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三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第1章 4匹目の龍 【7年後】
20/53

夏侯惇、来たる

前回までのあらすじ


曹操は江陵にて、【陸の赤壁】とも言える光武帝との大戦で大敗北を喫し、荊州を失った。

光武帝は、曹操と和睦してあげ、光武帝からの攻撃の心配がなくなった曹操は東の下ヒ城を攻めている孫呉軍十万に五万で挑んだ。


詳しくは、せめて17話から読んで欲しいが、まあともかく曹操と周瑜は三国志きっての名将。

曹操は驚愕の手を次々と打ち、周瑜を手玉に取っているかに見えたが、結局のところ、曹操は彼と違って体格も立派な美男子で文武両道の天才で完璧な男、周瑜に負ける運命にあったようだ。


まんまと周瑜を騙したと思っていた曹操へ、周瑜の反撃が始まる。


この戦いが始まったのは五月の一日だが、この辺は湿度が高く生暖かい。

曹操は正午の温かな風を頬に受け、敵の陣容を見つめていた。


「ああ、この曹操は……この状況を楽しんでいる。

こんなひりつく感じは久々だ。はじめは、これが楽しくて戦をやっていたのだ。

だがいつの間にか戦がつまらなくなった……劉文円という男には感謝せねばな」


「丞相、こんな大事な戦いについて来るのが許褚(きょちょ)でよかったんですか? 」


聞かれた曹操は笑いを浮かべ、隣の許褚の肩を叩いた。


「お前以外の誰がいる? 曹操に付き従ってきた者の中で、今は縁戚を除けばお前が一番長い付き合いだ。

奴らは曹仁を助ける大切な役目がある。

それと援軍にも来てもらわないとな。

残ったお前には見ていて欲しいのだ」


周瑜と曹操は、どちらも待っていたら援軍が来る。

その時有利になるのは、援軍の数が多い周瑜か、援軍が早く到着する曹操か。


どう考えても曹操の方だ。そして、曹操は相手を手のひらで踊らせているにも等しい。


曹操はまず、南へ兵を向け建業を目指すフリをして周瑜を牽制(けんせい)

まんまと周瑜の四万を誘い出した。周瑜は曹操の考えに全部気づいた上で、あえて相手の予想通りの行動をしてあげた。

だが、陸遜や呂蒙は曹操の思惑通りこう思っていた。


『曹操がわずか四万に満たない兵を率いて、孤立無援でウロチョロしている。

しかも建業を攻撃される恐れもある。ここはもう決戦を挑み、曹操を倒すしかない。』


だが周瑜が、「上策では全軍で曹操を討つ」「中策では、兵を分割して曹操を討つ」

と言っていたのを覚えているだろうか。


曹操としても、全軍でやって来られたら全力で逃げるしかない。

しかし、その可能性を潰すため、夜襲部隊の一万三千を置いてあった。


夜襲部隊は本当はちゃんと意味があったのだが、周瑜が夜襲部隊が効果を発揮する前にわざと曹操を追うことを決断したので、わざわざ説明しない。


まあともかく、曹操はまんまと周瑜を罠にかけたつもりでいる。

あとは適当に戦っておく。周瑜が曹操に手こずっている間に夜襲部隊一万三千が駆けつけ、周瑜の後ろをついて挟み撃ち。

その後五万近くに達した曹操軍は、残った呂蒙軍とも戦力的にはほぼ対等な勝負を仕掛ける事が出来るという寸法だった。



またイラスト書いてみた。


挿絵(By みてみん)



ーーーーーーーーー



挿絵(By みてみん)



