魔法玩具師とぬいぐるみ妖精シャーキスのクリスマス
この冬初めて、川が凍るほどに寒くなった夜だった。
親方は時間に厳しい。子供の夜更かしを許さない。
僕は夕食の片付けが済むと、早々に、ベッドへ追いやられた。
しかし、寝る前にトイレへ行くのを忘れていた。
僕はこっそり廊下へ出た。
広い石造りの家は静かだ。
この魔法の玩具工房は、日本から遠い外国の片田舎にある。
僕が親方の元へ入門したのは3年前。数人いた兄弟子達は次々と自分の工房を持って独立していった。今は弟子は僕ひとりだ。
廊下は寒い。でも、居間の扉の前は、甘くてスパイシーな匂いと温かな空気が漂っている。香料入りのホットワインの香りだ。
毎年この季節になると、1日の仕事を終えた親方は、居間の暖炉の前で、好物のチーズをつまみに熱いホットワインを飲んでいる。
「ニザが入門して、もう3年目だなあ」
ゆったりとつぶやいた親方へ、
「日が過ぎるのは、早いものねえ」
おかみさんが応えている。
僕の名前はニザエモンなので、親方とおかみさんは、僕のことを『ニザ』と呼ぶ。変わった名前だとよく言われるけど、僕の家は日本で代々伝統的なオモチャ作りをしてきた家系なので、僕も伝統的な名前を継いだ。
「ニザは、とても賢い子よ」
おかみさんが褒めてくれている。
僕は嬉しくなって、扉の横で立ち止まった。だが、その後に親方が話し始めた内容に、僕は絶望のドン底へ叩き落とされた。
「ニザは手先が器用だし、鋳物やガラス細工もすぐに覚えて出来るようになった。でも、3年かかって魔法玩具がひとつも完成できない弟子は、ニザが初めてだよ。でもまあ、無理に魔法の使える魔法玩具師にならなくてもいいさ。腕の良い普通のオモチャ作りの職人になれば、一生、食いっぱぐれることはないからな。たぶん、あの子がわしの取る最後の弟子になるだろうが、わしらで気長に育ててやろう……」
僕は足音を殺してトイレに行き、帰りは行きよりも忍び足で自分の部屋へ戻った。ベッドに入り、毛布を頭の上までひきかぶる。
僕は手先が器用だ。教わったことはとても上手にできる。魔法の知識だって、ちゃんと身に付いている。なのに、魔法を込めて作るオモチャだけは、まだちゃんとした作品を完成できたことが無い。
1週間前、久しぶりに魔法の部品を作らせてもらったら、途中で失敗してしまった。原因はよくわからない。
親方によると、僕が魔法の性質を持つ材料に触ると、魔法の何かが変質するのではないか、ということだ。親方も僕みたいな弟子を取った経験はなく、対処法がわからないそうだ。
僕は、3年経っても魔法玩具師の基本中の基本である、月光石に光を集めることさえ、まともにできない。
――魔法玩具を作りたいだけなのに、いったい僕の何が悪いんだろう……。
努力が足りないとは思えないから、よけいに悲しい。でも、泣くもんか。
僕が泣くときがあるとすれば、大人になっても、魔法玩具師になれなかったときだ。そのとき僕は、どうすればいいんだろう……?
