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2.関東大会決勝戦(2)

「GO!」


 開始のゴングと同時に木崎が指示を飛ばす。

 前衛のリビングアーマーが左右に割れてドラゴンの射線が通り、短く溜めを作ったドラゴンが口を開く。

 そこに、赤々とした炎が渦巻いている。

 木崎の初手はドラゴンの必殺(ブレス)


「盾ッ!!」


 優介は、予め決めていたブレス対策の指示を叫ぶ。

 オーク(アルバート)が仲間を守るように前に出て、左手の大きな盾を叩きつけるように地面に下ろし、腰を低くし構えた。 


「ガアァッ!!」


 ドラゴンは地響きのような轟音をもって炎を吐き出し、優介の陣営を一直線に襲う。

 

 一瞬の間を置き、炎と盾が激突した。

 防がれた炎は衝突地点を中心に盾の面に沿って広がり周囲に散っていく。

 だが、散った炎の周囲が揺らめく。ゾッとするような熱量だ。


(頑張ってくれ!)


 更に姿勢を落とし踏ん張っているアルバートと、それを支えるようにして必死に耐える仲間の姿に優介は祈るように拳を握った。

 だが、炎は勢いを増しどんどんと太くなっていく。

 そして、最大になった巨大な炎は盾をも超えて包むようにして優介の仲間たちの姿を隠してしまう。

 優介が驚愕に目を見開く中、飲まれゆく途中で杖を構えたエルフ(イヴ)がちらりと見えた。


「なっ! 想定以上かっ……!」


 リング四隅に立てられたポールは、リングを取り囲むように透明なシールドを張る装置だ。攻撃が外部に漏れないようにするためと、リング内の"魔素"を漏らさないための二つの機能を兼任している。

 そのシールドに当たり、眼前で拡がった炎に照らされた優介は拳を握り、自分の思考の浅はかさを悔やんでいた。

 ブレスの威力が想定を大きく超えていたのだ。

 

「チクショウ! あれか!」


 もう一度ドラゴンを見据える。

 その首元ではアクセサリーに付いた宝石がキラキラと赤い光を放っていた。

 魔法道具。恐らくは、ブレスか炎系の威力を高める類のものだ。


 木崎のドラゴンは今まで同じアクセサリーを付けていたが、それは身体能力を上げるもので宝石の輝きが違う。

 今回見る赤い輝きは初見のもので、このブレスで決める腹なのが窺えた。


「開幕から木崎選手のドラゴンによる強烈なブレス攻撃が炸裂~! これはイヴちゃんピンチ!? あたしのイヴちゃん~!!」

「うぉおおおおお!! これは決まったんじゃねえか!?」


 解説のお姉さんはイヴのピンチに悲鳴を上げるが、観客はドラゴンの圧倒的な火力に歓声を上げる。

 ドラゴンの後ろで諸手を上げた木崎は、勝利を確信した笑みを浮かべていた。


 仲間の無事を祈る優介は拳を握り、長く感じる短い時間を耐える。

 そして、優介の心に不安が浮かび、(てのひら)に汗をかきだした頃になって、ようやく炎が弱まりを見せた。

 徐々に細くなる炎。

 その中から、角ばった盾の輪郭が現れた。

 そして次の瞬間、炎の内側から押し上げるように風が巻き、炎を上に霧散させて優介のモンスターが現れる。

  

「おお~!! もの凄いブレスでしたが、見事凌ぎました~! ……イヴちゃん、良かった。さあ、ピンチの後にはチャンスがある!? ここから反撃が始まるのか~!!」


 イヴの無事を確認した解説のお姉さんはマイクを握り、反撃を熱く所望する。

 

 優介は前回ブレスを避ける選択をして失敗していた。

 だから、雪辱を晴らすために今回は正面からねじ伏せたいと考え、そのためにドラゴンのブレスに耐えられる盾を用意し、真っ向勝負に出たのだ。

 ブレスが強化されているという想定外もあったが、見事に勝ってみせたことで胸の内は少しスカッとした。――だが、盾の表面は溶けているため、もしも二撃目があれば耐えられない。

 だがこれで、と優介は仲間たちに強い視線を送る。

 

「――反撃だ!!」

 



「……ふぅ。熱いのはあまり好きじゃないですね。さぁ、まだ始まったばかりです、気を引き締めて。優介の作戦通り行きますよ!」


 優介の熱い視線を背に、イヴは頬に(したた)る汗を手で拭う。

 視線の先にいるドラゴンを睨み付けた彼女は思う。どうしても倒したい、と。

 この一戦のために数週間も苦労してきた可愛い優介のために、何としてでも。

 そして、彼女は視線をウルフ(ギン)ケット・シー(ポチ)に移し、勝利のための行動を開始する。


「【風よ、速さを願う】」


 杖を前に突き出し、イヴは祈るように願いを紡いだ。

 彼女の願いは周囲の"魔素"に干渉し、緑光を纏った小さな風を起こす。

 その小さな風はギンとポチを優しく包み、力を緑光と共に託すと儚く消える。


「ギン、ポチ、行きなさい!」


 速度上昇の魔法を纏った二人は薄緑の光を靡かせ、二体のリビングアーマーに向かい弾丸のような速度で飛び出した。




「ハッ! ボクにかかればこの程度造作もにゃい。フッ!」 


 ポチが突っ込むなり、細剣を閃かせ格下のリビングアーマーの盾を腕ごと斬り飛ばした。更に反撃で振るわれた剣を難なく躱し、お返しとばかりに蹴りを入れ吹っ飛ばす。

 狙いはもう一体の鎧。 


「――ギン、今にゃ!」

 

