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三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
第1章 4匹目の龍 【7年後】
18/53

曹操、覚醒

前回までのあらすじ


死ぬほど強い光武帝に、【陸の赤壁】とも言える一大決戦で負けた曹操は荊州全土を失い、更にはあの呂布と攻防戦を繰り広げたことでも知られる下ヒ城を守る曹仁が、周瑜らの率いる孫呉軍十万に攻められていた。


曹仁から救援要請が来たものの、曹操はすぐ南にあの恐ろしい光武帝がいるので、城を空けて援軍を出すことを躊躇する。


しかし曹操は勇気ある決断をした。今は劉備の配下として荊州を守っている光武帝と和睦し、曹仁の救援に五万の兵で向かうのだった。


曹操が五万の兵を出し、城ががら空きになったが、光武帝は「俺は勝利を盗まない」として、城を攻めなかった。男前だ。


「面白い。じゃあこうしよう。(きょ)に駐屯している兵を出してはどうかな?

我々は動かない。空いている城を襲ったりはしない。不満かな?」


「で、ですがそれは……!」


「お前の言いたい事はわかる。信用出来ないって言うんだろ?

なら言っておく。この俺は勝利を盗まない。

なぜなら正面切って戦えば必ず勝てると確信しているからである!」


劉秀は圧倒的な強者の余裕を見せつけた。

ニヤッと笑って使者の肩を叩いた。


「さぞ疲れたろう。飯を食ったらすぐ許の方へ行ってこい。

事は急を要する、我々は邪魔をしないから、あとはお前達次第だ」 


複雑怪奇な外交事情だ。今、西の方では明確に『劉』と『曹』が敵対しているのに、今ここでは下ヒ攻防戦で『曹』と』『劉』が協力し、『孫』と戦っている。


劉秀の考えでは、今は孫と関係を悪くしてでも奴らの力を削ぐことが重要と考えていた。

漢中さえとればあとは涼州をもとり、曹操包囲網を狭めていくだけだ。


逆に、使者の言う通り孫にこれ以上調子に乗らせてはならない。

周瑜、呂蒙、陸遜のいる今の孫軍は侮れない実力がある。

この上力をつけさせては、弱っている曹操よりも邪魔となる。


以上の事から劉秀は使者を送り出し、甘寧、魏延にも専守防衛を命じた。

確かにこのまま、だまし討ちで許を落としに行ってもよかった。

だがそれは守るところが増える事を意味し、いくら劉秀でも守備範囲は限界があった。

あまりにも越権行為すぎる。

もしこの場に孔明がいたら、やはり軍を動かしはしなかっただろう。


その直後、許にたどり着いた使者はそこにいた曹操にもこの話を通した。

曹操はすぐさま許にいた信頼する部下全員に意見を求める。


「皆のもの、これは重大な決断だ。そして時間制限もある。

今日中にでも決めねばならん。劉文円を信用して兵を出すか、それともこのまま曹仁が飢えて死ぬまでここにいるのかを!」


曹操は床几に座っているが、拳をギュッと握り、唇を噛んでいた。

そうでもしないと涙が出そうだった。曹仁が包囲されたと聞いて以来、夜もろくに眠れず、ずっと戦友の心配をしていた。


夏侯惇はそんな主君を、親友を見ていられなかった。


「丞相! 劉文円は劉備が漢中を攻めている間、荊州を守るのが役目。

命令違反して勢力を拡大したくないというのは信じていいかと!

