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三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第2章 変拍子
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孫権、震える

明朝、劉秀の劉秀軍本陣へ伝令騎兵が駆けてきた。


「報告! 報告!」


「ああ、辛い……」


「将軍!?」


何が辛いのか。もしかして、熱病でも発症したのか。

伝令は心配になり、陣内へ失礼した。

すると早朝のかすかな陽光に照らされ、劉秀が書簡を読んでいた。


「辛い……麗華が可愛(かわゆ)すぎて生きるのがつらい。早く会いたい……」

「……は?」


面食らった伝令に、劉秀は何故、麗華が可愛すぎてつらいのか力説し始める。


「手紙をくれたんだ。そしたら何て書いてあったと思う?

俺が他に女を作っていないか、調べてみたそうだ。

すると、俺が如何に彼女のことをずっと前から他人に自慢していたかわかって、もう恥ずかしくて寝室から殆ど出られないらしい。

でも女の痕跡がなかったのは嬉しかったと言ってた。

あと、人に自分達の馴れ初めまで全部知られてて、下手に有名になるもんじゃないなとも言ってたな」


「いや、将軍、私は報告がございまして……」


「いやよかった。信じて女を作らず数年過ごしたかいがあったってもんだ。

よし、返事を書くぞ。俺が先立って哀しませてしまったから、今度は俺が長生きするぞっと……」


「将軍、あんたちょっとは話を聞けよ!」


さすがに伝令も、この劉秀の態度には怒りをあらわにした。

劉秀は頼りなくてナメられやすい性質なので、一兵卒にすらタメ口である。


「あっはっは、すまん。周瑜が死んだって話なんだろ?」


劉秀は長い睨み合いに飽き、陣営ではいつも読書をしていた。

昨日も夜遅くまで本と手紙を読んでいたので、やっと陰麗華に送る恋文まがいの書簡を書き終え、振り返って寝不足気味の顔を伝令に晒した。


「あの、将軍……周瑜が死去し、総大将の孫権が和睦の申し入れを……」


「どれどれ……」


劉秀が書簡を受け取ってみると、なるほど確かに、孫権の巧みな文章で書かれた、死ぬほど情けない和睦の申し出である。

言葉の端々に焦りと諦めと、拗ねた子供のような感情をちりばめ、いい感じに仕上がっている。


これを半笑いでずっと読んでいた劉秀は、カチャリと書簡を閉じると伝令に早速こう伝えた。


「和睦上等。俺は勝利を盗んだりはしない。向こうでちゃんとした葬式を上げてやれ、と伝えてくれ。

あ、そうだ。ちょっと待ってろ。返信の書状を書くからな」


劉秀はしばらく陣営に戻って書き物をし、短く簡潔な和睦受け入れの書簡を持って戻ってきた。


「ほい」


「確かにお受け致しました……早速届けて参ります」


「よし頼んだ。それと魏延、甘寧にはこっちの書簡を渡しといてくれ」


劉秀は陣営に戻った。もちろん、周瑜や呂蒙の考えは理解している。

いよいよ敵が焦れてきた。敵は決戦を挑む気であると理解したのだ。

ここまでは作戦通り。全て思った通りに事は運んでいる。


あとは孫権軍が後退し、攻めやすいところへ行ってくれたところで後ろから襲いかかる。

勝利を盗むのは好きではないが、相手がくれるというのだから仕方がないだろうと劉秀は考えていた。


数十分後には劉秀軍の伝令が孫権に無条件での和睦を申し入れ、早速孫権軍は陣地を放棄して後退を開始した。


「お、退いて行くな。甘寧でも呼ぶか」


劉秀は退却する孫軍を見てせせら笑うような微笑みを浮かべ、甘寧を本陣に呼び付けた。


「お呼びでしょうか、将軍」


「敵が退却する。明日の夜、これを追って進軍するぞ」


「……それは敵も読んでいるでしょう。伏兵がいるのでは?」


「それはないだろう。敵は七万。そんな小細工はしないさ」


何と言う手際か。劉秀は既に二万の援軍が来る事も予測していた。

程普軍が東の方にいるのは既に知っていた。

ここで孫権軍が決戦を挑むということと、この程普軍の存在を結び付けて考える事は劉秀からすれば難しい事ではなかった。


結局、周瑜や呂蒙の想定より、劉秀は上を行っている。


「何故そう言いきれるので?」


「敵は要するに決戦したいのだ。我々を撃滅したい。

伏兵をちょこちょこと置いて、我々の進軍を止めてしまっては元も子もなくなるだろ?

