光武帝、孔明に会う
三国志の世界を見てご先祖様が歎いておられるようです
※この話は、三国志の時代に光武帝劉秀が降臨する話です。
光武帝は中国史上でも稀に見る、政治と武力を非常に高いレベルで合わせもった天才です。
三国志の舞台である後漢帝国を打ち立てた、劉備らのご先祖です。
史上最強、リアルチートなどと言われるハイスペック中華皇帝です。
後漢末期。西暦207年のある場所に、光武帝劉秀は突如として姿を現した。
「……ここどこだ!?」
すっとんきょうな声を上げ、驚き周囲を見渡す劉秀。
時刻は、明るいが人通りが少ないので早朝だ。
「おかしいな、酔ったか?」
部下に閉め出されて野宿する羽目になったこともある劉秀なので、彼はこの時も、閉め出された挙げ句に飲み屋で一杯ひっかけ、記憶がなくなるほど眠ったか、と一人で納得した。
するとそんな彼に一人、声をかける男が。
どうにも不細工で、短躯で、ボテッとした汚らしい男だ。
下手すると夜通し飲んでいたみたいに酒臭い男だが、劉秀は、俺も人のことは言えないな、と思った。
「おう兄ちゃん、やっと起きたか。宿無しか?」
「む、いや……少し飲んでしまってな。部下が怒って探してるころだと思う。
少し聞くが、皇宮へはどっちに行けばいい?」
「はあ? まだ酔ってんのか兄ちゃん。都ならずーっと向こうだぜ」
色黒なおっさんは、遥かに見える雲の向こうの景色を指差した。
「ここは?」
「新野という。そんなこともしらんのか?」
新野という地名にピンとは来なかったが、ふと、劉秀はあることに気がついた。
おっさんは俺のことを、兄ちゃんと呼んでいる。
そう言われてみると、体の感覚が軽く、痛みやだるさも全くなくて清々しいくらいだ。
若返っているかのようだ。一体昨日、何があったのだと劉秀は思いだそうとしてみるが、仕事をして寝た記憶しかなかった。
「ふん、まあいい。わしは龐士元という。
知る人ぞ知る、天下の奇才鳳雛と呼ぶ者もおるがな。
おぬし、見るからに貴人の相だと思ってしばらく見ておったが……気のせいだったか」
「貴人もなにも、我が名は劉文叔だ」
名前を聞いた瞬間、龐統は、鳳雛は腹を抱えて哄笑しだした。
「ふっはっはっはっは、こいつは傑作よ!
兄ちゃん、お前さんを面白がって観察しておったかいがあったわ!」
「ふっはっはっは! 俺も皇帝がこんなところにいたら笑うわ!」
「ふははははは!」
「わはははははっ、はは!」
お互い微妙にすれ違ってるが、何にせよ、二人は意外と意気投合した。
「ふん、お前さん面白い奴だ。金に困っておるなら、しばらくわしについてこい」
「それには及ばぬ。また会おう士元殿。あまり朝から酒を飲むなよ」
「うるさいわい。お前さんもな、劉文叔」
龐統は、百数十年も前に死んだはずの劉秀を自称する変な若者と別れ、どこぞの飲み屋か何かにでも行くのか、ぶらりと去って行った。
取り残された劉秀は、ため息をついてこう言った。
「はあ、まさか本当にここ、新野なのか?」
早朝の街をぶらぶらと、劉秀は無宿人の浪人みたいにほっつき歩き、情報収集を開始した。
現役時代は無敵の将軍として最前線で剣を振るった劉秀も、さすがにこんな状況に突然放り込まれては不安に駆られて仕方がなかった。
そうしている間にも、劉秀は腹が減ったし、喉も乾いてきたのを感じ始める。
「さっきの士元という男に世話になるべきか?
