麗しき王妃、「恋人とはなんぞや?」と呟く。
*あとがきにお礼SSありマス。
「恋人とはなんぞや?」
呟いた王妃の言葉に、新米侍女はカラーンと持っていたトレイを落とした。
王妃の手元には分厚いピンク色の本。
ほにゃららの指南書、と書かれてある。
「し、失礼しましたっ」
「珍しいのぉ、して、恋人とはなんぞや? ここに書かれておるのは全て枕に、恋人とほにゃららする為には、と書かれておる」
こくんと唾を飲むだけで言葉にならない新米侍女を見かねて、さっと壁に控えていた女騎士が歩み寄り片膝をつく。
「恐れながら申し上げます。恋人とは想いを寄せる相手の事かと。王妃さまにあられましては、陛下がそのお相手にあらせられます」
「ほう、陛下の事か。それはまた……うむむ」
王妃はぐーに握った手を形の良い顎に当て眉間にしわを寄せる。
ここに書いてある恋人、という文字を陛下と、という文字に変換すると、なかなかに手厳しい案件であった。
「今日の陛下の予定は?」
はっ、と女騎士は直立不動の姿勢に戻り、気を取り直した新米侍女から手渡されたボードを見ながら王の今からの予定を口頭で並べた。みっちりと就寝近くまで予定が入っている。
「うーむ、おそらく今日も閨の渡りは無いな」
「即位して間もないですから」
「さもありなん」
兄王が十年前に即位した時の事を思い出し、王妃は頷く。
父王がころりと病気で亡くなり、バタバタと兄が継いだ。
あまりにも突然だったので全ての物事が一度に兄の肩にかかり、初めて兄嫁の所へ渡りがあったのも即位後、十日後とも二十日後とも噂されていた。
ちなみにもともと皇太子にもかかわらずその気のない兄は、僕はもう十分やったからー と捨て台詞を吐いて王妹である自分に王位を投げて南の領地に引っ込んでしまった。
私達には子供が出来なかったから仕方ないよねー、あとは頑張ってー、と大義名分を掲げながら嬉々として王位を譲るひどい兄である。
そんなこんなでドタバタと、もともと嫁ぐ予定だった隣国の王に頼み込んで、幼き頃から婚約者であった第二王子に急遽入り婿の形で来てもらったのだった。
「ふむ、埒が明かんな。よい。妾が行こう」
「は……」
王妃の行き先が分からずに、は、と応えながらもしばし口をつぐんだ女騎士に、王妃はなんじゃ、分からんのか、と呆れたように言った。
「陛下に会いに、だ。今は何処に?」
「は、はっ! おそらく執務室にてご政務に励んでおられるかとっ」
「相、わかった」
王妃は鷹揚に頷くとすく、と立つ。
薄菫色のドレスを歩きやすいように整えすらりとひらめかせると、すたすたと足早に部屋を後にした。
王の執務室に近づくと、近衛騎士が王妃を認めて慌てて敬礼をする。
「ああ、よい。陛下としばし話をするだけぞ。ああ、お前たちもよい、部屋に戻っても。うん? そうもいかぬか? まぁ、そうか。では部屋の外でな。恋人とは二人きりになるものだと指南書に書かれておったのでな。邪魔をするなよ?」
ぽかーんと口を開けている近衛騎士二人と慌てて王妃について来た女騎士と新米侍女に、ではな、と頷いて王妃は一人執務室に入った。
ぱたりと後ろ手で扉を閉めると、夫である王は政務机に向かってガリガリと何かを書いている。
すこし癖のある鈍色の金髪を時折かきむしりながら書類を睨んでいて、入って来たのが王妃だと気がついておらず、一心不乱に書類の山を片付けていた。
近づいても気がついていない様子を見て、王妃は後ろに回り、何を書いているのかと王の肩越しに覗いてみると、領地を流れる川に橋を渡す許可を出す所であった。
国土の地図とにらめっこをしてメモに橋を渡す位置と隣接するそれぞれの領地を書き、不利益が出ないか 、交易の道としての機能を果たすか、また、戦になった時に防衛となるかを走り書きをしながら雑多にメモをしている。
王妃は王の過不足ない場所での橋の配置に満足して頷くと、ふと領地のスペルの間違いに気づき、指をさした。