曹仁を救出致しましょう。ここは打って出るのです!」


(とん)、気持ちはわかる。だがこの許はまだ天子もおるのだ。

危険に晒す訳にはいかぬ……近いうち遷都ということになるだろう」


ここで、初登場となる荀イクが意見をした。

荀イクは有名だ。

曹操すら超える頭脳と人脈を持ち、したたかな政治力を持つ人物だ。

大局を見据えた戦略眼は群を抜いており、戦略と政治の荀イク、戦術指揮の天才荀攸と綺麗に役割が分担されていた。

曹操配下の文官としては、まず第一級の人物だ。


「荀イク、申してみよ」


「丞相、思いますに、劉文円の言うことは本当でしょう。

本心から曹軍などいつでも勝てると思っているのです。

奴には実績がありますから。ですから、やはりその言葉は信じてよいかと」


「叔父上と夏侯将軍の意見にこの荀攸も賛成です。

丞相、正直な話、許を捨てるか曹将軍と下ヒを捨てるか、究極の選択を迫られている時点で既に負けているのでしょう。

もはや一か八かの賭けを行う時。五万の兵を出しましょう、丞相」


「わかった。反対意見の者はいるか?」


いなかった。英雄曹操の配下に、曹仁を見捨てる事をよしとする腰抜けがいるわけがなかった。

曹操の決断は実に速かった。


「よし。五万の兵を出す。この曹操自ら出る。文句は言わせん」


いつもは、こういうとき荀攸や夏侯惇が諌めるところだ。

しかしこの時の曹操は、まるで若い頃の覇気に溢れていた曹操に戻っているかのようだった。

その目は全員を射すくめて口を封じ、いつしか曹操の頭痛も消えていた。


官渡以来久しくなかった頭の冴えが戻ってきているのを曹操は感じていた。

曹操は、思えばあまりにも強くなりすぎ、安穏とした精神状態に()してしまっていたのではないか。


曹操のような賢人によくあることだが、彼は死ぬほど退屈していた。

全部予想が付く。世の中馬鹿ばかり。権力者の愚行には呆れて物も言えない。

そんな中で仲間も自分の命も誇りも全部をチップとして賭けたギリギリの生き方に退屈を振り払う快感を見出だしていた曹操が、安全なところから命令だけ出すという生き方に、堕してしまっていたのだ。