もし周瑜がおらず、孫権が総大将だったらまんまと曹操に騙され、孫呉はそのまま滅亡していた。

周瑜はひとまず、曹操との知恵比べには密かに勝利していた。

曹操がこれほど巧妙な罠を仕掛けたのにも関わらず、だ。


話が逸れたので戻すが、曹操は許褚と話していたところだった。


「み、見ててほしい?」


「ああ。この曹操の勝利をな。それと死んだら指揮は頼むぞ」


「死ぬ……って、ええっ!?」


許褚は、曹操は死なないと思っていた。無敵で不死身だと思っていた。

突然曹操が死ぬと言われても驚いて馬鹿みたいに口を開けるしか出来なかったのである。


「はは、もしもの話だ。ほら、そろそろ行くぞ。お前の武勇に期待する」


「承知した、丞相!」


「……開戦だ。あっちが来なくてもやるぞ。騎兵隊、突撃せよ!」


曹操の指揮棒が振るわれ、左翼にいる許褚率いる騎兵が真っ先に突撃した。

川沿いの砂がちな地面を駆け抜け、砂煙を巻き上げる五千もの騎兵。


これに対し周瑜の出した答えは簡単なものだった。

周瑜は兵士を後退させ、曹操との距離を思い切り離していく。


周瑜は曹操の策にはまり、わざと時間をかける作戦と見せかけ、曹操の魂胆は全部見通しているので次の作戦をとる。


まず周瑜はある一手を繰り出した。

周瑜は戦列を横に広げる事により、騎兵隊を右方面へ大きく移動させた。

怯んだ許褚は曹操の命令もあり、一旦進撃を辞めさせた。


「停止だ、停止!」


「ゆけ、騎兵隊」


周瑜は断定的な口調で命ずる。

すると、戦列が広がって大きく右側に突出した一千五百の騎兵隊が許褚の五千騎の側面に回り込む機動を始めた。

同時進行的に周瑜は戦列を前へ押し立て、前進を開始する。


この機動にまんまと曹操、許褚は騙された。

彼らはてっきりこの一千五百の騎兵で曹操軍の騎兵隊を封じる気だと思ったのだ。


「させるか、うおおおお!」


許褚(きょちょ)は騎馬隊を鋭角に曲げ、周瑜軍右翼の騎馬隊に突っ込もうとする。

だが意外にも周瑜の騎兵はこれをスルー。

向かった先は何を隠そう、曹操本隊のいる本陣である。


「まずい! 反転しろ、奴らを追え!」


許褚は虚をつかれ、一瞬動揺したが曹操の身を守るため即座に方向転換した。

とはいえ、五千もの騎馬隊を反転させるのは容易な事ではない。

しかも、このもたもたしている五千にすかさず取り付くよう周瑜が命じる。


「足が止まり、もつれているぞ。囲んで叩け」


周瑜は敵より多い兵力を存分に活かしてごちゃついている許褚の騎馬隊を足止めさせた。


「つ、強い……これほどとは!

天下の英雄は出尽くしたと思っていたが……居るところにはいるものだ!

