表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第1章 4匹目の龍 【7年後】
19/53

曹操、周瑜と激突


「……これは困った事になりましたな。まさかたった一つの手で、優勢をここまでひっくり返されるとは。

建業への守りの兵は出せない。曹操軍は無視できないとなると、包囲を解かざるをえません」


髭を撫で、陸遜が言った。


「今我々がとれる作戦は、だいたい三つあると思わないか?

上策はこうだ。包囲を解除し、全軍で曹操を討ち滅ぼす。

中策はこうだ。包囲は解かず、三万から四万の兵を出して曹操軍に対抗し、足止めし、あわよくば倒す。

下策はこうだ。全軍撤退し、建業やその他の都市を守備する任務に戻る」


周瑜の出した三つの提案に、呂蒙と陸遜は口々に答えた。


大都督(だいととく)、この呂蒙は中策を支持致します。やはりここは四万を率い、大都督(だいととく)自らご出陣を。

我々は注意深く包囲を継続致します」


「陸遜は上策を支持致します。現在、恐らく……曹操は全盛期をも上回る果断さであります。

いや、むしろ今が全盛期なのでしょう。

十万の軍で確実に殲滅することが必要かと存じます」


呂蒙と陸遜で性格の差が現れた。呂蒙は積極果敢な性格である。

それは、史実で関羽を討ち取った功績からも現れている。

行けると思って奇襲し、確かに関羽を倒した。

それはすごいのだが、しかしこれによって蜀と同盟を組むという、呉にとって唯一魏に対抗できるカードが使えなくなり、呉はその後ほとんど勢力を伸ばせなかった。


陸遜はとにかくリスクを減らし、確実に詰めていくやり方だ。

陰謀策略を駆使し、自らを書生上がりと言うだけあって武人の誇りみたいなものはあまりない。

騙し、謀り、誘い、操り、倒すのが陸遜だ。


夷陵の戦いでも、陸遜はあえて城や砦をとらせて劉備軍を誘い出した。

どれだけ兵が負けても平然としたものである。

その後敵の退路を火計で遮断し、包囲殲滅してボコボコにしたのだ。


三国時代全体を見ても、ここまでのワンサイドゲームは殆ど皆無と言っていい。

そして相手は軍略に優れ、兵力も多い劉備。

その相手を完敗に追い込んだのだ。三国時代でここまで優れた軍略を見せた人間は殆どいない。

陸遜は、紛れもなく三国時代でも三本の指に入る名将だ。


その陸遜の意見も一理あるし、呂蒙の進言も魅力的に思っている周瑜は真っ二つに割れた意見に悩む。


「お前達はそう思うのか……」


「この黄蓋は上策を支持致します」


「この程普、中策を支持します」


「ふ……将軍方も悩まれておるようだ。これは困ったぞ。

こうも意見が割れては、私に託されてしまうではないか」


周瑜は迷惑そうに言うと、少しため息をついたあと、こう言った。


「私は呂蒙の意見に賛成だ。将軍方は包囲を続けてくれ。

この周瑜は、四万を連れて曹操を迎撃する」


「おまち下さい大都督(だいととく)。どうかこの陸遜の意見をもう一度お聞き下さい」


「陸遜、もう決まった事だ。言っておくが方針は変えぬぞ」


周瑜は優しいので、とりあえず陸遜の話を聞くだけ聞いてあげる事にした。

陸遜はかしこまって続ける。


「曹操軍はあれで全軍でしょうか。まだ何か、どこかに伏兵がいる可能性は考えられます。

四万を分割すればこちらの戦力は六万に減少してしまいます」


「城にこもる曹仁の二倍の兵力だ。十分ではないか。

陸遜、そなたはやはり武人ではないだけあって臆病だ。

そのような献策は、確かに暴走を止めるために必要である。

