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三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第2章 変拍子
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光武帝、妻を抱きしめる

前回までのあらすじ


なんやかんやあって、光武帝は荊州を一挙に手にした。

その光武帝を恐れた曹操は、偶然発見された光武帝の最愛の妻、陰麗華に目を付ける。

彼女を人質に光武帝をアレコレしようと画策した曹操だったが、部下の荀イクにめっちゃ怒られた。


荀イクは、陰麗華を光武帝に返し、感情を逆なでせず上手いこと利用しようと考えたのだった。



「これは劉将軍。皇帝陛下よりの勅命がございます。

拝礼し、お聞きして頂いても?」


「……これは失礼いたした。馬から降りましょう」


劉秀は下馬すると荀イクの前にひざまずき、彼が懐から詔勅書状を出して開き、読みあげるのを無言で待つ。


「劉修は、荊州牧劉キをよく補佐し、また劉キも病のためその命を落とし荊州の牧は今や空白である。

従って朕にとっても遠戚である劉修にこれを与える」


「光栄の至りです。皇帝陛下万歳、万々歳」


「……劉修はまた、荊州の民からその善政でもってつとに慕われており、これを揚州の民も羨むところであろう。

逆賊・孫が略奪せし漢の領土である揚州は、劉修にその統治権を授与す。

朕は劉修を揚州牧・及び大司馬(だいしば)(※すごく偉い大将軍)に任じ、孫家討伐を命ずる」


「あの、ですが私が善政を敷いて慕われているなど買い被りで……」


劉秀は無駄だと思うが一応抵抗してみた。


「皇帝陛下の勅語(おことば)に間違いがあるとでも?」


「……いえ、謹んで承ります」


「よろしい。では孫家討伐、頑張って下さい」


荀イクはもう一度馬車に乗り込み、劉秀は膝についた砂を払うと、隣の甘寧に柔らかく笑いながら言った。


「近づいて来た途端、曹操は俺の顔も見ずにあっちへ行けと。

俺もずいぶん嫌われちゃったもんだなあ」


「孫家討伐、お受けするので?」


「ああ、まあな。敵がこうも下手に出てくるとは予想外だったが、まあいい。

どのみち孫権は倒すべき相手だからな」


劉秀は、その後あっと大声を出した。


「あ!」


「何です。漢中のご主君がまずいことになるって気づいたんですか?」


「ああ、そうだ。主君は曹操の主力部隊と戦うはめになるではないか?

