すべてが終わりますぞ!」


「じゃあどうすれば!」


「ですからまずやるべき事は魏延を倒すことです。

そしてその役目が果たせるのは、この戦いでまだ一滴も血を流していない中央軍のみ!」


「……わかった、それが最適であろう。指示を出す」


「魏延軍を倒せば勝利は我らのものです!」


孫権は、全てにおいて不利な自軍の戦況を眺め、こう叫んだ。


「中央軍、全速で前進だ。左翼、呂蒙軍を救出するため、魏延軍一万と交戦を開始する!」


孫権軍が出たタイミングで、なんと甘寧軍は驚愕の手に出た。

劉秀がこの時のため用意させておいた予備の出陣だ。


劉封(りゅうほう)隊、五千を率い、魏延将軍の救援に向かえ!」


「はっ!」


これで甘寧軍はおよそ一万数千ほどとなり、兵力的に程普軍との間で二倍の差が出来た。

これほどの深刻な劣勢も甘寧は一度経験し、慣れている。

あの時は一万で三万五千と戦ったのだ、二倍の敵ぐらいどうということはなかった。

ただ、戦わずに退き続ければ相手が百万であろうと全滅する事はない。


こういうときの戦い方も把握しているし、劉封も打ち合わせ通りなので、この常軌を逸した命令にも素直に従った。


甘寧は以前曹操と戦ったときと同じ役目を与えられていた。

甘寧の役目は少ない兵で敵の戦力をなるべく引き付け、援軍に行かせないこと。

以前と同じ、肉を切らせて骨を断つ作戦である。

もちろん程普としても甘寧の軍を戦場右側へ行かせるわけに行かないので、これはお互いの望む形だ。


「なん……だと?」


孫権、そして陸遜は同時に目を疑った。信じがたい光景だった。

劉封隊が、五千を率いて魏延と孫権軍の戦いに加勢しようとしている。


一体どこから、あの五千は一体どこから降って湧いたのだ!?


一瞬、陸遜と孫権は驚きのあまり答えにたどり着く事が出来なかった。


「甘寧! どうかしているのか!? 自らを劣勢に追い込むとは!」


「しかし劣勢はこちらも同じ、いえ、甘寧以上の劣勢です!」


「陸遜、お前の意見を聞いている時間はないぞ!

甘寧は無視だ! 程普軍も一万を救援に出させる!」


陸遜は恥と怒りと驚きのあまり口もきけなかった。

自分でも軍事の才能があると思っていた。事実そうだった。


しかし、その自分が、これほどまでに翻弄されつづけるとは!


これまで、呉軍は面白いほどに全ての局面において後手後手に回らされ続けている。

そしてこれからもそれが続くのである。


魏延を倒そうと前進していた呉軍中央軍、一万の側面へ劉封の五千が突進する。


「これより前方、五千の別働隊をまずは撃破する! 突撃だ!」


魏延を倒す上で、この別働隊は絶対に排除しなければならない。

孫権はそう判断し、まずはこれを撃破するため突撃。

単純に二倍の兵を相手にした劉封軍はすぐさま遁走した。


と、その時。耳を疑う一報を携えた伝令騎兵が、自分の血と仲間の血にまみれて孫権の元へ走ってきた。


「報告、報告! 我が軍の左翼が中央突破され、潰走(かいそう)致しましたぁっ!」


「そんな馬鹿な、呂蒙がそう簡単にやられ……」


呂蒙は魏延の一万に側面を包囲され、劉秀の凄まじい攻撃力のため中央突破を許し、半分が包囲殲滅を受けて二万近い損害を既に出していた。

そして、丁度いいことに、孫権の中央軍一万は、逃げられないように戦場の奥深くまで入り込んでいるではないか。

そう、魏延と戦っている間に後ろを突かれたくなかったので、戦場の左奥にいる甘寧の部隊から分離してきて、前方から襲ってきた五千の劉封隊を相手するため、突出したのだ。


呂蒙軍を敗走にまで追い込んだ劉秀の軍は、魏延と合流し、三万もの大軍となって左へ大きく旋回。

孤立無援の敵中央軍への攻撃を開始した。


その陣形が動いていく様を眺め、陸遜は呟いた。


「なんという……天賦の才……」


馬の手綱をぎゅっと握りしめ、孫権は悔しそうに呻いた。


「完敗だ……陸遜も、私も、予想できなかった……!」


五千の兵を出したのは、実に一席三鳥と言える究極にして最善の一手だったと言えるだろう。


まず第一に、あの五千を出すことによって大事な魏延の中央軍が攻撃されるのを阻止した。

そして第二に、あの五千を囮にすることで孫権のいる中央軍を、後戻り不可能な劉秀軍の陣地奥深くまで誘い込む事に成功した。

第三に、全く予想していなかった意表をつく一手により、孫権とその周りの参謀を仰天させ、焦らせ、正常な判断力を削ぐのも目的の一つで、これも成功していた。


豪胆を絵に描いたような戦法だった。

多大なリスクと引き換えに、劉秀はおよそ考えられる最も絶望的な位置に孫権を誘いだし、包囲殲滅の準備にも既に入っていた。


「クソ、一体……あの男は、一体何手先まで読んでいるというのだ!?」


まず劉秀はさっき説明したように、相手は魏延の一万が呂蒙を攻撃する事はないはずだと思っていると読んでいた。

その読みは当たっている。

何故そう読んだかというと、一見愚かな一手に見えるからだ。


しかし現実に劉秀は魏延の中央軍を使って呂蒙軍を攻撃させた。

これに援軍を出させないため程普軍は甘寧に拘束させた。


程普軍の代わりに魏延を討たんとする孫権軍は、相手は愚かな手を打ったと思って喜んで突撃してきた。

これは読み通りである。光武帝は二手先を読んだ。


魏延への攻撃を邪魔するため劉秀は予め用意しておいた五千の兵を出し、これに食いつかせ、孫権軍を敵中深くで孤立させることに成功した。

絶対に逃げられない状況へ追い込み、三万の軍で包囲、殲滅する計画。


全て計画通りである。光武帝は三手先を読んだ。

そして言うまでもなく、この戦いはあの沼地での睨み合いこさらに前から計画されている。

そう、劉秀が曹操より大司馬の位をいただき、孫権軍へ宣戦布告の書状を送ったその日から、劉秀の手のひらの上を孫権は一度たりとも出たことはなかった。


途方もない才能を相手にしてしまった事を後悔する以外、孫権らに道は残されていなかった。




挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)




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挿絵(By みてみん)








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挿絵(By みてみん)

大丈夫? 話が小難しくなりすぎてない?

光武帝の戦術とかちゃんと伝わってるか自信はない。

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