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異世界冒険録~神器のアルケミスト~  作者: 成瀬りん
外伝2 未来を継ぐ者
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Exx最終話.最後の贈り物

 『廃城の迷宮』を攻略して、『探し人』を始末して――

 ……やるべきことを全てやり終えた俺たちは、クリスティア聖国への帰路に就いていた。



「――……なぁ」


「うん?」


 大きな船の、少し狭めの個室。

 俺の呼び掛けに、フランは素っ気なく返事をしてきた。


「お前さぁ……。何だか、綺麗になってない?」


「ぶっ!!?

 ななな、何を言ってるのよ!?」


 大袈裟に慌てるフランを見て、言葉の選択を誤ったことに気付く。

 反応から見るに、俺の真意が伝わっていないことは明白だ。


「……いや、ごめん。

 何て言うか、振る舞いに優雅さが出て来たっていうか……。

 うん、そんな感じのことなんだけど」


「ああ、そう言う……?

 ルーファスがダンジョンに籠っている間、私もいろいろあったからね」


「いろいろ?」


「ほら。私たちって聖都を出てから、たくさん旅をして……。

 ……途中で婚約をして、それで結婚までしちゃったじゃない?」


「うん」


「聖都に戻ったら、私も上流階級の世界に放り込まれるから――

 ……アイナ様が、礼儀作法とかを教えてくれたのよ。

 アイナ様がいない間だって、厳しい教育係を付けられていたんだから」


「お、おぉ……。大変だったんだな……。

 確かに、貴族の付き合いには最低限の作法がいるからなぁ……」


「最低限、なんてレベルじゃなかったよ。

 誰よりも優雅に、誰からも好意を持たれるように……なんて、そんなところまで求められたんだから」


「なるほどなぁ。

 そう言うのは、何気ない動作で出るものだから……。

 いや、実際かなり見違えたと思うよ」


「逆に、シャン! ……って、し過ぎているような気もするけどね。

 聖都に戻ったら、ミーシャに変に思われないかな……」


「ミーシャなら大丈夫だろ。そう言うのは全然気にしなさそうだし。

 それにミーシャはミーシャで、錬金術の店を軌道に乗せているみたいだから……。

 ……お互い、成長した姿を見せられるんじゃないか?」


「そうだね……。

 イーディスも錬金術の勉強を頑張ってるって言うし……。

 ふふふ、会うのが楽しみだなぁ♪」


「俺も随分会ってないからなぁ。

 今度、一緒に遊ぼうぜ? 何なら、うちに招待しても良いしさ」


「そうだね。

 でも、家に招待するのは……私が落ち着いてからの方が良いかな」


「それもそっか。

 無事に帰っても、やるべきことはたくさんあるだろうし……」



 クリスティア聖国を離れてから、そろそろ5年になるところだ。

 世界中を旅しているときは、それこそいろいろな出来事があったものだけど――

 ……逆に言えば、聖国での俺たちの時間は、5年間ずっと止まったままになる。


 『何をすべきか』。


 きっと想像以上の『すべきこと』が、俺たちを待ち構えているんだろうな……。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ……暖かな陽気に誘われて、俺は船の甲板に上がってみることにした。