もし、我々荊州軍が孫討伐に出た場合は!」


「仕方がないでしょう。皇帝陛下の勅命です」


「ぐむう……何とか出来ないか?」


「無理でしょう。荀文若(じゅんぶんじゃく)にはもう既に受けたと言ってしまいました。

将軍、大司馬(だいしば)様、あんた、他人を騙したり約束を破るようなことは嫌いじゃなかったか?」


「そうだな。俺らしくもない。奴らの戦略は、つまり俺ら荊州軍が孫権軍と戦ってる間に我らが主君と、漢中戦線で決着つけるって事だろ?」


「そうなりますね。荀文若が考えたにしては危険の大きい計画ですな」


「ああ。要は時間って事だな。

我らが早く孫権を倒す事さえ出来れば、残った軍をまとめて逆に曹操の背後をつける。

西と東から攻められて曹操は終了だ。長きにわたる戦乱に、終止符が打たれる!」


終止符って言葉がこの時代にあったとは思えないが、まあ大した問題ではないだろう。


「しかし相手もその弱点には気づいているはず。

主君の軍を超える十数万の大軍を出して一気に漢中を叩き、制圧するつもりでしょう」


「とはいえ、あっちに派遣した軍の陣容はまさしく最強だぞ。

兵力も十万。援軍もある。粘ってくれるさ。このことは早速主君に知らせないとな」


「そうですね……」


「ところで甘寧」


「はい」


「いつまで経っても馬車が出ないんだが」


「確かに」


さっきから話している間、馬車の中は微動だにしない。

実は陰麗華の拘束具を外している最中だった。


「荀さん、まだ何かあるのかな……」


と言っているうち、元の服を剥奪され、粗末な無地の服を着せられたみすぼらしい格好の女が馬車からおりた。

ザクッという砂を踏む靴音に思わず劉秀は振り返る。


「すまん甘寧……ちょっと行ってくる」


「あれが人質ですか……」


劉秀は返事もせず、馬車の側面を回り込んで女の顔を見に行った。

馬車の背面から降りた陰麗華は、後ろから近づいてくる足音に髪を振り乱して振り向く。


「そ、その……体は大丈夫か? 怪我してないか?」


劉秀の口から自然に飛び出た言葉はそれだった。

久しぶりでも、済まないでもなく、ただ単なる素朴な懸念の質問だった。


「七年ぶりね」


劉秀の第一声が素朴な質問なら、麗華の方も感情を抑えた返しだった。


「な、七年……そうか、もう少し長生きしてほしかったんだが」


「何の話してるんだあいつらは……?」


少し遠くからでも多少の会話は聞こえる甘寧は、全くもって二人の会話に得心が行かない様子で首を傾げたが、彼もデリカシーは心得ている。

二人が強く愛し合っている事は聞いていたので、紳士的にこの場から離れた。


「長生きしてほしかったって、私と会いたくなかったってこと?」


「何でそうなるんだ!? いや、会いたかったけど……何でだ!」


それにしても麗華の質問が捻くれすぎだ。


「変わってない。そういうところ」


陰麗華の方にコミュニケーションを取る意思があるかすら不明瞭なので、劉秀の方から話題を出すしかなかった。


「許都の方にいたそうだが、曹操には会ったか?」


「ええ」


「じゃあ、その……天子は?」


「会おうとも思ったけどわがままが通る状況じゃなくて……」


「まあ、でも、いつかは会える。必ず俺が会わせて見せる」


甘寧がデリカシーを心得ているというのは嘘である。

この二人の会話は何か有益な情報源となるかもしれないので、部下と一緒に盗み聞きしていた。

部下も甘寧も、隠密行動は盗賊時代に慣れている。


「お頭、趣味が悪いですぜ」


「別に個人的興味でってわけじゃねえよ。

ただ、俺らは知る権利がある。

あの女のために将軍は一度本気で寝返りすら考えたんだぞ」


「そりゃそうですが……」


元盗賊の兵士と甘寧は、気配を消して様子を伺う。


「……こんな俺だが、もう一度一緒に居てくれるか?」


陰麗華は、劉秀の顔をじっと見ていた。

目を通じて嘘や偽りを発見してやろうと血眼になっているかのようだった。


「何か黙り込んじまいやしたぜ?」


「……あ、抱き合った」


「本当っすね。しかしあの歳で生き別れになんて、一体何が?」


「シッ、黙ってろ」


劉秀は陰麗華を少し抱き寄せてからこう続ける。


「もう行こう。積もる話はまた後でだな」


「ごめんなさい、私あなたにもらった大切な服を奪われて……」


「あれ、最期(しぬ)まで着てたのか。全く、着物屋泣かせのケチな女だな」


劉秀はこんな時ですらジョークをかましたが、麗華は彼の冗談が嫌いなので冷たく言い返した。


「うるさい」


「……必ずそれも取り返す。行こう」


劉秀らしく、格好はつけるものの、何かちょっと締まらない感じで会話は終わった。

彼は麗華を乗ってきた馬に乗せると、甘寧達も急いで持ち場に戻った。


「諸君、待たせたな。これより荊州へ帰還する。

そして我が軍に新しい仲間が加わった、紹介しよう。妻の麗華だ」


「よろしくお願いします」


劉秀の後ろで陰麗華は二人乗りしているので、彼は馬を兵士達から見て横に向け、自慢の妻を見せびらかす。

途端に兵士達は、素朴で地味な服を着て、化粧もしてないにも関わらず匂い立つような色香を放つ麗華に反応してザワザワ騒ぎ出した。


「やっぱアホウなのか、うちの大将?」


甘寧は呆れて頭をかいた。

戦場では神がかった頭の切れを見せる劉秀だったが、ずいぶん落差が激しい。

今の劉秀は頭がバカになっているので、麗華を目撃して騒いでいる兵士達に向けて大笑いした。


「あっはっは、どうだ可愛いだろう。でもやらんぞ!」


「はいはい、大将の嫁さんが天下一です。行きましょう」


「おっ、そうだな。何か荀文若(じゅんぶんじゃく)に上手いことノセられている気がするが今の俺は機嫌がいい。

荊州へ戻り、孫呉討伐でも何でもやってやろうではないか」


「はい」


「よーし行くぞ!」


劉秀は調子に乗って馬を飛ばし、兵士の列の最前線へ出てくると、また後ろの麗華と会話しだした。

