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第3回

第17話・クラウディア・カルテッリエリとブリジット・ボードレール


**** 17-03 ****



 2072年11月11日は金曜日で、この日からは昼休みの飛行確認の予定は無くなったのだが、放課後の部活は通常通りである。

 翌日の土曜日に『プローブ』の発射試験が予定されており、その試験に向けての整備点検と準備が、この日の活動予定なのだ。とは言え、整備点検の大部分は昼間の内に、畑中達、本社試作工場からの出張組が実施しておいて呉れるので、放課後の部活では HDG 各機の状態に就いて報告を受け、翌日の試験に備えて打ち合わせを行うのである。

 この日の昼過ぎには、翌日の実射試験対応の為に本社開発部から日比野が天神ヶ﨑高校へ移動して来ており、試作工場からの出張組と合流したのだった。


「そう言えば、最近は安藤さんよりも、日比野先輩の方が天神ヶ﨑高校(こっち)に来る事が多くなっちゃいましたね。」


 打ち合わせが終了して樹里は、そう日比野に声を掛けたのである。日比野は自分のモバイル PC の終了作業をしながら応じるのだ。


「ああ~安藤さんは、Ruby 関連でこっちに来る用事も、ほぼ無くなっちゃったみたいよね。今は、本社でやる業務の方が多いみたいなのよ。それに、Ruby とはオンラインで遣り取り出来るしね。」


「そうですね。」


 微笑んで樹里が声を返した所で、打ち合わせの参加者に、緒美が声を掛けるのである。


「すみませんが、皆さん、下のフロアへ一度、お願いします。」


「わたしも?」


 意外そうに、そう聞き返したのは、立花先生である。


「先生も、お願いします。」


 微笑んで緒美が言うのだが、立花先生は苦笑いで応えるのだ。


なんだか、嫌な予感しかしないんだけど…。」


「大丈夫ですから、いきましょー先生。」


 そう言って、茜は立花先生の背中を押すのだった。

 第三格納庫二階の部室で打ち合わせに参加していたメンバーは、兵器開発部からは部長である緒美、テスト・ドライバーの三名、すなわち茜、ブリジット、そしてクラウディア、それに加えてソフト担当の樹里、最後に立花先生、以上の五名である。本社サイドからはメカ担当の畑中と、電装エレキ担当の倉森、ソフト担当の日比野が参加しており、明日の試験で随伴機となる社有機の機長を務める予定の沢渡も参加していたのだ。本社の飯田部長は、ネットワーク経由での遠隔リモート参加である。

 そんな一団が、二階から格納庫フロアへと降りて来ると、南北方向へ並べられている HDG のメンテナンス・リグの前側スペースに、長手側を接続した長机三本の上に軽食や飲み物などの準備がされているである。

 そして、恵が声を上げるのだ。


「はーい、今日は城ノ内さんの、お誕生日でーす。」


 格納庫フロアで準備をしていた一同が、拍手で樹里を迎えるのだった。

 続いて、直美が声を上げる。


「それから月曜日が、我らが立花先生の、お誕生日でした~。」


 ふたたび拍手と、その合間に「おめでとう。」の声が上がるのだ。


「わたしのは祝わなくってもイイって、言ったのに。」


 立花先生は隣に立っていた緒美に、そう抗議するのだった。その顔は困った様な、嬉しい様な、複雑な表情である。

 緒美は笑顔で、立花先生に言葉を返す。


「まあ、みんなが、大好きな立花先生の事、お祝いしたいんだから、それでいいじゃないですか。」


 横目で、少しにらむ様に緒美を見たあと、溜息と共に視線を上へと転じ、気を取り直す様に立花先生は声を上げたのだ。


「はい、はーい。取り敢えずみんな、ありがとうねー。」


 立花先生の声を聞いて、一同はふたたび拍手を送るのだった。

 そして、今度は畑中が、申し訳無さそうに声を上げる。


「あ~、オレ達も混ざっちゃっていいのかな?」


「何、言ってるんですか、畑中先輩。」


 間を置かずに声を返したのは、直美である。それに、恵が続くのだ。


「今回は参加人数が多いから、会場をこっちにしたんですから。」


 兵器開発部の部員が九名に、立花先生、飛行機部からの応援要員である金子、武東、村上に、維月と九堂を加えると十五名である。それに出張組である畑中、倉森、新田、大塚に日比野を加えて、更に打ち合わせからの流れで沢渡を追加すると、総勢二十一名となる。流石に、部室では手狭になるのが明白だったのだ。