「そこ、アセーナルではなく、アーセナルじゃ」
「ああ、すまん」
ささっと二重線を引いて書き直した所で、んあぁっと王はすっとんきょうな声を上げた。
「な、ななななっ」
「なんぞ?」
「なんで王妃がいるんだ!!」
「むろん、そなたが来ぬからだ」
仰け反るように身体を起こした王の隙をついて、王妃は素早く王の片膝にちょんと座る。
「なっ、ちょ、近いっ!!」
「これが普通ぞ? 普通だと指南書に書いてあった」
「待てっ、一体全体、なんだってんだっ」
「今日は恋人の日だと聞いた」
「はぁっ?」
「本来は恋人に何か贈り物をする日だそうだが、あいにく妾も今日知ったのでな。持ち合わせがない。だから会いに来た。即位式の後から一度も会っていないのでな」
「いや、それは悪いとは思っているがっ」
「案ずるな、分かっておる。だからこうして会いに来たのじゃ」
にっこりと笑う王妃に、王は引き気味だ。
「わ、分かった。会いに来てくれて礼を言う。だが、少し離れちゃくれないか? 距離が近すぎる」
「なぜじゃ? これで良いと指南書には」
「そういうのは閨でやるもんだっ」
「閨に来ぬではないか」
「ぐ……ここでする訳にはいかんだろうが」
「何を?」
きょとん、とこちらを見た王妃に王は、だぁ、と大きな息を吐いた。
そもそも七つも年が離れていて、幼い頃に一度だけ顔合わせに会っただけの婚約者。文のやりとりもたまにはあったが、文面から見ても一風変わった姫。どう接して良いか分からない王であった。
即位式で久しぶりに見た王妃は美しく着飾っていたが、あまり表情の変わらない様子を見てまるでドール人形のように感じてしまった王は、なんとなく王妃に近寄りがたく、政務を理由に会うのを避けていたというのが実情だった。
触らぬ神にたたりなし、とどこかの文献で読んだ言葉を胸に、当たらず障らずでここまで順調に来たのに、まさか王妃の方からこちらに歩み寄って来るとは思ってもみなかった。
「あの、な? 王妃はまだ閨のなんぞやも知らんのだろう? だから、その、とにかく一回離れてくれ」
「いやじゃ」
「嫌って」
ぎゅっと眉をひそめた王妃は、王を鏡のように煌めく瞳で見る。
「陛下と妾は恋人じゃろ? 今日、恋人とはなんぞ? と部下に聞いたら想いを寄せる相手だと、そう答えた」
「う……まぁ、そう、とも、いう、か、な」
「違うのか? 陛下は妾の事を想ってはいないのか?」
「い、いや、そもそも、そんなまだ会って話もしていないし、な」
「だから会いに来た。指南書には恋人同士はこうして寄り添って話すものだと書いてあった。……距離が近ければ、妾の事、好きになるかもしれないじゃろ?」
王妃は最後はひそっと話した。
王はハッとした。
王妃は分かっていたのだ。
王の渡りが無い事。
王が王妃の事をそのような目で見ていない事。
想いを寄せる相手とは、見てはいない事を。
「妾は、妾は……幼きのころより、そなたの事は……こ、好ましく想っていたが、うん、そなたがそうは想っていない事はやはり幼少のみぎりから知っておった」
「お、王妃」
「そなたの好きなばばーん、ぼぼーんにはなれぬかもしれぬ、と悩んだ時期もあった」
「お、おうひ⁈ なぜそれを⁈」
「壁に耳あり障子に目あり、という古い言葉があってな。つまりはそういう事じゃ。でもそれはお互い様じゃろ?」
「うっ、ま、まぁ」
往々にして両国双方間者を放っているというのは暗黙の了解というものだ。
ただ王の方は情勢の変化を見るために放っており、王妃はただ婚約者の嗜好を見るために放っていたというのは大きな違いであったが。
「骨格の違いは如何ともしがたく、無念じゃ。陛下、それでも、一応ささやかながらある。これで許してはくれぬか」
「いや、普通にある。大丈夫」
寄せて上げてはあるだろうが、形の良い胸が先程から側にあり、王は目のやりどころがなかった。
「まことか?! それならば良かったっ」