 順調に行けば、今日の昼には聖都に到着する予定だ。


 時間としては、あと1時間か、2時間くらい……と言ったところだろうか。



「あ、ルーファス!」


 不意に、アイナ様の声が聞こえてきた。

 見れば船の前の方で、俺に向かって手を振っている。


 ……くぅ、やっぱり可愛いなぁ。


 そんな思いを胸の中に押し込めながら、俺はアイナ様の元へと走って行った。



「お呼びですか?」


「うん♪ 丁度、呼びに行こうと思ってたんだ」


「そうでしたか。それで、御用は何でしょう」


「えぇっと、少しお話があってね」


 俺は水平線を眺めるアイナ様の横に、並ぶようにして立った。

 海の彼方には――……薄ぼんやりと、どうにか陸が見えてきたところだ。

 あそこが俺たちの帰る場所、クリスティア聖国――


 ……っと、それは良いとして。


「お話……、ですか?」


 俺は改めて、アイナ様に聞き返した。


「うん。聖都に戻ったら、しばらく忙しくなるだろうから……。

 だから今の内に、話しておこうと思ってね」


「なるほど」


 アイナ様は一旦俺の顔を見たあと、再び視線を水平線の彼方に移した。

 船体に身体を預けて、軽く伸びをしてから、ゆっくりと言葉を続ける。



「……聖国に戻って、しばらくしたらさ。

 また、旅に出ようと思うの」


「……はい。

 次は、どれくらいの期間をお考えですか?」


「多分、しばらくは戻って来ないと思う。

 数十年とか、それ以上……になるんじゃないかな」


「え……?」


 不意に、俺は軽く目眩がしてしまった。


 スプリングフィールド家は、代々アイナ様をお護りするために存在する。

 アイナ様が数十年、あるいはそれ以上の旅をすると言うのであれば、当然ながらそれに付き従うのが俺の宿命――


「……で、ね?

 その間、ルーファスには私の国を守って欲しいの」


「国……を、ですか?

 ……いえ、俺はアイナ様をお護りしなければ……」


「ううん、そこは大丈夫。

 リリーとミラを一緒に連れていくから、ルーファスは大丈夫」


「え?

 ミラ様も……、ですか?」


 リリー様は『疫病の迷宮』。

 ミラ様は『水の迷宮』。

 ……そのことは俺も知っている。


 しかしミラ様は、リリー様と違ってあの場所から離れることが出来ない。

 それはそれぞれの迷宮の『質』によるもので、いわゆる『深淵クラス』のリリー様こそが例外なのだ。


 ただ、アイナ様はその状況を打開しようとはしていた。

 5年前、建国三百年祭の直前に、ミラ様を縛り付ける『龍脈』に干渉して――


 ……しかし試みは虚しく、結局は失敗してしまったのだけれど……。


「ねぇ、ルーファス。これを見て?」


 恐らく渋い顔をしていた俺に、アイナ様は宝石をひとつ差し出してきた。

 美しいが、どこか妖しい……そんな宝石。


「これは……?」


「ルーファスは初めて見るかな?

