98.示される選択肢
「むぅ……」
「エミリアさん、どうかしましたか?」
魔法関連のお店からの帰り道、エミリアさんが何やら難しい顔をしていた。
「いえ、さっきの本の『第七神』という件が気になってしまいまして……」
「うーん? ルーンセラフィス教は絶対神と、あとは6柱の神様なんですよね?
微妙に数が合わないし、違う宗教なんじゃないですか?」
「ルーンセラフィス教にも一応、7柱目の神はいるんですよね……。異端視されているので、正典からは外されているんですけど……」
「へぇ……そういうのもあるんですか」
「……でもやっぱり、多分気にしすぎだと思うのでもう忘れることにしますね。
気にしたところで何がどうなるわけでもありませんし」
「そうですね、さくっと忘れることにしましょう。それに、あの本はもうこの世界には現れないでしょうから」
あの本は今は私の管轄下にあり、すでに役立たずのレッテルが貼られているのだ。
そして私は不老不死。あの本は今後この世界に出て来ることは無いだろう。……使い道があるなら出すかもしれないけど。
「――ところでアイナさん、今日はこれからどうするんですか?
ジェラードさんの育毛剤……じゃなくてミスリルの件は、明日の夜にならないと進まないんですよね?」
「はい、それまでは特にやることは無いですね……」
この街でやらなければいけないことは、実際のところミスリルの確保くらいしか無いのだ。
それ以外には情報操作の魔法を使える人を探したりとかもあるにはあるけど――この街で、しかも短期間で見つかる気もしないからなぁ……。
買い物も一通り済ませたし、また観光をするくらいしかないかな?
「あ……! アイナ様、ちょっとあそこを――」
「え? どうしたの?」
突然驚きの声を上げたルークを見ると、目配せである方向を見るように促していた。
少し不思議に思いながらその方向を見ると――
――ふっさふっさふっさふっさ。
「……おぉう!?」
広い道の真ん中を、とても豊かな髪を生やした人が歩いていた。
そしてその後ろを、同じような法衣を着た人たちが付き従って歩いている。
「……あの人の髪、すごくふっさふっさふっさふっさしてますね……。アイナさんの育毛剤を使うとあんな感じになるんでしょうか?」
「……というか、あれがそうじゃないですかね……? アーチボルドさんじゃなくて、ハゲ仲間さんの方」
ジェラードの情報によれば、ハゲ仲間さんは小さい宗教の教祖さん。
今視界に入っているふっさふっさの人が着ている法衣は周囲の人に比べれば少し豪華な感じだし、きっとご本人なのだろう。
「寂しい頭から一晩であそこまで生えるんでしたら……これはもう奇跡ですよ!
アイナさん、やっぱりアイナ教団を作りましょうよー」
「エミリアさん、それよりもガルルン教をですね……」
「アイナ様。私も入るのでしたら、アイナ教団の方が良いです」
「ああもう、ルークまで何を言ってるのよー!?」
何だか収拾が付かなくなってきたぞ! アイナ教団なんて作りませんから! そんな、恥ずかしい!
「……まぁそれはそれとして。それにしてもあんなに信徒さんを連れ立って、どこに向かっているんでしょうね?」
「アーチボルドさんと今日のどこかで会うって話だから、アーチボルドさんのお宅に向かっているんじゃないでしょうか。
うーん、それにしても機嫌が良さそうですよね。そりゃそうだろうけど……」
「アイナさんの育毛剤って明日には効果が切れるんですよね……。ああ、それを考えると不憫な……」
今は天国、明日は地獄。
あの嬉しそうな顔を見てしまうと、やっぱりそのまま放っておくのは可愛そうだよね……。
「――あ! あそこのお店に入りましたよ。昼食にするんでしょうか。
そういえばアイナさん、もうお昼の時間ですよ! 私たちもご飯にしませんか?」
「そうですね、そうしましょうか。
……あの人たち、ちょっと気になるので同じお店に入っても良いですか?」
「はい、私は大丈夫です! ルークさんはいかがですか?」
「私も大丈夫です」
「それじゃ決定ですね。いきましょー」
私たちは彼らのあとを追いかけるように、小走りでお店に入っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちがお店に入ると、運良く教祖さん御一行の隣の円卓席に通された。
あちらさんも円卓席だから、私の位置からは背中越しで会話を盗み聞き――もとい、聞きとることができる。
「――それにしても教祖様、その髪はとてもご立派ですね!」
「うむ。これも日々の善行の賜物。皆も精進するが良いぞ」
「「「はいっ!」」」
うわぁ……。その自称・善行は明日には無残に散っちゃうから、あんまりそういうことを言わない方が良いですよ……?
