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第3回

第18話・新島 直美(ニイジマ ナオミ)


**** 18-03 ****



 翌日、2072年11月22日、火曜日には、日中に青木と樋口は天神ヶ崎高校滑走路への、加納と沢渡は F-9 改への、それぞれの慣熟の為に、数回の飛行を行ったのである。特に、青木と樋口の飛行の際には、後席に加納と沢渡が座り、周辺地形の参照点や着陸進入経路のアドバイスなどを実施したのだ。

 滑走路への慣熟と言われると、『タッチ・アンド・ゴー』を何度も繰り返す様な状況を想像する向きも有るかも知れないが、流石に平日の日中だと同敷地内の校舎では普通に授業中であり、騒音で授業の妨げにならないよう配慮はされたのである。もっとも、青木も樋口も本社ではテスト・パイロットを務めている実力者なので、三度の離着陸で大体だいたいかんつかめたのだった。

 兵器開発部の方はと言うと、更に翌日の試験飛行に向けて、機材の準備や計画の確認や打ち合わせ等に、放課後の部活時間を費やしたのである。


 そして、2072年11月23日、水曜日。この日は全国的に祝日で、学校は休日である。だから、兵器開発部が日中の試験飛行が可能なのだ。

 この日の試験目的は、F-9 改の電波受信、及び、発信能力の確認である。勿論、アンテナと送受信機、それぞれの器機の能力は試作工場で確認済みなので、今回はもっと、実戦的な能力の確認を行うのだ。

 試験の概要は、次の通りだ。

 ず、試験での仮想敵役を HDG-A01/AMF と HDG-C01 が担当する。

 HDG-C01 は元々、電波の送信能力を備えているので、それを利用してエイリアン・ドローンの発信電波を模擬するのである。一方の AMF であるが、此方こちらには C01 の様な電波送信能力は無いので、電波発信用ポッドを AMF 主翼下に懸下けんかし、C号機と同じくエイリアン・ドローンの電波発信を模擬するのだ。この電波発信用ポッドは以前使用した『自衛用ジャム・ポッド』を通信妨害用電波の発信ではなく、あらかじめ設定されたエイリアン・ドローンの通信を模擬した電波を発信出来る仕様に改造した物である。改造とは言っても、ハードウェア的な変更は一切いっさい無く、全てソフトウェアの変更で対応がされている。

 AMF とC号機は、エイリアン・ドローンの模擬電波を発信しながら試験空域を飛行し、それを受信して同じ周波数の妨害電波を F-9 改が送信するのである。そして AMF とC号機は F-9 改から送信された妨害電波を受信して、その周波数や出力を記録、評価する、と言った所が、予定される試験の大まかな流れなのだ。

 AMF には妨害電波を受信し記録する器機も標準で装備はされていないので、これにはもう一基の『自衛用ジャム・ポッド』を装備して、その用途に当てるのである。『自衛用ジャム・ポッド』はエイリアン・ドローンが使用する周波数の電波を受信し、解析する機能を持っているのでれを利用するのだ。本来なら受信したのと同じ周波数の妨害電波を放射するのが『自衛用ジャム・ポッド』の役目なのだが、今回はれは不要なのでの回路は働かない様に設定して、試験に使用するのである。従って、AMF は主翼の左右に一基ずつ、同系統のポッドを懸下けんかする格好となるのだが、前述の通り、一方は送信用で、もう一方が受信用となる。

 HDG-C01 に就いては、その装備する複合アンテナは Sapphire へのプログラム次第で、柔軟に用途が変更出来る為、今回の試験に合わせて特別に装備を換えたり追加したりする必要は無い。

 そして HDG-B01 であるが、その役割は主に監視である。試験自体には直接関与しないので、ブリジットにとっては退屈な役回りであるが、もしも事故等が発生した場合には迅速に現場に到達したり、救援や救助を実施しなければならない、大切な役目なのだ。勿論、何事も起きなければ、一番退屈な事に変わりはないのだが。

 これらの試験計画の策定や、使用する器材の準備は、全て本社サイドで行われたのだ。前回の試験終了後のデブリーフィング時に天野理事長が F-9 改の件を発表するまで、兵器開発部のメンバー達はの計画を知らなかったのだから、それは当然である。


