1.関東大会決勝戦(1)
「只今より、モンスターバトル シルバーランク関東大会、決勝戦を執り行います!」
スーツを着込んだリングアナウンサーの力強い声は、マイクを通して三万もの観客を収容した会場に響き渡る。
「選手入場です! 赤ゲートより、秋山優介!! レアモンスターであるエルフを中心にバランスの取れたパーティーでここまで勝ち上がって来た、若きモンスターブリーダー。本日の相手は因縁の相手! 前回の雪辱を果たすことが出来るのか!?」
リングアナウンサーが右手を伸ばして赤いゲートを示す。
そこに照明が当てられて、一人の少年の姿が露わになった。
一般的な成人男性くらいの背丈だが、顔にはまだ少し幼さが残っていて、少年から青年へと成長している途中なのが見て取れる。
強張った表情の少年は、ぎこちない動きで会場の中心にあるリングに向かって一歩を踏み出した。
「出てきたな優介! 頑張れよ!」
会場中の視線を肌に感じながら踏み出した足は、いつも通りの地面の感触を伝えて来ずふわふわとしていて不安を感じる。
近くから友人の声が聞こえて、懸命に振り向くが首が硬くいつものように回らない。それでもなんとか声の方向に首を向け、ロボットのように角ばった動きで片手を上げた。
「お、おう」
「……はは、ありゃダメだな」
友人の呆れた笑みに見送られながら、優介は重い手足を引きずるようにしてリングに向かう。
(ここまで一年かかった)
リングを挟んで向かい側、青いゲートを睨むように見つめる優介は苦い敗戦を思い出す。
ブロンズランクを無敗で駆けあがり、シルバーランクになっても負け知らずだった自分が初めて負けた試合は、作戦立案の甘さと準備不足を痛感させられた苦々しい記憶となった。
(前回のようにはいかない)
敗戦から自分の至らなさを痛感して、情報収集や仲間と話し合う時間を増やして試合に臨むようにようになり、苦戦が減り安定して勝てるようになったことから得られる物の大きな敗戦だったと思っている。
だが、だからと言って悔しい気持ちがなくなるわけではない。
この試合に勝って雪辱を晴らすために、数週間に及ぶ努力をしてきたのだ。
(――絶対に勝つ!)
悔しい気持ちを起爆剤に緊張を吹き飛ばした優介は、リングの手前に設置されているモンスターブリーダー専用の台の上に立った。
台には五つの窪みを持った機械装置が備え付けられていて、腰のポーチから取り出した小さな黒い立方体"モンスターキューブ"を一つ、また一つと嵌めていく。
「頼むぞ」
五つの窪みに嵌ったモンスターキューブを慈しむように撫でて、横にある起動ボタンに手を置く。
「今回は俺たちが勝つ!」
強く、押し込んだ。
起動ボタンに光が灯り、聞こえ始める駆動音。
キューブの中にある"モンスターの魔石"の情報は読み取られ、ホログラム機能を有し"魔素"で満たされたリングへと流れていく。
モンスターの情報を受け取ったリングは、床からふわりと小さな光の球を浮かび上がらせる。
ぽつぽつと浮かび上がった光の球は、徐々に数を増やし幻想的な光景を見せるがそれも僅かな間で、ぶわっと一気に沸き上がり一か所に集まると弾けてしまう。
だが、儚く散りゆく光の中に五体のモンスターが姿を現した。
「さあ、秋山選手のモンスターが出現です~! 内容はいつもの豚、粘体、犬、猫。そして~!」
『イヴちゃ~ん!!』
解説のお姉さんの雑な紹介は、最後の一言で野太い声と共に盛り上がる。
「はぁ~、イヴちゃんは今日も美しいですね~! 腰まで届くきらっきらの金髪に輝くような翡翠の瞳。尖った耳と慎ましい胸、これぞエルフ! 身長が高めなのもお姉さん的には甘えたくなる感じで素敵ッ!!」
エルフ好きで有名な解説のお姉さんはイヴの登場に興奮し、捲し立てるように説明をする。
「あぁ、イヴ様……これが終わったらお姉さんと一夜、明かしませんか? ダメですか? いいじゃないですかちょっとくらい。いいですか? ダメですか? ダメですかぁ……」
説明は途中から一夜の誘いへと変わる。
マイクを通していて会場中に響き渡っているのに大した度胸であると思うが、イヴはチラリとも見る気配はなく完全無視を貫いて解説のお姉さんを撃沈させた。
「またかよ。何度誘われてもイヴをやる気はないぞ」
今までに何度か行われてきて、恒例化しつつあるナンパに優介は呆れ顔でため息をついた。
「ていうか、もう少しまともな紹介してくれ……」
リングの自陣側、己のモンスターに視線を向けて一人また一人と確認をしていく。
二足で直立する豚型モンスターは、左手に巨大な盾を携えた大柄の戦士。
引き締まった体躯と、顔に刻まれた傷が勇敢な顔つきを更に際立たせている。
"オーク"のアルバート。
雫を連想させる愛らしいフォルムの粘体生物は、数々の物語で最弱とされている。
だが、その弾力ある身体は物理的な攻撃を減退させる機能を持ち、体内に取り込んだ物質を溶解させる油断ならないモンスターだ。