そう言ってぱあっと明るく嬉しそうに笑った王妃は、スミレの花のように可憐であった。
そもそも美しい令嬢として王の母国でも名前が上がっていたぐらいなのだ。
豊かな黒髪は光によっては紫に輝き、黒目がちな瞳は〝麗しの紫紺〟と呼ばれるほど。
高貴な立ち振舞いに独特の言い回し、陶器のような肌も相まって近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、王の膝の上で無邪気に笑う姿は、一介の少女に過ぎない。
そう、王妃はまだ、この春十七になったばかりのうら若き乙女であった。
王は困ったようにガリガリと頭をかくと、観念したようにその輝ける瞳を見つめた。
「王妃、俺はまだ王妃の事は何というか、妻というよりかは、姪ぐらいの気持ちだ。従って閨もまだ、正直に言うとその気になれん」
「……」
途端に曇ってしまった瞳に苦笑して、王はそっと頬を撫でる。
「でも、王妃の気持ちは受け取った。俺も王妃の事は嫌いじゃない」
「嫌いじゃないというのは好きではないというのと同義」
「違う。好いていく可能性がある、という事だ」
「……」
王としては言葉を尽くしているのだが、王妃の唇は小刻みに震え、みるみるうちに大きな瞳に涙が盛り上がってきた。
「ち、違うと言っているっ……あー、泣くな、そうじゃなくて……」
困った王は、ぽろりと流れ出た涙を指で拭うと、王妃の頬を右手で包み少しだけ上に向かし、左手で膝から落ちぬように腰を抱きながら徐に口付けをした。
ゆっくりと身体を起こすと、もともと大きな眼をこれでもかと見開いてこちらを見ている王妃。
王はその顔に苦笑して言った。
「好きでもない相手とは口付けはしない。指南書にそう書いてはなかったか?」
「よく……分からぬ」
「まぁなぁ。指南書はあくまで指南書だ。俺たちは俺たちの指南書を作ればいいんだと思うのだが、どうだろう? 奥さん」
おどけたように言う焦げ茶色の瞳は柔らかく温かだった。
「……よく、分からぬが、そのようにするが良い、ような気が、する」
「よし、交渉成立だな。閨はまだ早いが、なるべく顔を見に行く。それでいいか?」
「一日一回は顔が見たい」
「……努力するよ」
一先ずの言質が取れた事にほっとした王妃は頷くと、ぎゅっと一度だけ王の首に手を回して抱きつき、さっと王の膝から降りてすたすたと一度も振り返らずに執務室を出て行った。
王はそのたおやかな黒髪をなびかせながら歩く美しい後ろ姿を見届けてから、ゴンッと机に突っ伏す。
「何処のどいつだ、美しくも人形のような感情に乏しい姫だっつった奴……全然ガセネタじゃねぇか。なんだ一日一回は顔が見たいって。ベタ惚れじゃねぇか……」
すっと視界に入った細い指先、笑うと澄ました顔が可愛く崩れる。
ついばんだ小さな唇は思いのほか柔らかく、見開いた黒き瞳と共に艶めいていて、可憐なのに手折りたくなるような色気を発していた。
なんとか止まって放したのに、極め付けの抱き付きに、脳天がぐらぐらする。目の前に広がった黒とも紫とも言えぬ美しい髪から醸し出されるジャスミンの香り。
ゴン、ゴンと何度も額を打ち付けて残像を消さなければ、領民が待ち望んでいる橋が掛からない所であった。
一方、王妃も。
執務室から出て、無言のまま部屋へ戻ると、任務ご苦労、夕餉まで一人にしてくれ、と付いてきた女騎士と新米侍女に言うと、奥の寝室に入ってベッドにぼすんと身体を投げ出した。
「陛下が……」
口付けをしてくれた……
震える手で唇に触れる。自分の指先とは違う、初めて知った柔らかな感触を思い出して枕に突っ伏す。
やがて新米侍女が夕餉の支度が出来たと呼びに来た時、王妃は枕を抱えてベッドの上でゴロゴロしているという醜態をさらしてしまうのだが、固まってしまった侍女を見かねて女騎士がまた、こほん、と咳払いをし、朗々と夕餉の支度が整った事を告げるのであった。
fin
お読み下さりありがとうございました!