 試験飛行に参加する五機は、予定通り、午前十時に順次、離陸を開始した。

 離陸の先頭は茜の AMF で、続いてクラウディアのC号機、そして F-9 改一号機、二号機の順で滑走路から飛び立ち、最後に離陸滑走を必要としないブリジットのB号機が、駐機エリアから直接、空中へと舞い上がったのだった。

 F-9 改の一号機は、操縦を青木、後席での ECM オペレーションを緒美が、二号機は操縦を樋口、後席を直美が、それぞれ担当する編成である。

 進空した五機は学校上空で集合し、一路、試験空域が設定される日本海方向へと向かったのだ。

 飛行時間が最も長い青木の F-9 改一号機を先頭としてF-9 改二号機、AMF、C号機、B号機の順に、後続機が左後方に並ぶエシュロン編隊を組んで、五機は北上して行ったのである。

 F-9 改と AMF、C号機飛行ユニットが、ほぼ機体の規模は同じなのは、いずれも F-9 戦闘機がベースなのだから当然なのだが、その最後尾に一機だけ機体の規模が明らかに違う HDG B号機が追従している様子は、少々、奇妙な光景だった。翼幅に就いてのみ言えばB号機の飛行ユニットは軽飛行機並みのサイズを有しているが、飛行機で言えば胴体に当たる構造体や尾翼が存在しないその姿は、遠目に見れば小型の全翼機に見えなくもないのだ。勿論、F-9 改や AMF、C号機と行動を共にする事に関する、能力的な不足は無い。

 試験空域へと向かう編隊は、時速 600 キロメートル程度で北向きに飛行を継続していた。


 一方で、第三格納庫には何時いつも通りにテスト・ベースが設置され、各機を試験へと送り出したスタッフ達が、HDG 各機から送られて来る画像データや、データ・リンク経由での通話音声をモニターしていた。


「こっち側に緒美ちゃんが居ないのは、ちょっと不思議ね。」


 立花先生は、小さな声で隣に居た恵に、そう言ったのだ。恵は少し微笑んで、小さくうなずいただけだった。

 今回、テスト・ベースに緒美が不在の為、試験内容の技術面に詳しい樹里に、リーダー役が任されていた。勿論、緒美は F-9 改一号機機上からテスト全般の指揮は執るのだが、非常時にテスト・ベース側で何らかの判断が必要になった際には、樹里が現場の意見をまとめるのだ。とは言え、テスト・ベースには立花先生が居るし、今回も天野理事長が様子を見に来ていた。加納と沢渡はフライト直前まで、F-9 改パイロットに不調が生じた際の交代要員として待機していたので、そのまま、試験の様子をモニターして呉れている。更に、F-9 改整備担当の技術者達も、試験の推移を見守っているのである。

 樹里が一人で、何もかもを判断しなければならないわけではないのだ。


 一方で F-9 改に搭乗している緒美と直美は、パイロット達と同じ装備を身に付いていた。つまり上下つなぎの飛行服に、パラシュート用のハーネス、ジェット機用のヘルメットに酸素マスク、と言った具合である。空中戦をするわけではないから、流石に大腿部を締め付ける耐Gスーツまでは着用していない。

 これまで、学校所有のレプリカ零式戦で飛行する際は、緒美も直美も服装は制服のままだったし、ヘルメットも被った事はない。精精せいぜいが、通信用のヘッドセットを装着した程度である。或いは、上空は冷えるのでストッキングかタイツを追加して穿いた位で、飛行服を着用した事は、ほぼ無かったのだ。

 これは、レプリカ零式戦が幾ら元来は戦闘機だとは言っても、脱出装置が装備されていない事に起因する。つまり、非常時に機外へ脱出する事を想定していないのだ。戦争当時であれば、敵機から機銃攻撃を受ける等で火災でも発生したならば機を捨てて脱出しなければならないケースも想定されるが、それでも機外へ飛び出すのは非常に危険なのである。飛び出すのに失敗すると、機外へ出た途端に乗っていた機体の尾翼に衝突して大怪我をしたり、その為に意識を失ってパラシュートの開傘が出来ずに地面に激突したり、と言ったリスクも存在するのだ。勿論、被弾して炎上したり、翼を吹き飛ばされて錐揉きりもみ状態だったりの機内に残っても、それは 100%助からないので、それならば一か八か脱出した方が生還の可能性が高まる、と言う話なのだ。

