光武帝、名言を放つ
「張松、ここ荊州は二十万の軍を養える。
十万の兵を出すから兵糧代だけは出せよな」
「それはもう……はい! 必ず迷惑はかけません!」
「よし。関羽、張飛、黄忠、趙雲、孔明。
龐統も向こうで待ってる。一月以内に十万の兵をまとめ、お前達で出陣しろ。
この劉備も出るぜ。荊州の守りは劉修を中心に行え。
魏延、甘寧。荊州はお前らの肩にかかってるぞ」
「はい!」
「なら主君、少し二人を屋敷に招いても?
二人とは少し別のところで飲みたいと思います」
「ああ、好きにしな」
「では失礼」
劉秀は漢中攻めに連れていってもらえず不満だったが、仕方なく魏延と甘寧を連れて屋敷へ移った。
この屋敷は城の中にあり、使用人が数人いる質素な家だ。
劉秀は、部下に悪いので急いで食材を買って来させて新しく料理を作らせながら、つまみと酒をもって魏延と甘寧に対峙していた。
「二人とも、この劉修の麾下に置かれたからにはわかっているな?
死ぬほどこき使って手柄を立てさせてやるからな」
「感謝します……」
「魏延、そなたは裏切り者で軍師孔明から嫌われていた。
しかし、この劉修はそなたに軍事の才能ありと見込んでいる。
もちろん甘寧もな。お前達を手中に収めたのだ。
まさかこのまま何も動かず国を守るだけで終わるわけがないだろう」
「し……しかし……軍師にも主君にも、荊州を守れ以上の指令は出ておりません」
魏延は真面目な性格だ。だが劉秀はこの意見を否定した。
「今や、曹操軍の勢いはなく合肥は孫権の手におち、徐州も侵攻されているとか。
天下は三分ではなく劉と孫で東西に二分されようとしている。
曹操は恐らくこちらに手を回すだけの余裕がないだろう。
孫権への警戒を行いたいが、露骨に警戒してもアレだからな」
合肥の戦いの張遼がありえないぐらい活躍したのは有名だが、今回の曹操は張遼を失った事で合肥も失っている。
続いて徐州への孫権軍の北上を許し、いよいよ大変なことになっている。
何しろ荊州全域をとり、洛陽のすぐ側まで劉備軍が迫って来ているのに、劉備軍にも孫権軍にも対処仕切れていないのだ。
この情勢を踏まえ、劉秀は部下に言う。
「最前線である新野は私が。孫権側には魏延、そなたが行け。
長沙を念のため守れ。江陵は甘寧。
何もないとは思うが……まあ一応、曹操の動き次第だな」
「承知しました将軍」
「御意」
「主君が漢中を手にすればいよいよだな。
西から主君が曹操を攻めるのだ。その間我々は荊州を死守するのだ。
重要な任務である。わかるな、二人とも」
魏延も甘寧もまっすぐに頷いた。天下は目前であると二人はわかっているからだ。
全ては時間だ。じりじりと領土を削られていく曹操は気の毒だが、気にしている場合ではない。
今や、劉秀のせいで曹操は急速に領土を奪われているが、このあと、劉備軍は曹操と孫権とも戦わねばならない。
名将周瑜も陸遜も健在である。
周瑜も孔明との攻防戦でストレスを受けている訳でもない。
また曹仁とも戦わないので体は健康だ。
さて、劉秀は非常に頼もしい仲間と一緒にそれぞれ分散して守りに入った。
これなら関羽のように荊州を失ったりは間違ってもしないであろう。
優秀な司令官に荊州を任せた劉備軍は十万もの精鋭を率い、益州へとついに足を踏み入れた。
その途中、決して劉備軍は周辺住民に危害は加えなかった。
劉備が勢力を増して漢中の張魯へ圧力を強めている頃、史実とは全く違う新たな歴史によって、周瑜と曹操軍の全面的な対決が行われようとしていた。
そもそも曹操軍は、名将張遼、曹洪、そして七万の兵を失う大敗北を喫した。
その後、劉備と連携される前に馬超らの反乱は何とか和睦まで持って行ったものの、劉備、孫権の勢力を押さえつけることは出来ていなかった。
今や、史実では孫権軍がずっと突破できなかった合肥をもとり、徐州へと孫権軍は侵攻している。
その徐州の城といえば、三国志マニアならご存知の通り。
あの呂奉先の捕らえられた地であり、水攻めや包囲戦などの高度な戦術が繰り広げられた下ヒ城がある。