「まあ、みんなでケーキを食べるだけの会ですけど。一時間程、付き合ってくださいよ、畑中先輩。」


 そう直美に言われ、畑中は出張組の面々を一度見回してから応える。


「そう言う事なら、遠慮無く…あ、でも会費ぐらいは払うからさ。」


「いいんですよー何時いつもお世話になってる、そのお礼も兼ねてるんですから~。」


 直美に続いて、恵が補足する。


「費用に関しては御心配無く。HDG の関係で、わたし達も手当を頂いてますから。それに~十一月は、倉森先輩も、お誕生日ですよね?」


 急に話を振られて、倉森は少し慌てて声を返す。


「え?わたし…は~来週よ。」


ついで、で申し訳無いんですけど、一緒にお祝いさせてください、倉森先輩。」


 そう言いつつ、蝋燭ろうそくの立てられたカットケーキが乗せられた樹脂製の皿を、同じ学科の後輩である金子が、倉森へと差し出すのだ。

 同じ様に蝋燭ろうそくが立てられたカットケーキが、樹里と立花先生にも手渡される。

 それを確認して、恵が声を上げるのだ。


「それじゃ、お馴染みのバースデーソング、行きましょうか~。」


 定番のバースデーソングを皆が歌う中、ケーキの蝋燭ろうそくに、金子が順番に火を灯していく。そして樹里と立花先生と倉森の三人は、歌の終わりにの小さな火を、一息で吹き消すのだ。その瞬間に、一同はもう一度、大きな拍手を送るのだった。


「じゃあみんなで、ケーキ、頂きましょうか。」


 そう恵は言って、武東達と手分けをし、手近な人から順に、カットケーキが乗った皿を配っていく。

 そんな中で、ケーキを受け取った新田がわざと少し大きな声で、畑中に言うのだ。


婚約者みなみさんに、誕生日のプレゼントとか、準備してないんですか?畑中さん。」


「そんなの、出張先に持って来てるわけ、ないでしょ。」


「へえ~って事は、準備はされてるんですねー。どんなの、かな~。」


「ノーコメント。ここでバラしたら、詰まらないでしょー。」


 新田が畑中に絡んでいるのは、単に年下である会社の先輩をからかっているだけである。畑中も、それが悪意からではない事は理解しているので、無難なコメントであしらっているのだ。その様子は、はたからながめている限り、ちょっとしたコントである。実際、その遣り取りを聞いて、天神ヶ﨑高校の後輩達はクスクスと笑っているのだった。


「ですって~みなみさん。」


 新田は適当な所で、話を倉森へ振り直すのだ。その倉森も又、畑中と同じ様に二歳年上の後輩である新田をあしらうのだった。


「はいはい、もう、その辺りにしといてね~朋美さん。」


「チッ、もう少し新鮮な反応が見られるかと思ったのに~。」


「んふふ~、残念でした~。」


 そんな試作部側の遣り取りの一方で、日比野は壁際に置いてあった自分の鞄から、二つの包みを手に戻って来る。


「こう言う流れになるんだったら、ちょうど良かったわ。樹里ちゃん宛てに、預かって来た物が有るのよ~。」


 そう言って日比野は、ケーキを食べている樹里に、ラッピングされた包みを差し出す。


「何です?日比野先輩。」


「井上主任と、安藤さんから。お誕生日のプレゼント、預かって来てたのよ。」


「え?…え~と、わたしにですか?どうして、また…。」


 樹里は、唐突とうとつに差し出された贈り物を、受け取るのを躊躇ちゅうちょするのだった。


「どうしてって、井上主任は、維月ちゃんと仲良くして呉れてるお礼、だって。あと、Ruby や Sapphire がお世話になってる事も含めてね。それは、安藤さんも同じなのよ。」