溜め息をついても仕方がない。今は、ただただ練習しなくちゃ。
今の僕は、魔法玩具は作れないけど、普通のぬいぐるみなら作れるから。
だから、親方はクリスマス用の仕事を任せてくれたんだ。
僕は親方の指示通りに、3ヶ月かかって100個のぬいぐるみを縫いあげた。
子ねこに子いぬ、真っ白ウサギ。
しま模様のトラと長い鼻のゾウ。
茶色いたてがみのライオンに、長い首のキリン。
青いクジラに水色のイルカ。
凶悪な歯と顎を持つサメは、リアルに作ると怖くて子どもが怯えてしまうから、大きな三角背ビレの体はピンク地に小花模様で可愛く仕上げた。
さて、僕の今年の仕事は、これで完了した。
親方のこしらえたクリスマスプレゼント用の魔法玩具も、明日、配達業者へ引き渡せば仕事納めだ。それから工房は、新年が明けるまで長い休暇になる。
親方には、仕事が終わったら学校の友だちと遊びに行って良いと言われていた。だけど、僕には先にやりたいことがある。
ぬいぐるみ作りが終わったら、半ぱな大きさの端布がたくさん余った。捨てるのはもったいない。これで特別なぬいぐるみを作ろう。
うまくできたら、友だちの小さな弟妹への贈り物にしよう。
作るのは、くまのぬいぐるみ『テディベア』だ。
親方が知り合いの配達業者の人に今年の玩具の流行を聞いたら、最近は貴族や裕福な商人や市民の間で、テディベアを贈り物にするのが流行しているらしい。
この工房では、普通の玩具もたくさん作っている。そのうちここにも、テディベアの注文がくるに違いない。その日に備えた練習だ。
僕は作業台に散らばった小さな端布を集めた。比較的大きな端布はピンク地にかわいい小花模様、最後のサメ用に使った残り布だ。
ええっと、この国では、サメは『スクヮーロ』だったっけ。
英語ではシャーク、ドイツ語でハイフィッシュだったかな。去年、配達業者の人が教えてくれた。僕が日本人だといったら日本語で喋ってくれた。すごく博識な人だ。聞くところでは世界中を飛び回る仕事なので、数カ国語を話せるとか!
生国はイタリアらしいけど、今はずっと北の方に住んでいる。
年に何度か、親方の作った魔法玩具を引き取りにくる以外は会わないけれど、親方の古い友人だという。
僕は、作業場の背もたれのない坊主椅子に腰掛け、作業台に両手をついた。
うーん、さっきまで作っていた規格サイズのぬいぐるみを作るには、種類の違う端布を組み合わせても、ちょっとばかり足りないな。
小さな布は扱うのが、難しい。布を無駄にしないように、面積が小さくても良いデザインから考えなくてはいけない。パッチワークで繋ぎ合わせれば大きくもできるが、作業時間もよけいに必要だ。
川が凍ったから、友だちとスケートへ行けるようになったのに、遊ぶ時間が無くなるのも嫌だしな……。
僕の考えたデザインのテディベアは、柔らかな布製のぬいぐるみだ。
型紙に沿ってきちんと切ったのに、右腕と左腕の長さが違って見える。
しまった! 端布だからって、ギリギリで断ち切ったら、左腕の縫いしろがつっぱった部分だけ、短くなっちゃった!
縫い合わせるのは、腕と足と首に硬い針金の繋ぎが入っているから、ちょっとやそっとじゃ取れたりしないけど……。
うーん、いいか、なんとかなるか。
おおっと、忘れちゃいけない大事なものがあった。
テディベアはお喋りだ。鳴くのは魔法のグラウラー。といっても、本物の魔法じゃない。
グラウラーはテディベアのお腹の中に入っている、筒型の小さな仕掛けだ。布製の柔らかな筒に、ボール紙のフタに点々と穴を開けたものを組み合わせてある。これが入っていると、子どもがギュッと抱きしめたときに、テディベアが返事をする。圧された空気がボール紙のフタに開けられた小さな穴を通る時、テディベアが鳴いているような音を出すんだ。
のど元を縫い閉じて、最後の仕上げ。目になる黒い貝ボタンを縫い付けたら、完成だ。
あれれ? そっくり同じボタンを2個使ったつもりなのに、顔に縫い付けてからよーく見ると、微妙に丸さが違う。あ、手作りの貝ボタンだからか。もっとよく大きさを選べば良かった。
おかしいな、僕ってこんなにドジだったっけ?
100個のぬいぐるみは完璧にできたのに……。
よく見ると、愛嬌があるから、まあいいや。
「できた! 僕が初めて、設計図からひとりで完成させた、僕だけのオリジナル作品だ」
と、両手で掲げていたら、突然、ぬいぐるみのお腹が輝いた!
あふれた光は花火のようにはじけて、ぬいぐるみは僕の手から離れ、ポーンといきおいよく空中へ飛びあがった。
「るっぷりいッ!! るぷーいぷうッ!」
子どもみたいに甲高い声がした!
天井近くで、ぬいぐるみは大きくバンザイして、プルプルッ、と震えた。それから、すーいっ、と降下して、僕の目の前へ来た!
