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第4回

第14話・天野 茜(アマノ アカネ)とクラウディア・カルテッリエリ


**** 14-04 ****



防衛軍そちらは任務遂行の邪魔をされたとお怒りの御様子ですが…成り行きとは言え、自身と周囲の友人達、それに学校とその所在する地域、そう言った諸諸もろもろの物を守る為に、彼女は自身を危険にさらしたんですよ。本来なら、民間人を守るのが、防衛軍の任務ではないですか。それなのに当社の、将来の幹部社員とするべく育成中の若者が、過度なリスクを背負って事態に対処せざるを得なかったのです。その上、この様な場に呼び出されて、理不尽な物言いをされる。怒りたいのは、此方こちらの方です。」


 その言葉を聞いて、伊沢三佐は、苦々しく反論する。


「ですから、我々は民間のかたの戦闘への参加は望んでいない。余計な事はしないで呉れ、と言っているんです。」


「何ですか、余計な事って!」


 かさず声を上げたのは、立花先生である。その剣幕に驚いている伊沢三佐を向こうに、立花先生は発言を続ける。


「彼女達が行動した四回は全て、そうしなければ被害が出ていた状況なんですよ。二度目の時、現場には四十人近い防衛軍の方々が居ましたが、その時だって彼女達の行動が無ければ、何人の犠牲が出ていたか。」


 その発言に対して、釈明する様に藤牧一尉が声を発したのである。


「防衛軍所属のものなら、何時いつだって覚悟は出来ています。」


 立花先生は顔をしかめて、言葉を返すのだ。


「あの時、現場に居た陸防のお偉い方も、同じ事をおっしゃってましたけど。彼女が心配したのは、防衛軍の方々の、御家族の気持ちです。だからこそ鬼塚さんも、最終的に応戦の指揮を執ったんですよ。鬼塚さんには、防衛軍で殉職した身内が居ますから。」


 防衛軍と防衛省、正面に座って居る四人の表情が曇ったのが解ったが、立花先生は構わず発言を続ける。


「それに、エイリアン・ドローンへの対地攻撃に巻き込まれて友人を失ったものも、兵器開発部のメンバーにはります。そう言った周辺被害を最小化出来る装備として、HDG の開発には意義と可能性が有るんです。勿論、子細に就いてを秘密にしている都合上、防衛軍の方々が、それをご存じないのは仕方が無い事と理解はします。ですが、情報を伏せているのには、相応の理由が有っての事です。それ位の事は、機密事項を扱う事も有る防衛軍の、増してや司令部の方なら、お解りになるでしょう?」


 一瞬、言葉に詰まった藤牧一尉はくやまぎれに、最後で精一杯の嫌味をひねり出して、そしてそれを口にしたのだ。


「随分と御立派な事をおっしゃっている様子ですが、余所よそ様から預かっている御子息に危険な事をさせて、何だかんだと正当化されていらっしゃる。その態度は学校とか企業として、如何いかがなものですかね。」


 流石に、その物言いには飯田部長もカッとなって、右のてのひらでテーブルを叩き、声を上げた。


「テスト・ドライバーを務めている子は、天野重工会長のお孫さんですよ、何か文句が有りますか!」


 正面に並ぶ四名が、その剣幕に唖然としているのだが、飯田部長は言葉を続けるのだ。


「会長は、矢面やおもてに立っているのが、御自分の孫娘であるから、現状を容認しているんですよ。そうでなかったら、一回目の戦闘が起きた時点で、開発業務を本社に戻してます。もし、そうなっていたら、どうなるとお思いですか? その場合、政府から依頼されている開発作業がスケジュールに乗らなくなりますよ。その影響で、一番最初に皺寄しわよせが行くのは、一線に立っている防衛軍部隊になるの位、想像がお付きになるでしょう? 勿論、未成年者に頼らざるを得ない現状が、大人として情け無い状況なのは百も承知です。が、今は彼女達の能力を活用して、円滑に開発を進めるしかない、そう言う時期なんですよ。下らないプライドや言い掛かりで、此方こちらの業務の邪魔をしないで頂きたい。」