さくっと読んで楽しめる王宮ラブコメを目指してみました。
名前が無いのは仕様です。そんなお話を書いてみたかったのでした。
私自身とても楽しんで書きました。
一緒に読んで下さってとても嬉しく思います。
アンリさま主催の「告白フェスタ」はこのお話以外にもとても楽しいきゅんきゅんな告白が勢ぞろいしています。
安心のハッピーエンド、ぜひ他の作品も読んでみて下さい。
ありがとうございました。
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日間ジャンル別二位を頂き、ありがとうございました。
初めてのことで驚き、どうしたらいいか分からずオロオロしておりました。
続きが読んでみたい、という声をありがたくも頂きましたので、せめてものお礼に、あとがきにSSを書かせて頂きました。
はじめましての方、こんにちは、楽しんで頂けたら幸いです。
二度目の方、お待たせしました、ご期待に応えられたかは謎ですが、私が書くとこのような感じになりました。
ご賞味頂けたら幸いです。
本当にありがとうございました。
2018.7.11 なななん
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沢山、沢山読んでくださってありがとうございます。
また、続きを、と言って下さってありがとうございます。
ゆっくりな更新ですが、連載版をスタートする事になりました。
皆さまのおかげです。
ありがとうございます。
またお時間がある時に、ちらっと覗いて頂けたら幸いです。
沢山の感謝を込めて
ありがとうございました。
2018.7.21 なななん
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「その後の王妃と王」
カチャ、という音に王は目を上げないように気をつける。
最近の王妃はこっそり執務室に入ってくるのが楽しみのようなのだ。
いつぞやドアを開けてすぐに顔を上げると、ピキッと大きな黒目を見開いて固まり、そのままするすると後退してドアの向こうに戻ってしまった。
それだけならまだしも、その行動を何回も繰り返すのだ。
王は三回目で根負けし、黙って気がついていないフリをするのが暗黙の了解となった。
しかしそっと入ってきた気配をだんだんと察する事が出来るようになってきてもどかしい。
一旦ドアの前で止まるのだ。
少しこちらの様子を見ているのが目の端に映る。
今日は何か菓子でも持ってきたのだろう、甘い匂いが少しだけこちらの方にも届いてきた。
「ちゃんと侍女に言付けてきたか?」
「ばれておったか」
「ばれるも何もここん所、毎日だろ」
軽やかに王宮内を闊歩する王妃はともすれば侍女の目を盗んでどこかへ行ってしまうらしく、新米の侍女が執務室前の近衛兵士に泣きべそを掻きながら王妃の来訪を尋ねてくる事もしばしば。
大概はここに来ている事が多いので大事にはならないのだが、一国の王妃にしては身が軽すぎる面もあり、王は少しそこが気になる。
案ずるな、侍女は部屋の外で控えておる、という言葉に頷き、目を閉じて眉間を指でつまみながらペンを置くと、王妃はすたすたと近くに寄ってきた。
どうやら部屋の半分まで知られずに来たら良しとしているらしい。
「椅子、持ってくるか?」
「よい、そなたの膝に入る」
「や、いいって、ちゃんと座っ……なんでそんなにするっと入れるんだ」
「そういう仕様だ」
「信じられん」
王と執務机の間にはわずかな隙間しかないというのに、王妃はいつのまにか膝に入っている。
「今日はな、バタークッキーというのをこさえてもらった。味は保証付きだ、一緒に食べよう」
王妃は紙ナプキンに包まれた、一口サイズのひし形のクッキーを一つ摘むとと、王の口元に持っていく。
