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三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第2章 変拍子
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孔明、久しぶりに泣かされる

「こ、これはつまり……劉将軍が、敵に寝返ったも同然……?」


「ああ。幼常よ、実にまずいことになった。

奴を信用して荊州を任せた私が間違っていたのだ!」


「ど、どう対応されるおつもりですか、先生?」


「どうもこうもない。漢中戦線は根本から考え直す必要がある。

何十日かここを空ける。幼常、益州の官吏によろしく言っておいてくれ」


孔明は、史実より劉備軍が遥かによい条件で闘えているにも関わらず、相変わらず苦労人であった。

むしろ史実の方がまだマシだというくらい、彼は劉秀に振り回されっぱなしで同情するほかない。


「何故なのだ劉修よ……私に恨みでもあるのか……」


孔明は言って、記憶を探ってみるが当然そんな記憶はない。

むしろ褒めたり何かを与えたり、親しく話したり、劉備軍の中では歳が近い二人なので友人として接した記憶しかないのだが。


「泣き言を言っていても仕方がない……」


孔明は気を取り直し、自ら馬を走らせ、北の漢中戦線で戦っている劉備のところへ急いだ。

孔明が劉備軍本陣へ参上したのは夏の暑い正午頃の事だった。


「主君! 軍師が益州から馬を走らせ、ここ本陣までやってこられた模様です」


伝令からの報告を聞き、最近戦の進展のない砦の中で過ごしていた劉備は、寝床から起き上がり、あくびをしてから答えた。


「ふあぁ……うん、まあ会ってみるか。今行く」


劉備は薄手の寝巻姿のまま寝室を出て孔明を出迎えた。


「よう孔明、俺に会いたくなったのか?」


「そんなわけないでしょう。主君、それが大変な事になりました」


「大変だって? ここは山奥でなあ……外からの情報がほとんど入ってこない。

曹操や孫権が何か動いたってことか?」


「いえ、劉修が曹操に寝返りました。荊州をまるごと味方につけた曹操は全軍をかき集めてこの漢中戦線へ投入してくるでしょう。

また、劉修の方は孫権討伐に動き出したようです」


「……はっはっは、孔明! 冗談はよせ!」


劉備は鷹揚に笑ったが、劉秀のそれとは性質が違う。

余裕から来る笑いと、余裕がないから笑うのとでは。


「本当です。軍師法正や他の将軍方も召集した軍議を開くべきです。

漢中戦線はここが正念場。乗り切れば天下への道も開くでしょう。

負ければ……待っているのは死あるのみです」


「わかった。全軍に指令を出そう。幸い睨み合いが続いている。

将軍が持ち場を離れる余裕はまだあるな……」


さすがの劉備もここは真剣な顔つきを見せ、果断に指示をした。

孔明は手ずから指令書を書き、これを伝令に持たせて各地の将軍、軍師を陽平関のかなり手前でてこずっている劉備の本陣に呼び寄せたのだった。



後方支援担当の孔明がわざわざ益州へ来て将軍、軍師を召集し軍議を開く。

そのことの意味と孔明の深刻な表情に、普段はちょっと抜けたキャラクターをしている張飛らもさすがにピリピリしていた。


「……お前ら忙しい中でよく集まってくれた。

知っての通り時間がない。劉修が曹操の下についちまった。

早晩、曹操は大軍をこの漢中戦線へ向け、一気に決着しようとするはずだ。

今までは攻めの戦略だったが、方針を根本的に変える必要性が出てきたと思う。

そこでお前達には知恵を出し合い、この難局を劉玄徳とともに乗りきってもらいたいと思っているわけだ」


張飛は、劉秀を友人だと思っていたので顔を赤くして激昂する。


「兄貴、あいつは許せねえ。この手で葬らせてくれ!」


「それは張飛、漢中戦線を退いて遠く東の揚州を攻める奴のところまで行くって事かよ?