曹操は腐り、風雲児曹操は宮廷とその中の権力に殺されたのだ。


もはや何の手だても打てないほどに追い詰められた曹操の中で、眠っていた膨大な戦いの記憶が蘇っていた。

窮地に陥った曹操は、これでようやく往年の姿を取り戻す。


久しく着ていない甲冑を纏い、曹操は号令をかけた。


「何だ、ひどく簡単な事だったじゃないか。行くぞ、そして勝つ」


断定的な口調だった。その声は聞く者全てを安心させた。

ああ、この人についていけば間違いないのだと。


「丞相! あなたは、あなたはまさしく曹孟徳だ!」


夏侯惇は感動のあまり、ひざまずいて拱手をした。

中国人にとって、最大限の礼である。

曹操はこれに対し、久々に笑顔を見せた。


「泣くな(とん)、曹操は曹操でしかない。そのことを奴らに教えてやろう」


夏侯惇は、今や片方の眼球をもたないにも関わらず、両目からは涙を流していた。


「この戦、必ずや勝つであろう……!」


感動に声を震わせる夏侯惇は、それ以上言えなかった。

曹操は苦笑してその震える背中を叩いた。


ここから曹操は一週間かけ、許を息子達と荀イクらに預け、行軍を行った。

目指すは徐州、下ヒ城。

曹操が曹仁救出のため、大きく士気の上がった兵士を連れて東へ東へ進んでいる頃、もう一つの戦場でもいよいよ戦が始まろうとしていた。


荊州から出発した十万の兵が、益州兵と合流し、軍議も重ね、ついに漢中の見える位置へとたどり着いたのである。


本来漢中の争奪戦は大規模な戦争であったが、この戦いは史実とは少し様子が違っていた。


まず益州兵と合わせて劉備軍が十五万という大軍であること。

敵は同じく十五万ほど。ただし敵が戦力をいくつかの場所に分散配置しているのに対し、劉備軍は一塊であるという事は長所だ。


史実よりかなり若い法正は、曹操軍の主力は遥か東に釘付けであることを理由にこの戦いに勝てるとし、次のような作戦を指示した。


「劉皇叔、まず敵は陽平関にあり、ここを落とすことが最重要。

何度も例えられるようにここは喉元にあたりますから。

更に同時進行し、 武都にも進軍しこれを落とします」


法正の言うことを、劉備はなぜかよく聞く。

彼と諸葛孔明と龐統が知恵を出し合い、練り込んだ珠玉の作戦は曹操軍を砕いた。


とはいえ史実では何年もかかる大戦。だからこそ劉備が勝ったときのカタルシスも大きい。

だが、ここではカットすることにする。


今、西よりもむしろ東で大戦が起きているのである。


許を出発した曹操の心に、残してきた天子や妻子の心配はなかった。

彼の頭の中には、まるで若い頃に戻ったかのように野心と勝利への確信と、そして知略だけがあった。


自ら行軍の先頭に立ち、馬を歩かせる曹操は、司馬懿にも劣らぬ神速の行軍を見せていた。


許からは、下ヒまでだいたい400kmほどある。

これを歩きで行くのだから信じがたい話だ。

しかも一日50kmという猛烈なスピードを維持し、わずか一週間とすこしでたどり着いたのだ。


司馬懿は孟達の裏切りに際し電光石火の行軍でこれを叩いたと言うが、それをも上回るような電撃的機動だった。


既に老齢の曹操が、身体に鞭を打ってこの無茶な旅にゆく様は否応なしに曹操軍の兵士を勇気付けたからこそのことだ。

忘れていた戦いと旅の記憶はこの八日間の間に数限りなく思い出され、曹操は日を追うごとに疲れるどころか笑顔がよく浮かぶようになっていた。


最前線の偵察部隊の報告により、周瑜の軍の偵察部隊がいる位置までようやく到着した曹操は、にやりと笑って五万の兵士にこう言った。


「お前達、今日は一日休め。明日から攻撃である」


曹操はすぐ近くの街に兵を駐屯させ、炊事の煙りで兵がいることを周瑜に悟らせないようにした。

自分は従軍してきた部下と軍議に臨む。

会議は街の外の帷幕(いばく)の中で開催された。


「いてて……久しぶりの馬は腰に負担が来るなあ、(とん)