黄将軍(こうがい)も思慮深いのは結構だ。注意深く六万で包囲を続けよ」


周瑜は言うと、早速四万の兵を組織して曹操との会戦ポイントへと機動を開始した。

その日の夜のこと。予定通り、曹操軍から三千騎が夜襲をかけに飛び出した。


「ははは、胸が高鳴る! 孟徳、お前はやはり風雲児だ!」


「か、夏侯(かこう)将軍、声が大きいですぞ!」


徐晃は、騎馬隊の先頭で大声を張り上げ、夜空に向かって曹操への忠誠を唄い上げる夏侯惇に諌言した。


「黙れいッ! 俺達は陽動部隊だろうが!」


「そうですが……」


徐晃が引き下がるやいなや夏侯惇は更なる大声を張り上げた。

星のまたたく夜空に、その声は低く響いた。


「これより夏侯惇軍全兵に告ぐ! 曹孟徳の命令を全身全霊で遂行せよ!

前方、二十倍の呉軍へ突撃を敢行す! 絶望の淵にある友軍に希望をもたらすは今ぞ!」


「ウオオーッ!」


士気高揚し、ときの声を上げて迫る夏侯惇軍は、夜営している周瑜軍へ暗闇から一気に襲い掛かった。


「何事だ!」


周瑜のいない今、代理を務める老将黄蓋が、兜を頭に被りながら帷幕から出てきた。

周瑜軍は予想されていない敵軍の奇襲に大混乱の様相を呈していた。

呂蒙は即座に自軍の混乱した左翼の指揮をとり、類い稀な統率力を見せ、軍を立て直して再編成していた。

これに負けじと、黄蓋は指示を飛ばした。


「皆のもの静まれ、敵兵はものの数ではない。

隊列を組み直し、敵を追撃するのだ!」


周瑜がいない以上、老将に若輩な自分が何を言っても聞き入れてもらえない事は、陸遜にはわかっていた。

陸遜は、ただふて腐れて遠く離れて戦況を傍観していた。


「実にまずい。これは明らかな陽動でこちらを誘い出す罠。

しかも圧倒的に不利な条件がある。まずいぞ……大都督(だいととく)からも、恐らく三日後には敗戦の知らせが届くだろう」


何事にも批判的で悲観的で、冷徹で慎重な陸遜は戦局を分析し、以下のような結論に至った。

まずこの下ヒ城を十万で包囲するにあたり、建業から近いこともあって馬は使っていない。

騎兵がいないといっても連絡用の馬と指揮官が乗る馬はいたが、他はほとんどいないのだ。


騎兵というのは強力な分、当たり前だが馬と人間がいるので、普通の兵の数倍の食料と水を必要とする。

しかも馬は城を攻めるのにあんまり役に立たないので、騎兵を連れて来なかったのは合理的で経済的で、正しい。


しかし、包囲を突破するため曹操が騎兵を交えた軍を出してきた場合、これは大きなハンデとなる。

では何故、曹操が包囲を解除し、曹仁を助けに来ることに対してそれほど無警戒だったのか。


周瑜、呂蒙、陸遜ほど頭のいい人間がいて、何故出し抜かれたのか。


まさか、曹操が宿敵である劉秀と結託し、(きょ)という大事な大事な都を手薄にしてまで向かって来るなど、有り得ないと思っていたのだ。

有り得ないと思っていたというのは正確ではない。

周瑜も呂蒙も陸遜も、そんな可能性は考えもしないほど、この現実は馬鹿げたものだった。


しかし実際に曹操はそれをやってのけた。

曹操は相手の心理を読み切っていたのだ。

この時の曹操は神懸かっているとしか言いようがない。


曹操は、一度は完全に上手を行かれ、完敗したあの光武帝劉秀すら利用してこの大戦略(だいせんりゃく)を構築し、全てを懸けて周瑜を討たんとしている。

この時の曹操の勢いは、赤壁を乗り越えるほどの才能を持つ周瑜でさえ、止められるかどうか。


「何という目がくらむほどの才能なのだ、曹操は?

