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三国志の乱世を見てご先祖様が歎いておられるようです  作者: ニャンコ教三毛猫派信者
序章
1/53

プロローグ

三国志全く知らない人でも最低限説明を。

プロローグ



およそ二千年前、光武帝・劉秀という人物が後漢帝国を作り上げた。


この男、二十代で戦乱に身を投じると三年ほどで皇帝になり、その後十数年で中国全土を平定。

統一以後は戦争をせず、毎日皇帝として忙しく働いた。


奴隷民を解放し、全国的な検地を実施し、義務教育を奨励。

更に減税に取り組み、周囲の異民族ともそれなりに平和的に上手くやった。

識字率は上昇し、治安は良化し人口も爆増したという。


とまあ、実績をあげれば枚挙にいとまがない。

政治でも軍事でもハンパない実績をもつ史上屈指の中華皇帝が光武帝・劉秀なのだ。



余談だが死の直前の光武帝の最晩年、遥か東にある島国がまだ一つにまとまる前、使者が送られてきたので、金で作られた「漢委奴国王印」を送っている。

我らが日本の歴史に初めて登場する実在の人物こそ、光武帝なのである。


しかし彼の死後百年が経過すると徐々に国は乱れてゆく。


宦官(かんがん)と呼ばれる官僚が皇帝を弄び、酒や女、美食などを年少の時から覚えさせ、腑抜けにさせるのだという。

宦官は皇帝の権威をかさに着て暴虐な政治をした。

宦官の政治に不満が爆発した民衆はいくつかの新興宗教に頼るようになり、五斗米道などは漢帝国公認の独立勢力になるまでになった。


しかし同じ新興の宗教でも黄巾賊などと呼ばれる勢力は民衆を暴徒に変え、これの討伐に多くの群雄が立ち上がった。


本編では息子の代しか描かれない、孫権(そんけん)の父親・孫堅(そんけん)

本編でも最強の敵の一人として劉備の前に立ちふさがる曹操(そうそう)、あざなを孟徳(もうとく)

そして、戦争を生業とする複雑怪奇な人格の男・劉備(りゅうび)、あざなを玄徳(げんとく)


また、劉備の親衛隊上がりで劉備を兄と慕う二人の義兄弟、関羽(かんう)張飛(ちょうひ)もこの頃から劉備と一緒に戦っていた。

この二人は同じ時代の人間から惜しみない賞賛を受ける英雄だった。


その後二十年あまりの間に曹操が凄まじい勢いで勢力を広げ、ほぼ天下をとった。

それに対して劉備ときたら、せっかく関羽張飛を持っていながら二十年以上も流浪の旅を続けていた。


劉備はいつしか五十にも手が届く年齢となっていた。

そんな劉備に、予期せぬ出会いがあった。


その男は劉修(りゅうしゅう)、あざなを文円(ぶんえん)と名乗った。


この男、中国史上最強の皇帝のひとり、光武帝である。

彼はどういうわけか若返った上、タイムスリップしてきたようだ。

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