よっぽど嬉しいらしい。その気持ちはよくわかるのだが、劉秀の他人振り回しぐせが麗華に出会って酷くなった気もする。


「ねえ、文叔。あっちでお世話になった人がいるの」


「そりゃ誰だ? あとでお礼をしなくちゃな」


「徐庶っていう人。お母上が人質にとられて、仕方なく曹操についたそうよ。

私馬鹿だった。人質で苦しんでる徐さんのことを知っているのに、あなたの名前を出しちゃったから」


「確かに……曹操に降る事も本気で考えた。だが俺は許を攻め、力ずくで取り戻そうと思った。

でもその徐庶って人は俺と正反対の決断をしたが、間違ってるとも思わない。

その人はいい人だ。親兄弟とか捨てて俺についてきた、どっかの誰かさん達とは大違いだな」


劉秀は自分の部下を揶揄した。儒教の価値観からは徐庶のしたことは正しい。

しかし、親を放り出して劉秀についてきた男が彼の部下の中にいた。

別に劉秀はそれを責める気もない。

現に、あの義理の人劉備ですら、関羽、張飛と一緒に桃園の宴を用意してくれた母親を村に残し、その後特に音沙汰があるわけでもないのだ。

親孝行を尊ぶ儒教の考え方からしたら考えられない事だ。

恐らく年齢的にはこの210年までにとっくに亡くなっているのだろう。


(じょ)さんは元は劉軍にいたらしいわ。あなたのことも知っていた」


「ああ、聞いてる。相当頭が切れる軍師で頼りになる人格者でもあったらしい。

恐らく、曹操からは麗華の事で警戒されてるはずだな?」


「ええ。本当に私、あの人に申し訳なくて……」


「麗華の恩人を助ける事は、曹操を倒す百の理由にも勝る。

徐庶も助ける。天子にも会わせる。服も取り戻す。

俺は数年のうちに孫権を滅ぼし、曹操を倒す」


いつものように、劉秀が確信と自信を込めて断言した。

彼の言ったことはいつも麗華の前で現実になってきた。

劉秀は類い稀な実績と実力に裏打ちされた、確固たる自信をもつ。

今度もそうだろうと、彼女は何一つ疑問をもたない。


「いまさらもう戦に行かないで、なんて泣き言は言わないわ。

私の夫は最強なんだから、何も心配していない」


「あっはっは、全く孫権も気の毒だなあ。

麗華が戻ってきた今の俺は相当強いと思う。

単に気分の問題なんだけどね」


あっはっは、がひとつの口癖みたいに、劉秀は今日も大口を開けて笑った。


「でもあなたが子孫の勅命に従うなんて、なんだかおかしいわ」


「そうだな。そこは重要な問題だ。俺はどうするべきか、今も迷ってる

死んでからたったの百五十年でこの有様だろう。

高祖(りゅうほう)には遠く及ばない無能だ。

もう一度政治(まつりごと)に関わってもいいものか、迷っている。

それに、漢の国はこのまま我が子孫で続いてもいいのか。

とっくに徳を失い、世の中は新しい皇帝の一族を求めてるんじゃないか……」


実際、世の中はそう思ったので史実では曹一族が皇帝に禅譲させ、()帝国を作った。

死にかけの漢を助けようとする自分の曖昧な立場と未来に思い悩む劉秀だったが、陰麗華の言葉に笑顔を取り戻した。


「許で聞いたわ。あなたは劉玄徳様の配下として動いているって。

その方をお助けすることが使命だってあなたは思ったんじゃないの?」


「……運命か。あの時、劉備は新野にいた。

俺も都から遠く離れたそこにいた。

その通りかもしれないな。そのあと、劉備の天下でどうするべきだろう?」


「徐庶が言っていたんだけど、劉玄徳様には諸葛孔明という優れた政治家がいるそうよ。

その人と協議したうえで政治を決めればいいと思うわ。

諸葛孔明もあなたの力を必要としているはずよ」


「そのためには孔明と仲良くしとかないとなあ……」


劉秀は、問題児行動を多数起こして孔明を怒らせてしまっているので、関係修復には相当の努力と時間が必要だと覚悟した。


実際、この一週間後に益州で、漢中戦線の後方支援という地味だが重要な仕事を行っていた孔明のところに、劉秀が荊州、及び揚州牧となったという知らせが届くと、やっぱり怒らせた。


「なんだと、あいつ、あの、くそ、問題児めぇっ……!」


孔明は上品である。罵りの言葉ならいくらでも思いつくが、横に馬謖もいるし、上品に抑えておいた。

だが孔明の顔は怒りで紅潮し、目にはうっすら涙さえ浮かべている。

何やらただならない様子の孔明を前に、怯える馬謖(ばしょく)は言った。


「先生、また劉将軍がなんかやったんですか?」


「曹操に形の上ではあるが、臣従しおったのだ!

つまり実質的な同盟を結び、曹操は許や洛陽周辺の守りを減らして兵をこっちへ向けて来るということだ!」


「うわ……本当ですか。それが本当なら重大な裏切り行為ではありませんか。

もはや劉将軍は、こちら側の人間ですらないってことですか?」


「手紙では必死に言ってきている。仕方がなかったと。

皇帝の勅命という、最強の武器を使ってきたからとな」


「それでも……!」


「ああ、断っておくべきだった。しかも更に恐るべき事が書いてあるぞ」


「なんです?」


「劉修は女を人質にとられ、更に孫呉の討伐を命じられ、すぐにでも行くという。

これでもはや、曹操は孫呉に備えていた東側の兵すらこの漢中へ投入できるのだ。

今でさえ攻めあぐねているのだぞ。増援が来たら……」


ゴクリ。想像した馬謖は生唾を飲み込んだ。


「こ、これはつまり……劉将軍が、敵に寝返ったも同然……?」


「ああ。幼常よ、実にまずいことになった。

奴を信用して荊州を任せた私が間違っていたのだ!」


「ど、どう対応されるおつもりですか、丞相?」


「どうもこうもない。漢中戦線は根本から考え直す必要がある。

何十日かここを空ける。幼常、益州の官吏によろしく言っておいてくれ」

あれ、おかしいな。

陰麗華をヒロインにするつもりが、何故か徐庶がヒロインになっている。

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