あとで報償を与えないといけないな」
劉秀は、ひとまず引き返して龐統に助けを求める事にした。
「待ってくれー!」
朝の人通りがまばらな街をゆく龐統の後ろから、彼よりかなり背の高い劉秀が走りながら叫んでいる。
「皇宮へ帰れなかったと見える」
「こ、ここは……新野か……!」
劉秀は息を切らし、やっとの思いで龐統に追いつき、質問を開始する。
「だからそうだと言っておろう」
「雒陽まで行きたい。我が都へ。礼は必ずする!」
「洛陽? 今の帝がおられるのは許都だぞ?
いい加減そのネタしつこいわい」
マジかよ。都が許都って、俺は悪夢を見ているのか?
それが、劉秀の第一印象だった。
彼は慎重にこう質問する。
「もちろん冗談だ士元殿。連れていってもらえるだけでいいのだ。礼は何がいい」
「礼とな? お前さんは一文無しなのだろう?」
「か、金ならある! はずだ!」
「嘘つきめ。動揺をすこしは隠せ。しかしお前さん……何かただならぬ事情でもありそうだな」
龐統は訝り、劉秀をじろじろ見ながら言った。
これにまともに答えるわけには当然劉秀もいかない。
「洛陽に帝がいないなら、その許都でもいい」
「だが、礼を期待出来ん以上そこまではしてやれんな。
もし本当に劉氏の出ならば、ここの主の劉玄徳様に会うといい。
必ずや援助して下さるだろう」
劉玄徳とか誰だよ、そんな奴いねーよ。劉秀は思った。
「劉玄徳様は今どこに?」
「……おそらく、もうすぐ来られるぞ。臥龍のところへ最近、二回も行っているのでな」
と言っている側から、その劉備の話す声が道端で突っ立っている二人にも聞こえてきた。
「今日こそは臥龍先生に、我が力となっていただくんだよ!」
「兄上、孔明とやらは本当は無能なのです。無能を晒し、処刑されるのを恐れているのです」
「兄貴の言う通りだと俺も思うぜ」
「失礼な事を言うな雲長、翼徳。向こうではくれぐれも粗相をするんじゃねえぞ!
俺はいい加減真っ平なんだよ。行き当たりばったりで動くのは!
軍師がいる! 徐庶の代わりが出来る飛び切りの奴がな!」
一番小柄なのが劉玄徳、その後ろの方でなにやら不満混じりに文句を言っている巨漢二人が関羽、張飛の二人だった。
彼ら三兄弟について劉秀は何もしらないので、かえって楽に話しかける事が出来た。
「劉玄徳様!」
「……む? どうかしたか?」
「見たことのない顔ですな兄上。誰ぞの伝令か何かで?」
「俺は知らんぞ」
「いや、知らぬ。どうかしたのか」
劉秀は、よくわからん奴に皇帝であるはずの自分が拱手をすることに、若干の抵抗はあった。
しかし仕方がないと割り切り、平身低頭でこう述べた。
「私は劉……文円と申す一介の……む、むしろ売りです。
玄徳様に拝謁の機会をかねがね伺っておりました。
どうか無礼をお許し下さいませ」
「ほう、劉氏の……! それはいい!」
劉備は劉秀の手を取り、にこやかにその手を握って挨拶した。
「文円殿、一体何だ? 俺達はこれでも侠客だぜ。
困った人間を、それも同族を見捨てたりは絶対しねえ!」
「漢の皇室の血脈である玄徳様とともに、漢の再興を進めて行きたいのです!」
「おお……同じ劉一族がいれば何と心強いじゃねえか!
遥かな昔、劉文叔様が新を倒して光武帝となり、漢を再興された。
俺達はもう一度、ご先祖の光武帝がなされた奇跡を再現したくて夢にまで見る!
