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三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第2章 変拍子
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孫権、目覚める

「よし、じゃあ解散だな。それで孔明、どうする?

このまま築城を見ているか、成都に戻るか」


「もちろん残ります。その普請より大事なことは存在しませんから。

成都には李厳(りげん)という能吏(のうり)もおり、何の心配も必要ありません」


「それじゃあ頼んだ。いいのを頼むぜ」


「お任せ下さい」


孔明は会議室に残り、劉備が去ったあとも龐統、法正ら軍師とともに会議して作戦を固め、改めてそれを通達し、いよいよ天下分け目の定軍山の戦いが始まった。


と、その同時期にもひとつ、大きな戦の気配が天下に満ちていた。

西の果ての漢中の正反対、東側の荊州と揚州の境目に、戦の火種が多数出現していた。

それというのも、劉備軍が戦の準備を開始した西暦210年6月下旬。

その殆ど同じ頃、一通の書簡が孫権のいる建業へ届けられたからである。


「……何だこれは。私は悪い夢を見ているのか?」


他の誰よりも早くその書簡を受けとった孫権は顔から血の気が失せ、顔面蒼白だった。


「こんな……事が……クソ、周瑜を呼び出すしかあるまい」


孫権はその数日後の6月終わり頃、荊州との境目に出向していた周瑜を呼び戻し、また魯粛、呂蒙らを交えて会議の場をもった。


居並ぶ重臣。その中に、明らかに体調が優れない様子の二人がいた。

一人は、劉秀から来た書簡のあまりの衝撃的内容に体調を崩した孫権、そして病状の思わしくない周瑜だった。

周瑜の病はよくわからないことが多いが、軍務も政務も有能な彼一人に任せたが故の過労が健康を崩した理由の一つであることは間違いない。


孫権はそんな周瑜を強いて移動させたくはなかったが、背に腹は代えられなかった。


「皆のもの、まずはこの書簡を見てもらいたい。既に通達してあるとおり、いつ何時、荊州の劉修が攻めてきてもおかしくはない。

皇帝陛下の勅命により、我等の漢における官位、官職の一切が剥奪された上に逆賊扱い、劉修は逆賊を討伐する官軍というわけだ。

これらは、我々がどうあがこうともはや覆せない事実なのだ!」


会議がシンと静まり返っていた。呉の群臣は目に悟りを宿していた。

今まで何とかやってこれたが、ついに曹操は、越えてもらっては困る一線を越えてしまった。


もはや逆転の機会はない。

みんながそう思ったとき、いつも真っ先に徹底抗戦を唱えるのは魯粛とその盟友、周瑜だった。


「主君、この私が奴を迎え撃ちます」


「馬鹿を言うな公謹! そなたの病状は重いのだろう!?」


「誰がそんなことを主君に吹き込んだのです。私はこの通り。

主君にご心配をおかけするつもりはありません」


と周瑜は強がって見せた。だが彼の体はとっくに限界だった。

本当はこうして正座をしていることすら、辛かった。


「公謹……すまない。すまない。私が無能なばかりに、そなたにばかりしわ寄せが来たのだ……」


「そのような事はございません。主君、私が……」


ここで魯粛が親友周瑜のために加勢した。


「主君、今現在曹操は大軍を漢中へと向けており、そのかわり劉修をこちらへけしかけました。

大変危険な状況です。時間がもう残り少ないのです。

漢中の劉備を倒せても倒せなくても、曹操は数ヶ月後には数十万の兵を東へ戻してきて、我等は大軍に囲まれ、完全に【詰み】ます。

つまり、あの恐ろしい劉修の軍を数ヶ月以内に素早く壊滅させなければなりません。

それだけが、唯一曹操に服従せずにこの孫家(そんけ)()が生き残る道。

どうか主君、ご決断をお願い致します」


しかし、三国志の呉では特にお馴染みのパターンだが、腰の引けた文官が反戦を唱えた。

文章の事だけやっていればいいものを、専門外の軍事の事にうるさく口を出して来る。


「騙されてはいけません、主君!

この江東の民を守りたくば戦ってはなりません!」


「そうです! 孫家代々の功績を無にしてはなりません!」


もちろん彼らは自己の保身ばかり気にしていて、民などどうでもいい。

孫権は彼らの意見にもしっかりと耳を傾けた。

その上で、孫権は強い意志を秘めた瞳で蒼天を見つめ、彼らへ向けて演説を開始した。


「いいか皆のもの。諸君らの中にはどうやら現状が認識できていない輩がいるようなので、言っておく。

我々は既に漢の逆賊と皇帝に名指しで言われておるのだぞ!?

