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第3回

第10話・森村 恵(モリムラ メグミ)


**** 10-03 ****



 恵の『カミングアウト』を聞いた瞬間、立花先生は、それまで、頭の中にバラバラに存在していた、幾つかの記憶が、一気につながって意味を持った様な感覚がしたのである。そして、立花先生はくのだった。


「ひょっとして、恵ちゃんが好きな人って…緒美ちゃん?」


 恵は顔を紅潮させ、静かにうなずく。立花先生は、恵がそんなふうに照れて顔を赤らめるのを見たのは、多分、初めてだった。それは、立花先生に取っても予期しない反応で、正直、意外に感じられたのである。そして、立花先生は念の為、確認の質問を投げ掛ける。


「それは、あなたは将来的には男性になりたい、と言う事かしら?」


「そっちじゃ、ないです。自分が女性である事に、違和感は有りませんから。」


「そう…でも、まぁ、何と無く、納得は出来るわね。あぁ、そうか、って感じ、恵ちゃんなら。」


「矢っ張り、変?ですよね。」


「そんな事は無いわ。わたしには、『解る』とは言えないけど、大学時代の友人に、一人だけそう言うがいたから、そう言う人がいる事は知ってるの。恵ちゃんが、その事を自覚したのは、いつ頃?」


「う~ん…小さい頃から、憧れたりする対象が女の人ばかりだったんですけど、小学生…三年生ぐらいの時、女の子が女の子に恋する様な、そんな内容の小説を読んで、それから、そう言う方向の事を調べ初めて、あぁ、自分も『こう』だな、って確信?したのが、小五の頃です。」


「読書家だったのね、恵ちゃん。」


「それで、この眼鏡ですよ。」


 恵は笑って、掛けている眼鏡のブリッジ部分を、右の中指で少し、押し上げて見せた。


「御両親や御家族には、その事は?」


「言ってませんよ。十年、二十年経って、ひょっとしたら、男の人を好きになるかも知れないし。その辺り、自分でも良くは解らないので。」


「じゃあ、男性に対して、恐いとか、嫌悪感とかは無いのね?」


「はい。幸い、トラウマになる様な体験が有ったわけではないので。父や弟の事は、家族として、普通に好きですよ。ただ、一般の男性や男子には、異性として興味を持てないだけで。」


「道理で、男子に対して『壁』が無いわけだわ。恵ちゃん、折角せっかく、男子のファンが多いのに。こうなると、ちょっと、男子達が不憫ふびんだわねぇ。」


「それを言ったら、立花先生だって。 立花先生、男子達の間で、結構人気にんき、有るんですよ。」


生憎あいにく、年下には興味無いのよね~って、だから。わたしの事はいいの。」


 二人は顔を見合わせると、そろって、声を上げて笑った。

 一頻ひとしきり笑うと、立花先生は席から立ち、コーヒーカップを手に、ポットの方へと向かう。カップにインスタント・コーヒーの粉末を一掬ひとすくい入れると、ポットからお湯を注ぐ。そして、顔を上げ、恵に声を掛ける。


「恵ちゃん、紅茶のお代わり、れましょうか?」


「あ、いただきます。」


 恵はお皿に置いてあったティーバッグをカップへと戻し、そのティーカップをお皿に乗せて、立花先生の元へと運んだ。

 お皿ごと受け取った立花先生は、ティーカップへお湯を注ぎ、恵にそのティーカップを乗せたお皿を返し、そして恵に尋ねる。


「それで、その事、緒美ちゃんは知ってるの?」


「いいえ。言えませんよ、そんなこと。」


 恵は受け取ったお皿を持って、元の席へと戻り、そう答えて座った。一方で、立花先生もコーヒーカップを持って元の席に戻り、今度は砂糖をスティック式の包み一本分、カップへと流し込む。恵は、先程の残り半分の砂糖を、ティーカップに注いだ。


「どうして?緒美ちゃんなら、案外、あなたの気持ちに応えてくれるかもよ。」


 コーヒーを掻き混ぜながら、立花先生は無責任な言動だと自覚しつつ、そう言った。何と無く、恵を励ましたかったのだ。

 それに対して、恵はちから無く笑い、言葉を返す。


「緒美ちゃんの恋愛対象は、普通に男性ですよ。わたしは、基本的に何時いつも片思いですから、初めからあきらめてます。」


「う~ん、まぁ、わたしの友人も、同じ様な事を言ってたけど。でも、普通に男女の場合だって、最終的に相手が自分を好きになって呉れるか、それは相手次第だしね。ただ、男女の場合は、お互いの打算で付き合えちゃう場合が多いだけで。」


「打算?ですか。」


「そうよ。例えば、お金とか、地位とか、仕事とか…将来とか。」


 立花先生は列挙した例えに、もう一つ「性的な事」を加えようとして、直前で思い止まった。それは、未成年の恵を相手に、話す内容では無いと配慮したからだ。しかし、恵はその事に気が付いていて、そして言葉を選んで返す。


「成る程、気持ちよりも欲望、なわけですね。」


「あら、欲望も気持ちの内よ。まぁ、打算で始まった関係でも、付き合っている内に気持ちの方が付いて来る事も有るから、それ程、馬鹿にした物じゃないけどね。どっちかって言うと、そう言うカップルの方が、多いのかも知れないし。」