 そこで再び、防衛省のお役人が仲裁に入るのだった。


「まあまあ、飯田さん。天野重工さんには、一方ひとかたならぬ御協力を頂いている事をですね、我々も十二分じゅうにぶんに理解してますから。 防衛軍部隊のほうも、現場で身体を張っている事には、後方の我々も敬意を抱いていますが…だが、わたし達事務方や、民間企業さんの協力も無くしては、現場での戦いを維持出来ないのが現代戦ですから。その辺り、忘れないで居て欲しいものですな。」


「それは、勿論。」


 お役人の言葉を受けて、渋い顔で伊沢三佐は応えた。藤牧一尉も姿勢を正して「失礼しました。」と、防衛省に向けてなのか、天野重工に向けてなのか、何方どちらとも付かない一言を発したのである。

 それを受けて、防衛省のお役人は飯田部長に向かって言うのだ。


「お互い、開示出来ない情報は有りますから、まぁ、感情が行き違う場面も有りますが。天野重工さんには、今後も変わらず御協力を頂けると、防衛省としても大いに助かります。」


 そう言って向けられる作り笑顔に、飯田部長も表情の緊張を少しゆるめて応じるのだ。


「勿論、取り交わした契約は、可能な限り履行するべく努力するのが民間企業の矜持きょうじですから。そこに個人的な感情が入る余地は御座いませんので、御心配無く。とは言え、契約の条件や状況が変われば、それはその都度つど、御相談させてください、と言う事で宜しいですか。」


「ええ、それは、もう。 防衛軍部隊のほうからは、他に何か有りますか?」


 防衛省のお役人が敢えて、伊沢三佐に水を向けるのだが、「いえ、もう結構。」と言葉少なに答えるのみだった。それ以降、防衛軍の二人は、完全に戦意を喪失してしまった様子である。

 その後は防衛省のお役人が主導して、先日の報告書の読み合わせが形式的に行われたのだが、要所ごとに「防衛軍部隊のほうは、宜しいですか?」と問われても、伊沢三佐か藤牧一尉は、ただ、「了解した。」と応えるのみだった。

 そうして結局、恵は特に発言を求められる事も無いまま、会合は終了してしまったのである。


 午後二時を過ぎた頃には一行は防衛省を出て、遅めのランチへと蒲田の運転する社有車で、飯田部長ら重役達の馴染みの寿司屋へと向かっていた。


「会長と合流する事になりましたので、大将が特別に店を開けて呉れるそうで。普段なら、午後の仕込みで店を閉めてる時間なんですけどね。」


「そうか、それなら他の客は居ないだろうから、今日の報告も済ませてしまえるな。」


 蒲田と飯田部長が、そんな会話をしているので立花先生が蒲田にたずねる。


「会長と合流って事は、プランB発動ですか?」


「そう言う事になりますね。」


 その遣り取りに、後席から恵が問い掛けるのだ。


「何ですか?プランBって。」


 立花先生は後席へと振り向いて、説明をする。


「ほら、帰りのチケット、買ってないでしょ。会長、理事長の予定が合えば、帰りは社用機でって事だったのよ。」


「ああ、それがプランBですか。」


 そう納得して声を返す恵に、飯田部長が話し掛けるのだった。


「食事が済んだら、我々とは、お別れだな。今日はご苦労だったね、森村君。立花君も。」


「いえ、結局、わたしはほとんど、座ってただけでしたけど。」


 微笑んで恵は、飯田部長に応えた。そして、ふと思った事を飯田部長にいてみる。


「そう言えば、防衛軍の人達は結局、天神ヶ﨑の生徒を呼んで、何をきたかったのでしょうか?」


 そう問い掛けられた飯田部長は苦笑いのあと、答えたのである。


「鬼塚君か天野君が来ていたら、直接、何か言う積もりだったのか。或いは呼び付けておいて放置する、ただの嫌がらせだったのか。」


何方どちらにしても、随分ずいぶん大人気おとなげ無いですね。」


「全くだ。まぁ、それだけ頭に来ていたんだろうがな。」


「確かに、会議室に入った時から、あの制服のお二人からは、怒りのオーラみたいのが立ちのぼってましたからね。飯田部長と立花先生が怒って見せたので、ようやく正気に戻った感じでしたけど。根っからの真面目なかた達なんでしょう、きっと。」