「るっぷりいッ! はじめまして、僕はぬいぐるみ妖精です、ぷいッ!」
そのまま、ふわふわ、浮いている。
僕は、あんぐり口を開けた。
どうしてぬいぐるみ妖精になっちゃったんだろう。魔法の部品は使っていない。怪しいのはグラウラーだけど、あれは魔法が宿るはずのない、失敗した部品だったのに!?
「こら、ニザエモンッ!」
ふいに背後から聞こえた親方の声に、僕は「うひゃっ!?」と椅子から跳び上がった。
「お、親方、驚かさないでください」
僕は慌てて椅子から立った。
「なにをやっとるんだ、友だちとスケートにいくんじゃないのか。外に迎えに来ているぞ」
親方はぬいぐるみ妖精を見ると、太い眉を眉間に寄せた。むむっ、と唇をとがらせ、ふわふわ浮かぶぬいぐるみをじろじろと観察しだした。
「るるるい、ぷう~い?」
おや、ぬいぐるみも負けずに睨めっこしているぞ。
親方が腕を伸ばして「そりゃッ!」と捕まえようとしたら、
「るっぷーいッ!!!」と、飛んで逃げた。
親方に捕まらないように、天井近くをブンブン飛び回っている。
自分で作ったけど、変わったぬいぐるみ妖精だな。
テディベアは大人しくて賢いイメージがあったのに、このテディベアはやんちゃな子どもみたいだ。
「やれやれ、なんとも面白いやつを誕生させたもんだ。ぬいぐるみ妖精ってやつは、生命が宿ると、よけいに個性が際立つんだよ。作り手を反映するからな!」
親方は、ワッハッハ、と愉快そうに笑った。
僕は自分が笑われているような気がして、恥ずかしくて、穴があったら入りたかった。
「すみません、魔法を使ったつもりはなかったんですけど……」
僕は、純粋にぬいぐるみ作りの練習をしていただけだと説明した。
そりゃあ、習った通りに心を込めて縫いあげたけれど、そもそも半端な布を使った練習用だったし、ぬいぐるみ妖精になるなんて夢にも思っていなかったもの。
「きっと失敗した魔法のグラウラーを使ったせいです。あれのせいで、変な魔法が発動しちゃったんです」
ごめんなさい、と僕が頭を垂れると、親方は、はて? と首を傾げた。
「なんだ、あれを使ったのか。フタの原料にフェニックスモドキの羽根の軸が入っているから、わしが修理しておいたんだ」
と、親方。
フェニックスモドキの羽根は、とても高価だ。親方は特別な仕入れ業者と契約して買い付けているが、なかなか手に入らない貴重なものだという。
「じゃあ、親方が作った魔法の部品を使ったから、これは親方が作った魔法のぬいぐるみになるんでしょうか?」
ぬいぐるみ妖精は、作ろうとして作れるものではない。
一般には、普通のぬいぐるみを持ち主が長年大切にした結果、その持ち主を守護できる魔法の力を帯びるのが、本来のぬいぐるみ妖精だと聞いている。
ただし、親方はすごい魔法玩具師だ。親方が作ったぬいぐるみなら、完成した瞬間に、命が宿ってもべつに不思議とは思わないけど……。
「いや、わしはグラウラーのフタの形を整えただけだ。部品を組み立てて完成させたのは、弟子のお前だよ。だから、これは、お前の作った初めての魔法玩具ということになるな。わしが初めて作った魔法玩具は、大事に持っていたんだが、いつの間にか何処かへいってしまったなあ。小っちゃなオルゴールだったが……。それに比べりゃ、すごい大物を作ったじゃないか!」
親方はニコニコしている。
僕が魔法玩具を作ったことを喜んでくれているんだ。
じゃあ、やっぱり、僕が作った、初めての僕だけの魔法の作品なのか。
嬉しいけど、いつか想像したみたいに、ものすごく感動して胸がドキドキ興奮するとか、はしゃぎたい気分にはならないな。
不思議にも、僕の胸の内は、凪いだ湖のように波立たず、落ち着いていた。魔法玩具が作れるとわかったから、将来への不安が無くなったのかもしれないな。
「とにかく、もう、ぬいぐるみ妖精になってしまっているんだ。お前が作った初めてのぬいぐるみ妖精だ。名前を付けてやりなさい」
親方がそう言ったら、ぬいぐるみ妖精がスーッと僕の前まで下りてきた。
「るっぷりいッ! ご主人さま、ボクに名前を付けて欲しいのです、ぷいッ!」
え、僕がご主人様なのか? なんだか妙な感じだな。