予言してやる。降伏したとて、一人たりとも首と胴体が繋がっておる者はいないだろう。

私を含めてだ。こういう風にな!」


鈍く光る、血を吸った事のない宝剣を腰から抜いた孫権は、自らの床几を半分に切り裂いた。


「私は不当で一方的な漢の逆賊扱いに断固として反対し、これと戦わなければならない!

何故なら、父上と兄上はともにこの揚州で諸君ら名士をまとめあげ、異民族を討伐し、逆賊曹操へ攻撃するための力を蓄えた。

それを逆賊と言われたのだ。お二人の霊魂と、尊厳は曹操に踏みにじられたのだ!」


「おっしゃる通りです、主君……! 伯符(はくふ)殿も喜んでおられますぞ!」


周瑜が病身ながら、精一杯の大声を出し、床に身を投げ出して孫権に礼をした。


「あの公謹をみよ。病身でありながらのこの忠誠、誇り高い魂。

そして、類い稀な軍事と政治の才能。そのどれ一つとしてそなたらに備わっているものか!

私は、私はこの戦、公謹とともに従軍するつもりでいる」


「な!? 何故です、主君!」


いきなりの発言に、周瑜だけでなく集まった群臣達全員が驚愕の表情を浮かべた。

出たがりの孫権は、この戦に全てを投じるつもりなのだ。


「病身のそなただけに、命を張らせるつもりはない。

公謹、そなたの後ろは私が守る。そなたと共に、全てを成し遂げた明日を迎えたいのだ」


人は、追い詰められた時にその本性があらわれる。

盗賊か英雄か、凡人か。


周瑜は、頼りない弟としか思っていなかった孫権の予想を遥かに超えた成長に、涙しないではいられなかった。

周瑜は人目も憚らず、男泣きに泣いた。


「主君……私は、私は……」


「もういい公謹。全てを懸けた戦が始まる。泣いている時間はないぞ」


孫権は周瑜の肩に手をかけて優しく言った。


「不思議です、主君。妙にすっきりして、自信がみなぎってくるようです」


「負ける気は?」


「微塵もしません」


「頼もしい事だな。私にできる事は少ないが、せめて幾許(いくばく)かでも役に立ててくれ」


「はい……後ろは任せました、主君」


血の通った人間がこの二人の誇り高い姿を見せられ、己を省みて恥じぬわけがない。

反戦派の文官武将も、雰囲気に流されて、ついに孫呉は劉秀との全面対決を決定したのだった。


この同時期、新野へ一度戻った劉秀はつかの間の贅沢を許してもらっていた。

若返った最愛の妻と、同じく若返った自分。

考えようによっては最高の幸運が訪れたとも言える。


二人は許から新野に戻る途中からお互いに(むつ)みあい、そして二人の故郷である南陽郡を一緒に見て回ったのだ。

百五十年ほど前とはずいぶん景色も変わり、見知った家もない。

あの時とは、何もかもが違いすぎた。

それでも二人は幸せだった。


だが、いよいよ孫呉との戦が近づいて来るのを感じた六月の終わり、劉秀は麗華を新野に残し、彼女に一旦の別れを告げた。

そのことに躊躇はなかった。若い二人には時間はまだ十分に残っている。


ちょっと戦争に行くくらいで、麗華が心配に押し潰されることもなかった。

劉秀が最強で無敵であることは、十分に目撃している。

そして何より、彼はこの乱世を終わらせるため、天がもたらしたのだから、劉秀が負けたり死ぬことなどありえないと、麗華は信じきっていた。


ここでちょっと話がそれる。

実際のところ、三国志の時代に乱世は終わらない。

黄巾の乱以降およそ四世紀と五十年、何度か中華は統一されるもの、すぐ世の中が乱れて、平和な時代が訪れないのだ。


唐の国の李世民(りーしーみん)が七世紀のはじめに、やっと平和と繁栄を達成する。

この人は光武帝ですら出来なかった事をやってのけたハンパない化け物だった。

十九歳で挙兵。二十代で天下を統一し、皇帝となった。

光武帝ですら皇帝即位と天下統一は三十代だった。


黄巾の乱以後、百数十年も安定しなかった中国に平和で安定した時代を二十年以上にわたってもたらし、その後の唐の強固な政治制度を作り、それが律令制として飛鳥時代の日本に伝わり、平安時代まで残りつづけてその有効性を証明した。