 恵の人物評を聞いて、飯田部長はニヤリと笑い、応えたのだ。


「あれも善し悪しでね。こっちが怒ると、相手も更に激高げきこうする場合も有るから、交渉や会談の場で感情的になるのは、くなら避けた方がいいんだが。」


「それはそうですけど、相手次第ではありませんか? 少なくとも、今日のお二人には有効だと、そう思われたのでは。」


「まあ、ね。それじゃ森村君、防衛省からの出席者に就いては、どう見たのかな?」


「正面に座って居たお二人は、初めから味方だった様に思います。 まぁ、如何いかにもお役人らしい感じのつかめなさは感じましたけど、わたし達に向けての悪意みたいなのは無かったので、話は通じる相手かと。ただ…」


 言葉に詰まった、恵の表情が曇る。飯田部長は、言葉の続きを待ってたずねた。


ただなんだい?」


 恵は、少し逡巡しゅんじゅんして、言葉を選び声を発したのである。


「…あの、和多田さん?でしたか、あの人は…何と言うか、久し振りに、あの手の『ヤバい』人を見ました。天神ヶ﨑に来て以来この二年間、あの手の人種に遭う事が無かったので、感覚的に忘れてましたけど、世の中には、あんな人も居るって事。」


「『ヤバイ』人?和多田さんが。」


 飯田部長に聞き直され、恵はうなずいて語る。


「はい。自分の利益や目的の為なら、手段を選ばないとか、平気で嘘がけるとか、そう言ったたぐいの、誠実さとは対極にある感じの『ヤバさ』ですね。飯田部長は、あのかたとは以前から?」


「ああ、あの人は前の防衛省事務次官で、わたしも防衛省との関わりは長いから、全くの知らない人ではないが…確かに、以前から良くない噂も聞いてはいたが。」


 そこで、助手席から振り向いて、立花先生が問い掛けて来る。


「それって、どんな噂なんですか?部長。」


「ああ、賄賂わいろとか汚職とか、その手の話さ。天野重工うちは、その手の話とは縁が無いから、詳しい事例は知らないよ。」


 微笑んで恵が「無いんですか?」といて来るので、飯田部長は笑って答える。


「無いよ。天野重工は会長が社長の頃からの方針で、技術力で勝負して馬鹿正直な商売しかしてないからね。それで、同業他社からは『商売が下手クソだ』とか『儲ける気が無いのか』って、からかわれてるぐらいだ。」


 再び、立花先生が問い掛ける。


「そう言えば、選挙がどうとか、云われてましたけど。」


「ああ、次の衆院選で、与党から出馬するってのが、ウチの業界じゃもっぱらの噂だ。その為に、今、防衛大臣の補佐官とかやってるんだろうから。まぁ、最年少くらいで事務次官にまで出世したエリートで、防衛省には顔が利くから、与党としても利用価値は有るって事なんだろうけどね。」


 その説明を聞いて、恵は心底から嫌そうな表情で言った。


「衆院選って。多分、一番、政治家にしちゃいけないタイプの人ですよ、あの人。その、汚職の噂って、本当に大丈夫なんでしょうか?」


 その懸念に対し、飯田部長は事も無げに答えるのだ。


「さあ、大丈夫だから、未だに捕まってないんじゃないかな。噂自体は何年も前から有るんだから、それが本当だったのなら、っくに逮捕とか起訴されてるだろう?」


「なら、いいんですけど。でも、あのかたと関わるのは、部長もお気を付けになってください。恵ちゃんの人を見る目は、確かですから。」


 そう、真面目な顔で飯田部長に忠言する立花先生に、恵が抗議するのだった。


「もう、立花先生まで。緒美ちゃんの言う事、真に受けないでください。」


 そんな恵に、飯田部長が意外な事を言い出すのだ。


「あはは、そうでもないさ、森村君。 実はね、今回キミに出席して貰ったのは、その『目』に就いて、どんな感じなのか、確認させて貰う意図も有ってね。人事部の方から、依頼されていたんだ。」


「どう言う事です?それは。」


 怪訝けげんな顔付きでたずねる恵に、笑顔で飯田部長は答える。


「その鬼塚君の、キミに対する評価も、勿論、此方こちらには伝わって来ては居るんだが、それ以前にね、入試の面接の時点で、森村君の特性に就いては人事部が目を付けていたそうでね。」