「先生、いいんでしょうか?こう言うの。」


 樹里は何とは無しに、立花先生へ許可を求めるのである。立花先生は、特に気に掛ける事も無く答えるのだ。


「いいんじゃない?特別に高価な物って事じゃなければ。ねぇ、緒美ちゃん。」


 急に話を振られた緒美も、微笑んで言うのだ。


「井上主任や安藤さんからすれば、城ノ内さんは兵器開発うちの部の中でも特別な存在なんだから、有り難く頂いておけばいいと思うけど。」


 二人から、そう言われて樹里は、手にしていたケーキの皿を机へと置き、日比野からプレゼントの包みを、丁重ていちょうに受け取るのだった。


「それじゃ、折角、用意して頂いた物なので。ありがとうございます…あとで、お二人には、お礼のメール、送っておきますね。」


「そうね、そうして呉れると主任達も、嬉しいと思う。」


 そう日比野が笑顔で答える一方で、樹里の背後からのぞき込む様にして維月が問い掛けるのだ。


「麻里ねえからのプレゼントって、中身は何?何?」


「ちょっと、維月ちゃん…。」


 樹里は身をよじる様にして、手にした包みを維月が伸ばす手から遠ざけながら、日比野に尋ねるのだ。


「…これ、開けてもいいんですかね?」


「いいんじゃない? 変な物は入ってないでしょう…多分。」


 そう答えて日比野は、くすりと笑う。「それじゃあ。」と、樹里は包みの封を開けるのだ。

 そして中から出て来たのは、綺麗なプリントがらのハンカチーフのセットだった。


「ああ、それ。わたしが貰ったのと、同じヤツじゃない。」


 維月は、少し落胆した様に声を上げた。それとは間を置かず、樹里が嬉しそうに言葉を返す。


「じゃ、おそろいだね。」


 瞬間的に維月は、姉の麻里がギフトの選択に就いて、手を抜いたのだと思ったのだ。だが、樹里の見解を聞いて、麻里が敢えて同じ物を贈った可能性も有るのかと、そう思い直したのだった。そして頬をゆるめて、維月は樹里にたずねる。


「安藤さんからのは、何?」


「う~ん、感触は本みたいだけど…。」


 樹里が包みの中身を取り出すと、案の定、それは一冊の書籍で、表紙の側を見て、そのタイトルを読み上げる。


「あはは…『難問・プログラミング問題集』だって。 安藤さんらしいチョイスね~。」


「何よそれ。色気、無いなあ…。」


 クスクスと笑う樹里の一方で、維月はあきれ顔である。そして包みの中に残っている、メッセージカードを樹里は見付け、嬉しそうに文末を読み上げるのだ。


「あ…カードが。え~と『…暇潰しに使ってちょうだい。』だって。」


「え~…。」


 樹里と維月、二人の反応の落差を目の当たりにして、日比野は声を上げて笑うのだった。そして、井上主任から個人的に依頼されていた、もう一つの任務ミッションを、思い出したのだ。


「…あ、そうそう。井上主任から、頼まれてたんだ。記念に樹里ちゃんと維月ちゃんの、画像撮って来てって。クラウディアちゃんも一緒にね~。特に、維月ちゃんは最近の姿を、送って来て呉れないから~ってさ。」


「いや、送ってって、頼まれた事、無いですし…。」


 そうは言ってみたものの、維月は、昨年末の手術の際に、思い詰めた末の願掛がんかけと、その時の勢いで、バッサリと切ってしまった自分の髪が、或る程度、伸びそろまでは、写真や画像を残したくはなかったのが正直な所だったのだ。四月の時点では男子の様だった短髪も、半年が経った今の時点では、直美よりは長く、瑠菜よりは短い程度にまで、頭髪は伸びているのである。

 幾ら伸ばそうとしているとは言え、毎月、バランスを取る為のトリミングが或る程度は必要なので、完全放置と言うわけにもいかない。維月はバランスを整えながら、以前の状態を目指して少しずつ髪を伸ばしている最中なのである。