この曹操の計略、全て見破っておったか!」


曹操は完全に若い頃の精神状態に戻っており、スリルが激しければ激しいほどに燃えてきた。

身の毛もよだつような笑顔を顔いっぱいに浮かべ、剣を抜いた曹操は更なる指示を飛ばした。


「弓隊、奴らを蜂の巣にしろ!」


指示通り弓隊が出るが、そう簡単に名将周瑜が対処をさせるわけがなかった。

周瑜の部隊の方が数が多く、弓矢の数も多い。


さっきまで後退していた周瑜の軍は全速前進し、曹操軍を大量の弓矢で攻撃し始めた。

もはや味方の騎兵隊に当たるかも知れなくても容赦無しである。


その間にも周瑜の放った騎兵隊は側面から回り込み、曹操本陣へ突撃する。

確かに、周瑜は賢い。

曹操さえ討ち取ればあとはろくな指揮官がいないから後は好きに料理できる、という読みは正しい。

そして、意表をついて本陣へ一気に騎馬突撃させるのも正しい。


更に加えて、曹操軍の弱点を見抜いていた。


この時代、古代の戦争では洋の東西を問わずよく見られるのだが、騎馬隊に対し、防御のため盾を持った重装歩兵がいることが多い。

三国志の時代でもそのような形での戦は行われていた。

しかし思い出して頂きたいのは、曹操軍は1日50kmという猛烈なスピードでここまで行軍をした。


武器と鎧を身につけ、食料も持って時速4kmで12時間半歩き、これを八日続ける事を想像してほしい。

一般人はもちろんのこと、相当に体を鍛えた兵でも死ぬほどしんどいだろう。

そんな行程に重い盾を持った兵士がついて行けるだろうか。

無理である。馬車で運ぶにしても重い金属製の巨大な盾を何千枚と運べはしない。


つまり、周瑜と対する曹操軍に、騎馬隊の突撃を防げる盾兵は存在しない。

先ほどからの弓矢の嵐で、曹操軍は崩れかけている。


ここへ騎馬突撃をかける。崩れないはずがなかった。

曹操の元まで壁を突破できないはずがなかった。


周瑜は敵の弱点の全てを読みきっており、完璧だとしか言いようがない。

戦の天才と言うほか評する言葉がない。

呂蒙の言ったことは正しかった。周瑜を信じることこそ正しい判断だった。

そして曹操はやはり、周瑜に負ける運命があるようだ。


それは当の戦っている曹操でさえ認めざるをえなかった。


「認めるしかないな、俺の負けだ周瑜。だが……」


曹操は剣を抜いて、今まさにこちらへ突っ込んで来る決死の覚悟の騎馬隊に向けるように言った。


「曹操を倒すのは骨が折れるぞ?」


その言葉の真意は、このあとすぐ明らかになる。

曹操は馬の首を撫で、どこか寂しげにつぶやいた。


「馬上で剣を振るうのも何年ぶりか……それでも簡単にやられはせん」


曹操は、劉秀にやられた戦で身に染みるほどにわかっていた。

本陣を脅かされても、大将は逃げてはならぬ。

逃げたら兵士達に余力が残っていても気持ちで負けてしまうのだ。


それを劉秀との戦で学び、曹操は心に刻んで教訓とした。

あの日の苦渋が曹操をこの場に留まらせていたのだ。


「曹操、覚悟!」


「ああ、しているとも」


曹操は剣を振りあげ、本陣へと届いた敵の槍を受け止めた。

だが、その直後、もう一人の騎兵の槍が曹操の胸を貫き、その姿は強い陽射しによって戦場にあまねく照らし出された。


「ぐ……は……ッ!」


「丞相、丞相ーッ!」


騎兵隊を率いた許褚は曹操の姿を見て絶叫し、もはや敵も味方もわからずひたすら前方を切り伏せて突き進んだ。

今まで散々悩まされてきた敵の弓を、もはや許褚は気にしていなかった。

肩に刺さっても足に刺さっても無視して駆け出したからである。


この様子を見て、周瑜は冷笑的に呟いた。


「フン、いまさら戻っても遅い。もうこの戦は終わっている」


先ほど曹操軍に盾兵はいないと言ったが、周瑜の軍はといえば、本拠地建業も近く、盾兵も敵の騎兵対策にずらりと揃えていた。

だから、五千もの騎馬隊を歩兵で防ぐという真似が出来る。

正直なところ、周瑜の用意が周到すぎて曹操はこのとき、じゃあ何をすれば勝てたのか、ちょっと思いつかない。


だがここで、周瑜の予想だにしていない事が起こった。


「総員これより丞相に代わりこの許褚が指揮を行う! 

丞相を傷つけた奴を捕らえたら千金をやる、行くぞ!」


「オオーッ!」


許褚は曹操を介抱させる。まだ息があるようだ。

その後一旦下がらせて兵達をまとめ、兵士達もまた曹操に頼り切る弱い心を捨てて許褚の指揮下へ集まった。

曹操を倒すのは骨が折れるぞと言うのは、こういうことである。

たとえ、曹操が死したとしても、曹操軍は周瑜の目論見通り脆く崩れ去ったりはしない。


たとえ曹操が赤壁がなくても、どうあがいても周瑜に負ける運命だったとしても、他の者は違うのだ。

そして将軍である許褚も他の兵士も、あの日の敗戦の記憶が彼らをこの場に踏み止まらせていた。


つまり、劉秀は曹操に勝ちすぎたあまりに、彼らを大きく強くしてしまったのであった。


「さあ二回戦だ! 行くぞ周瑜!」


「あの男にそんな器量があったとは、意外だったな」


周瑜は、これでやっと面白くなってきたとでもいいたげに指示を飛ばした。


「全員そのまま前進。立ち直りかけた士気を砕け」


周瑜は数で勝る兵を存分に駆使し、曹操軍を押していく。

だが許褚には依然として強力な武器がある。

四千に減ったが、敵を大きく上回る練度と数の騎兵だった。


許褚も自ら兵の戦闘に立ち、突撃の号令をかけた。


「側面に回り込み攻撃を行う! 突撃せよ!