中華の歴史上でも、恐らく光武帝に張り合える皇帝は李世民とあと二、三人というところだろう。


その役目を、四百年早く劉秀がやる。やらねばならない。

劉秀は天下の統一を目標に、孫呉との決戦の準備に入った。


この前出した五万の兵を再編成し、そして、孫にはこう言っておいた。


「俺は勝利を盗まない。一戦で雌雄、これ決しよう」


大胆不敵な宣戦布告であった。

劉秀も、孫呉がこれに乗って来るであろうことは推測していた。

今、すぐにでも荊州の劉秀と決着を付けねば、いずれ曹操に潰されてしまう。


周瑜と孫権からの返事はこうだった。


「江夏の東に、 廬江(ろこう)という呉の拠点がある。

この間で決戦を臨む」


この辺の村は湿地や森に囲まれ、南は長大な河が流れる低湿地。

こういうところでの戦いは、呉の兵が得意とするところだった。


「あっはっは、容赦ないな周瑜のやつ。だがそれがいい!」


劉秀はいつものように鷹揚に笑った。

彼には常に余裕がある。自分が誰より優れているのは知っているので、いつだって笑って見せられるのだ。


「あっはっはじゃないでしょ文叔(ぶんしゅく)

ちょっとは緊張感持って?」


城主の床几についている劉秀の隣で麗華が口を挟んだ。


「奥方様のおっしゃる通りです。将軍、地の利を相手に渡してしまいました。

これは兵法では下策の中の下策。苦戦と多くの被害が予想されます!」


とにかく勝手ばかりする問題児、劉秀を制肘(せいちゅう)してくれる貴重な味方を得て、馬良は嬉しかった。

運悪く劉秀の側に仕える事になったばかりに、馬良は義兄弟同然の孔明や弟の馬謖とろくに連絡する事すら出来なくなっていた。


「まあまあ二人とも、そう心配はするな」


「心配させたくなかったら勝算を説明してください」


「全くしょうがないなあ……」


そう言って劉秀は作戦を説明する。


「敵にいい感じの地形を取らせたのも作戦のうちだ。

むしろそこに油断が生まれる。相手は条件面で優位に立っているのだからな」


「というと?」


「相手の慢心を誘うことは戦の常道。俺なんかいつもそうだぞ。

前、牛に乗って戦場へ出たのも一種の罠だからな」


「本当に? あの時実家に灸を据えられてて、お金がなかったんじゃ……」


「そんな恥ずかしい事暴露するんじゃあないッ!

まったく麗華、お前のせいで俺の威厳がなくなったらどうするんだよ?」


「いや、威厳なんかとっくにないです」


馬良はきっぱりと断言した。


「あっはっは、手厳しい部下だな!」


劉秀は馬良に完全に舐められているのも構わずに笑った。

陰麗華は、彼が本当はこの時代の人から尊敬を集める皇帝と知っている分、皮肉を言わずにはいられなかった。


「敵を油断させるはずが、味方にばっかり舐められてるみたいね?」


「おっ、そういえばしばらく曹操のところにいたんだろう?

どうだった、俺のあっちでの評判は?」


期待するような目で劉秀が見てくるので、陰麗華は正直に答えた。


「悪の魔王のように恐れられていたわ。

三万で十万を倒したとか、おひれの付いた噂話も聞いた。

あなたの計画とは真逆みたいだけど」


「そうなんだよなあ。それより話が逸れた……戻していいか?」  


「あ、はい。済みません」


「続けるが、俺の評判といえば、呉でもそう違いはないだろう。

暴虐で残酷で恐ろしく強く、曹操に寝返ったド悪党……それが俺だ。

その俺に対していい感じの地形を確保したと。

馬良、お前ならどう思う?」


「まずは幸先がよいと感じ、油断なくこの陣地を固めるでしょう」


「さすがだな。陣地を固め、それから劉修軍が目の前に来たらどうする?」


馬良は少し考え、優等生らしい答えを返した。


「敵将、劉文円は強敵。私が呉の将軍なら、油断なく敵の様子を見るでしょう。

こちらには地の利があり、陣地も固く構築してありますから」


「その通りだ。だが睨み合いはお互いの望むところではない。

お互いに相手をさっさと撃滅しなければいけない状況だからな。

お前は、この劉軍がまったく仕掛けて来なかったらどうする?」


「仕掛けて来なければ……何とか誘い込むための手段を模索します」


「こちらが、何がなんでも待ちを決め込んだら?」


「正直、打つ手がないです。こちらから仕掛けるしか……あっ」


「気づいたか馬良。地の利とかどうでもいいんだこの場合。

先に動いた方の負け。相手が何を企んでいようと関係ない。

必ずこちらに勝機が生まれるんだ。何故なら相手は動くことを強いられるからな」


「……あの周瑜がそんな単純な男なのでしょうか?」


「奴もまた曹操を打ち破った怪物。正直、俺が今まで対した中でも最強だろう。

必ず想像を越えた手を打って来る。俺がさっきした話は、相手がお前のように教科書通りの奴ならそうなるって話だ」

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