 戦時中でなければ飛行機に起き得るトラブルはエンジンが停止するとか、着陸脚が出ないとか、なので、そうであれば機体を捨てずとも滑空して緊急着陸が出来る場所を探し、どうにか軟着陸を目指す方が安全だと言える。

 そんなわけで、緒美達は普通に学校の制服でレプリカ零式戦での飛行を行っていたのである。勿論、シートベルトはキッチリと締めておく必要は、ある。

 これが飛行機部とかになると、部活のアイデンティティとして飛行服を着用しているのだが、飛行機部が使用する機体、滑空機グライダーや軽飛行機にも脱出装置は装備されてはいないので、これらに搭乗するのに飛行服でなければならない積極的な理由は無い。

 更に言えば、社有機の操縦士達も、所謂いわゆる飛行服は着用していないのだ。普通にスラックスとシャツの組み合わせの様な、ビジネスマンと大差無い出で立ちで、社有機に乗務しているのだった。勿論、社有機の操縦士達にも有事の際に機体を捨てて脱出する選択肢は、元より無いのである。

 所が、これが F-9 の様な戦闘機となると、少し話が変わって来るのだ。F-9 は戦闘機であるゆえに、戦闘時に被弾して操縦不能になる可能性を考慮しておかなければならず、従って射出座席が装備されているのだ。

 戦闘以外のトラブルでは民間向けジェット機や軽飛行機と同様に、極力、最後までコントロールして軟着陸を目指す方針には変わりないのだが、戦闘機の場合は滑空時の速度が民間ジェット機や軽飛行機の様に低速ではないのが問題になるのだった。これは高速飛行性能や運動性を追求した代償であって、戦闘機の様な高速機の宿命なのである。つまり安全な軟着陸の難易度が高く、その為に必要な不時着場所の条件(広さや、地面の平坦度など)が厳しいのだ。それが見当たらない場合は、海にでも機体を落とす以外に選択肢は無いのだが、その時には操縦者や搭乗員は脱出する必要が有り、ならば搭乗員は、それなりの装備を用意する必要に迫られるわけなのだ。

 当然、射出座席の使用は万が一の、最後の手段と言う事にはなるが、装置が存在する以上、搭乗者はの扱いを知っておく必要が有り、緒美と直美は航空生理検査をパスした後で、射出座席と落下傘降下に関しての安全講習を受けさせられたのだった。実は航空生理検査よりも安全講習の方が、時間が長かった位なのである。

 射出座席の安全講習は、座席の安全装置の説明から緊急脱出時の操作方法、最終的にはシミュレーターでの射出体験までが1セットになっている。射出シミュレーターは実際に火薬で座席を十メートル程の高さに打ち出す物で、座席はレールに沿って上昇するので、実際にどこかへ飛んで行ってしまう心配は無い。又、装填されている火薬も、実物の半分程度の量である。

 落下傘降下の安全講習に関しては、射出後の座席の分離から開傘までの操作を、実物を使って講習を受けるのだが、実際の座席分離から開傘の動作は自動で行われる仕組みなのだった。敢えて手動操作の講習を受けるのは、自動装置が働かなかった時の為である。最後に、実際に身体を吊して、降下時のパラシュート操作方法の講習を受けて終了したのだった。

 これらの講習を全て受けないと、天野重工社内での F-9 搭乗資格は、与えて貰えないのである。

 天野重工はの様な施設を用意して、自社のパイロット達に定期的な安全講習を受けさているのだった。


「乗り心地はどうだい?鬼塚君。」


 緒美の耳に、ヘルメット内部のレシーバーから前席の青木の声が聞こえた。それは前席と後席とで通話する為の、インカムの音声である。インカムで使用しているマイクとレシーバーは、通信機のれと兼用だが、緒美が HDG のオペレーションに普段からで使用している物と違って、全ての発話が通信に乗る事は無い。それは『トークボタン』が存在するからだ。

 データ・リンクを使用している防衛軍の通話システムは、能力的には電話の様な同時双方向会話が可能で、実際、茜達の HDG との通話はその仕様で設定がされている。これはトークボタンを設定出来ない、若しくは設定出来ても操作出来ないからである。