 これは、『廃城の迷宮』の『ダンジョン・コア』だよ」


 ……『ダンジョン・コア』。

 迷宮の核となる宝石で、ダンジョンにとっては命と言えるもの。

 アイナ様がダンジョンを創るときも、素材として使ったという話だけは聞いていた。


「貴重なものですね……。

 それで、これが一体?」


「これを使えば、きっとミラを『龍脈』から切り離すことが出来ると思うの。

 ……もちろん『水の迷宮』は聖都のライフラインだから、そこもどうにかしないといけないんだけどね」


「しかし、それにしてもリリー様とミラ様だけでは……」


「ううん、大丈夫だよ。あの二人は強いし、それに頼りになるから。

 ……あとはまぁ、もう1人だけ、絶対に付いてきそうな人がいるし」


 その言葉に、俺には思い当たる人物が一人しかいなかった。

 第三騎士団で『犬』……と呼ばれる、その人だ。


「……そこはちょっと、心配が増えてしまいますが」


「あはは♪ 分かる分かる、その気持ち♪」


 アイナ様は楽しそうに笑った。


 こんな風に笑えるのであれば、本当に大丈夫なのかもしれない。

 ただ、もうすぐ……この笑顔が見れなくなってしまうのか。



 ――気が付くと、アイナ様は俺の顔を見上げていた。

 じっと、真っすぐに。


「え、えっと……。あの……?」


「ふふふ♪

 ねぇ、アゼルラディアを貸してくれない?」


「あ、はい……!」


 俺は腰に下げていた神剣アゼルラディアを、丁寧にアイナ様に渡した。

 アイナ様は鞘から剣を抜き、左手で慈しむように、その刀身に触れて――



 ――バチッ



 いつもの音と共に、強い閃光が走る。

 それが収まったあとは……神剣アゼルラディアは、普段と変わりない姿でそこに在った。


「……私がいなくなっちゃうからさ。

 いなくても大丈夫なように、装備条件を変えておいたよ」


「え?」


「今までは『神器の錬金術師』の『従者』だったけど……。

 これからは『聖国の王』……に、ね」


 その言葉を聞いて、俺は無力感に包まれてしまった。

 生まれてこの方、ずっとアイナ様をお護りするために過ごしてきた。

 しかしそれは終わりを迎え、そして神剣アゼルラディアも失い、そして――


「……スプリングフィールド家の使命も終わり……、と言うことですか……?」


 始祖・ルーク様から続いてきた、三百年にも及ぶ使命。

 それが、俺の代で終わってしまう……。


 俺にはどうしようも無いことだが、それにしても、心に穴が空いてしまうかのように――


「……ああ、違う違う。

 そうじゃなくてさ」


「え?」


 アイナ様は少し慌てながら、神剣アゼルラディアを俺に差し出してきた。

 装備条件が『聖国の王』であるならば、俺にはもう無縁のはず……。



「……私がこの世界で初めて会ったのはね、ルーファスの先祖のルークなの。

 だから、私が今まで作ってきたものは……全部、ルーファスに託していきたいんだよ」


 そう言いながら、アイナ様は神剣アゼルラディアを押し付けてきた。

 俺は拒絶できようはずもなく、それを流れで受け取ってしまう。


「俺に、国王をやれ……と?

 さすがにそれは、グランベル王家が黙っていないのでは……」


「ううん、そこは大丈夫。国王はそもそも、グランベル家の世襲じゃないから。

 それに、グランベルの人たちにはもう、新しい土地をあげる約束をしてるんだよ」


「新しい……土地?」


「うん。北の大陸にある……この前までいた国を吸収して、新しい国を作るの。

 その辺りはもう、全部話を通しちゃってるから」


「ええ……?

 それはまた、随分と無茶なことを……」


「クリスティア聖国だって、何も無いところから作ったんだよ?

 『廃城の迷宮』を消しちゃったお詫びに、私が300年間貯めたお金を、全部投資に充てるって話にもなってるしさ」


「お、おぉ……!?」



 ……何とも壮大な話に、俺は言葉を詰まらせてしまった。

 数分後、次に言葉を繋げたのはアイナ様だった。


「――あ、見えてきた!」


「本当だ……。

 5年振り……、ですね」


 水平線の向こうに、先ほどよりもはっきりと陸が見えてきた。

 その陸には、あちらこちらに優しいピンク色が咲き誇っている。


 ……桜、か。

 故郷の世界のものを参考に、アイナ様が錬金術で創り出した花……。

 まだまだ遠いが、俺はその美しさに見入ってしまった。


「長い時間が掛かったけど、桜もいっぱい増えたよねぇ。

 春の野を埋める、私の大好きな花……。

 そう言えば、ルーファスの家にはぴったりの花だよね♪」


「……そうですね」



 時間を経るに従って、聖都の港が近付いてくる。


 アイナ様が、これから何を成そうとするのかは分からない。

 しかし俺を信頼してくれているのであれば、それには全力を以って応えよう。


 仮に……もう会うことが出来なくなったとしても。

 きっと俺の子孫が彼女の大切なものを守り、ずっとずっと待ち続けてくれるだろう。


 そんな思いを胸にしていると、ふとアイナ様と目が合った。



「これから、よろしくね」


「……はい!!」




 ――……俺の冒険は、一旦ここで終わりになる。

 託されたものは大きく、これからすべきことは山積みだ。


 正直、心細くはある。

 しかし、きっと上手くいくだろう。


 アイナ様に、頼もしい仲間がいたように。

 俺にだって、頼もしい仲間がたくさんいてくれるのだから――

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公Tsueeeでしたけどそこそこ苦労もしていてじわじわパワーアップしつつ仲間と力を合わせて乗り越えて行った少年誌的展開。3日間のめり込んで一気読みしました。 [気になる点] ・エミリア…
2021/07/01 03:08 退会済み
管理
[一言] 誤字脱字はご愛嬌といったところで、 面白かったです。 読み応えもありました。 次も期待しております。
[良い点] 長い長いシリーズの完結お疲れ様でしたっ! そしてありがとうございました! ずっと気になってた桜の木が最後の最後で回収されてジーンとしてしまいました! この素敵な物語を何度も何度も読み返…
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