これが、一介の校尉(こうい)から天下の大半を手に入れた男の本領か!」


陸遜は自軍の負けを半ば確信し、歎きと同時に曹操への強い畏敬の念を感じずにはいられなかった。

そんな陸遜とは裏腹に、黄蓋はこの時、果断にも一万の兵を連れて、押され始めた夏侯惇軍を追っていた。


「逃がすな撃て! 一人も逃がすな!」


夏侯惇軍の遅れた歩兵から次々と黄蓋軍の兵に討たれ、刻一刻と夏侯惇軍は兵を減らした。

この後の展開は、曹操が企図した通りであった。


夏侯惇軍の先頭は、騎兵なので一番早くに小山の陰に身を潜めた。

それに二の足を踏んだ黄蓋は、歩兵が追いついて来るのを待ってから攻め込もうと試みる。

だが、伏兵は闇に乗じて既に黄蓋の軍を殆ど囲んでいたのである。


この包囲を突破できたのは、黄蓋とその周辺の数少ない騎兵のみであった。

他の歩兵は全員がこの包囲の餌食となり、次々と闇の中で殺戮され、騎馬突撃で何とか黄蓋の周辺にいた者だけが包囲を抜け出す事が出来た。


夏侯惇軍は三分の一近くの犠牲を払い、しかし呂蒙軍は八千近くを失い、ボロクズのようになって本陣へ帰還した。

犠牲二、三千と八千では、どちらが勝ってどちらが負けたか言うに値しなかった。


夏侯惇軍の勝利は、さらに精神的な圧迫を呂蒙らの包囲軍にもたらす。

いつまた今回のように夜襲が行われるか、兵士達は戦々恐々となって士気が落ちたのだ。


ただ座して包囲を続け、奇襲をされるのを怯えて待つ呂蒙軍は、包囲に嫌気がさしていた。

曹操はそのために夜襲部隊を出していた。

あくまで、今回の出兵は孫呉軍(そんごぐん)の壊滅ではなく、曹仁のいる下ヒ城の包囲の解除、そして孫呉軍(そんごぐん)を撤退させる事が第一目標だからだ。

冷静沈着な曹操は、決して目先のことに捕われて、本来の目的を見失うことはない。


一夜明け、月は五月に変わった。

昨夜の戦闘で兵を多数失い、呆然として自失している黄蓋。

奇襲により、軽傷を負った呂蒙、程普。暗い顔の陸遜。


既にこの時、夏侯惇ら一万の部隊の大部分は楽進を司令官に移動を開始し、曹操とともに周瑜軍を挟み撃ちにするための機動を開始していた。


呂蒙を筆頭にした呉のメンバーは、今後の方針を決める軍議を開催していた。

皆一様に徹夜の仕事で目にはくまが出来、疲れからか、やつれも見受けられた。


「諸君……大都督(だいととく)の戦略では、あくまでこの城を包囲したまま耐える事が肝要だ。

今我々は確かに窮地に陥っているかもしれない。だが死ぬ程ではない。

したがってこの呂蒙は、大都督(だいととく)のご命令に従って従って従い抜く所存だ」


呂蒙は軍議の最初に自身の立場をこれ以上ないほど明確にした。

一方陸遜と一緒に慎重論を最初に唱えた黄蓋は、やはり反対意見を出した。


「私は反対だ。今なら曹操と戦う大都督(だいととく)を全軍で援護することができる。

下ヒなど今度でもとれるが、曹操の首は今でなくてはとれぬだろう。

呂将軍、これでもまだ動かれぬつもりか?」


陸遜は、正論を言う黄蓋の意見に深く頷いた。

注意深く三国志を読めばわかるが、赤壁で曹操を倒せたのは殆どこの黄蓋の策を周瑜が実行させたものである。

その知性は呂蒙にも全く引けを取らないものだった。


「この程普も将軍の意見に賛成です。曹操が最前線へ出てきているのです。

やはり城を捨て、大都督(だいととく)を援護することこそ賢明な判断。

曹操の首さえとれば命令違反にお(とが)めはありますまい」


「ぐ……どうしても大都督(だいととく)の命令に従わぬのだな?