 立花先生は言い終わると、コーヒーカップを口元へと運ぶ。


「そう言う物でしょうか。」


 恵も、ティーカップに口を付ける。


「あはは、こんな夢も希望も無い事、あなた達にする様な話じゃ、無かったかもね。ごめんなさい。」


「厳しいですね、現実って。」


 二人は顔を見合わせ、微笑むのだった。


「あ、そう言えば。緒美ちゃんの恋愛対象が男性だって、あなた達でも、そう言うお話、するんだ。ちょっと、意外だったわ。」


「いえ、そんな具体的なお話は、した事、無いんですけど…あれ?」


 恵が何かに気が付いて、不思議そうな表情で立花先生を見詰めている。その視線に気が付き、立花先生は問い掛ける。


「どうかした?恵ちゃん。」


「いえ、先生は、緒美ちゃんがパワード・スーツの研究を始めた動機を、知っているんだと思っていたので…。」


 立花先生は、どうしてここで、緒美が研究を始めた動機が話題になるのか、見当が付かなかった。だから困惑気味に、恵に問い掛ける。


「緒美ちゃんの親戚に被害者がいて…そう言う、事じゃなかったの?」


「そう、ですけど。…じゃ、緒美ちゃんから、聞いてはいないんですね。」


「ええ、緒美ちゃんから、直接聞いた事は無いわね。親族の御不幸に関わる事だから、敢えて聞かなかったんだけど。」


「そうでしたか…。」


 恵は視線をらし、少し黙り込む。


「…何よ、気になるじゃない、恵ちゃん。」


 更に少し考えて、恵は立花先生の方へ視線を戻すと、言った。


「緒美ちゃんのプライベートな事だから、わたしが勝手に打ち明けるのはどうかなって思ったんですけど。先生には協力を頂きたいので、特別にお話しします。」


「そんなに、重大な事?」


「それは、受け取りよう、でしょうけれど。わたしが言ったって事は、緒美ちゃんには内緒にしてくださいね。」


「…うん、解った。」


「緒美ちゃんが、研究を始めた動機なんですけど。『復讐』なんですよ、初恋の人の。」


 恵の語った事柄は、立花先生が抱く緒美の印象からは最も遠いと言っていい内容だったので、それはにわかには信じられなかった。


「復讐?…初恋の人って?」


「緒美ちゃんの親戚のかたが、犠牲になった事は御存知なんですよね?」


「ええ、緒美ちゃんのお母さんの、お姉さんの息子さん、って聞いたと思うけど、確か。防衛軍の人だったのよね。」


「はい。先生は『黒沢事件』って御存知です?」


「あぁ、避難が遅れた民間人を救出するのに、陸上防衛軍の黒沢三尉が犠牲になった、って事件ね。エイリアン・ドローン戦で、陸上防衛軍の最初の殉職者が黒沢三尉だったのよね。当時、メディアが随分と騒いでいたのを、覚えてるわ。」


「あと、地上でエイリアン・ドローンの注意を引くのには、動いたり止まったり、動きの向きを変えるのが有効だって、最初に気が付いたのが黒沢三尉…あ、殉職で特進して、今は一尉って呼ばれてますけど、その黒沢一尉が、緒美ちゃんの従兄弟なんです。」


「その黒沢…一尉が、緒美ちゃんの初恋の人って事? それは、緒美ちゃんが、そう言ったの?」


「いえ、直接的に、緒美ちゃんが明言したわけじゃないんですけど。でも、緒美ちゃんから聞いたお話を、総合すると、そう言う事になるんです。」


「それで、復讐を? でも、当時だと、あなた達は小六よね? 黒沢一尉とだと、緒美ちゃんは年齢的に合わないでしょう?」


「女の子は小学生にもなれば、恋くらいするでしょう? そう言う時の恋って、大人の人に憧れたりする物じゃないですか。」


「それは、分からなくはないけど…。」


「それに、緒美ちゃんの場合、御両親が仕事で、物凄く忙しい人みたいでしたから、小さい頃から、良く伯母さんの家でお世話になっていたそうなんです。」


 立花先生は、もう一度、コーヒーを一口飲み、恵に尋ねる。


「あなた達は中学から、一緒だったのよね?」


「はい。中一の時から同じクラスで、わたしの方は、完全に『一目惚れ』でした。『黒沢事件』は、わたしと緒美ちゃんとが出会う半年前の事だったので、出会った頃の緒美ちゃんは沈んでいるって言うか、何か思い詰めている様な感じだったんです。」


「それは、去年の四月頃も、そんな印象だったけど。」


「いいえ、中一の頃は、もっと重い感じでした。」


 立花先生は、眉をひそめ、言った。


「それは、ちょっと、想像出来ないわね…。」


「それで、緒美ちゃんと小学校が同じだった子に聞いたら、以前まえはそんな感じじゃなかったって、もっと明るい子だった、って言うんですよ。」


「ごめん、そっちの緒美ちゃんも、ちょっと想像出来ないわ。」


「そうですか? 例えば、今だと Ruby を相手に、冗談言ってる時とか、瑠菜さんと話してる時なんかが、多分、素の緒美ちゃんに近いんだと思いますよ。」


「そう…今度、注意して、見ておく事にするわ。あぁ、それだと、多分、あなたとお話ししてる時も、そうなんじゃない?」


「それは…自分では分かりません、けど。でも、そうだったら、嬉しいな。」


 そう言って、立花先生に見せた恵の表情は、今日一番の笑顔の様に、立花先生には感じられた。




- to be continued …-




※この作品は現時点で未完成で、制作途上の状態で公開しています。

※誤字脱字等の修正の他に、作品の記述や表現を予告無く書き換える事がありますので、予めご了承下さい。


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