周瑜! 我らの(えん)(こん)をその身で知れい!」


曹操軍騎馬隊の目には涙が浮かび、四千の騎馬隊は百万の軍勢にも匹敵する威勢を放つ。

これに周瑜は冷静に対処するための指示を下す。


「盾兵。陣形を作れ。弓兵を守り、騎兵を潰す」


周瑜とはどこの出身か。誰に仕えているのか。

揚州に生まれ、孫権に仕える呉の将軍である。

揚州とはどういうところかというと、騎兵の力に乏しい土地柄だ。


だから、周瑜は主君のために朝から晩まで考えていた。

曹操のもつ強い騎兵を倒すにはどうしたらいいのかを。


騎馬を潰させたら三国世界で周瑜に勝るものはいない。

許褚の操る騎馬隊はことごとく盾兵の戦列に受け止められーー


「弓隊、放て」


足止めされた騎馬隊は弓の掃射を受け、前列の者から順にその命を散らしていった。

歩兵の方はものの数ではない。

周瑜の軍の方が数は多く、終始押していた。


「所詮、許褚などこの程度か」


周瑜は飽きたように独り言を吐いたが、その時、周瑜は全く予想だにしない敵兵に遭遇した。


「周瑜! これでお前の人生に幕が下りたな!」


「夏侯惇の騎馬隊か!?」


周瑜は前方の林から駆けてきた二千騎の群れを認め、口元に笑いが浮かんだ。


「あいつはアホウか」


周瑜は攻撃の手を緩めさせず、やがて曹操軍は今度こそ完全に壊滅して四散した。


「うわっ! おい、こら! 何逃げてんだコラァ!?」


夏侯惇は一人一人の頭を掴んで戦わせんばかりの勢いで逃げる兵を叱咤するが、それどころか駆けてきた二千の騎兵が敗走する兵とぶつかって大混乱になっていた。


「だからアホウかって言ったんだ。自滅してるぞ夏侯惇のせいで」


周瑜はやはり、読んだ通りに事が進んだと思って皮肉に笑った。


「よし、敵は崩れた。一気に押し返せ」


「ウオオーッ!」


孫権軍の士気はいよいよ曹操軍の主力を全て討ち取れる機会に熱くたぎり、その咆哮は地を震わせんばかりだった。

しかし、その轟音も次の瞬間ピタリと止まり、周瑜の顔から笑みが消えうせた。


曹操が馬上で仁王立ちしていたのである。

よく見ると許褚と夏侯惇が足を支えていた。


「やるなあ周瑜! お前を倒し、続いてもう一つの軍も倒す気だったがあてが外れた!」


曹操は胸から血を流し、とてもではないがそのような大言壮語を吐ける状態にないはずである。

しかし曹操は稀代の見栄っ張りにして目立ちたがり。

曹操はまだ馬上に仁王立ちして続ける。


「痛み分けだな! お前たちは城を取れず、だがこの曹操に一太刀浴びせた!」


「ほざけ死に損ないめ! 追え、奴らを殺せ!」


「ふはは、無駄だ。この曹操、逃げは得意だ。劉備には負けるがな!」


「ふざけんな手前(てめえ)! 逃げないんじゃなかったのか、戻ってこい!」


思わず、周瑜は激昂して若い頃のような口調が出た。

それを嘲笑うかのように曹操は四千から三千の騎馬隊に守られ、全力後退をしていった。

周瑜軍は負けはしなかったが、これを追うことも出来なかった。

今や一千にも満たない周瑜軍の騎兵隊にこれを追うことは出来なかったのである。


去っていく曹操達の背中を眺め、周瑜は苦々しげに吐き捨てた。


「俺は勝っていた……勝っていたのに、何だこの敗北感は!?」


周瑜はしばし自問自答していたが、やがて冷静になった。

気のせいだと思ったのだ。あの謎の敗北感は。

周瑜は伝令を出し、呂蒙らと連絡を取って、およそ八万数千の兵は、合流すると曹操の軍を追わずに河を渡って孫権の領土へと帰還したのだった。

三国志でも夏侯惇だけはギャグキャラにしていいみたいな風潮あるよね

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