「え、あ、ええっと……名前、名前は……」
僕は慌てた。ぬいぐるみ妖精なんて、どんな名前を付ければ良いんだろう。良い名前なんて、そんなに急に考えられないよ。
作業場を見回した僕の目の端に、チラッとピンクのサメが見えた。
サメはスクヮーロだっけ。でも、なんだかこのテディベアにはしっくりこないな。英語ではシャークだ。シャーク、シャーキイ、シャーキスト……。
シャークでは芸が無い。シャーキイは軽すぎて、シャーキストは長すぎる。だから……。
「シャーキス! きみの名前は、シャーキス。きみは僕が初めて作ったぬいぐるみ妖精のシャーキスだ!」
するとシャーキスは、天井近くをブンブン飛び回った。
「るっぷりい! ボクの名前はシャーキス! ぬいぐるみ妖精のシャーキスです、ぷいッ!」
そのとき、外で、僕を呼ぶ声がした。
「おーい、先に川へ行くからなー」
しまった! 友だちが待っていたんだっけ。会話する声が遠ざかっていく。
「うわあ、親方、おかみさん、みんなとスケートへ行ってきます」
僕が自分の部屋からスケート靴を取ってきて出かけようとしたら、廊下までシャーキスが飛んできて、僕の顔面に張り付いた!
「わあ、なんだ、なんだよ!?」
「るっぷりいッ!! ボクも行きたいです、つれて行ってください」
「だめだよ、恥ずかしいから、家にいろよ」
僕は、顔にしがみついてくるシャーキスを引き剥がし、作業場の方へ押しやった。小さな子ならテディベアと一緒にいても変じゃないけど、僕は魔法玩具工房の弟子として働いているんだ、ピンクのぬいぐるみ妖精なんか持ち歩けるもんか。
「るるっぷ? ボクが一緒にいると、ご主人様は恥ずかしいのですか?」
シャーキスは急にシュンとなって、カクリとうつむいた。ふよふよ飛んで作業場に入ると作業台へちょこんと座り、動かなくなった。
そうだよ、ぬいぐるみなんだから、そうやっておとなしくしていればいいんだ。
僕は玄関を走り出て、友だちを追いかけた。
凍った川で学校の友だちとスケートをしている間、僕はシャーキスの事を忘れていた。ひどいことを言ったという自覚すらなかったから、謝る必要なんて、微塵も感じなかった。
夕方、僕がスケートから帰って来ると、配達業者のソリが家の前に駐まっていた。今朝まで作業場の片隅に置かれていた魔法玩具の荷が積み込まれている。
親方と配達業者のおじさんは、玄関横の客間で喋っていた。年に数度のこの取り引きは、もう何十年と続いているという。
僕は、開け放された扉から2人へ軽く挨拶をして、まっすぐ奥へ行った。台所で、おかみさんからチョコレートを溶かした熱い飲み物『チョコラーテ』をもらった。夕食前にお風呂に入るように言われたので、お湯を浴びてから部屋に戻った。
シャーキスは工房のどこにもいなかった。
外でソリの動き出す音がした。取り引きが済んだんだ。
ソリを引くトナカイ達の蹄の音が遠ざかっていく。
親方が作業場に入ってきた。
「親方、シャーキスがいないんです」
「うん? あのぬいぐるみ妖精なら、出て行ったよ。知っているだろう、ぬいぐるみ妖精は持ち主に嫌われたら、その家にいられなくなるんだよ」
親方の言葉は咎めるようなキツさはないのに、僕の心臓へグッサリ突き刺さった。
「僕はべつに嫌っていません」
ムキになって言い返すと、親方は苦笑した。
「やれやれ、第二十三代カラクリニザエモンくん、ここへ入門する時に、魔法玩具師に必要なオモチャ作りの心得を三つ教えただろう。覚えているかい?」
もちろんだ。僕は暗唱してみせた。
「いかなるオモチャも、自分だけのために作らないこと。
人のために作ること。
善き目的を持って作ること」
「じゃあ、きみはシャーキスの存在をどう考えるのかね?」
「ぬいぐるみ妖精は、子どもを護る善いおもちゃです」
「世界のどこかには、シャーキスを必要としている子どもがいるはずだ。そこへ行くために、シャーキスは自分で配達業者に頼んで、納品のソリに乗せてもらったんだよ」
「そんな!? 僕はあいつに出て行けなんて、一言もいっていませんッ!」
僕はコートを掴むと玄関へ走った。
外へ出たが、ソリはもう見えなかった。
僕は街道を北へ走った。