無理だ。曹操の対処だけで俺らは手一杯。とても奴に報復する余裕なんかねえよ」


「それはそうだが……」


話を聞きながら、龐統(ほうとう)趙雲(ちょううん)は難しい顔をして俯き、黙っていた。

劉文円と名乗るあの問題児は、光武帝であると彼らは知っている。

光武帝が曹操に本心から降るなどありえない。


まず理由は二つ。光武帝は、既に曹操を完膚(かんぷ)なきまでに撃破しており、見下している。

何か目的かやむを得ない事情でもない限り、自分が優越していると確信している相手に対して忠誠を誓うことはありえない。


また、曹操は皇帝を意のままに操って屈辱的な籠の中の鳥にしている。

その皇帝とは、劉秀と彼の愛した陰麗華の子孫なのであって、曹操とは水と油以上に相容れない。

絶対に、何か事情があるはずだ。二人は確信していたが、その証拠がないので黙っていた。


とここで、漢中戦線の戦略と戦術を組み立てた軍師、法正が意見した。


「諸葛孔明先生、敵が十万以上の大軍でやってくるなら、こちらには時間があります。

勝つことは、まだ不可能ではないはずです。逆に勝機が見いだせたと言ってもよい」


「ほう……法正、どうぞ続けてくれ」


「はい」


と言って、孔明ですらこと戦いに関しては及ばないほどの軍師法正は、ここへ来るまでに組み立てておいた作戦を話す。


「ここ、漢中は山に囲まれた盆地。それら山脈はどこをとっても険しく道は甚だ狭いのです。

成都(せいと)という確固とした地盤と、益州の肥沃な農地から取れる兵糧を送れる補給基地がある我々と違い、曹操軍は遠征軍です。

奴らに運ばれて来る補給物資を攻撃し、破壊することは実に容易で着実な効果を上げるものかと。

これより我ら劉軍は持久作戦に切り替え、部隊を二手に分けましょう。

曹操の補給を脅かす奇襲部隊と、とにかく急いで防御施設を作り、陣地を強化することで曹操からの攻撃を防ぐ土木・建築作業の部隊とに!」


孔明は若き法正の冷静な判断に舌を巻いた。


「確かにな。敵が大軍であればあるほどこの戦略が効果を上げる。

正直……これ以外での勝利の道筋が思い浮かばない」


もちろんこれは筆者のオリジナルというわけではなく、史実の法正も同じようなことを言って漢中争奪戦でこれを成功させている。


「法正、やはり地勢的に見て、この本陣がよいのか?」


「はい、ここ定軍山(ていぐんざん)に陣を敷き、強固に守れば曹操軍は自ずから腹が減って撤退するでしょう。

更に言うと、我々が防御を固めて待ちの戦法を行っているあいだ、全く別の方法で勝つことさえ、あるいは可能かもしれません」


「どういうことだ法正?」


「主君、私がどうも得心が行かないのは、劉将軍が裏切ったことです。

正直言ってありえないとすら読んでいます。

もしあの方があと数月のうちに孫呉を倒し、それから手薄になった東のほうの曹操の領地を踏み荒らせば……やはり我々と挟撃で致命的な一撃を与えられることでしょう」


「主君、この龐統も法正の意見に賛成です」


と、法正より年下には全然見えない龐統が言葉を添えた。


「この趙雲も同じく。あの将軍が裏切るはずがありません。

曹操の思惑に乗った振りをしているだけかと!」


「急にどうしたのお前ら」


と劉備は首を傾げたが、しばらくすると気をとりなおして続ける。


「うむ……だがまあ、あいつが裏切ってるかいないか今は関係がない。

目の前にあるのは、曹操の補給部隊を襲撃する算段と、益州との連絡線の確保。

それから曹操の大軍に攻められても落ちない陣地の構築だろう」


「主君のおっしゃる通りです。

奇襲部隊は我ら、土地勘のある益州兵にお任せを。

孔明、それから士元(しげん)殿は築城にも知識が豊富のはず。

効果的な陣地の構築と籠城戦法はお二人にお任せした。

さて、我等の数は十万を下りません。

ですから山に築いた城塞に入り切らない遊兵が出てくる。

彼らがこちらの補給線を山の麓から守る必要があります。

もちろん主将は年功序列で、黄漢升将軍(おじいちゃん)でいいですね?」


黄漢升というのは有名な将軍で、黄忠の事である。

法正が聞くとこれに関羽が黙っていなかった。


「この私を差し置いてご老体が主将だと?」


侮辱されたとすら感じ、明らかに怒っている武神関羽に一歩も退かないだけの、十分な豪胆さが法正には備わっていた。

そうでなければ軍師や政治家が務まるはずがない。

威圧して来る関羽に対し、法正は昂然と反論する。


「だから年功序列と言っているでしょうが。

それに曹操は関雲長、あなたを常日頃やたらと評価して身柄を狙っている。

あなたは主君の側に侍り、身をお守りし、城塞の中にいてもらいたいのですが」


「ぬぬっ……!」


「一理ある。雲長、自分でもわかってるだろうがお前さん、たまに人の和を乱す事があるだろ?

お前の実力は誰もが認めるところでも、時に傲慢で、誰かと軋轢を作るのが悪い癖だ。

お前はここにいろ。文句は言わせん」


「……承知しました」


劉備はいつものナゾのカリスマでいきり立っていた関羽を従わせ、席に着かせた。


「お前ら話は聞いたな? まず法正ら全ての軍師はこの劉備とともに山中の城塞をより強固にし、築城を進め、高いところから戦況をよく把握して指示をしろ。

関羽は籠城部隊の指揮を任せる。奇襲部隊は黄権と厳顔(げんがん)を行かせる。

麓で構える遊撃部隊は総大将を黄忠、副将を張飛と趙雲に任す!」


「へへ、やっとまともに戦ができる。腕が鳴るぜ」


いつものように好戦的なのは張飛。


「無理攻めはいけませんよ二人とも。粘っていれば劉修殿がきっと曹操に一撃を加えてくれます」


と、劉秀を信じきっているのは趙雲。


「大任を承ります」


と言ったのは史実の定軍山の戦いのときよりちょっとだけ若い黄忠。

残念ながら馬超の姿は見当たらないが、まあ仕方ない。

馬超は大型契約で移籍してきた初年度で怪我してそのまま引退という、ロートルのスポーツ選手にありがちな道をたどった男だ。


蜀に来る前がピークで、それ以降全くパッとしない。

そんな彼なので、張魯に降っては来たものの、病気療養中だった。


「よし、じゃあ解散だな。それで孔明、どうする?

このまま築城を見ているか、成都に戻るか」


「もちろん残ります。その普請より大事なことは存在しませんから。

成都には李厳(りげん)という能吏(のうり)もおり、何の心配も必要ありません」


「それじゃあ頼んだ。いいのを頼むぜ」


「お任せ下さい」


孔明は会議室に残り、劉備が去ったあとも龐統、法正ら軍師とともに会議して作戦を固め、改めてそれを通達し、いよいよ天下分け目の定軍山の戦いが始まった。 

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