曹操と不倶戴天の奴らは大勢いる。
俺がその受け皿になってやらなくちゃな」
と勝手に熱を吹き始めた劉備に、関羽らが茶々を入れる。
「その者を左様に簡単に信用してよろしいので?」
この後劉備は関羽を叱責するが、劉秀は上の空だった。
まさか、未来へ飛んできてしまうなんて。自分の時代は遥か昔か。
ありえない事が起こり、さすがに肝っ玉の座っている劉秀と言えども肝を潰しかけていた。
「雲長、今は味方が一人でも多く欲しいときだ。
文円、一緒に来ないか。俺といれば退屈はさせねえよ」
「臥龍先生のところへ参られるとか……盗み聞きになり、失礼をしました」
「いやあ……実はその通りなんだよな。
二度も行ったんだが……それでも俺達は諦めたりはしねえ」
「本当に連れていくので?」
「くどいぞ雲長。文円は貴人のごとき高貴な顔相をしておられるだろ。
皇室の血をどこかで感じるよいお顔だ。劉氏に間違いない」
劉備の人を見る目は天下一品だ。まさしくその通りだった。
「それにだ、そんな文円に、まさに先生のところへ参る直前に出会えたのだ。
三度目の正直。今日こそは先生もお戻りになられている印に決まってるだろ!?」
劉備は長い腕を伸ばして異常に大きい耳たぶを触りながら言った。
「そうだと、こちらとしても助かるのですが」
関羽は実直な人柄だが、嫌いな人物の事となると皮肉になる。
関羽は、嫌そうな顔で立派なヒゲを癖のように撫でさすった。
「兄貴がそこまでおっしゃるなら。文円殿、よろしくな」
と張飛に肩を叩かれた劉秀は、吹っ飛ぶかと思った。
まさしく豪傑の手だ。分厚い皮で覆われた巨大な手は熊のようだった。
「よろしくお願い申し上げる。玄徳様、お供します」
「よろしくな。よし、出発するぞ! 文円に馬を!」
劉備の声により、劉秀にはかなりよい馬が与えられた。
そのことは彼は乗った瞬間理解した。
「いい馬だ……」
「様になっておる。乗り方もうまい。本当にむしろ売りか?」
「馬鹿者が翼徳、俺だってそうだっただろう!」
「すいません兄貴……」
一瞬、劉秀はヒヤッとしたが何とか嘘はバレずに済んだ。
四人は馬に乗ると、まず劉秀の分の兵糧を調達してから街を出て、例の場所へ向かった。
そう、三国志ファンならお馴染みの、あの孔明が隠遁している秘境だ。
劉秀は、その間も三人と会話して探り探り情報を収集した。
今、許都では劉秀の末裔の一人である献帝劉協が囚われの身になっていること。
実質上の権力者は、それを操っている曹操という男であること。
曹操の勢力は強大で、誰も太刀打ち出来ない程だが、劉備だけは諦めていない事。
劉備は全くの根なし草で、根拠地はないこと。
そして、臥龍先生は諸葛孔明といい、その知謀は張良にも匹敵するとか。
「で、その肝心の臥龍先生に今会いに行くんですね」
「ああ。でも本当は心のどこかで、もうダメかと思ってたんだがな。
でもな、文円とこうして出会い、これは吉兆だと俺の中の何かが告げている気がする」
「もったいない」
「そんなことは……さて、そろそろ馬を下りるか」
「あ? なんでだ兄貴?」
「その方が誠意を示せんだろ?」
「誰もみてないだろ!」
「つべこべ言うな、下りるぞ。気持ちだよ気持ち」
劉備は、豪傑張飛をいとも簡単に従わせて、全員で馬を下りて歩き始めた。
わざわざそのために馬を繋いだ。劉秀は、劉備って実はバカなのかとこっそり思いはじめた。
「兄上、見えて来ましたぞ」
関羽が指差すとそこは、あずまやと形容したものか、あばら家と形容したものか。
静かな山水の囲む絶景に佇む一軒の家には、底知れない風格があった。
劉秀は臥龍というのは言い得て妙だと思った。ここは龍の巣だ。
最強無敵光武帝は、自分が死んで150年ほどで驚くほど人口が減少し、世が乱れていることを嘆く。
そして、自らの力でもう一度民が安心して暮らせる世の中を築く決意を固めるのであった。