「ま、まて、自分で食べられる」
「こうやって食べると書いてあった」
「またほにゃららか、もう読まなくてもいいだろう?」
「いや、ちゃんと妾の事を好いてくれるまでは」
「いや、ちゃんと」
「ちゃんと?」
王はそれっきりピタッと黙ると、盛大なため息をついた。
「……クッキーをくれ」
「うむ!」
嬉々として再び口元にもってくる王妃の指からクッキーを食べる。
半ば意識を飛ばしながら食べる王に王妃はこれも、これも美味いぞ、と次々と丸形やチョコチップになった一口サイズの焼き菓子をぽんぽん口に放り込む。
「ま……うぐ……っまて、もう十分だ、王妃も食べるだろ?」
「わ、妾もか?!」
王妃も、と言うと、途端にしゅっと顔を赤らめた。
そしてちらちらとバタークッキーを見ては王の方を見ている。
(まさか、食べさせろっていうのか、この恥ずかしい所業を俺にもやらせるのか……)
しかし王妃の方にも葛藤があるのか、し、しばし待たれ、と小さく呼吸を繰り返すと、えいっとでもいうように、薄っすらと羞恥に染まったまぶたを瞑って小桃色の唇を開けた。
その無防備な姿に思わず王は仰け反りそうになるのだが、バランスを崩すと膝の王妃が揺らぐと思い、なんとか、姿勢を保つ。
しかしながら至近距離にしどけなくあいた唇に今度は吸い寄せられそうになり、鋼のメンタルを総動員して一先ず目線を政務机に貼り付けるのだが、かなり、苦しい。
まだ十七、しかも、明らかに恋に恋する乙女。
野獣のようにがっついたらそれこそ下手をすれば即離縁だ。それは非常にまずい。
政治的にもまずいし、心情的にも、さすがの王も痛かった。
怖がらせず、友好的かつ穏やかに年齢が上がると共にそのようになっていけば良いと漠然と思ってはいるが、王妃の持つほにゃららの指南書がそれを良しとしない。
(まずいまずいまずいっ……勘弁してくれっ‼︎)
王は内心叫びそうになりながらも、王妃が後ろに倒れないように支えで伸ばしている左手を自身の太ももに当てぎゅいとつねってなんとか平静を保つ。震える手で手繰り寄せたナフキンの中のバタークッキーを一つ、王妃の小さな口に入れた。
口に含んだ王妃はぱちっと黒目がちな瞳が開くと、ゆっくりと口を手で少しだけ押さえるようにして飲み込み、王を見て、美味しいの、と満面の笑顔を見せた。
ぎゅい、ぎゅいぎゅいっ!
「……っそろそろ……っ政務に、戻りたいのだか……」
「うむ、仕方ないの。ご政務は最優先事項。夕餉は一緒に食べられるか?」
「いや、ちょっと、無理かも」
「閨は?」
「かなり、遅くなる」
「世継ぎを作る事も最優先その二事項だと思うぞ」
「俺もそうは思うが、うん、ちょっとゆっくりいこう」
小首をちょっと傾げて唇をとがらす王妃に、王は数え切れないつねりを入れ、かろうじて空いた手で、くしゃ、と王妃の頭を撫でた。
「明日の朝は一緒に食べられるようにする」
「まことか?! では料理長に腕によりをかけて朝食を用意するように……」
「いや、普通でいい、普通で」
「妾と同じものを食べてくれるのか?」
「ああ、王妃と同じでいい」
王が何も考えずに頷くと、王妃はふるふると感動したように目を潤ますと、小さく、夫婦みたいじゃっ、と呟いた。
そして、さっと王の膝から出るとそれは嬉しそうに言った。
「妾は、ちょっと厨房に行ってくる。ではな、明日な、約束ぞ? 約束は破ってはいけないのだぞ?」
「わかったわかった」
「ではなっ 明日なっ」
にっこりと頷きドアの方へと歩き出したのだが、あ、忘れておった、と王の側まで戻りきゅっと抱きしめると、さっと身を翻して政務室を出て行った。
王はその姿を見送りながら、うっかり抱きしめ返そうとしてしまった手をそのままに、ゴン、ゴンと政務机に頭を打つのであった。
fin