配達業者のソリは北へ帰るからだ。
やっと、走っていくソリが見えた。その白い布で覆われた荷台のてっぺんに、ピンクのぬいぐるみがちょこんと座っている。
雪混じりの風が強くなってきた。今夜はきっと大雪が降るだろう。明日の朝には、町は雪で閉ざされる。新年が明けて春になり、雪が解けるまで、町からは誰も出られなくなる。
郊外へ出たソリが、道から浮き上がった。ソリを引くトナカイ達が、空を駆け上がっていく。
「シャーキス!」
雪がゴウゴウと渦巻き始めた。早く帰らないと吹雪になる。
僕は、走りながら叫んだ。
「シャーキス、ごめん、追い出すつもりなんてなかったんだ、きみは僕が初めて作ったぬいぐるみ妖精なんだから、どこにも行かなくていいんだよッ」
配達業者の大きなソリは、あっと言う間に、空の彼方へ飛び去った。
僕が初めて作った魔法のぬいぐるみ妖精は、完成したその日のうちに、出て行ってしまった。
町が雪で閉ざされたので、僕はスケートどころか、どこにもいけなくなった。
僕は、シャーキスがいなくなったその日から、なにかとても大切な物を失ってしまったような気がして、多くの時間を沈んだ気分で過ごしていた。
いや、沈んだ気分、というのは正確な表現ではない。以前ほど、友だちとスケートへ行ったり遊びに時間を費やしたいと考えなくなった、という方が正しい。それがオモチャ作りよりも楽しい事だと、思えなくなったんだ。
そして、その代償のように、いつの間にか魔法を使えるようになっていた。
僕は、おかみさんのクリスマスのご馳走作りを手伝った。それが一段落すると、作業場へ入り、自分で設計した魔法玩具の制作に取り掛かった。
親方からは、休暇中は何も仕事をしなくて良いんだぞと言われたけど、何かをせずにはいられなかった。
僕は魔法玩具作りに夢中になった。いや、僕の作る玩具すべてが、強い魔法を帯びるようになったんだ。
それまで欠片も光を留められなかった月光石は光で満ち、それを動力源に嵌め込んだ星の馬車は空中を飛び回り、宝石箱のオルゴールはメロディーにあわせて魔法の幻影を紡ぎ出した。
ぬいぐるみだけは作らなかった。魔法のグラウラーの材料がもう無かったこともあるが、ぬいぐるみだけは、どうしても作る気になれなかったのだ。
毎年、クリスマスイヴには、昼食からご馳走が食卓に並ぶ。
おかみさんの得意なドライフルーツをたっぷり入れたフワフワの発酵パンや、チョコレート入りのクッキー、オレンジの砂糖漬けと赤いベリーとスポンジケーキをあえた上にクリームをたっぷりかけたトライフルケーキも出された。夕食は、大きな鴨の丸焼きに、白インゲン豆とトマトのスープだった。どちらも僕の大好物だ。でも、僕の心は去年ほど踊らなかった。
いまごろシャーキスはどこにいるんだろう……。
そればかりを考えていた。
「さて、ニザ、今夜はもう少し起きていなさい。お客様が来るからね。今年はお前にも紹介しようと思うんだよ」
親方が夜更かしをして良いという。珍しい事もあるものだ。僕は子どもだからホットワインが飲めないので、おかみさんがコケモモのシロップをお湯で割り、シナモンとクローブを入れた熱い飲み物を作ってくれた。
僕は居間の暖炉の前の厚い敷物に座り、さっきアイデアを思い付いた赤いリボンネクタイを縫っていた。シャーキスへの贈り物だ。配達業者の人は、親方と取り引きをするために、来年も必ずやって来る。そのときにこれを、シャーキスへ渡してもらえるように頼むつもりだった。
午前0時になった。
近所の教会の鐘が騒々しく鳴り響く。この国の風習で、クリスマスには午前0時に教会の鐘を鳴らすそうだ。
僕は急にすごい眠気を感じた。昼間、魔法玩具作りに夢中になっていたせいで疲れたんだろう。でもお客様に会わなくちゃ……。
疲れていた僕の体は休息を欲していた。暖炉の前で毛布にくるまり、起きていようとがんばった。でも、眠りを拒否する意識に反して目が閉じてしまった。
その寸前、クリスマスツリーの輝きが目に焼き付いた。親方が森から切り出してきた大きなモミの木だ。親方手作りのガラスのオーナメントを飾ったツリーは、暖炉の火明かりを反射して、ひどくまばゆかった。
「こんばんは」
誰か来た!