この城を、国土の最終防衛ラインと捉え、何としてもここを守り抜けと厳命を下されている軍があった。
半分軍師で半分将軍の程イク、守備の名将曹仁。
更に三万の軍でここを死守していた。
「見えてきたな」
ここへ十万の兵をもって攻めてきたのが、赤壁をぶち壊され、活躍の場を奪われた光武帝の被害者、周瑜だった。
史実では江陵にて激突する曹仁と周瑜だが、今回は下ヒである。
水攻めを受けたように、ここ下ヒ城は川が近い低湿地にあった。
この城を守るは急速に領土を失いつつある曹操軍の名将曹仁。
彼は三万で城を守るが、この城が決して不落の城でないことは実証されている。
十万の兵で攻め立てられた下ヒ城は、一瞬で包囲を受け完全に孤立した。
ここを落とされればもはや曹操は終わる。
逆に周瑜と孫権は、天下で特に豊かで先進的な東側の地域を独占し、劉備の蜀と天下を東西に二分することになるだろう。
中国史上、恐らく空前にして絶後。
南北ではなく東軍と西軍に分かれた激突の時が近い。
それを阻止すべく曹操軍は、今は張魯に援軍を送っている最中だ。
この漢中を劉備にとられれば、やはり非常に苦しい立場となるから張魯を助けてやるのだ。
しかもあの武名天下に轟く大将軍、劉文円が許の都の目と鼻の先である荊州北部に来ている。
ここにも兵力をおいておかねばならず、曹操軍は戦力を三分割させられている。
だから今、曹操軍に出せる兵力はもう殆ど残っていない。
曹操は絶望的な気分で曹仁が城を守りきってくれることと、そして劉秀が攻撃して来ないことだけを願っていた。
だが曹仁と程イクは頭の切れる人物である。
援軍の望みがない籠城という絶望的な状況を一変させる逆転の手を思いついた。
曹仁は、一人の使者を囲まれている城の搦め手から送り出した。
「ん? 使者が出て来たな」
周瑜は気づき、副将の呂蒙とともに、使者を陣営に通して話を聞くことにした。
四方八方を十万の敵に囲まれながらも、曹軍の使者は肝を据えてこう言った。
「周将軍、司令官曹仁よりの書状を預かって参りました」
「見せてみよ」
周瑜は強引に使者の手から書簡を奪った。
「……今すぐここから撤退し、逆に十万の兵でもって劉備軍、荊州を攻められよ。
我が軍は決して手出しをせず、孫とも同盟を結ぶ、か。
荊州をとるなら、こちらも加勢すると言っている」
これを見て呂蒙は周瑜にこう進言する。
「提督、今劉備は漢中を攻めており、確かに曹仁の言う通り好機ではあります。
ここは曹操軍を利用するべきではないでしょうか?
弱っている奴らなどいつでも滅ぼせます」
「ううむ……少し軍議をするか」
周瑜は呂蒙、そして従軍してきた程普や黄蓋等とともに軍議を行うため、将軍を召集した。
やはり周瑜としてもこの話は魅力的に映っているらしい。
「諸君、曹仁より協力関係を結びたいとの書簡が届いた。
我々は包囲を解き、荊州の劉備軍を討ちに行くべきかいなか、ここで決める」
まず発言したのは呂蒙。先ほどと同じ事を言い、将軍達の前で立場を明確にした。
「提督、私は劉備こそ今や最大の大敵と考えます!」
一方、従軍してきているまだ若い幕僚の陸遜もいた。
彼は名門出身の幕僚で(軍で実際に戦う以外の仕事も担当する人のこと)、孫権も将来を嘱望している男だったので、軍議にも見学という形で参加していた。
だが貴族や名門の子弟が軍議を見学というのはよくあるものの、意見するなど前代未聞だった。
とはいえもちろん、彼は周瑜にも劣らない軍事の才能を持つ。
「提督、将軍方、幕僚の陸遜と申します。私にも意見がございます」
ところで、陸遜は年を取ってから改名し、この時点での名前は陸議らしい。
しかしここでは、一応陸遜で通しておく。
「若僧は黙っておれ」
と程普は言ったが、周瑜は陸遜の度胸を認め、面白がってこれを許してあげた。
「よほど意見に自信があるとみた。陸遜、申してみよ」
「申し上げます。劉備軍は、漢中で曹操軍、張魯軍との戦に臨んでおります。