そんなことを思う私をよそに、その後も彼は実に嬉しそうに髪の話を続け、信徒もいちいち嬉しそうに相槌を打っていた。
「エミリアさん……どうしたんですか?」
「あ、すいません……。私、何だか涙が出てきました……」
エミリアさんはもちろん彼を笑いものにしているのではなく、彼が直面するだろう辛い明日を想像して胸を痛めているのだ。
その気持ちは私やルークにも伝わってきており、いたたまれない空気が場を支配していた。
「うーん……。何だかふさふさの髪を信仰に結び付けてしまっているので、私たちもそんな感じで助け舟を出しましょうか」
「助け船、ですか?」
「えーっと、私よりもエミリアさんの方が字が上手いから、ちょっと書くのをお願いしても良いですか?」
「あ、はい? 別に構いませんけど――」
私はアイテムボックスから紙とペンを取り出して、彼に伝えたいメッセージの代筆をエミリアさんにお願いした。
「えぇっと……? はい、できました。これで大丈夫ですか?」
「とってもばっちりです! やっぱり字が綺麗ですねぇ……。私のはどうにも丸っこくて」
「いえいえ、アイナさんの字も可愛いですよ!」
「こういうときはちょっと使えませんけどね……。
それじゃルーク、合図したらこの紙を教祖さんの近くに落としてきてくれる?」
「分かりました。えぇっと、それで合図というのは――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ガチャーンッ!!
お店に響く、お皿の割れる大きな音。
私の足元に落ちたお皿が割れてしまったのだ。
「きゃー、すいません! お皿が割れちゃいましたー!」
「お客様! お怪我はありませんか!?」
「大丈夫です! それよりもすいません! お皿が――」
「お気になさらず! 今すぐ片付けますので!」
「私も手伝います!」
「いえいえ、お客様はお食事を続けてください。片付けは店の者がやりますので」
「ああ、本当にすいません!
――あ、皆様もお騒がせしてすいません!」
私はお店中の人の注目を浴びながら、他の客に謝った。
とりわけ隣の円卓席の教祖さん御一行には特に謝った。
「こういうことはよくあります。私共のことはお気になさらず」
「はい、すいません! ありがとうございます!」
優しい言葉を掛けてくれた教祖さんに丁寧にお礼を言ってから、私はようやく席に着いた。
「――アイナ様、ただいま戻りました」
そう言いながら、使命を果たして戻ってきたルークも席に着く。
「お帰りー。はぁ、お皿壊しちゃった。弁償しないとねー」
「もー、おっちょこちょいなんですから☆」
「それよりもアイナ様、本当にお怪我はされていませんよね?」
「大丈夫ー。ほらほら、どこもしてないでしょ?」
そんな感じで和気あいあいと話をしながら、後ろの会話に聞き耳を立てていると――
「――あら? この紙は何かしら?」
「どうしたのかね?」
「いえ、教祖様の足元に何か紙が落ちていて……何か書いてありますね。
……これはなんでしょう? 何か暗示めいたことが……」
「ふむ……。何と書いてあるのかね?」
「はい。えぇっと……
『あなたは明日の朝、絶望を見る。しかしそれは、ガルルンのもとで希望へと変わるだろう』……と、書いてあります」
「ガルルン……? 何だね、それは」
「「さぁ?」」
「――あ、私は知っています。自作宗教の展示施設に新しく増えていたものですね。
私が見たときには変な像しか置いていなくて、逆にインパクトがありました」
「そういえばその施設の名前も書いてありますね。教祖様、これはどういうことでしょうか」
「ふむ……。具体的なことが書いてあるわけではないから、これは不安な心を揺さぶって注目を集めようとしている類のものだろう。
皆もこういう軽薄な宗教には気を付けなければいけないぞ」
「「「はいっ!」」」
――よしよし、ガルルンのことをちゃんと認識してくれたぞ。
軽薄な宗教とか言われてるけど……まぁガルルン教はノリで作っただけだし。く、悔しくなんて……っ!
さて、それそれとして――それじゃ今日の夜、神殿が閉まる直前にでも育毛剤をガルルンの置物の前に置いてこようかな。
髪が抜けて寂しい感じに戻ったあと、素直にガルルンにすがってくれることに期待しておこう。
すがってくれないなら絶望が訪れて終了。すがってくれるなら希望が訪れて終了。
一応、希望が訪れることを祈っていますよー……っと。