「人事部が、ですか?」


 恵は苦笑いで、言葉を返した。飯田部長は、話を続ける。


「森村君がさっき云っていた様にね、天野重工ほんしゃ天神ヶ﨑(がっこう)に『たちの悪い』人物が居ないのは、人事部が採用時に人柄を見極めているからなんだ。問題を起こしそうな人間は、採用しないのに限るからね。だから会社としては、そう言った目の利く人材は、一人でも多く確保したいんだよね。」


「あの、そう言うのは、心理学とかを勉強したかたほうが、宜しいんじゃないでしょうか? その辺り、わたしは素人しろうとですよ。」


「それじゃ、キミはさっきみたいな判断を、どうやって付けているんだい?」


「表情や口調、身振りとか仕草とか、そう言った全体の雰囲気から、何と無くそう感じる程度の話です。言ってしまえば、ただの『かん』ですよ。何か体系的な、判断基準が有るわけじゃありません。それに…折角、天神ヶ﨑で学んだ技術系の専門教科が、無駄になってしまうじゃないですか?」


「天野重工は技術者が中心の会社だからね、人事部も技術音痴じゃ色々と困るから、技術系の解る人材も必要なんだよ。まぁ、天神ヶ﨑の特課卒業生が人事部に行った事例は、流石に、まだ無いんだけどね。普通課の卒業生なら、一般大経由で人事部に入ったのは何人か居るらしいが。」


 飯田部長の説明を聞いて、恵は愛想笑いで「はあ。」とだけ応えた。


「まあ、今直いますぐ、どうこうって話じゃないから。来年になったら、配属先の希望とか聞き取りも有るだろうし、スカウトしたい部署からの面談の要請とかも来るだろうから。その時までに、考えておいて呉れたらいいよ。 とは言え、みんなみんな、希望の配属先に行けるわけでも無いし、本人の希望と適性が一致するとも限らないからね。その辺りのり合わせをするのも、人事部の仕事だ。」


 云われてみれば、去年も一昨年も、当時の三年生の先輩達が、今の時期辺りから卒業後の配属先に就いて話題にしていた事を、恵は思い出していた。一年生の頃から学年ごとにトップの成績を維持し、兵器開発部でも成果を上げている、緒美の様な生徒ならば早い時期から、そう言った話も来るだろうとは恵も思っていたのだが。まさか自分の様な目立たない生徒に、そんな話が舞い込んで来るとは、恵は想像だにしていなかったのである。

 ただ、目立っていないと思っているのは、実際は恵本人だけで、天野重工本社から見れば兵器開発部のメンバーだと言うだけで十分じゅぶんに注目に値する存在であるし、学校の方では十数人の男子生徒を袖にした件も有り、本人の知らない所で彼女は勇名を馳せていたのである。勿論、学年トップの成績を維持し続けている『鬼塚 緒美』の一番近い友人としても知られていたし、人を寄せ付けない雰囲気である緒美の、唯一と言っていい窓口としても有名だった。ちなみに、もう一人の、緒美の窓口とされていたのが直美ではなく、立花先生なのである。それは兎も角、その様な学校内の有名人であっても、彼女の独特の人当たりの良さも手伝って、恵を嫌う人間は、ほぼ皆無だった。それは、彼女に振られた男子生徒でさえも、そうだったのだ。


「そう言えば、恵ちゃん…。」


 助手席から振り向く様にして、立花先生が恵に声を掛けて来る。


「…緒美ちゃんが、恵ちゃんの事『人を見る目が有る』って言い出したのって、どんな切っ掛けが?」


 それには恵が、困り顔で答えるのだった。


「そんなの、こっちが聞きたいです。緒美ちゃんは中二の頃から、そんなふうに言う様になってましたけど。何が切っ掛けなのか、少なくとも、わたしには心当たりは有りません。気になるなら、緒美ちゃんに聞いてみてください。」


「あははは、案外、当人はそんなものだろうかな。」


 隣の席で、飯田部長が笑うので、何故か急に恥ずかしくなる恵だった。


「そう、じゃぁ今度、緒美ちゃんに聞いてみるわ。」


 そう、立花先生が言うので、恵は慌てて声を返すのだ。


「いえ、止めてください、先生。何だか恥ずかしいですから。」


 疾走する車内で、そんな遣り取りが有りつつ、一行は天野理事長との合流先の店へと向かったのである。




- to be continued …-




※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。

※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。


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