曹操は本音か冗談かわからない愚痴を言いながら即席の椅子に腰掛けた。


「丞相、我等は五万。敵は十万でございますぞ。

軍議ほど重要なものもありません。ていうかしっかりしろ孟徳!」


「わかっている。荀攸、例のものを」


「はっ」


曹操軍の参謀筆頭である荀攸が床几の上に地図を広げ、いくつかの点を指でさしながら説明を開始した。


「下ヒ城はここ。ここはその西にある小山の陰。

城からは隠れた形の街に我々はおります。

ここから出れば確実に敵から発見されます。

隠密行動で敵を奇襲は相当難しいかと存じます」


「荀攸の言葉に一つ、つけ足すなら……敵は包囲戦中で実に退屈し、士気が弛緩している事にある。

それに……こちらが有利な点もある。

まだ全く発見されておらず、敵もまさかここに我々がいるとは思いもよらぬ点だ」


「丞相、やはり行軍中も策を練っておられたようですね」


荀攸は、あの頼もしい無敵の曹操が帰ってきて実に喜ばしそうだった。


「まず騎兵のみを選出し、三千騎を出し敵を夜襲せよ。

敵を撹乱したあとはこっちへ逃げてこい。

敵は確実にこう思うはず。曹操は急いで行軍速度が速い騎兵だけを出してきた。

何のことはないから、一万ほど出してあのうるさい騎兵隊を始末するだけだと」


「なるほど……」


いつもは献策する立場だった荀攸だが、他の将軍と同様、今は曹操の逞しい声に聞き惚れていた。

言う通りにしさえすれば上手く行くと、根拠もなく誰もが思っていた。

曹操はこの時、荀攸や夏侯惇、張遼を惚れさせた若い時の(ほとば)しるカリスマを取り戻していたからだ。


郭嘉亡きあと劉秀に大敗し、自信を失っていた曹操にようやくそれが戻った。


「撤退する騎兵隊を追う一万、もしくは数千の兵は山に潜ませた伏兵が奇襲し、これを壊滅させる。

頭のキレる周瑜ならこの一回で学習し、下ヒ城の西側の山を警戒するだろう。

この曹操はその間に南側から迂回して敵の虚をつく」


これを聞き、荀攸は目を剥いて驚いた。奇想天外にもほどがある作戦だ。

例をみない規模の大機動。荀攸は慎重論を唱えた。


「丞相、そのような複雑な作戦は遂行困難です……」


「だからこそ相手に読まれにくいのであろう、荀攸。

徐晃(じょこう)、お前は(とん)の副将として三千の騎兵を率い、明日の日付が変わる頃に、城を包囲してる敵を夜襲せよ」


「はっ」


「承知」


楽進(がくしん)荀攸(じゅんゆう)はここで一万の兵を指揮し、夏侯惇、徐晃隊を追ってきた敵を奇襲せよ」


「承知しました……」


「残りはすべて曹操が率い、南から回り込んで敵を叩く。

敵は恐らくこちらに気づき兵を割る。お前らはそれを追え、以上だ」


かくして作戦は決定し、曹操は翌日の朝にはもう兵士を率いて、周瑜に見つからないよう大きく迂回をして敵の側背に回り込む機動を開始した。

だがここは、非常に平坦な土地柄で農業をするにはいいが、戦争はすこしやりにくい。


そのため曹操も見つかった時のためのプランを用意していた。

曹操は大規模な機動で周瑜軍の周りを時計回りに回っていくが、そのことは初日でバレていた。


周瑜は曹操四万の軍が下ヒ城を包囲する自軍に攻撃を加えようと移動している事に初日で気づき、対応を呂蒙、陸遜達と協議した。


「曹操は南側に機動しています。一見こちらを攻撃しようとしているように見せています。

しかし考えてもみて下さい。ここから南には何がありましょう?」


陸遜に言われて初めて周瑜は、この下ヒの南に何があるか気づいた。


「南には建業がある。陸遜、つまりお前はこう言いたいのか?

曹操は、こちらの背後に襲い掛かる……と見せかけ、建業に攻撃を加える気だと?」


「はい。少なくとも、そう見せ、こちらを動揺させるつもりは十分あるかと」


呂蒙は曹操の天才性に思わずうならされた。

孫権にとって大事な大事な都市であり、遷都も考えている建業を攻撃されるかもという焦りで判断ミスを誘うのも曹操の思惑のうちだ。


「う、うむ……さすがは乱世の姦雄。瞬く間に戦場の主導権を握り、兵力はこちらより下ながら優位に立ったか。

提督、これは一大事ですぞ。今すぐにでも建業に守備兵を送らねば!」


「……出来んのだ!」


床几を握りこぶしで叩き、周瑜は額に青筋走らせ怒りをあらわにした。

一瞬にして、呂蒙と陸遜は緊張感のあまり呼吸まで止める。


「考えてもみよ。荊州の劉文円は曹操と繋がっているのだ。

だから、曹操は(きょ)を空にしてこっちへ向かって来るという真似が出来た!

荊州への警戒を行う軍を動かすような真似は出来ぬ!」


周瑜は正しい。劉秀は今、曹操と間違いなく協力関係にある。

その劉秀は、目の前の(きょ)が空っぽだし、曹操軍の自由に動かせる兵力はもう全くないので、やろうと思えば曹操の領土に侵攻するも、孫権の方に侵攻するも自由である。


だから孫権軍としては、荊州からの兵に対して守る兵を置かねばならない。

そうなると、大事な建業を守れる孫権軍の自由な兵力はもうない。

だから、曹操軍には今すぐ対処せねばならないのだ。


これぞまさに、大局を見据えた大きな戦略の一手。

曹操は神のごとき一手を指し、盤上を大きく揺るがしたのだ。

今、曹操の思考は全盛期よりも老練で鋭くなっていた。 


曹操がこれほどの能力をいきなり開花させたのには理由があった。

曹操は他人と競争し、これを負かすことこそが生きがいの男だったのだ。


だが天下最強の男となった曹操は急にあることに気がついた。


「ーー相手がいない」


劉備も孫権も相手にならない勢力しか持たず、天下の趨勢は決まっていた。

競争相手がいない。だが、己がもう一度挑戦者になれたことが曹操はこの上なく嬉しかったのだった。

果たして、劉秀ですら今の曹操を止められるかどうか。

やっぱり、最強無敵の光武帝が連戦連勝するのもいいけど、三国志の主人公は曹操みたいなところありますからね。


それに、敵と敵同士の戦いって燃えるもんね

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