 しかし、F-9 戦闘機を始め、防衛軍の使用器材は通常、同時双方向会話は採用しておらず、原始的な無線通話の方式を維持しているのである。つまり、通常は受信待機状態で、トークボタンを押した時だけ送信が出来ると言う仕様だ。これは、防衛軍の通信は指揮伝達の用途が主で、その為の秩序を維持する目的で制限を課しているのだ。同時双方向会話が出来るからとれを無制限に許していたら、複数の会話に大事な命令伝達が埋もれてしまい兼ねないのである。

 F-9 戦闘機の場合はトークボタンは前席には操縦桿に、後席には正面計器盤カバー上や側方の姿勢保持用ハンドルに取り付けられている。それらのトークボタンを押す事で、発話の送信が可能である事は、勿論、事前に説明を受けているのだ。

 取り敢えず、今回は機内での会話なので、緒美は何も操作せずに声を返す。


「思った以上に、窮屈きゅうくつですね。普通の服で乗れる分、学校の零式戦の方が楽です。」


「あはは、そうか。鬼塚君は、あのレプリカ零式戦、飛ばしてたんだな。機会が有ったら、俺も、あれを飛ばしてみたいんだけどね。」


「それは、学校か飛行機部と交渉してください。一回飛ばすだけでも、それなりに費用が掛かるみたいですから、何か、いい理由が無いと許可は出ないと思いますけど。」


「う~ん、同じ事を樋口君や、飛行機部の金子君とか武東君にも言われたんだけどね。」


「わたし達の飛行訓練が、次の日曜日の予定ですけど。その時に十分や十五分なら、体験飛行も有りなんじゃないでしょうか? 勿論、飛行機部の許可は必要ですけど。」


「そうか、後で金子君にいてみよう。」


「そうしてください。」


 そんな会話をしていた、F-9 改一号機の青木と緒美であった。

 一方で、F-9 改二号機の樋口と直美である。


「F-9 の乗り心地はどう?新島さん。」


 図らずも、青木と同じ様な事をいている樋口なのである。


「取り敢えず、飛行服一式が窮屈きゅうくつですね。」


 そして直美の感想も、緒美と異口同音なのだった。勿論、一号機と二号機の機内で交わされている会話を、お互いは知らない。


「あははは、まあ、いざと言う時に必要な装備だからね。慣れるように努力して。」


「一応、安全講習は受けましたから、必要性は理解してます。」


「ああ、アレね。わたし達も定期的に受けるんだ。特に射出座席の作動は、実際には、なかなか体験出来ないから。」


「確かに、本物で頻繁に体験してたら大変ですけど。」


「だよねー。」


 そこで緒美からの通信が、聞こえて来る。


「AHI01 より、HDG 各機。退屈してない?少し位、おしゃべりしても大丈夫よ?」


 離陸して以降、編隊の位置ポジション確認を行ってから十分以上、茜達は一言も発していなかったのだ。

 茜達にしてみれば、今回は本社から派遣されている青木や樋口が居るので、仲間内での軽口はひかえていたのである。


「えーと、HDG01 です。取り敢えず、大丈夫です。編隊フォーメイションで位置を維持するだけで、結構、神経使いますから、退屈はしてませんよ。」


 最初に、茜が応えるのだった。続いて、ブリジットが声を上げる。


「HDG02 も異常ありません。大体、HDG01 と同じです。」


「HDG03、問題無いです。」


 最後にクラウディアが、極めて淡泊な報告を返すのだった。

 続いて聞こえて来たのが、青木の声である。


「あはは、樋口君の後輩にしては、みんな、真面目でいいじゃないか。」


「何ですか?『しては』って。」


 直ぐに樋口が、言い返すのである。


「深い意味は無いから、勘繰らないで呉れー。」


 その青木の言い訳には、樋口は特に応じず、次に声を上げたのは緒美である。


「AHI02、新島ちゃんも大丈夫?」


「あー大丈夫、ちゃんと起きてるから、御心配無く。」


 その直美の返事にくすりと笑い、緒美は伝達を続ける。


「全員の声が聞けて、安心しました。試験空域エリアまで、あと十分じゅっぷん程なので、試験手順の最終確認をしておきます。」


 緒美は飛行前のブリーフィングで使用したチェックリストを、もう一度、読み上げ始めたのである。

 そうして一行は、試験空域へ到達したのだ。




- to be continued …-




※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。

※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。


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