我々とは、なるべく開けた土地で決戦を行うはずだ」


「開けた土地……また曹操との決戦のように戦うおつもりですか?」


「ああ。甘寧、考えても見ろ。奴らはあの戦闘の詳細を知っている。

何故曹操が負けたのかも知っている。曹操が負けたのは裏切り者とちょっとした失策のせいだ。

あの戦闘を知っている孫呉はしっかりと対策をし、逆に俺達を倒すつもりだ。

むしろ、確実に開けた土地での決戦を望むはず。

開けた場所は相手もこちらも小細工出来ないからな。この真っ向勝負、乗ってやろうではないか」


「はあ……何を言っているのかさっぱりわからん……」


「あっはっは、わからなくていい。ちゃんと命令通りに戦えば今回も勝つ!」


「だといいんですがうちの大将、なんかいまいち信用ないんだよなあ……また女関連でしくじりそうで」


「甘寧、俺を信じろ!」


「わかってます。戦に関してはどんな命令にも従いますよ。

あんた……最強だ。そこに関しちゃ誰よりも信頼しているつもりだ」


甘寧は口が悪い。それでも劉秀は咎めず、むしろいつもの鷹揚な笑いをあげる。


「あっはっは、よかった。嫌われたのかと思っちまったよ」


「別に好きも嫌いもありませんよ。さ、将軍。ご下命を」


「ああ、そうだな。孫権軍についていく。守りに徹して戦い、なるべく多く生き残れ。

役目は前と同じだ。有能なお前にしか出来ない仕事がある。

左翼を任せた。左翼が敵を引き付けている間に、中央軍と右翼で敵を壊滅させる」


「仰せのままに」


かくして、劉秀軍も後退する孫権軍の追撃準備を開始した。

翌日夜から連日の行軍。そして7月の14日、ついに孫権軍が決戦の地に足を止めた。

追撃をやめない劉秀軍との最終決戦へ向けての軍議をも、孫権は開始した。


そこに周瑜の姿はない。既に危篤状態であるためだ。

意識は朦朧とし、他人が体を動かすことさえ憚られる重体である。

沼地での睨み合いで、周瑜の体は確実に蝕まれていた。


もしそれを劉秀が狙っていたとしたら大した悪党で謀略家だが、真相のほどはわからない。


軍議は孫権軍の、ほとんどすべての将軍が結集していた。

名将黄蓋、呂蒙、陸遜。ここにいないのは、せいぜい韓当や朱拠など言ったら悪いがマイナーな連中くらいであろうか。


以前、光武帝・劉秀が曹操のオールスターを破ったように、今回の相手は呉のオールスターに他ならない相手だ。


「皆のもの、この軍議は、実のところ私が周公謹に授けられた策をそなたらに伝える場である。

どうか、この策にしたがってもらいたい」


嘘である。周瑜はもうずっと寝込んでいて意識はほとんどないに等しい。

それでも、何とか参謀らと相談して決めたのだ。

変に策を弄するより、これが逆に一番確実だと思った。


「無論です、主君」


周瑜の容態が気掛かりで、夜も眠れなかった様子の疲れた目をした呂蒙が言った。

孫権は無言でうなずき、説明を開始する。


「よいか。策はこうだ。我らは今、大軍がなんとか展開可能な幅の、全方位が開けた荒れ地にいる。

この荒れ地で横に広く兵を展開し、全軍で一気に敵軍両翼を包囲し、撃滅する。

あの時曹操は本陣をおろそかにし、敗北を喫した!

あのような失敗も無意味ではない。

我らがその失敗から学ぶことが出来たからだ」


「主君、あの時は張飛がいました。現在、奴の軍にこれという将軍は、せいぜい甘寧のみ。

この戦、ついに勝てますな!」


「うむ、子明(しめい)。敵に怖い将軍は二人しかおらぬ。

全軍、一歩たりとも退いてはならぬ。

戦の正道とは、敵より勝る兵力で包囲する事にある。

全軍一歩も退いてはならぬぞ。この戦で劉軍を撃滅し、荊州を一気に奪い取り、北へ攻め上がる事で、天下すら目の前に見えている!

今、お前達は新しい時代を創っているのだ!」


孫権は床几をバンと叩き、将軍達を懸命に鼓舞した。


「必勝だ! 苦汁を舐めさせられ続けた劉修に目に物を見せるは今ぞ!」


「主君! この呂蒙が必ず大将首をとります!」


「いや、この黄蓋が!」


「程普もおりますぞ!」


「ええいわかった! 手柄などと小さい事にこだわるでない!

この孫権があとでいくらでも褒美をやる!」


孫権は怒ったような顔をして言った後、少し笑いを浮かべ、そして軍議を中断して外へ出た。


砂煙の向こうに見えるのは、こちらの七万よりいくぶん少ない、五万の荊州兵であった。

それを見て、孫権は自軍が多いのにも関わらず額から冷や汗を流す。


「無理もない。荊州兵の主力部隊は全員漢中の劉備のところなんだろう?

全員新兵同然の弱小。兵力も五万に届くかどうかという数だ。

強いと言える将軍はせいぜい甘寧と劉修のみ。ふふ……」


孫権は敵味方の戦力を冷静に分析した上でこう言った。


「それでも『それ』は、我々にとって十分な脅威だ。

わかるぞ、劉修。これが万の大軍を率いる将軍の気分なのだな……」


孫権の手が震えていた。膝が笑い、思わず孫権は五万の兵を目の前にひざをつく。


「私は、大自然の猛威の前にたった一匹で立ちすくむ蟻だ。

百万の兵よりも恐ろしい男が、あそこにいる!」


孫権は震える手で剣を抜き、敵軍中央を指した。

切っ先は上下に揺れ、焦点は定まらない。


「ふざけるな、お前一人にやられるほど我らの軍は安くないぞ!

これまでの借りを、ここで!」


孫権は剣を納めると軍議に戻り、翌朝の開戦に備えて兵士達に休息をとらせた。

そして翌朝。ドラと太鼓が打ち鳴らされ、孫権軍が翼を広げた渡り鳥のような形に陣形を整え、劉秀軍の陣形もそれの鏡合わせような形となり、開戦の準備は全て整えられた。


「周瑜、孫権。お前達は敬意をもって葬る」


劉秀は馬上で静かに呟いた。


西暦210年の7月15日。世界は、歴史は、伝説を目撃する。 

今まで架空戦記を書いてきたが今回の戦いは力作なので、次回は図説イラストが4枚になります




追伸:なぜか乙女ゲームタグがあったので、削除することにしました。

何で乙女ゲームタグがついていたんだろうか。

陰麗華視点から見ても、劉秀以外周りにヒゲのおっさんしかいないぞ。

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