あの方の能力を信じられんと。大都督(だいととく)にお叱りを受けてもしらんぞ」


「はい、大都督(だいととく)を援護することこそ、まことの忠臣というもの!」


「……わかった」


周瑜は欲を出した。下ヒ城も曹操の首もどっちも欲しかった。

呂蒙もその助力になりたかったが、他の将軍がその気なら呂蒙も折れるしかなかった。

呂蒙は続ける。


「ぐずぐずはしていられない。全軍撤収し、大都督(だいととく)のおられる南の川岸へ行く!」


「はっ!」


かくして孫権の軍は五万二千で城を引き上げ、曹操討伐へと向かった。

下ヒ城は包囲を解除されて歓喜に沸き、閉じ込められていた曹仁らが大喜びで城から出てきた。


惇兄(とんにい)ッ!」


「よく生きてた!」


むさ苦しいおっさん二人が、顔をみるなりガッシと抱き合い、お互いに涙を流した。

周瑜達が引き払った寂しい城の前で、男達は語り合う。


「こうしちゃおれん! 城の中で元気な者から集めろ!

孟徳が十万近い兵に攻め込まれている、行くぞ!」


(おう)、まだまだ我ら意気軒昂! ここは一万で引き続き我らが守る。

二万を連れ、丞相を救援されたし!」


「承知した!」


ここから数時間かけて夏侯惇隊と曹仁隊の二万は合流して曹操救援の軍を編成したのだった。

一応兵士もしばらくの間の籠城で衰弱したものは出たものの、弱った者は城に残して出発した。


そのちょうど同じ頃、五月一日の正午。

周瑜の四万と曹操の三万七千は、川を横目に対峙していた。


周瑜は川を左手に、曹操は川を右手に。これを渡ると建業まですぐである。


周瑜がこの陣形を選び、曹操を迎え撃つ体勢を作ったのには理由がある。

それは、曹操の騎兵を警戒したためである。

曹操の騎兵が、両翼から包囲してきたら兵力の優劣など関係なく周瑜軍は崩壊の憂き目を見る事になる。


だから、周瑜は左翼を川と隣接させることで両翼からの包囲を未然に防ぎ、右翼から来る曹操の攻撃に集中すればいい。


周瑜は右翼に一千五百の騎兵を連れて来ていた。

城を包囲していた孫権軍のほとんど全部の騎兵だった。


一方曹操軍は周瑜の思惑通り川の反対側に五千の騎兵を配置していた。

川の反対側というと周瑜から見て右側、曹操の左手側だ。


両者とも川の側に歩兵を集中させ、反対側に騎兵を出して鏡合わせのような陣形で戦う。

周瑜としてはあえて無理押ししなくても勝てる。

呂蒙らを待っていればいいのだ。

だが、周瑜は功を焦って出てきたので、もちろん曹操との決着はつけるつもりだ。


それは曹操にとって得となるとわかっていても、周瑜は曹操に戦いを挑む。


ここで、史実ではついぞ実現しなかった夢の対決が実現する。

すなわち三国志きっての名将である曹操と周瑜の直接対決が行われるのだ。

赤壁は多くの謀略が渦巻いていたが、今回は全くの一対一である。

曹操は結局のところ周瑜に負ける。

それが史実での曹操の運命である。

そんな運命を果たして曹操は覆せるのか?








しかし三国志後期の姜維や司馬懿、トウガイ(変換できない)、杜預など好きな武将はいるんですが、彼らが一線級で活躍する時代までに、どうあがいても光武帝が終わらせてしまうから書けない。

光武帝が強すぎてまともに長編に出来ない……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