"スライム"のライム。
銀の毛並みを持った獣は四肢を揃えて優美に立っている。
顔立ちは優しく、撫でたら気持ちいいだろう。しかし、その優しい顔の奥には牙が隠されており、強靭な脚力で風のように駆け抜けて獲物の喉を噛み千切るだろう。
"ウルフ"のギン。
自前で起こした風にマントを靡かせて仁王立ちする猫の精霊は、腰に猫をデフォルメしたデザインの細剣が差してある。
可愛い見た目だが悪戯が好きそうなにたり顔を浮かべ、上位の精霊型モンスターとしては少し頼りない。
"ケット・シー"のポチ。
杖を持ち祈るように立ち尽くすのは、見る者を魅了する美しさを持った細見の女性。
人と似通った外見だがその耳は尖っており、最上位の精霊の証明でもある。優介は父から譲り受けて、小さな頃から共にいる。
"エルフ"のイヴ。
五体のモンスターは睨み付けるように青いゲートを見つめ、対戦相手を待っている。
「続きまして青ゲートより、デビューからここまで無敗! 数少ないドラゴンの使い手でもあり、今大会の優勝候補! 更に! 本日の対戦相手、秋山選手に唯一の黒星を付けている因縁の相手でもあります! 木崎竜也!!」
リングアナウンサーが左手を伸ばし、青いポールのゲートを示す。
「おおー! ドラゴンマスター! 今日も派手な試合を頼むぜ!!」
「きゃぁー! 竜也さん頑張ってー!!」
青いゲートに照明が当てられ、釣り目が特徴の整った顔を持った男が現れた。
優介より少し年上といった感じの男は三万もの観衆の中で堂々と歩き、自信の程を窺わせるがその振る舞いに優介は苛立った。だが、何よりも気に食わないのは自分の何倍もある歓声と女の子の声援だった。
そして、モンスターブリーダー専用の台に辿り着いた木崎は、女の子に手を振って余裕の表情でファンサービスを始め、我慢できなくなった優介が不快感を露わにした。
「――チッ」
「おや。嫉妬かな? 秋山君」
不快を伝える音に気が付いた木崎は軽薄な笑みを優介に向けた。
「悔しかったら君もファンクラブを作ればいい。入る人がいるかは知らないけど。――ところで、今日のアナウンスには参るね。因縁の相手だって、僕には君なんてその辺の石ころと変わらないのにさ」
「テメェ――」
「あははは!!」
頭にきた優介は、両拳を握りしめて反論しようとする。
だが、それをさせまいと木崎はモンスター起動のスイッチを押した。
優介の反論を遮ってリング上に光りが生まれ、木崎のモンスターが姿を現す。
『グォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!』
四肢でしっかりとリングを踏みしめて現れたのは赤い鱗を持った巨大なトカゲ型のモンスター。
全高は三メートルをゆうに超えて、首から尻尾までの長さはその倍以上はある。翼を広げればもっと長いだろう。
ドラゴン。
日本で買うことの出来るモンスターの中では最も高価なモンスターの一体。当然入手は困難だが、その強さは計り知れない。
今大会最強の敵が咆哮を上げ優介の前に立ちはだかった。
『――うぉおおおおお!!』
ドラゴンの圧倒的な咆哮に、会場は一気に沸き上がった。
この会場の空気がドラゴン一色に染まっただろうことが分かるほどの大歓声だ。
「す、すごい迫力に会場も沸いております~! 木崎選手のモンスターは鎧、鎧、羽、羽。しかし目が行くのはやはりあの大きなドラゴンでしょう~!!」
イヴに撃沈させられていた解説のお姉さんは咆哮を聞いて復活したのか、木崎のモンスターも簡単すぎる説明で済ませる。
その解説を聞かずとも木崎を調べてきた優介には相手は分かっているが、油断することなく相手を見据えた。
剣と盾を携えて直立する全身鎧は中身がなく、痛覚もないため怯むことも疲れることもなく行動する。
無生物系モンスター、"リビングアーマー"が二体。
小さな羽でふわふわと浮かぶ小人の妖精は魔法を得意とし、様々な支援魔法を使用する中位の精霊。
"ピクシー"が二体。
そして、こちらに鋭い視線を向けるドラゴンは、長い首の根元に付けたアクセサリーを怪しく煌めかせる。
リング上で睨み合った二つのチームは、互いに陣形を整えて戦闘態勢に入る。
木崎は、前衛にリビングアーマー。
中衛にはドラゴン。
後衛に配置されたピクシーはドラゴンの陰に身を隠す。
対して優介の前衛はオークとスライム。
中衛は速度を生かしてケット・シーとウルフ。
そして、後衛にエルフ。
「それでは、これよりモンスターバトル、シルバーランク関東大会決勝戦を開始致します! 秋山選手が雪辱を晴らすのか、木崎選手が連勝し突き放すのか!!」
開始を見逃すまいと静寂を生み出した会場の意識はリングに集中し、右手を掲げたリングアナウンサーの声がはっきりと響く。
リングアナウンサーは掲げた右手を振り下ろし、握ったハンマーをゴングに叩きつけた。
「始めッ!!」