しかし、益州では大変歓迎され乱暴狼藉の類は一切なく、益州の土地を奪う気は毛頭ないようです。
この情報を見ますに、益州からは、荊州の危機に応じて援軍が到着すること間違いございません。
劉璋が劉備の方を信頼し、我々や曹操を拒絶するのは当然でございますから」
「この周瑜もそう思っていたところだ。陸遜には見どころがある」
「恐れ入ります。加えて敵将劉文円は、武勇はあの関羽、張飛に劣らず軍略は曹操を遥かに凌駕します。
曹仁にさえこうして包囲して死ぬのを待たねばならないのです。
益州からの援軍が到着するまでに我々が劉文円という男を仕留められるか、甚だ疑問であります」
「無礼者が、このッ!」
呂蒙ら陸遜より年配の者は、自軍の大将周瑜の腕前を疑う陸遜の言葉に腹を立て、処罰さえしようとした。
しかし陸遜を、周瑜はかばい立てする。
「待て、陸遜の言うこと私はもっともだと思っている。
敵も当然備えはしている。劉文円という男に興味はあるが、今は雌雄を決する時ではない。
主君の命令を守り、曹仁を倒して下ヒをとるのだ」
「しかし提督!」
「なら曹操の十万の軍を三万で破った劉文円が守る城を、一月以内にとれる自信があるのか?」
呂蒙は沈黙した。周瑜の言う通り、劉秀を倒す自信のある者などここにはいない。
加えて時間制限もある。この沈黙を議決と解釈した周瑜はこう言った。
「使者を呼べ」
引き立てられて来た使者に周瑜は告げた。
「お前を殺すのは簡単だが、生きて帰してやる。
城へ戻って伝えろ。周瑜は曹仁が一刻も早く賢い決断をすることを望むと」
使者は無傷で帰され、曹仁の起死回生の作戦が無に返った。
曹仁の落胆は計り知れようもない。
だがそんな彼に程イクは懸命な献策で励ます。
「将軍、まだ負けと決まった訳ではありません。援軍は他にもいます
ぞ!」
「援軍……? そんなものどこに? 丞相は寝込んでおられる。
兵はもうほとんど出払っている。一体どこに!?」
「許のすぐ近くにいるではないですか。劉文円という男が。
どうせ手詰まりなら援助を求めて見ては?」
曹仁は、こんな明らかな苦し紛れの策をとることに若干の抵抗があった。
恥ずかしいし見苦しい。だが、背に腹は代えられない。
わらをもつかむ思いで曹仁は程イクの献策を受け入れた。
「うむ! 劉文円という男は孔明の命令すら聞かぬ暴れん坊だと聞く。
もしかすると独断で何かをしてくれるかもしれん!
よし軍師、書状を書くぞ」
「承知いたしました!」
程イクと曹仁の顔に久しぶりの笑顔が戻り、早速書状を携えた使者が包囲をギリギリかい潜り、地理的に近い江夏へ向かった。
そこで劉備軍の守備隊に捕らえられた使者は、続いて劉秀のいる新野まで連れて来られた。
この間、およそ一週間であった。
紀元210年の4月の事だった。
「して、何の使者だお前は?」
城主劉秀の前で使者は土下座し、書簡を渡してからこう言った。
「下ヒで攻撃を受けている曹仁よりの使者でございます」
「援軍を出せというのか?」
「はい。周瑜率いる孫権軍は勢力を伸長させております。
もし下ヒが落とされれば劉玄徳殿の軍が我々を襲うより早く、孫権軍が我が領土を侵略することでしょう」
「あっはっは、酷く面白いぞ。こんな命乞いを受けたのは初めてだ、あっはっは!」
劉秀は腹をかかえ、目尻に涙をためて大笑いをし、使者を侮辱した。
ひとしきり満足するまで笑ってから、劉秀は震える声で言った。
「面白い。じゃあこうしよう。許に駐屯している兵を出してはどうかな?
我々は動かない。空いている城を襲ったりはしない。不満かな?」
「で、ですがそれは……!」
「お前の言いたい事はわかる。信用出来ないって言うんだろ?
なら言っておく。この劉修は勝利を盗まない。
なぜなら正面切って戦えば必ず勝てると確信しているからである!」
劉秀は圧倒的な強者の余裕を見せつけた。
ニヤッと笑って使者の肩を叩いた。
なんか、誤字報告ですら、それだけ真剣に読んでくれている人がいると思うと嬉しい