 ギンを相手取っていたリビングアーマーは背後からの強い衝撃にバランスを崩す。

 鳴り響いた金属音は確認するまでもなく、鎧同士の激しい衝突音だった。

 

 その隙を付きギンは、まずは邪魔な盾を蹴り飛ばす。

 そして、追撃とばかりに強靭な脚力で二体のリビングアーマーを纏めて自陣側へ蹴り飛ばし、二体とも転倒させることに成功した。


 だが、蹴り飛ばした反動で宙に浮いたギンに、大きな影が差す。

 慌てて目を向けたギンが捉えたのは、獲物を捕らえたと勝ち誇るドラゴンの爪。

 

「――ギン!」


 ドラゴンの爪がギンに振るわれるその刹那、風を纏ったポチはギンを突き飛ばし入れ替わる。

 振るわれる爪に対し、下から渾身の力で白刃の切り上げを行う。

 ――相手は格上(ドラゴン)

 だが、自身は上位の精霊。全力で弾けば、この爪は自分の命には届かない。


「に゛ゃぁああああッ!!」


 爪と細剣が交差する。

 響く甲高い金属音。

 ドラゴンの爪という明らかなデッドゾーンに飛び込んだ勇敢なる自殺行為に、会場の時間は停止した。


 ――カラン、と小さいはずの乾いた音が、やけに大きく響いた。

 音の発生はポチの背後。

 そこに、折れた細剣の先が落ちていた。


「うぐ……、しくじったにゃ……」


 爪は、ポチの身体の中心を捉え、深々と突き刺さっていた。

 折れた細剣を持つ手はだらん、と力なく落ちてその手から柄を滑り落とす。

 視線は自身を貫いている薄い光を纏った爪に注がれ、悔しさに瞳を歪ませていた。


『グォオオオオオオッ!!』


 強化魔法を纏って薄く光るドラゴンは勝利の雄叫びを上げ、その爪先で一人の勇敢な戦士が光へと姿を変えて、弾けて散った。




「――ッ!! 二人とも、今のうちに鎧を! 【大地よ、牙を願う】」


 イヴは仲間をやられた悔しさに表情を歪めながらも魔法を願い、倒れているリビングアーマーの下から石の杭を発生させ、胴に大穴を開ける。


「フンッ!!」


 アルバートは鼻息を荒げながら、倒れているもう一体のリビングアーマーの胴の継ぎ目に盾を叩きつけて上下に解体。そして、追撃として外れた胴の部分をライムが体内に取り込み、溶解させた。

 こうして機能出来なくなった二体のリビングアーマーは、あっけなく光へと変わる。


「チッ! 役立たずめ。ガイアッ! やれッ!!」


 一体を潰したと思った直後、前衛を二体同時に倒された木崎が忌々しげに呟き、ドラゴン(ガイア)に指示を飛ばす。

 ブレス発射の熱負担で首が灼熱に輝き、全身を薄い光の膜に包まれた神秘的なドラゴンは、今は暴力の化身として目の前の弱者に爪を振り上げる。


「頼みます。――ギン、戻りなさい!」


 圧倒的な強者を前にしても、イヴは冷静だった。

 目の前にいるアルバートとスライム(ライム)にドラゴンを任せ、ギンに帰還の指示を飛ばす。


 イヴの指示により速度魔法の効果が切れたギンは全力でドラゴンから撤退し、途中で右腕にライムを纏ったアルバートとすれ違う。

 アルバートはドラゴンを正面から睨み付ける。

 その瞳に、ドラゴンに対する恐怖は見られない。


「ええ、お任せを」


 大きくはない、けれど力強い声だった。

 振り下ろされる爪を迎撃するように前に出たアルバート(オーク)は右腕を掲げ、纏わりついたライム(スライム)はその姿を変化させはじめる。

 自身を、オークを守る盾へと。


 そして強者の爪が振り下ろされた。




 リング上に重い衝撃音が響く。

 振り下ろされたドラゴンの爪はスライム盾の大部分を切り裂き、爪先をオークの腕に食い込ませている。

 強化されて鉄すら容易に切り裂くだろうドラゴンの爪は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なッ!! なんと!! オークがドラゴンを止めたーッ!! 一対一であればただの餌である、あのオークが! スライムを盾にし爪撃の威力を減退させたようです!! 上手い使い方です。スライムは完全に道具扱いですが、ドラゴンを止めるオークの姿というのはなかなか見られません!!」


 解説のお姉さんはいつもの間延びした口調を捨てて驚き、会場中が熱い展開に興奮して大きな歓声が生まれた。

 リングの中央でドラゴン(強者)オーク(弱者)は睨み合ったまま、拮抗する。


「ガイアァ!! 何をしている、殺せ!!」


 ドラゴン側からすれば、スライムを間に挟んでおり二対一とは言え、オークなんぞに止められるのは耐えがたい屈辱だろう。強化魔法も受けているのなら尚更だ。

 頭に血が上れば視野は狭くなる。

 オークの身体が()()()()()()()、その後ろに杖を構えたエルフがいることに気が付かない程に。


 だから、優介は声を出さない。

 相手に気付かせてやる必要はないのだから。



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