でも、僕は目を開けられなかった。音は聞こえていたけれど、体はほとんど眠りの世界へ入っていた。
深夜の客人の声は、聞き覚えがあるような気がした。毎年、魔法玩具を引き取りに来る配達業者の人に、とても似ているかも……。
「やあ、いらっしゃい。スパイス入りの熱いワインはどうかね」
親方が客人と話している。僕は夢うつつの中でそれを聞いた。
「良い香りだね、ぜひいただこう。おや、ニザ君は待ちきれずに眠ってしまったようだね」
やっぱり、あの配達業者の人みたいだ。クリスマスは配達の仕事が忙しくて、のんびりできないと聞いた覚えがあるけど、うちへクリスマスのご馳走を食べに来たのかな……。
「はは、この子はきみのことを、魔法玩具の仲買人の、配達業者だと思っているからね。まさか伝説の本人が、家の者が起きている時に訪れて贈り物を直接手渡してくれるなんて、夢にも考えていないだろうよ」
親方が笑っている。
配達業者の人ならちょうどいいや、シャーキスのリボンタイを渡さなきゃ……。
「では、この贈り物は、どこへ置けばいいかな?」
「そうだね、起こすのも可哀相だから、今年はそのツリーの根元に置いてもらおうか。その大きさだと、靴下には入らないからね」
ガサガサと、布や紙がこすれる音がした。
僕の横を誰かが通って、また戻っていく。親方の足音がその後ろをついていく。 廊下で挨拶が交わされた。
「ブォンナターレ」
この国の、クリスマスの祝いの言葉。意味はメリークリスマスと同じ。
良いクリスマスを。
人々は家に帰っている。
だって今日はクリスマスだから。家族と過ごす大切な日だから、雪降る夜の町を出歩く人はいない。
シャーキスはどこに行ってしまったのだろう。良い子への贈り物にされていればいいのだけれど。僕のように無神経ではない、優しくて賢い子どものいる家に。
「ブォンナターレ。一晩で世界中を回るのはさぞかし忙しいだろうが、今年も気を付けてな」
親方の声が廊下で響いた。それから玄関の扉が開いて、閉まる音がした。
たくさんの鈴が鳴り響く夢の中で、僕は、トナカイがソリを引いて走り去る音を聞いた。
クリスマスの朝、僕は居間の暖炉の前で目覚めた。
一番に、クリスマスツリーを見た。ツリーの根元には、たくさんの贈り物の箱が置いてある。その積み重ねられた箱の1番上に、ピンク色のテディベアが、ちょこんと座っていた。
シャーキスにそっくり……いや、自分が作ったぬいぐるみを見間違えるものか。
これは、ぬいぐるみ妖精のシャーキスだ!
僕はゆっくりとツリーへ近付き、シャーキスを、両手でそうっと抱き上げた。
「シャーキス、ひどいことを言ってごめんよ。きみは、ずっとここにいていいんだからね」
僕が話しかけるとシャーキスはプルルッと震えて、僕の手から、ポーン、と空中へ飛びあがった。
「るっぷりいッ!! ブォンナターレ! ブォンナターレ! ご主人様、ブォンナターレなのですッ!」
それからぬいぐるみ妖精シャーキスは、ずっと僕の側で過ごしている。
〈了〉