 実の所、脳腫瘍の手術前に、その当時の頭髪をバッサリと切ってしまわなければならない幾分かの事情が、維月には有ったのだった。

 維月に脳腫瘍が発見された当初、その患部の位置が手術を行うには余りにも難しい場所だった為、投薬や放射線治療を組み合わせて、時間を掛けて対処していくと言う治療方針だったのである。そして、その副作用で、維月の頭髪は一部が抜け落ちてしまっていたのだ。

 その事を両親から聞かされた井上主任が、彼女の妹の病状に就いて会社に相談した事から、維月の様な難易度の高いケースでも手術を引き受けて呉れる医師へとつながったのである。これは維月が井上主任、詰まり社員の家族である事に加え、維月自身が天神ヶ﨑高校の生徒であり、すなわち天野重工の準社員である事から、福利厚生の一環として会社が動いた結果なのだった。天野重工程の会社であれば、色々な方面からの情報が得られるし、所謂いわゆる『名医』につながり易いだろう事もまた、一般個人の比では無い。

 昨年の、あの時点で井上主任が会社に相談していなければ、場合に依っては維月は命を落としていた可能性すら有ったのだ。勿論、その事は維月は両親から聞かされていたし、理解も感謝もしているのである。


「クラウディア、ほら~、いらっしゃーい。」


 少し離れた場所でケーキを食べているクラウディアに、樹里が笑顔で呼び掛ける。クラウディアは、直ぐに声を返すのだ。


「わたしは、関係無いじゃないですか?城ノ内先輩。」


 そのクラウディアの見解に、日比野が説得を試みるのである。


「そんな事無いよー。天神ヶ﨑高校兵器開発部のソフト部隊三名には、うちの課は大いに期待してるんだから~将来の即戦力だからねー。」


「ほらほら、ケーキ持ったままでイイから、こっちおいで。」


 そう、維月に手招きされると、クラウディアは手にしていた皿を机に置いて言葉を返す。


「それじゃ、丸でわたしが『食いしん坊』キャラみたいじゃない。」


「あはは、れはれで面白いかもね~。 はい、並んで~クラウディアちゃんが真ん中がイイかな。」


 日比野は自身の携帯端末を取り出し、樹里達にレンズを向ける。

 誕生日的には主役の樹里がセンターに来るべきなのだが、標準的な樹里の身長に対して他二名の身長差が大きい為、構図的には一番背の低いクラウディアを二人が挟んだ方が良いだろうと、そう日比野は判断したのだ。そして維月はクラウディアの肩に手を掛け、みずから腰を引いて顔の高さを樹里と合わせるのだった。


「それじゃ、そのままで。撮るよ~…」


 一回、二回と日比野は、樹里達三人の姿を携帯端末に収める。

 そして撮影の終わった日比野に、後ろから茜が声を掛けるのだ。


「日比野先輩。記念って事なら、先輩も一緒に撮りましょうか?」


「あ~そうね、お願い出来る? わたしの携帯端末(PT)で。」


 そうして、日比野がクラウディアの背後の立った状態で、四人の画像を茜が日比野から渡された携帯端末で撮影するのだった。

 そのあとは何と無く、幾つかのグループに分けての場に居た全員の姿を、日比野が撮影していく流れになったのだ。

 そのグループとは、例えば立花先生と三年生の三人とか、維月を加えた二年生組とか、一年生の三人だとか、である。或いは飛行機部の三年生二人を加えた三年生組五名であったり、一年生の応援組二名と茜、ブリジットの機械工学科の一年生四名であったり、試作部からの出張組四名と立花先生の組合せだったり、勿論、日比野自身も被写体に加わったりと、それなりの盛り上がりを見せたのだった。

 ちなみに、それぞれの画像撮影に於いて、背後に HDG 各機が映り込まない様に、留意されていた事は指摘しておきたい。れもが秘密指定の器材であるので、技術資料として画像を残す場合以外は、極力、画像データを取得しないのが無難なのである。個人の携帯端末から、うっかり画像データが流出でもしたら、誰も責任が取れないのだ。その辺りの事情は、この場の全員が心得ているのである。

 そんな中で、畑中がポツリと言うのだ。


「しかし、試験の本番は明日なのに、もう打ち上げの様な雰囲気だよね。」


 なかあきれた様な、その、畑中の発言には、直美が反応するのである。




- to be continued …-




※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。

※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。


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